鋼鉄の山羊
今回のお話はちょっと難産でした。
上手くかけているといいんですが……。
フレアさんが黒雲龍退治に旅立った隙にと始めた万屋の改修が終わり、後はお客様を迎え入れるだけというタイミングで鳴り響いた警報に、ゲートに駆けつけた僕達を待っていたのは獣型の魔動機だった。
全長はおよそ十メートル。小さなバスくらいある山羊のようなフォルムを持った魔動機が、ゲートから少し離れた荒野を縦横無尽に走り回り、四人の男女とバトルを繰り広げていた。
「あれは魔獣ですの?」
「いえ、エレイン君達の分析によりますと、魔動機のようなものではないかということですが」
僕からロボットそのものなのだが、ファンタジックな世界に暮らすマリィさんからしてみると、魔獣という可能性が念頭にくるのかもしれない。
隣を走るマリィさんの驚きと疑問が入り混じった声に、僕は戦場の周囲で指示待ちをしているエレイン君達から送られてくる分析結果を見ながら答える。
報告によると、かの魔動機と男女四人は、今から一分前にゲートに現れたそうだ。
先行してこの世界へと降り立った男女四人の会話から、彼等の逃亡中に、何らかのアクシデントが起こり、この世界に迷い込んできたのではないかとのことだ。
四人が四人、色や素材がバラバラで統一感の無い装備を見るに、迷宮都市アムクラブの探索者さんに近いような感じだけど……、
ピンチに陥っているというのなら相手の素性は関係ないか。
「とにかく声をかけて助太刀しましょう」
「ですわね」
「助太刀に入ります。下がってください」
「君達は?」
簡単なやり取りでマリィさんに意思確認。
戦闘中の四人に断りを入れた僕があがる疑問の声を無視してポーチから取り出した扇状の青いディロックをばら撒くと、
きっちり三秒後、無数の氷の巨花を荒野に咲き乱れ、メタル山羊というべき魔動機を飲み込む。
これで多少なりとも時間稼ぎにはなるハズだ。
「ポーションです。どういう状況ですか?」
僕がポーションを手土産に現在の状況を襲われていた四人の男女に求めると、
その手土産が功を奏したか、手短にではあるがここに至る話を聞かせてもらうことに成功する。
それによると、彼等はコプリスという国を拠点として活動する一級冒険者のパーティだそうだ。
使命依頼を受けて最近発見された古代遺跡の調査をしていたところ、その最深部へと至る通路でこのメタル山羊と遭遇したのだという。
突如として襲いかかるメタル山羊。
冒険者である彼等は当然のごとく応戦しようとしたそうだが、高速移動からの突進攻撃をメインとする山羊の攻撃は苛烈を極め、老朽化した遺跡内での戦闘は崩落の危険が伴うかもしれないと、まずは遺跡からの脱出を決めたそうだ。
しかし、その逃走中、不意に光に包まれたかと思いきや、気が付けばこのアヴァロン=エラにいたのだそうだ。
その話を聞く限り、メタル山羊からの逃亡途中に次元の歪みに巻き込まれたか、それとも転移系の罠の暴走に巻き込まれたのか。
転移の原因は不明だけど。
「その、君達にこのガーディアンを止められないのか?」
彼等がここに至るまでの状況をを脳内で整理する僕に話しかけてきたのは、業物らしき片手剣に円盾と、オーソドックスな剣士スタイルをした金髪の美男子だった。
ここに飛ばされた状況から、彼は僕達がこのメタル山羊の関係者と思っているのかもしれないな。
だが、それは完全なる勘違い。
状況が状況だけに僕達を疑うのも分からないでもないが、それを説明するのまた手間だ。
ならばここは手っ取り早く、
「そうですね。実際に戦ってみないと倒せるかどうかは分かりませんね」
止めるなら壊すのが前提だ。
そう暗に示すことで彼等の疑いを晴らそうと僕が答えていたところ、横からマリィさんが割り込みを掛けてくる。
「虎助、ゲートを使って送り返すというのはどうでしょう」
「残念ながらそれは難しいかと――」
意味ありげに向けた視線の先で氷の巨花が砕け散る。
どうやらあの山羊はメタル属性であると同時に雷の魔法も使えるみたいだ。
僕としては山羊よりも羊の方が電気系の魔獣というイメージがあるのだが、漢字でかけばどっちも似たようなものか。
そんなくだらないジョークを心の中で呟きながらも、僕は予め準備しておいた|魔法窓から〈聖盾〉を展開、どうにかその雷撃をやり過ごすと、続けて、
「それに、これだけの魔法を放つ相手ですからね。おとなしくゲートに入ってくれないでしょう。送り返す途中に今の雷撃を放たれたら、ゲートそのものが破壊され、どこか別の世界に転移させてしまうかもしれません。まかり間違って街中に転移してしまったら――」
「阿鼻叫喚の地獄ですわね。ならば一思いに倒すしか無いようですね」
言って、マリィさんは数発の〈炎の投げ槍〉を牽制に撃ち込むのだが、
「弾かれてしまいますわね。足止めにもなりませんの」
「いいですか。あの――、多分あの装甲自体が特別なものなのだと思われます。中程度の魔法反射魔法が付与されているようで、下位の魔法は殆ど効果がありません」
わざわざ手を上げて意見を差し挟んでくれたのは鋼鉄の山羊と戦っていた四人の内の一人、大きな杖に全身をすっぽり覆うローブと魔導師らしき女性だった。
受け取ったポーションを一気に飲んでお腹が苦しくなってしまったのか、口元を抑えながら言ってくる。
しかし、鋼鉄の装甲に軽い魔法反射能力か……。
「厄介な相手ですわね。どうします?」
「どうします――といわれましても、やることには変わりないと思いますけど」
「勝算はあるのかい?」
いろいろと意見を出したりしてみたが結局は当初の意見に帰結する。爆発系の魔法でメタル山羊の足止めをするマリィさんの質問に気軽そうに答えた僕の台詞をどうとったのか、さきほど探るような質問をしてきた剣士が改めて聞いてくるので、僕は改装したばかりの万屋に視線を飛ばしてこう答える。
「店を放って逃げられませんから」
すると、僕の戦う理由がツボにはまってしまったのか、四人の男女はお互いに視線を重ねてプッと吹き出して、
「だったら僕達も手伝わない訳にはいかないかな。この敵は僕達が呼び込んでしまったみたいだからね」
理由はどうあれ一定の信頼は得られたのかな?
爆発によって発生した土煙の向こうから重厚な蹄音を響かせながら現れるメタル山羊に剣を構える青年剣士。
「それでどう戦うんだい?」
「皆さんはいつも通り立ち回りをして下さい。こちらはこちらでやりますから。ああ、大技を使う時には言ってくれれば距離をとりますのでお願いします」
「そうだね。知らない者同士、下手に連係を取るよりも個々に動いた方が対処がしやすいか」
作戦ともいえないやり取りを交わし、突っ込んでくる鋼鉄の山羊に全員が散開――するかと思いきや、一人、彼等の中で最年長だと思われる立派な髭をたくわえたドワーフの戦士がその場に残る。
何をするつもりだ?
心配と若干の興味を乗せた僕の視線の先で、どっしりと、まるで相撲の立会い前のような雰囲気を醸し出すドワーフの戦士。
そして、
ガキョっと鉄と鉄がぶつかり擦れ合う音が鳴り響き、十メートルを超すサイズの鋼鉄の塊の侵攻がストップする。
まさか、あの小柄な体で鉄の塊ともいえるメタル山羊を受け止めるだなんて――、
いや、突進を止めたのは彼の力だけでは無いのか。
よくよく見れば鋼鉄の山羊の四本の足の各所に赤銅色のゴーレムが複数体とりついていた。
エレイン君達の支援にドワーフの彼も面を食らったようだが、
「大丈夫です彼は味方です」
僕がそんな声を飛ばすと、
「よし、この山羊を右にぶん投げる。できるか」
ドワーフらしい(?)率直さでそう叫ぶと、こちらの返事を聞かずに――、
「どぉぉぉぉおおっせいぃぃぃぃいい!!」
砲声一発。鋼鉄の山羊をゴデンと横にひっくり返す。
そして、
「今だっ!!」
凛々しい剣士の声を皮切りに、彼等パーティ一同が、そして僕自身も飛び込み攻撃を加えていくのだが、
その攻撃はことごとくつるりと滑らかなメタル山羊の装甲にことごとく防がれてしまう。
どうもこの山羊を覆う装甲そのものもかなりの硬度を有しているようだ。
だから僕の空切が持つ魔法効果も遮られてしまうと――、
空切が役に立たないというのなら。
僕が武器を持ち替えようとしたところ、鋼鉄の山羊から低く鳴動するような音が聞こえてくる。
その鳴動音に嫌な予感を感じた僕は飛び退こうとする。
しかし、その直後、バチンと白色の衝撃がメタル山羊から放たれる。
さっきの氷のディロックを破壊した電撃攻撃か?
いや、これは――電撃によるスタンが狙い?
全身を貫く痺れを伴う痛みにこの攻撃の危険性を僕は覚る。
だが、実績かそれとも装備によるものか、リーダーらしき青年とドワーフの彼は電撃に耐えられたみたいだ。
一方、軽装備の女性が一人、麻痺に陥ってしまったようだ。
これはちょっとマズイかも。
迸る電撃の中、俯瞰するように周囲を見渡す僕の視界内で、電気ショックを全身に浴び、体を大きく弓なりにした軽鎧の女性が崩れ落ちるのを見付けた僕はすぐに助けに入ろうとするが、
僕の目の前で、メタル山羊がその鋼鉄の前脚を二脚、動けない彼女に振り下ろす。
あの攻撃を食らったら、いくらアヴァロン=エラに張り巡らされる加護があったとてただでは済まないぞ。
けれど、今からゲートを介した〈聖盾〉を展開しても間に合わない。
それなら――、
僕が選んだのは空切による迎撃だった。
メタル山羊の装甲が持つ魔法反射効果を利用しようと考えたのだ。
「〈一点強化〉ッ!!」
そこに腕力を強化した一撃を加えれば――、
ジャンプ。
僕は、杭打機のように振り下ろされんとしている鉄脚の横腹に、振りかぶった空切を叩きつける。
と、その一撃によってメタル山羊のスタンプ攻撃はわずかに逸れて、間一髪、軽戦士の彼女への一撃を回避することができたみたいだ。
しかし、安心するのはまだ早い。
何故なら前脚がまだ一本残っているからだ。
時間差をおいて振り下ろされんとするもう一本の前脚。
でも、このタイミングなら――、
「〈聖盾〉」
僕は全力の一撃を打ち込みながら開いた魔法窓からターゲット設定、そこからの魔法式起動する。
現れた光の盾が鋼鉄の蹄を受け止める。
だが、ゲートに溜まる魔素を利用して作り出した〈聖盾〉も、鋼鉄の大質量を乗せた圧撃には耐えられなかったみたいだ。
一秒と保たず軽装備の彼女を守る光の盾にひび割れが走る。
しかし、〈聖盾〉が破壊される頃にはエレイン君達が無事に気絶した少女を救い出している。
そんな救出劇を目下に僕は打ち払った前脚を足場にその場からの離脱を図る。
だが、そんなタイミングでメタル山羊がまた別の攻撃を繰り出してくる。
それは二発の踏み付けの勢いを利用した突進だった。
「しつこいね」
迫りくる鋼鉄の巨体を空切で受け止める僕。
しかし、踏ん張りの効かない空中では大質量の突進を止められるハズもなく、大きく後方に吹き飛ばされてしまう。
まあ、地上で受けたとしても、質量差から結果は変わらなかっただろうけど……、
なんて言ってる場合じゃないな。これはちょっとヤバイかも。
吹っ飛ばされてるこの状況で背後を確認できないが、相対位置から考えて、そう遠くない背後にゲートを囲むストーンヘンジが迫っているのだ。
このままだと巨岩と鋼鉄の山羊に挟まれてグチャッとスプラッタな最後にまっしぐら。
どうする?
いや、手はある。
だけど、これはタイミング的にかなりシビアなんじゃないか。
絶体絶命のピンチの中にあって僕の脳裏に過ぎったのはゲートの結界を足場にした緊急脱出。
自分の背後に結界を展開。それを足場に迫る突進をジャンプで躱すというシンプル作戦だ。
だが、この作戦は、一瞬でも脱出にもたつくと、結界と突進してくるメタル山羊との間に挟まれてしまい、スプラッタな最後の前倒しなんてことになりかねない。
とはいえ、このまま手をこまねいていても結果は変わらない。
一方通行の結界を上手く使えば安全に結界の内側に避難できるかもしれないけど、結界の設定から展開と、どの道、時間的にシビアになってしまう。
だったらここは腹をくくるしかないか。
僕は眦を決し、いざ作戦を発動せんと魔法窓を操作しようとしたその時だった。鋼鉄の山羊の腹下で爆発が起こる。
なんだ――って、こんな魔法を使う人なんて、この場に一人しかいない。
おそらくマリィさんが〈爆撃〉の魔法を鋼鉄の山羊の腹下に叩き込んでくれたのだろう。
鈍色の巨体が大きく浮かび上がる。
チャンス。
僕は操作途中の魔法窓をそのままに、爆発に巻き込まれながらも目の前を跳ね上がる前脚に片手で捕まり、爆発に仰け反る勢いをカタパルトとして利用、一気に鋼鉄の山羊との距離を取る。
思いの外、高く打ち上げられてしまったけれど、そこは〈誘引〉の魔法と展開中だった結界を利用すれば問題ない。
僕は〈誘引〉の魔法を自分を中心に発動し、操作途中の魔法窓から結界を展開すると、〈誘引〉の魔法で結界に軽く吸い付くように落下の勢いを緩和して無事着地。
マリィさんたち後衛が陣取る位置まで下がったところでメタル山羊に再び氷のディロックによる足止めを施して、
「助かりました」
「お礼は不要ですの。私もまさかここまで上手くいくとは思いませんでしたもの」
「でも、直接ではなく間接的になら初級の魔法も効くんですね」
「あの山羊を覆っている防御術式はあくまで反発の魔法効果ようですからね。虎助のディロックも足止めとしてはきちんと役割を果たしていましたでしょう」
たしかに、だけどそれなら、
「もしかして爆発魔法で押し切れたりします?」
「あれだけ素早い相手ですと照準を合わせるのが難しいですの。今回は虎助に気を取られていたということもありますし、設置型なら当てられるとは思いますけど周りに皆さんがいますから」
爆発系の魔法で衝撃を与え続ければ、もしかして倒せるのでは?そう思って訊ねてみたのだが、どうやらそれは難しいらしい。
一対一では絶大な威力を誇る爆発系魔法も集団戦では使いづらいようだ。
だったらいっそのこと、今この場でリモコン式の爆発魔法をソニアに作ってもらおうか。
マリィさんの話からそんなアイデアを思い浮かべていると、
「モルドレッドは動かせませんの?モルドレッドなら力で押し切れると思うのですが」
「どうでしょう。それこそ爆発魔法同様、あれだけ素早い相手だと捕まえるだけでも骨が折れますからね」
アヴァロン=エラの守り神ともいうべき巨大ゴーレムのモルドレッドは、人間では対処しきれない大型の魔王や龍種などを想定した戦闘要員だ。一定以上のスピードを持つ相手になるとロマン砲とかそういう扱いになってしまいがちである。
それなら普通にエレイン君軍団で取り囲みちまちま打撃を与えていった方が効率的なのではないか。
僕がそう意見すると、
「つまり、この魔動機に対しては地道に削っていくのが一番の攻略法ということですの」
「ですかね」
まあ、あのメタル山羊が普通の魔動機だったのなら、魔力切れを狙うという方法もあるんだけど、遺跡のガーディアンとして配置されているような魔動機に、魔素を取り込む仕組みが組み込まれてなハズはない。
「おい、そこの二人、行ったぞ」
メタル山羊の攻略に耽っていた意識に響いたドワーフの彼の声に半オートモードだった意識を前に向けると、僕達の元にメタル山羊が突っ込んでくるところだった。
しかし、さすがにここまでの長期戦ともなると相手の攻撃パターンもだいぶ読めてきた。
猪突猛進なメタル山羊の突進にも慌てずマリィさんを小脇に抱えて回避行動。
お返しとばかりに放った解体用ナイフの一薙ぎには、鉄をひっかくような手応えがあるのだが、
「普通のナイフではこの装甲を斬り裂くのは難しそうですね」
「というか硬すぎるんだよ。手が痺れる~」
独り言のような呟きに応じるかのような台詞を叫んだのは軽装備のお姉さんだ。
相手は鋼鉄の塊。何度も何度も斬りかかっていればそりゃ手が痺れる。
「斬撃よりも打撃をメインに攻撃した方がよさそうですね」
「そうなると最も効果が高いのはワシの攻撃くらいか」
そう言って、ドワーフの彼は担いだハンマーで山羊の右頬をぶっ叩く。
からのドスンと重量感たっぷりの着地を決めたドワーフの戦士がぶうたれる。
「しかし、どんだけ頑丈なんじゃコイツは、普通の魔動機なら頭をぶん殴られたら多少は動きが鈍るもんなんじゃが」
動物に模して作られている魔動機はだいたい頭に感覚器が集中している。
故にそこを集中的に狙えば、いつか動きを止められるのかもしれないと、普通ならそうなるハズなのだが、どうもこのメタル山羊はそっちの方も頑丈なようで、
こうなってくると下位の魔法攻撃がほぼ役に立たないのは厳しいな。
例えば打撃の効果が高いのなら、誰もが使える土系の初級魔法を全員で連打するという作戦も立てられるのだが、あの反射魔法を前にしては実績の獲得が必要な中級以上の魔法でないとほぼ役立たず。
マリィさんの〈爆弾〉や氷のディロックなんかの範囲攻撃なら、それなりの効果を発揮するのだけど、大したダメージは与えられない。
となると、もう、これは相手が壊れるまで普通に武器で打撃を与えていくしか方法がなくなってしまうのだ。
あの鬱陶しい外装の一部でも貫ければ、また話は違ってくるんだけど。
ああ動き回られると上級魔法に必要な魔力を溜めるのも至難の業だ。
他に考えられるとしたら、装甲内部を直接破壊することだが、
生物であろうと、機械であろうと、それが魔素を利用して動いているものである以上、その内部に魔力を通すことは相当な量の魔力を投じなければならない。
それを戦闘中に、しかも、動き回る相手に向けて行うなんてほぼ不可能。
シューティングゲームにありがちなあからさまな弱点でも、また話は違ってくるんだけど、装甲の妨害なく狙える部分は関節部分に見られる僅かな隙間だけ。
激しく動き回り、魔法反射する付与効果を押し切って、各パーツの隙間に正確な魔法を撃ち込むのは、さすがのマリィさんでも難しいだろう。
どちらかといえば、ティマさんとの戦いで使ったような〈火弾〉の弾幕を張り、下手な鉄砲数撃ちゃ当たるとかやった方がまだ簡単だというものだ。
…………いや、別に撃ち込む必要は無いのか。
「すいません。いいですか」
「なにか考えが?」
「はい。ちょっと試してみたいことがあるんですけど」
「いいんじゃない。どうせこのままだと何時まで経っても倒せないかもしれないし、できるかもなら試すべきだよ」
ふとした閃きからかけた僕の提案にうんざりしたような声で割り込んできたのは軽装備のお姉さんだ。ちょっと投げやりに聞こえるのはメタル山羊の硬さに辟易しているからだろう。
「それで僕達は何をすればいいんですか?」
「皆さん。まずはこいつを飲んで下さい」
青年剣士の問い掛けに、僕はメタル山羊の攻撃を躱し、いなし、時に反撃しながら、腰のアイテムポーチから取り出したクリアブルーの魔法薬を前衛陣に投げ渡していく。
「これは?」
これは火山に出来たダンジョンなどに潜る探索者の方々が買い求める冷却材。
飲むことで体の周囲に氷属性の魔力を存分に含んだ空気をまとえるというポーションだ。
「炎の範囲魔法で押し切るという作戦ですか」
「ですが、それはあくまで一つの魔法、跳ね返されてしまうだけなのではないですか?」
冷却材の効果を聞き青年剣士が僕の作戦に当たりをつけ、しかし、その作戦には穴があると魔導師らしきお姉さんが懸念を飛ばしてくるが、
「そうですね。ただの火炎魔法ならば跳ね返されてしまうかもしれません。ですが、その魔法がホコリのように小さな魔弾をばら撒くものでしたらどうでしょう」
「〈愚者火〉を使いますのね」
ここまで説明したら当然気付きますよね。マリィさんは僕の考えを理解したようだ。
「イグニスファトゥス?」
一方、彼等の世界には〈愚者火〉という魔法は存在しないらしい。
正解を聞いても疑問符を浮かべたままの異世界の魔導師を横目に、マリィさんが百聞は一見にしかずと〈愚者火〉の魔法を発動させる。
マリィさんの手の平から火の粉が溢れ出し、あっという間に辺り一面を覆い尽くす。そして、その火の粉一つ一つがマリィさんの指揮に従うようにメタル山羊にまとわりついていく。
「綺麗な魔法だね」
不意に現れた火の粉の乱舞に、青年剣士が荒ぶるメタル山羊の攻撃を受け流しながら呟く。
「しかし、威力そのものはほぼゼロに近いようですが」
続いて口を開いたのは魔導師のお姉さんだ。
「〈愚者火〉は攻撃ではなく探索に使う魔法ですから、残念ながらそれ程の攻撃力はありません。ですが、そこは火の属性の魔法、炎熱によるダメージはきちんと発生しますのよ。例えば――」
魔導師のお姉さんの疑問にマリィさんが〈愚者火〉という魔法の概要を口にし、メタル山羊の後ろ足を指差すと、そこには薄煙が立ち上っていていて、
「このように、数十、数百の数の火の粉を魔動機の内部まで送り込めば、火に弱い部品を焼くことだって可能ですのよ」
たぶんマリィさんも、こんな風に〈愚者火〉を運用したのは初めてなのではないだろうか。
しかし、自信満々に説明するその姿は、今まで何機もの魔動機をその魔法で屠ってきたようないうような雰囲気を醸し出していた。
そして、
「鉄山羊の動きが鈍ってきたぞ」
こうなってしまった機械は意外と脆い。
後は動きが鈍ったメタル山羊の関節部分に使い捨てのミスリルナイフを強引に突き立てて、
「えっと、ドワーフのお客様(?)このナイフを打ち込んでもらえませんか」
「なんじゃそりゃ。――と、わしの名前はドノバンじゃよく覚えておくがいい」
どう呼んだらいいものか、そんな僕のお願いに、ドワーフの彼がハンマーを振り下ろす。
すると、ミスリルナイフは黒板を引っ掻いたような音を立て、メタル山羊の内部へと押し込まれる。
パチッと電気が弾けるような音がして、
「皆さん逃げて下さい!!」
僕の声にドワーフの彼――改め、ドノバンさんが退避。そして、発生した小爆発と同時に鋼鉄の山羊の後ろ左足が脱落する。
後はこれの繰り返し、
マリィさんが〈愚者火〉を操り、僕と軽装備のお姉さんが各部関節にナイフを突き立てて、ドノバンさんが仕上げの一撃を打ち込んでいく。
その間、手が開いている青年剣士と魔導師のお姉さんはメタル山羊のヘイトを稼いで、
残った両の前足と後ろ足の一本。そして、首を切り落としたところで、動力か頭脳、それに関わる回線を切断できたのか、メタル山羊の抵抗はそこで終了。
「倒した?」
「まあ、お約束ですとここで自爆ってなるんですけど」
しかし、どうやらこの山羊の開発者はマッドサイエンティストとかそういう類の人ではなかったようだ。
最後にわずかな鳴動する音を立てた後、山羊の形をした魔動機は静かにその動きを止めるのだった。




