錬金術講座
「素材入手が困難ですか」
「このリストにある半分ほどは材料すら揃えられないかと」
さて、この僕とメリーさんの会話がなんなのかというと、ヘルヴィさん達との手合わせが終わった後、本格的な錬金術の訓練を始める前に、まずは普段皆さんがどんな薬を作っているのかを、万屋のデータベースにある簡単なレシピを見せながら確認をしたところ、地球では素材の調達に問題が多いことが判明。
「世界樹の素材が採れればいいんですけど」
「我々の方でも世界樹の葉などを使った魔法薬の生成はまだ実験段階ですので」
玲さん帰還の件もあって、地球でも栽培を進めているが、魔素が薄い地球ではその成長は遅く、まだその素材を採取できる段階には達していないのだ。
そもそも、地球には世界樹の素材を扱うような魔法薬のレシピがほぼ残っていない状態で、
「なので、いまはその前段階として、工房周辺の空間の魔素濃度を高め、野菜工場ならぬ薬草工場の建設も検討していますが」
「魔獣や魔法生物の発生リスクも高まってしまいますからね」
魔力的に密閉空間を作ってそこで薬草などを育てれば、薬草などの質が上げられ、新しい薬草なども育てられるが、魔獣などの発生も増える可能性がある。
ただ、いまのみなさんなら魔獣が多少増えたところで対処が可能であって、慎重にではあるのだが、それら薬草工場などの建設が進んでおり。
その一方で、そういった(地球では)希少な素材を取り扱うには錬金術の技術向上が必須であるからして、
「とりあえず錬金術のレベルをアップする為にも、魔力付与をいろいろ試していきましょうか」
「ドリンクシリーズですね」
もともとある薬効成分を魔力でブーストして魔法薬を作り出す。
この手法を使えば、魔力の向上も狙える上に錬金術の技術も高めることが出来るということで、本格的(?)な魔法薬作りはまた後日するとして、今日は簡単な魔力付与方式での魔法役作りからはじめようという訳だ。
しかし、日本で一般的に手に入る有名所のジュースの効果はおおよそ把握しているものの、アメリカのそれがどのような効果になるのかはわかっておらず。
アメリカに帰ってからも同じように練習をするなら、先に手持ちのドリンクを魔法付与した時の効果を確かめておいた方がいいと、まずはジョージアさん達が持ち込んだドリンクの魔法付与を試していくことになり。
「とりあえず、種類が多いこの粉ジュースから試していきましょうか」
最初に試していくのはアメリカで一般的な粉ジュース。
杏さんのお姉さんである燦さんがアメリカに行って、こればっかり飲んでいたと、大量に持ち込んだその余りに魔力付与をしていこうと思う。
ちなみに、風邪薬なんかは普通に強化されたことを考えると、粉の状態でも何かしらの効果が付与されるだろうと、水に溶かさず魔力を付与した結果がこれである。
「グレープが回復効果と戦意高揚、チェリーが滋養強壮と戦意高揚、トロピカルが体力回復と戦意高揚、ストロベリーが解毒と戦意高揚、ピーチが治癒力強化と戦意高揚ですか」
すべてに戦意高揚という効果がつくところがなんともコメントに困るところだ。
しかも、これを水で溶いてしまうと戦意高揚の効果が消えてしまうようで、
「じゃあ、まずは戦意高揚がどれくらいの影響か、試してみましょうか」
一番の問題点である戦意高揚がどのようなものなのか、とりあえず飲んで確かめようとなったところ、一つ問題が発生する。
「これ、水で流し込んだら戦意高揚が消えちゃいますかね」
パターンとしてはその可能性が最も高いと思われるが、それだと検証にならないので、
僕は誘引の魔法を使って、その粉ジュースをラムネのように一纏めに固め、無理矢理飲み込んで、その効果を試してみることにするのだが、
「僕の場合、状態異常耐性が効いているのか、
回復効果以外に特にこれといった効果は出ないようですね」
「そうですか、でしたら――」
と、僕の治験結果を受けてメリーさんは周囲を見回し。
「キサラさん、飲んでみてくれますか」
「じ、自分がですか?」
「ふだん大人しいアナタなら、効果の程もわかりやすいでしょう」
成程、いろいろと大きい見た目に反して、どこか佐藤さんを思わせる小動物系の彼女なら、戦意高揚の効果を見るのに最適なのかもしれない。
本人としてはあまり乗り気じゃないようだが、メリーさん直々の指名だということで拒否権はないようだ。
ということで、キサラさんにもラムネ状にまとめたそれを飲んでもらったところ。
「くっ、ふふ、ふふふふふふ、あははははぁ――、滾ってきたぁぁぁ」
彼女は急に笑いだし、可視化できるほど魔力を爆発させる。
「これが戦意高揚の効果ですか」
「ふふっ、参謀――、
今のはちょっと酷いんじゃないですか。
私ショックです」
そして、無理やり実験台に選ばれたのを根に持ってか、メリーさんに絡んでいくのだが、
これに先程、僕と戦った長身のヘルヴィさんが頭を掻きながら歩み出てきて。
「キサラ、少し落ち着くんだ」
「これが落ち着いていられますか」
その首根っこを捕まえて落ち着くように言うのだが、
キサラさんはそんなヘルヴィさんにも突っかかっていき。
「これは戦意高揚というよりも酔っ払ってるような感じですね」
「誰が酔っ払ってるって?」
「だから止めなってキサラ」
「とりあえず、水で薄めれば薬の効果も薄くなるかもしれません」
誰彼構わず突っかかっていくキサラさんに、僕はアクアを呼び出し、強制的に水を飲んでもらう。
すると、アクアの〈水操〉で勢いよく流し込まれた水が、鼻から吹き出してしまうというハプニングがあったものの、キサラさんは無事に正気を取り戻してくれたみたいだ。
しばらく、ゲホゲホと咳き込んだ後に、鼻水を垂らしながらも「ご、ご迷惑をおかけしました」と何度も何度も頭を下げられてしまい。
その一方でメリーさんは淡々と――、
「この様子ですと、使用中の記憶はしっかりと残っているようですね」
「本っ当に申し訳ありません」
「責めているのではなく、確認です。
制御できる可能性があるなら、あの魔力爆発は有用そうですから」
たしかに、この戦意高揚の効果らしきものを上手くコントロールできるのなら、それは強力な武器になり得るかもしれない。
「しかし、この魔法薬、反動とかはないんですかね」
あれ程の魔力の放出だ。
何らかの反動があるのではないかと、そんな僕の危惧にメリーさんはキサラさんを見て。
「キサラさん、なにか違和感はありますか?」
「え――、と、特に無いと思うんですけど」
単純な自覚症状は無しか?
「精神的な疲労や魔力が落ちてるとか?」
「つ、疲れは無いです。魔力はむしろ増えてる感じがします」
あそこまで大量に魔力を使ったのだが総量が増えるというのは当然のことではあるが、この短期間で自分で感じられる程、魔力の総量が上がっているとするのなら。
「限界を超えて魔力を使っている可能性が高いですね。
地球で使うのは危ないかもしれません」
「今回のメンバーで一番大人しいキサラであの状態なのですから、
工房長が使った場合、違う意味でも危険になりますか」
チロリ、アイスブルーの横目を向けて、思い出すように危険性を告げるメリーさんにショックを受けるキサラさん。
「とはいえ、持ち運びには便利で味も悪くありませんし、魔法薬として使うぶんには問題ないですか」
「そうですね」
そうして、戦意高揚の問題が解決したところで、他に用意したジュースなどに魔力付与を試していくのだが、その効果には偏りがあるようだ。
「純粋な回復薬にできる飲み物があまりありませんね」
「ちょっとした怪我の回復薬なら、市販の軟膏に魔法付与するといいかもしれません」
「ハンドクリームなどですか、我々の場合は自作しますから、アメリカでも手に入るものが日本でも売っていると良いのですが」
切り傷などに効く軟膏は勿論、ハンドクリームなんかでも回復薬になったりするのだが、
魔女の皆さんの場合、そうした薬は自作したものを使っているようで、
「後はアミノ酸系の飲料の一部や成長補助飲料などに回復の効果がつくことが多いですね」
前者はスポーツ飲料としてたまに見かけるドリンクで、後者の方はココア味で有名な例のあれである。
と、それを聞いたヘルヴィさんが、
「だったら、プロテインに魔力付与したらどうでしょう?」
成程、プロテインには筋肉の修復に使われる栄養が詰まっているから、回復薬の材料になるのかもしれない。
そして、プロテインならヘルヴィさんが個人的に持ち込んだものがあるようで、今回はそれを提供してもらって実験をすることになった。
ただ、ヘルヴィさんに持ってきてもらったプロテインは、日本人の僕からしてみると珍しいものであり。
「大きいですね」
「そうですか、向こうだとこれが普通なんですけど」
個人的にはプロテインは大きな袋に入ってるというイメージだったのだが、ヘルヴィさんが持ってきたそれはちょっとしたガスボンベくらいある入れ物で、
「これも粉で付与と混ぜた状態で付与を試した方がいいですかね」
水に溶いたら消えてしまう効果があることは先の粉ジュースで学んでいる。
だから、まずはカップ一杯の粉を錬金釜の中に入れて、魔力を付与してみたところ、通常の回復効果に加え、疲労への回復効果もあるものに変化したようで、
「問題はこれを牛乳で割った時にどうなるかですね」
ちなみに、どうしてここで水ではなく牛乳で割るとなるのかといえば、プロテインはそちらの方が飲みやすいからである。
ということで、キッチンから持ってきた牛乳を専用容器に入れた魔力付与したプロテインをシェイクして、その状態で鑑定をしてみると。
「回復効果はしっかりと残ってますね」
そして、指先を針で一指し。
これに作ったプロテインの魔法薬を一滴垂して、すぐに傷が治れば正規の回復薬であることが判明。
「匂いは多少気になりますが、治りましたね」
ただ、針で刺した指先には血の匂いに混じって甘ったるい匂いが残ってはいた。
とはいえ、傷自体はしっかりと治っているようで、
これが牛乳で溶いたものだと考えると、乾いた後が大変そうであるが、
この魔法薬がふだん飲んで使うものであり、外傷は(まだアメリカ製のもので作れるのかは試していないが)軟膏を使えばいいとなれば、特に問題はなく。
「あらかじめ牛乳に混ぜたパターンも試しておきましょうか」
一応の確認とシェイクしたものを錬金釜に入れて魔力を付与した結果。
「色が変わりましたね」
「ということは効果の方も――」
「回復効果の他に、作成後、三十分以内に飲むと筋力アップ効果がつくようですね」
その鑑定結果を聞いて喜ぶのはプロテインを提供してくれたヘルヴィさんだ。
しかし、メリーさんからすると、それはあまり意味のない効果ようで「粉で十分ですね」とバッサリ切り捨てていた。




