耐寒薬と果実酒の話
「これがその薬ですのね」
放課後、余ったお餅で作ったおかきを食べながら何を話しているのかというと、
実は本日、ガルダシア領内に出来たトンネルの出口でちょっとした雪崩が発生し、出入り口を警備するカイロス領の兵士が数人、その雪崩に巻き込まれてしまったそうなのだ。
その事故自体はすぐにマリィさんが駆けつけて、雪を溶かして事なきを得たというが、巻き込まれた兵士が軽い低体温症になってしまったようで、そうした時に効く魔法薬がないのかと、マリィさんに万屋特性の耐寒薬を見せていたという訳だ。
ちなみに、その原料というのがフレアさん達が見つけてきた害悪タンポポこと、六花草の綿毛であり。
「虎助、この魔法薬はどの程度の数が用意できますの?」
「量はそれなりに用意できますけど、六花草の量産は危険が伴いますから、
緊急用なら、とりあえずお店にある分で十分じゃないですか」
サンプルとして見せているもの以外に、お店の中に二十本――、
それだけあれば、緊急対応としては十分な数なのではないかと、僕はそう考えていたのだが。
「雪崩対策以外にも魔鏡より赴ける雪山の探索に使いたいと考えていますの」
「あれ、その雪山は前にリスレムを送り込んで調べていませんでした?」
ガルダシア城の魔鏡から転移できる七つの世界に関しては、前にだいたいの調査を終えていると思ったが、なにか気になるものでもあったのかと聞いてみると。
「実はその時の報告に氷菓の実というものがありましたの。
それをガルダシアでも育てられないかと思いまして」
そういえば、ガルダシアではこの春から作る作物に果樹を増やしたいという要望があったんだっけ。
マリィさんは魔鏡を潜った先にある、氷菓の実がなる樹が気になっているようで。
「氷菓の実ってことは、アイスっ●てこと?」
「氷の果実の方じゃない?」
そんな僕とマリィさんの会話を耳に、疑問符を浮かべるのは元春と玲さんだ。
ちなみにデータベースから調べてみると、この氷菓の実というものは摂氏零度以下の環境下でなる果実のようで、
その実は甘く、とろけるような口溶けの――、
まさにアイスのような果肉を持っているみたいだ。
しかし、そんな実がなる樹を探しに行くとなれば――、
「メイドさんの装備も更新した方がいいですかね」
トワさんなど、武闘派メイドのみなさんは逐次装備の更新している。
ただ、ガルダシアの雑事や調査をしているメイドのみなさんは、もう一年以上の前に装備を作ってから更新しておらず。
この際だから、防寒対策も兼ねて、新しい装備を作ってみたらどうかと提案してみると、マリィさんも望むところであるようで、かなり乗り気な反応が返ってくるのだが、
「前にも聞いたかもだけど、そういうのって地球とかから持ってくるのってのはダメなん?」
ここで横槍を入れてきたのは元春だ。
「それなんだけど育てるのに時間がかかる果樹は魔素がどう影響するのかわからないだよ」
数ヶ月で収穫できる野菜ならまだしも、年単位で育てなければ収穫が難しい果樹などは、周辺魔素がどういった影響が出るのかわからない。
場合によっては環境が違いすぎて枯れてしまったり、実が生らなかったり、最悪魔獣化してしまう可能性だってあるのである。
それに、単純に実験としてならまだしも、それが村人達の生活の為のものとなれば、できるだけ成功率の高いものを育てたいのは当然の選択で。
「世界樹を接ぎ木をすればいけんじゃね」
「貴方――、世界樹の希少性をわかっていますの」
元春が言うように、世界樹を接ぎ木すれば、地球の植物でも異世界で難なく育つようになるだろう。
しかし、そうやって収穫した実は、その希少性から、場合によっては争いの種にすらなりかねないのだ。
「じゃあ、マオっちのとこからそういう木を持ってくるとか?」
「魔王様の拠点も魔素が濃いから、どうかな?
周辺の森から取ってくるならいいかもだけど」
さすがにそこまで採りに行くのは手間じゃないかと、僕が唸る一方で、ゲームをする手を止めた魔王様が、こてんと上半身を畳に寝っ転がるようにして、頭に乗っていたシュトラをキャッチしながら。
「……ガラティーンが取ってきてくれるかも」
成程、日頃から夜の森の周辺の見回りをしてくれている、自立聖鎧のガラティーンさんに頼めば、マリィさんの領地でも安全の育てられる果樹を持ち帰ってくれそうである。
「そうですわね。果実を見つけたらお願い致しますの」
「……わかった」
ということで、元春のアイデアは無事採用と相成って。
「マオっちんトコって結構あったかい森なんだよな」
「……微妙?」
「魔王様の拠点の環境は森にいる精霊の種類によって変わってきますしね」
夜の森の気候は、その時、森に滞在している精霊の力関係によって変わってくる。
場合によっては大雪が降るようなこともあるようで。
「そう聞くとマジで特別っな場所って感じだよな。
けど、それならそれで逆にレアな木とかあったりして?」
「……フェアリーベリー?」
「あー、あれもそうか」
お祈りをせずに食べると、実の色によっていろいろなイタズラ的効果を受けてしまうというフェアリーベリー。
正確にいうとフェアリーベリーは木の実ではないのだが、夜の森特産のフルーツには変わりなく。
「そういや思い出したんだけどよ。
前にフェアリーベリーで酒作るとか言ってなかったっけか」
「作ったよ。
魔王様の拠点のみなさんに味見してもらったら、なかなか好評みたい」
「……みんなのお気に入り」
実験として作った分はほぼ消費され、いまは魔王様の拠点にて新しく仕込んでいるという。
「しっかし、あのフェアリーベリーの酒とか、変な効果が出たりしなかったん?」
「飲む前に祈れば妖精のみなさん以外でも平気みたい」
魔王様の拠点に暮らすみなさんによると、精霊への祈りを届ければ、もともとの実と同じく変な効果は出ないようだ。
ただ、精霊へのお祈りをせずにこの果実酒を飲んだ場合、フェアリーベリーを食べた時にかかる、イタズラ的な効果のどれか一つをランダムで受ける仕様になっているようで。
「実の効果はしっかり残ってんだな」
「普通に果実酒を作っただけだから」
前にヴェラさんに試作した人化薬のように錬金術などで方向性を調整するならまだしも、そのままお酒に漬けただけとなれば、その効果は引き継がれるのが当然のことである。
「しかし、果実酒ですの。
それは一つの特産になりそうですわね」
「たしかに――」
「けど、あれって氷砂糖がいんじゃなかったっけか、
マリィちゃんのとこって氷砂糖とかあるん?」
「私が無知なだけかもしれませんが、氷砂糖の類は見たことがありませんの」
マリィさんの領地周辺で手に入る砂糖は、サトウキビのような植物を使った黒糖に近いものが一般的なようで、上白糖に近い砂糖もあって、それらを使っても果実酒は作れないでもないようだが、
インターネットで調べてみると、氷砂糖はショ糖の塊みたいなので、錬金術を使えば純度の低い砂糖からでも抽出することもできるのではと、僕が魔法窓片手に教えたところ、マリィさんは「ふむ」とその小さな顎に手を添え。
「場合によっては売り物になるやも知れませんので、トワと相談してみますの」
魔法窓を開いて、お城との連絡を取り始めたようだ。
そして、そんなマリィさんの動きに気づいていないのか、元春がいつもの調子で、
「そういや梅シロップってあるよな。あれって他の果物でも作れたりしねーの」
「そういえばあんまり聞かないね」
インターネットで調べてみると赤紫蘇を使ったものは見つかったものの、果物をそのまま漬けるものは殆ど見かけなかった。
「むー? 酒はあるのに普通の砂糖漬けがないのはどうしてなんだ」
「もともと甘みが強いからとか?」
こちらはいくら調べても理由はハッキリしなかったのだが、果物で作る砂糖漬けというと、レモンを使ったものくらいしか見つからず。
それ以外となると、缶詰なんかでおなじみのコンポートばかりとなり、果物をそのまま何かに漬けるとなると、お酒かお酢に漬けるのが一般的なようだ。
「お袋にリンゴ酢とか飲まされたな」
「千代さん、一時期嵌ってたよね」
というか、リンゴ酢はリンゴを押すにつけたものではなく、リンゴそのものをお酢に加工したものなんだけど、元春の名誉のためにツッコミは控えておこう。
「ふむ、お酢は余っていますから、そうしたものも試しに作ってみますか」
「健康にもいいですしね」
「しかし、こうなると梅が欲しいですわね。メイド達、特にお母様やトワ、スノーリズが好きなようですし」
マリィさんの呟きに反応したのは元春だ。
「よし虎助、梅だ。梅を用意するんだ」
「だから、ちゃんと育つかわからないから」
「世界樹に接ぎ木すればいいだろうがよ」
「それだと外に出せないって言ったでしょ」
ただ、お城で消費する分には構わないか――ということで、また後で魔王様に実験のお願いをしたところ。
「……はちみつ梅、作りたい」
魔王様もはちみつ梅をご所望のようで、
僕は大量の梅の苗が必要になりそうだと、家の周りの園芸店をピックアップしていくのだった。
◆次回投稿は水曜日の予定です。




