少女訪問※
「今日からしばらく、ここで修行することになった三好輝虎ちゃんです。
みんなよろしくしてくれる」
二月始めの週末、母さんが一人の少女を連れてきた。
彼女は、前々から連れてくると言われていた皇宮警察の一員で、僕や元春と同い年ながらに皇宮警察の幹部を務めているそうだ。
「じゃあ、まずは戦ってみてくれるかしら」
うん、これはいつもと同じ流れである。
しかし、どうして万屋に来る人はこうも武闘派が多いのか?
いや、そもそも目的が戦闘訓練であるということと、これが母さんのやり方と言ってしまえば、それまでなんだけど。
とにかく、三好さんもやる気のようなので、僕はベル君に店番を頼むと見学者を引き連れて訓練場へ移動して、母さんのリクエスト通りに三好さんと手合わせをすることになるのだが、
いざ、手合わせの準備をしようと魔法窓を開いたところで、距離をおいて向かいに立った三好さんの手が挙がる。
「武器は何を使ったら、いいですか」
「背中のそれがあるじゃない」
「しかし、これは――」
「大丈夫よ。ここには便利な魔法があるから」
当然のことながら、母さんが言うそれは、今まさに僕が展開しようとしてたバリアブルシステムのことであり。
「まあ、二人の実力を考えるとそれも意味がないかもしれないけれど」
続く、この言葉は明らかに三好さんに対する挑発だ。
事実、母さんのこの一言で三好さんの目の色が変わったかな?
三好さんの場合、表情の起伏が乏しいのでちょっと分かり難いけど、無言のままに背負った大太刀を抜いたことを見るに、この手合わせに前のめりなことは間違いない筈で、
そんな僕にとってありがたくない一幕がありながらも、バリアブルシステムの説明が終われば手合わせの始まりだ。
三好さんはまず魔法――この場合は陰陽術になるのかな――によって強化された脚力で僕に肉薄すると、構えた太刀を振り下ろしてくる。
しかし、このくらいのスピードなら――、
僕は刀を振るう三好さんの腕を取り、その体ごと後方へと受け流す。
すると、ダッシュの勢いも相まってか、三好さんは派手に地面を転がって、
そんな三好さんを狙って僕が魔法銃を構えたところ。
「魔銃使いか」
僕が魔法銃をチョイスしたのは母さんと三好さんの反応を見て空切を除外、本人にも武器にもダメージがいかないようにと考えての選択だったのだが、体勢を立て直して僕を見た三好さんは、この状況と先の母さんの言葉をそう解釈したようだ。
膝立ちのまま僕が放った三発の魔弾を斬り裂くと、立ち上がりながら加速。
銃の利点を潰さんとばかりに距離を詰めてくる。
そして、斬り上げに始まって、袈裟斬り、一回転からの横薙ぎ三連、回転の方向を調整しての唐竹割りからの逆袈裟という怒涛の連続攻撃の最後――、
「破っ!!」
裂帛の気合と共に剣の振りに合わせて撒き散らされる衝撃。
彼女の刀に直接触れていない僕の体を衝撃が突き抜け、ドンと大きく弾き飛ばされるも、これくらいの威力なら魔獣の体当たりにも及ばない。
「虎咆が効かない」
今の流れるような連撃のラストを飾る謎の衝撃波に、見学するみなさんが盛り上がる中、僕は十メートルほど弾き飛ばされながらも崩れることなく着地。
もろに衝撃を食らった腕などに痛みはあるものの、その痛みのレベルは打撲や骨にヒビが入った程度でしかないので、これくらいなら無視しても戦いに支障は無いと、そのままサイドに回って連続射撃をしていくのだが、この攻撃は重心を低く取られることで躱されてしまい。
またも攻守は入れ替わって、三好さんは低い位置からの突き上げ。
その突きを体を捻って躱したところに刃を返しての横一文字。
この攻撃を魔法銃を盾に受け止めると、今度は弾かれた勢いを利用して、反対側からの斬撃。
僕は刀の強度が心配な高威力の二連撃に内心で驚きつつも、受け止めた方の手にかかった負担を鑑みて、二撃目を冷静に屈んでを回避。
すると、そこに飛んでくる膝蹴り。
僕は容赦なく顔面を狙ってくる膝を魔法銃を持っていない左手で受け止めると、右腕を使い足を抱えるようにして投げに移行。
『このまま抑え込んでしまえば決着かな』と、そんな安易な考えがよくなかったか。
「まあ、こんなものなのね」
いや、狙いすましたかのような母さんの余計な一言がガソリンになってしまったようだ。
三好さんは投げられつつも全身に魔力を循環させ、強引に僕の極めを振りほどくと、着地を待たず、強引な体の捻りで竜巻のような連撃を繰り出してくる。
と、そんな三好さんの曲芸のような攻撃に、僕はすべて防ぐのは難しいと、銃を持っていない左手で最近おぼえた〈散水〉を発動。
小さな三好さんの体を軽くノックバックさせ、今度こそ体勢を立て直される前にと魔弾を連射すると、その中の一発が三好さんの頬を掠め。
それを見た僕はさらなる弾幕を展開。
「汚い。虎助、汚い」
元春からそんな罵りを受けながらも、魔弾の連打を囮にして、魔弾を受けた影響から、動きが鈍くなった三好さんの背後に回り込み。
銃底でその細い首の背面をトンと打てば、三好さんの全身から力が抜けて。
「もっと簡単に仕留められたんじゃない」
「いやそれは母さんが三好さんを煽ったからでしょ。
それに簡単に勝負がついたらもう一回ってなったんじゃない」
三好さんが気絶するのと同時に側に現れた母さんと、そんな会話を交わしながらもぐったりした三好さんに状態異常の回復役を飲ませる。
すると、目を開いた彼女は何回かまばたきをし。
「おはよう。これでわかったかしら」
母さんの言葉で言葉でいまの戦いを思い出したか、軽くうつむくようにした後で、僕に体を支えられていることに気づいたみたいだ。
理不尽な恨み言を飛ばしてくる元春の声を背景にすっと姿勢を正すと、母さんの言葉からつい手合わせに熱を入れすぎたことを気にしたのか、若干視線を逸しつつ。
「参りました。これからよろしいくお願いします」
三好さんはあらためて僕へと頭を下げるのだった。
◆
さて、手合わせ終えたところで本題に入ろう。
「しっかし、組織内の派閥対立でパワーバランスが崩れるとか、政治みてーな話だな。
って、なんなんすかみんな黙っちゃって」
「いや、あんたの口からそんな言葉を聞くとは思わなかったから、
というか、あんたもリアクション早かったじゃない」
ちなみに、今の元春らしからぬコメントは、一部の皇宮警察のメンバーが妙な縄張り意識から母さんにちょっかいをかけたことをきっかけとして、手痛いしっぺ返しをくらってしまった結果というか、ペナルティというか、とばっちりというべきか。
とにかく、戦力不足に陥ってしまった組織を立て直すべく、ここに修行に来ることになってしまった三好さんの事情を聞いてのものである。
「んで、師匠に迷惑かけたヤツ等はどうなるんすか、いちおー警察なんすよね」
「そこは微妙なところなんだけど、そもそも皇宮警察は大っぴらな組織じゃないのよね。
だから、組織運営の邪魔になるなら放逐されることになるんじゃないかしら」
「一部、制裁を受けていない派閥の者が陰陽寮との合流を画策しているようですが……」
「ほーう、やっぱそういうのもあるんすね」
うん、元中二病の元春としては、組織の内情よりもいかにもな名前の組織の方が気になるようだ。
無駄にキラキラと目を輝かせたのも束の間。
「けど、戦力アップつったってそんな上手くいくんすか。
さっきのバトルもそうっすけど、皇宮警察の人って普通に俺なんかより強いっすよね。
ディストピアを使うにしろ何にしろ、ちょっとやそっとで強くなんのは難しいんじゃね」
「いや、三好さんのバトルスタイルなら何とかなるんじゃないかって僕は思ってる。
そもそも他の世界に比べて地球って魔素が薄いから、魔力の方もそうだけど、あっちの妖怪退治で得られる実績もたかが知れてるんじゃないかな」
「ま、たしかに、邪鬼だっけ? 川西さんトコのみんなが倒した鬼の実績とかしょぼかったもんな」
と、僕と元春が話していると、三好さんが小さく手を上げ。
「あの、二人は何の話をしているのです?」
「あ、すみません。これは説明しておいた方がいいですね。
実は魔獣なんかを倒すと、実績っていうものを獲得することが出来て、自分の潜在能力が開放されるんですけど……、
いや、これは実際に見てもらった方が早いですか」
ということで、説明が面ど――もとい、百聞は一件にしかずということで、三好さんにステイタスカードを使ってもらう。
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三好輝虎
魔力:4
獲得実績:【退魔剣士】【護衛】【見習い陰陽使い】【妖刀使い】【魔獣殺し】【魔人殺し】【死霊祓い】
付与実績:【モフ狂い】【剣姫】【十二支・虎】
――――――――――――――――――――――――
「……これが私の潜在能力?」
「なんかかっこいいやつが並んでんすね。
つか、モフ好きっすか」
元春のツッコミに関しては僕も気になったけど、三好さんはノーコメントのようだ。
「だけどこれ、魔力のところとか間違ってない?」
「たしかに、これは低いわね」
「そちらにはまったく才能がありませんでしたから」
三好さんもいきなりステータスというものを見せられ、多少混乱はあるものの、僕達のリアクションから、それがあまりよくない結果であると読み取ったのだろう。
どこか諦めたようなトーンで自分の評価を受け止めているようだが、
ただ、地球の魔素濃度と三好さんの年齢を考えると、この数値はそこまで悪いものでもなく。
「見習いでも陰陽使いっていう獲得実績が出ていますから、才能が無いということは無いのでは?」
「気の循環による肉体の強化と呪具への気力供給は才能がなくてもできますから」
「それなら属性を持たない魔法に向いてるってなると思うんですけど……」
得意属性というのは魔力の質によって決まるもので、要はその使い方だと思うのだが、
しかし、これに関しては直接調べてみた方が早いと、僕が占いで使うような丸い水晶を取り出したところ。
「これも久しぶりだな」
「わたしの時にも使ったじゃない」
「そうだったっすっけ?」
それを見た元春が適当なことを言って、それに玲さんに肩を竦め。
「この水晶玉は一体?」
「小さな世界という魔法の道具です。
これに魔力を流すと、その人にどんな魔法への適正があるのか教えてくれるんです」
「水鏡のようなものですか?」
陰陽師の世界にも同じ様なものがあるようだ。
ということで、三好さんが僕に促され小さな世界に魔力を流すと、透明だった水晶玉が真っ黒に染まり。
「わかりやすく闇ですね」
「なんだ。あるじゃないっすか、得意な属性」
拍子抜けする元春の一方で本人は驚いて声も出ないご様子で、
ただ、母さんにはこの三好さんの大袈裟なリアクションに心当たりがあるようだ。
「純粋な闇だからこそなのかもしれないわね」
「それはどういうことですの?」
「輝虎ちゃん達、陰陽師に連なる者は五行思想を基本に力を図るから」
母さんによると、陰陽師などが使う力は、木・火・土・金・水の五行思想によって成り立つもので、少なくとも皇宮警察関連の団体では、闇は水の範疇に含まれてしまうとのことだ。
成程、それで純粋な闇属性の三好さんが魔法の才能が無いと判定されていたのか。
と、僕が納得していると、ここで三好さんが焦ったように僕の肩を掴み。
「虎助殿、これを譲ってもらえませんか」
「構いませんが――」
「これでみんなも魔法が使えるようになるかもしれない」
聞けば、三好さんの派閥は魔法の才能が無しと弾かれた人が多く所属しているそうで、五行思想にとらわれないこの計測方法は福音と呼べるものになるかもしれないという。
ただ、〈小さな世界〉は、あくまでその人の得意な属性を図るものでしかないので。
「落ち着きなさい輝虎ちゃん。術理が伴わなければ意味がないでしょう」
母さんの言葉にはっとなる三好さん。
「しっかし、陰陽術にも闇の術とかありそうなもんすけど」
「たしかに、陰陽師って鬼や幽霊を召喚したりとかで、闇っぽいイメージはあるかも」
「秘伝として伝わっているものはあるのはあるのですが、基本的な術理は五行のどれかになってしまいますので」
ふむ、基本は五行思想に基づいた術理で、闇などの属性は上位魔法に当たるってところかな。
「だったら、ここでいっぱい買えばよくね」
「そうだね。実績うんぬんの前に、まずは三好さんに合う魔法をいろいろ試していこうか」
◆次回投稿は水曜日の予定です。




