メンバーチェンジ
「お世話になりました」
「いえ、こちらこそ至らない点が多くてすみません」
休日であるこの日、僕は修業を終えたジョージアさんやエマさん達のお見送りをしていた。
そして――、
「引き続き――」「よろしくお願い致します」
ジョージアさん達との別れの挨拶を済ませたところで声をかけてきたのはポリーさんとリュドミラさんだ。
アメリカの魔女のみなさんは交代で――、
リュドミラさんはヨーロッパの魔女のみなさんが来たのなら自分達もと、単身乗り込んできたという形になる。
「先生、こちらをお願いします」
それから、最後に沢山のアタッシュケースを運んできて声をかけてくれたのは極東支部の杏さんで、
彼女が台車を使って運んできてくれたアタッシュケースには、世界中の工房から集められた魔獣などの素材が入っていた。
これは、先日ジョージアさんからの要請で幾つか新しいディストピアを作ったところ、世界各地の支部で保管されている素材でもディストピアが作れないかという相談があったからだ。
ということで、僕がケースにして十箱分にもなる貴重な魔獣の素材を受け取っていると、アメリカのみなさんの引き継ぎなどが終わったみたいだ。
改めて、ジョージアさんとエマさんからお礼があったところで、皆さんは杏さんが用意したバスに乗り込み空港へ向かい。
僕は交代で残った魔女のみなさんを連れてアヴァロン=エラへ転移。
ジョージアさん達の時と同様に工房脇のトレーラーハウスに案内しながら、今回の訓練内容の要望を聞いていく。
「それで、今回はサポート系のみなさんがメインだとのことですが――」
「はい。戦闘の訓練もお願いしたいですが、錬金術などのアドバイスを優先していただけると助かります」
正直、錬金術をはじめてまだ一年くらいの僕が、すでに何年も魔法薬を作り続けてきたような魔女のみなさんに、何を教えられるかという話なんだけど、万屋なら貴重な素材もたくさん提供できるので、アヴァロン=エラの魔力回復量を加味すれば、エレイン君の作業を見ながら数をこなしてもらうだけでも相当な練習量になるんじゃないかと思っている。
実際、それで僕や元春、次郎君なんかは【錬金術士】の見習いが取れたからね。
「わかりました。
それでリュドミラさんはどうしましょう。
前に来た時、練習に使っていた銃は残してありますけど」
そして、最後に気になるのはリュドミラさん。
彼女に関しては、前回ヨーロッパからやって来たエマさん達と同様に、完全に飛び込みで来た形になるので、この後の予定とかはまったく聞いていないと、前回来た時のことを思い出して確認をしてみるのだが、
「叶うことなら、自分は戦闘訓練と錬金術の両方をご教授いただければと、
御存知の通り、自分は装備品も自作しておりますので」
どうやらリュドミラさんは純粋に魔女としてのスキルアップを目的としてやって来たようで、今回は自分でオリジナルの魔法銃を作れるところまでいきたいそうだ。
だったら、まずはアメリカの皆さんと同じように錬金術の練習からした方がいいんじゃないかと、そんな提案している内にもトレーラーハウスに到着。
先に部屋割りを決めてもらおうと、代表メンバー数名にズラリと並んだトレーラーハウスを見せて回ったところ、その内部を見たメリーさんやリュドミラさんが少し驚いたような顔をして。
「ここにジョージアさんやジニーが泊まっていたと?」
「そうですが」
これはもしや、別の支部の工房長のリュドミラさんを、他の皆さんと一纏めに扱ってしまったのは不味かったのかと、メリーさんを見るが、どうもそういうことではないらしい。
なんでも、ジョージアさんをはじめとした戦闘系の魔女の皆さんは、身の回りを片付けられないタイプの人ばかりだったみたいで、昨日までジョージアさん達がいたこの場所が、こんなに綺麗なのがお二人には信じられないご様子らしく。
ただ、これには明確な理由があって――、
「ベッドメイキングなどは彼等がしてくれていますから」
そう、このトレーラーハウスでは、エレイン君達がホテルマンよろしく、訓練の間に部屋の掃除やベッドメイキングをしてくれるのだ。
ゆえに、トレーラーハウスの中は常にきれいない状態に保たれており。
あと、母さんがみなさんの生活態度にもしっかり気をつけてくれていたのも原因の一つかな。
「聞いていた印象とはまったく違いますね」
訝しげに言ったのはメリーさんだ。
まあ、ジョージアさんが最初にここに来た時は母さんの命令で扱いが酷かったから、その時の話だけが伝わっていたのなら勘違いするのも無理はないかもしれないと、僕は一人納得。
魔女のみなさんには話し合いで部屋割りを決めてもらい、その間に各種錬金釜を用意して、
それぞれ泊まる場所を決め、荷物をおいて戻ってきた人に錬金釜を渡していると、
その中の一人、ヘルヴィさんという背の高い魔女さんから勝負を挑まれてしまう。
聞けば、僕の実力が見たいとのことのようで、
まあ、前に僕と戦ったことがあるリュドミラさんは別として、初めての人ばかりということで僕の実力を疑う人が多いだろう。
こうした場合、ある程度、実力を見せておくことは重要だと母さんからも言われているから、
僕は彼女達の申し出を了承。
トレーラーハウス前の荒野に出ると、模擬戦の時の御用達であるバリアブルシステムを立ち上げて、その仕様を説明。
「勝負の方法は何にします?」
「なんでもありで頼む。アナタと私でどれくらいの差があるのかを知っておきたいんだ」
この反応からして、ある程度は僕の話は聞いているのかな。
これは出し惜しみするのは失礼だと、僕は空切を抜き。
開始の合図と共に〈一点強化〉を使った踏み込みで首を一閃。
「はっ?」
「勝負ありでいいですか」
キャッチした首に目を合わせてそう言うと、彼女はしばらく呆然と固まった後に大きく息を吐き出して。
「聞くと実際に戦うのとじゃ大違いだ」
「僕のこれは初見殺しのようなものですから」
空切は殺傷力がまるでないが、相手を戦闘不能に持っていくという点においては最高水準の武器でありそれが初見ともなると、その効果は絶大だ。
まあ、空切の場合、たとえその力を知っていたとしても、その対処はなかなか難しいのだが……。
「ちなみに、武器無しで戦った場合はどうするつもりだったんです」
「そうですね――」
彼女は戦闘系の魔女とはいえどベースは魔法使いだ。
魔法を生かす余裕を奪ってしまえば、後は純粋な肉体による勝負である。
その体つきから見るに、彼女もそれなりには鍛えているようだが、魔法無しでの勝負なら僕にだって自信がある。
「これは口で説明するよりも見せた方が早いですね。
そちらの方、相手をお願いできますか」
「え、私ですか?」
あれ、このリアクション。
もしかして、彼女は単に先に戦った長身の魔女について来ただけだったとか?
とはいえ、このグループのまとめ役であるメリーさんやリュドミラさんもこの戦いには興味があるようなので、
周囲の期待も相まって、バリアブルシステムを使えばダメージそのものは無いものだからと説得。
そのまま試合開始となるのだが――、
ヘルヴィさんとの一戦が念頭にあるのだろう。
開始の合図からすぐ、杖を構える魔女さんに、僕はタイミングを見計らってダッシュで距離を詰め。
狙い通りワンテンポ遅れた反撃を引き出すと、杖を突き出すその手元を掴み取り、そのまま背後に回り込みつつ手首を軽く捻り上げる。
「こんな感じでしょうか」
見学者に向けて声を投げると、ここでリュドミラさんが元気よく手を上げたので、僕がテンポよく彼女を指名。
「いま戦い、一切魔法を使っていませんでしたよね」
「えっ、でも、すごい速さでしたよ」
リュドミラさんの質問に驚きの声を上げたのは、実際に戦った小柄な魔女さんだ。
「実績というものがあることは知ってますよね。その影響と、後はタイミングですかね」
「タイミング?」
「相手の呼吸や瞬き、行動の起こりなんかにこちらの動きを合わせることで、実際よりも動きが早いと思わせられるんです」
完全に揃えることはなかなか難しく、僕が彼女の体感を判断することは難しいが、今回は上手く嵌ったんじゃないだろうか。
その証拠に、この勝負を傍から見ていたみなさんの反応は彼女ほどの驚きではないのだ。
「ちなみに、そうした訓練を受けることはできますか?」
「早朝の訓練に加わっていただければ――」
実際、ここに何度も訓練に来ているジョージアさんやジニーさんは、僕が主催者になるのかな? 早朝の訓練に加わっていて、ある程度、僕や母さんの速攻に対応できるようになってきているのだ。
「早朝って何時でしょうか?」
「朝の四時ですね」
妙に丁寧な言葉になったヘルヴィさんの質問に僕が答えると、その顔がどこか気まずげなものになる。
その様子から察するに。
「朝が苦手なタイプですか?」
「というよりも、私たち魔女は基本夜型でして」
「時差もありますし、意外と大丈夫だと思いますよ」
確かに魔女といえば夜に活動するというイメージがある。
だけど、ジョージアさんやジニーさんも普通に訓練に参加していたことから、僕としてはあまり心配をしていない。
「それにここにはエレイン君が常駐していますので、心配なら彼に言っておけば起こしてくれますよ」
「そういうことならよろしくお願いします」




