●帝都脱出
◆十九章終わりです。(後書きにおまけがあります)
今年は健康面でいろいろありましたがキリよく終われました。
事の起こりは数日前――、
リュクコ帝国・宮廷技術院からの脱出後、下水道に隣接して作られた隠れ家に身を寄せたエルマが、この数日間の静養ですっかり体も癒えたと――、
いや、どちらかといえば、下水の管理もしているゴーレムの増加を見て、従魔達の下にも帝国の追手が差し向けられるのではないかと危惧を抱いたと言った方が正しいか。
そろそろ帝都から出たいという旨を万屋にいる虎助に伝えたことが始まりだった。
しかし、万屋では帝国の動向をほぼ把握している状態で、いまのところエルマにも獣魔に迫る影はないようだが、彼女としてはかわいい従魔達が心配でたまらないのだろう。
結局、エルマからの願いは無視はできないと、虎助はその要請を受諾。
前倒しで帝都脱出作戦が実行されることになったのだが、
ことは国の中枢である都市の警備網を抜けて脱出する作戦である。
やろうと言われて、すぐに実行とはいかないもので、
主にタイミング的な理由から、脱出の準備が整うまでの間、エルマは帝都の地図を憶えながらも、ネズレムを使って脱出の訓練をすることになった。
ちなみに、今のところ予定している逃走ルートは、帝都内の警備体制と帝国六将などの動きから、前回ラファが囮となって逃げた方向とはほぼ真逆にあたる職人街を抜けるものとなっていた。
そうして、シミュレーションすること数十回、
時に予定外のことが起こったことも想定して、途中でルートを変えるなどということまで試しながらも、エルマはネズレムを使って帝都内を走り回り。
ついに訪れた決行日――、
まだ夜も明けやらぬ時間帯から、一度埋め立てていた隠れ家の壁を静かに崩し、下水道に出たエルマが、まず向かったのは帝都内を流れる川に通じる排水溝。
ちなみに、どうして帝都の外までトンネルを掘ったり、下水道内を移動しないのかといえば、技術院の潜入の際にトンネルを使ったことから、帝国六将のブンランを始めとした帝国の魔法使い達が帝都周辺の地質を調べているようで、新しく地下を掘るのが難しく。
下水道を伝って帝都外に出るには、下水の処理施設や水門といった人間が通るには厳しい構造の箇所があるということで、帝都脱出には地上を使うのが無難だからだ。
ということで、エルマは酷い下水の臭いに悩まされつつも、大量投入されているマッドーゴーレムに見つからないように、斥候役のモスキートから送られてくるリアルタイムの地図データを慎重に読み取りながら、かなりの時間をかけて下水道の出口に辿り着く。
と、ここで全身に消臭剤を振りかけ、体に染み付いた悪臭を消し去ったエルマは、隠密性の高いマントを羽織り、素知らぬ顔で雪が散らつく街の雑踏に紛れ込む。
その後、帝都内を巡回する兵士に出会さないように迷路のような職人街を通り抜け、幾つもの倉庫が立ち並ぶ一角までやってくると、エルマは下水道内の隠れ家でレオから受け取っていたマジックバッグの中から、大きな魔法式が書き込まれたダンボールを取り出し、それを箱型に組み立てて頭から被ると、不安からか、硬い動きになりながらも、這うように地面を進み、今まさに馬車に積み込まれようとしている荷物の中に紛れ込む。
すると、どうしたことだろう。
荷物を馬車へと運び込んでいた人足が、さも当然のように、箱の中に蹲っているエルマごとダンボール箱を馬車へと積み込み。
数十分後、荷物が満載された馬車は商隊を組んで帝都の外門に向かい動き出す。
そう、帝都を抜け出す方法は単純明快、
万屋から届けられた最強の認識阻害のアイテムという触れ込みの箱を使い、大きな商会が旗振り役になっている商隊の荷物に隠れ潜み、検問をやり過ごして帝都の外へと脱出するというものだった。
ちなみにこの時、ラファは別行動で、
人間――少なくともエルマ――には突破不可能な下水処理施設の中を抜けて、既に帝都の外へ出ており。
ピンチの時にはすぐにフォローできるようにと、十匹以上のモスキートを操り、出口側からエルマの動向を探りながらも、いつでも強行突入できるような態勢を整えていた。
そんな中にあって、待ち時間なく帝都の外壁の中に吸い込まれた馬車は、そこで商人や御者、護衛の者達とその武器や防具、運ぶ荷物のチェックなどを受けることになるのだが、さすがは万屋が自信を持って送り出した超アイテムと言うべきか。
エルマが被ったその箱は兵士達に触れられることはなく、検閲を上手くやり過ごすことができたみたいだ。
その後、兵士と商人との間で簡単な質疑応答が行われ、動き出す馬車。
しかし、ここで気を抜いてはいけない。
帝都を脱出したからといって帝国の目が完全になくなることはないのである。
特に帝都周辺を巡回する兵士達には気をつけなければならない。
なぜなら、そうした兵士の中には理不尽な要求をつけてくる人物も居たりするからだ。
これまで幾度となく旅をしてきた経験から、そうした不良兵士がどこにでも居ると知っているエルマとしては、自分は箱の中に隠れているから滅多に見つかることはないものの、商隊が足止めを食ってしまっては困ると、下水道の脱出時に使っていた地図魔法窓を開き、そこに商隊の馬車の位置にその乗務員、周囲の護衛や通行人の位置などを各種アイコンとして表示させる。
これはエルマの乗る馬車を追従するラファとモスキートから送られてきている情報で、この地図を拡大していくと周囲の状況が自ずとわかっていくというものだが、
それによると、現在、帝都東に広がる平原には外門に出入りしている人の流れ以外に、特に気になる反応はないようだ。
とはいえ、さすがは周辺国で一番の発展していると名高いリュクコ帝国の帝都である。
東部外門だけでも出入りしている人の数は相当なものになっていて、
この状況で途中下車するのは見つかる危険が大きいと、エルマは早く遠くに逃げたいという気持ちをぐっと我慢。
その後、商隊の周囲に兵士が近寄らないようにと、こっそり後を着いてきているラファと密に連絡を取りつつも、1/16万スケールまで広げた地図上から帝都が消えるところまで馬車に揺られ。
自分を中心とした周囲一キロの範囲内に商隊以外の反応が無くなったところで、馬車からの脱出に動き出す。
とはいっても、ダンボール箱を被ったままちょこちょこ動いて、隙を見て馬車から降りるだけなのだが――、
それは本来、周囲を囲む護衛の誰かに、すぐに見つかってしまうような脱出法だが、このダンボール箱を被っている状態なら問題はない。
荷台から零れ落ちたダンボールを無視するように進む商隊。
エルマは後続の馬車に轢かれないように、迅速かつ気配を殺すような足取りで路肩に移動すると、近くの岩陰に身を隠し、商隊を見送ると、周囲に人が居なくなったかを地図上で確認し、半分ダンボールを被った状態で街道から離れ、ラファと合流。
それから、通信を使ってヤートとプイアに声を届けようかと考えるも、従魔達もいまは移動の最中かもしれないと通信をキャンセルして、いまは合流地点に向かうのが先決だと、魔法窓の地図を頼りに道なき道を突き進み。
途中、ウルフやボア、コボルトなどと遭遇するもラファと強力して無難に対応して、どうにか日暮れ前に合流地点に到着。
すると、そこに飛び込んでくる二匹の従魔。
「ヤート、プイアっ!!」
どうやら二匹は先に合流地点に到着していたようだ。
久しぶりの再会に抱き合う一人と二匹。
プイアは従魔になってまだ日が浅いことから、場合によっては忘れられているかもと心配していたエルマだったが、それは杞憂だったみたいだ。
周囲の警戒を忘れ、盛大なじゃれ合いをするエルマ達。
それから暫くして、一人と二匹が落ち着いたところで再生されるのは虎助からのメッセージだ。
それによると、この後の移動プランはすでに立てられているようで、移動手段の輸送も含め、エルマの側付きゴーレムのレオには、いったん万屋に戻って欲しいとのことである。
エルマはそんな虎助からのお願いに、そんなに良くしてもらって大丈夫なのかと心配になるものの、メッセージの送り主である虎助としても、エルマがそういうことを気にするのは分かっていたことなのだろう。
動画の中で何度も危険に巻き込んでしまった申し訳ないと謝りつつも、エルマがこちらの世界でラファやレオといった亀型ゴーレムを放ってくれたことによって研究が進んだと、感謝の言葉を述べた上で、これからする支援は、これまで迷惑への補填でもあるとも言われてしまえば、エルマとしても否とは言い難く。
加えて、リアルタイムでの情報のやり取りができないことと、今まさに助けられたという状況から、エルマはとりあえずお願いされたことはこなしてしまおうと、レオを万屋へ帰すべく、今日の野営場所の確保も兼ねて近くの川へと向かうのだが、ここで開いていた地図上に素早く移動する反応があることに気づく。
そんな地図上の反応に、帝国からの追手かと緊張するエルマ。
しかし、モスキートを使って確認してみるとそれは地元のハンターか?
四人の少年少女が大型のボアに追われて逃げているような状況で――、
このままだといずれ追いつかれてしまうと判断したエルマは、仕方ないとマントを被り、ラファと一緒に彼等を助けるべく動き出すのであった。
◆ちょっとした補足
単純な帝都脱出なら、ラファによるゴリ押しやダンボール箱のみの方法でも出来ると思われます。
ただ、エルマの(精神や腰への)負担を考えて、こういったシンプルな作戦になったといった設定です。
◆そして、おまけの後日談。
「ちょちょちょ、聞いてないんですけど、聞いてないんですけど、あんなダンボールがあるなんて聞いてないんですけど」
「言ってないからね」
「それ酷くね。
つか、俺にもあのダンボール作ってくれよ」
「別にいいけど、消耗品のわりに材料費が高いからわりに合わないと思うよ」
「……ちなみに、お幾ら万円?」
「ゴースト系の核石に隠蔽能力がある魔獣の皮、ダンボール自体もウチで作ったものだから、原価計算でも十万近くいくんじゃない?しかもあのダンボール一回使ったら終わりだから」
「それは確かに高いわ」
「能力的には優秀なんですけど、箱自体の耐久力もそこまででもありませんし、途中で潰されたら効果も消えちゃいますから」
「はえー」
「それで、元春どうする?」
「やったらあ」
「そう……、
お金払ってくれるならいいけど、変なことには使わないでよ」
「別に入っちゃ駄目なとこ意外ならいいんだろ、ワンチャンあるよな」
「ねぇ、大丈夫なの?」
「まあ、あのダンボールは別に透明人間になるとかではなく、単に荷物に紛れ込むようなものですから、おそらく」
「そういや、箱の中に入ったエルマさんも普通に運ばれてたっけ。
……ってことは元春も」
「廃棄処分する荷物に紛れなければいいんですけど、
まあ、なにかあっても元春なら自力で脱出してくれると思いますよ」
◆新章のプロット作りもあるので、年明けの更新は五日の月曜日になりそうです。




