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スノーフェアリー

 それは、そろそろ元春が家に帰ろうとしていた午後五時過ぎ――、

 フレアさん御一行が慌てた様子でお店に飛び込んできて、量産品のマジックバッグを片手に捲し立てる。


「虎助、スノーフェアリーを倒したから解体してくれ」


「わかりました。ベル君お願い」


 四人の様子を見て、僕はベル君にマジックバッグを持たせて工房に走らせ、エレイン君に急ぎの解体注文を出す。

 すると、ここで帰ろうとしていた元春が、背負おうとしていた学校指定のバッグをカウンターに置きながら聞いてくる。


「妖精を解体ってそんなんできるん?」


「うん? スノーフェアリーは下位竜種だぞ」


「フェアリーじゃないんかい」


「名前はフェアリーって付いてるけど、ツチノコとかそんな感じ生物にふわふわした体毛を生やした感じの魔獣みたい」


 解体の注文を出したところでスノーフェアリーのデータは僕の手元に上がってきている。

 それによると、フレアさんが言うように、このスノーフェアリーという魔獣は小型の下位竜種にカテゴライズされる存在みたいで、ヒグマサイズのふわもこな丸い体で跳ね回り、相手を撹乱、隙を見て獲物を丸呑みにするという、可愛い見た目とは裏腹にかなり危険な生物のようだ。


「しかし、下位竜種くらいなら、みなさんでも解体は出来るのではありませんの?」


 次に訊ねたのはマリィさんだ。

 そんな和室からの声にティマさんがカウンターに手を置きながら。


「それなんだけど、スノーフェアリーの体は繊細で、下手に解体をすると貴重なお肉が台無しなっちゃうのよ」


「ってことは美味しいんだ」


「はい。姿形と相まって妖精と冠されるくらいには有名な話ですよ」


 成程――、

 玲さんの疑問に応えたポーリさんによると、スノーフェアリーの名前は可愛らしい見た目と、その味から来ているということらしい。

 なんかちょっとズレてるように感じるけど……。


「よかったら余った肉を譲るが、食べてみたらどうだ?」


「マジかよフレア!?」


「さっきティマも言ったのだが、スノーフェアリーの肉はかなり痛みやすいそうだからな。

 俺達だけでは悪くなる前に食べきるのは難しいと思うのだ」


 単純に痛みやすい肉というなら、冷凍とか、保存方法はいろいろと考えられるも、場合によっては魔法的なサムシングが肉の変質に関わっているのかも知れないので、安易な方法も勧められないか。


「そういうことでしたら、色を付けて買い取りますよ」


「本当に?

 じゃあ、よろしくついでにだけど、料理までやってくんない」


「構いませんが、いいんですか」


 ものが希少で美味しい肉だということなので、てっきり誰か料理の得意な人が腕を振るうんだと思っていたんだが、ティマさん曰く。


「私達がやるより、ここでやってもらった方が美味しいものにありつけるでしょ」


「あれ、でも、ティマ達のところってメイドさんとか居なかった?」


 肩を竦めるティマさんにそう聞き返すのは玲さんだ。


「あの子、あんななりでも魔王軍の幹部よ。

 料理も普通くらいには出来るけど、高級食材を扱うには腕が足りないみたいなの」


 たしかに、高級食材を上手く扱うには、それなりの腕が必要になるか。

 しかし、それは僕達にも言えることで――、


「お姫様についてるくらいだから、なんでもこなせるメイドさんって感じだったけど」


「メイドといってもいろいろですわよ。

 それに食事に関しては慣れですの」


 玲さんの指摘にどこか遠くを見るようなマリィさんのリアクション。

 うん、マリィさんもガルダシア城内で、ここに来る為の魔境を見つけるまでは、かなり苦労したみたいだからね。


「ちなみに、調理法のリクエストとかあります?」


「そう言われてもな。ステーキくらいしか思い浮かばないぞ」


 まあ、フレアさんならそうなるか。

 そう思いながらティマさんを見るも、ティマさんはティマさんで『いや、私に頼られても――』と、そんな心の声が聞こえてきそうなリアクションだったので、ならばとメルさんは――飛ばして、ポーリさんに目線を向けたところ、彼女は困ったような顔を浮かべ。


「スノーフェアリーはあまりに希少過ぎて、調理法が確立されていないんです」


 成程、滅多に手に入らない上に痛みやすい食材みたいだから、狩った人がそのまま食べるといったパターンが多く、焼く一択になってしまうのか。


 しかし、そういうことなら、ここは下手にこだわった料理を出すよりも。


「それなら焼肉にするのはどうでしょう」


「焼肉?」


「薄く切った肉を自分で焼いて食べるやり方なんですけど――」


「それってどうなの?」


 あれ、焼肉は万屋(ウチ)でよくやっているから知っていると思ったけど、フレアさん達は食べたことが無かったんだっけ?

 しかし、実際に焼肉を食べたことない人が字面だけを聞けば、ティマさんのような反応になるのはわからないでもないので、

 さて、どうやって説明しようかと僕が悩んでいると、ここで元春の女性限定――いや、そうでもないか――で発動する教えたがりな血が騒いだみたいだ。


「いやいや、単に肉を焼くってだけの料理ってのも舐めたらあかんぜよ。

 部位ごとの切り方に下準備、足が早いのなら肉そのものの見極めは重要だろうし、下味をどうするのかも重要だしって、焼く前にできる仕事はいろいろあるんすから」


「ですわね。信じられないかもしれませんが、焼肉はいいものですの」


「う~ん、マリィが言うなら本当に美味しいのね」


 さすがは元一国の姫君である。

 元春の語りはともかくとして、マリィさんのお墨付きとあらばティマさんも納得のご様子で、

 とあらば、後は注文するだけと、僕はフレアさん達のリクエストを聞きながら、既に解体が始まっているスノーフェアリーの各部位を指定していき。


「一つくらいは缶詰も作っておいた方がいいかもしれませんね」


「どういうことだ?」


「そんなに美味しいお肉なら、ニナちゃんに食べさせてあげられるようにしておいた方がよくありませんか?

 缶詰なら長期保存も出来るかもしれませんし」


「ふむ、食べる前にしっかりとした確認が必須になるが、悪くはないアイデアだ」


 まあ、缶詰にしたところで、そのまま保存できるかはわからないけど。

 焼肉のたれ風味のスノーフェアリー缶を試しに一つ作ってもらうように追加でオーダー。


「肉以外の部分はどうします?」


「なにが作れるんだ」


「待ってください」


 解体を進めてくれているエレイン君達に情報を求めると、解体で肉以外に得られる素材は主に革と骨。

 ただ、骨の方は殆ど軟骨みたいなもののようなので、こちらも焼肉に使うような処理をした方がいいかもしれないようで、

 実質、使えるのは革くらいだとソニアにも意見を求めた結果、返ってきた答えは――、


「尻尾はディストピアか幸運のお守りに、

 その他の部分は帽子に加工するのがいいみたいですね」


「だったら、幸運のお守りと帽子だな。

 これもニナへのいい土産になるだろう」


 なんでもスノーフェアリー本来の力を引き出すことにより、幸運や俊敏性に補正がかかる装備が作れるようで、

 あえてディストピアにしないのがフレアさんらしい。


「帽子はどんなデザインのものがいいですか?

 サイズやタイプによっては作れる個数が変わってきますけど」


「だったら防御力の高い、このヘルメットのようなものをニナと姫のものを一つづつ作ってくれるか?」


「ちょっと待って、赤ちゃんに被せるならこっちの方がいいんじゃない」


「そうですね。補正効果を考えますと、物々しいものよりもデザイン性で選ぶのがいいと思います」


「じゃあ、このベレー帽ってやつにして、頭のところに尻尾の飾りをつければいいんじゃない?」


「いいですね」


 とりあえず、参考にと僕が一通り見せたサンプル画像に、フレアさんが実用重視で即決しようとしたところ、ティマさんとポーリさんが割り込みをかけ。

 女性陣による相談の結果、頭頂部にスノーフェアリーの尻尾で作ったボンボンをつけたベレー帽を作ることが決定。


「お代はお肉と相殺ということで、少々お待ち下さい」


 お肉がカットできるまでの時間にと、僕が七輪や金網を用意していると、工房から最初に預かったマジックバッグと三つのクーラーボックスが届けられ。


「では、この七輪でお肉を焼いて、こちらのタレにつけてお召し上がりください」


「了解した」


「ちょっと楽しみね」


 フレアさん達は受け取った七輪とクーラーボックスを、解体が終わって手元に戻ったものとはまた違うマジックバッグの中に入れ、急ぎ足で拠点へと戻っていった。


 そして、もともと帰るつもりだった元春や、待っている間にいい時間になったマリィさんも帰り支度を始め。


「それで、マリィさんと元春のがこっちなんだけど、本当に大丈夫?」


「高級肉っていえばお袋もいいって言うって、それに今日食べねーともう食えねーかもしんねーんだろ、そんなん食うしかないっしょ」


(わたくし)のところは配分が難しいですわね」


「一応、厚めに切ったお肉を三枚づつ、人数分は確保できたんですけど」


 三枚というと少なく思えるが、もともとガルダシア城でも夕食を作ってある筈である。

 なので、余裕を持ってこれくらいと用意してみたのだが、マリィさんは難しい顔のままで――、


「いえ、ただ味見をするというだけなら十分な量かと思うのですが、肉の味によっては、もしやもメイド達で争奪戦が起きるやもしれませんの」


 なんだかんだでガルダシア城のメイドさんはみんな武闘派だから、マリィさんの言うこともなきにしもあらず。


「だったら、俺の――」


「いえ、多少量が増えたところで争いを助長させるだけですの」


 と、ここで元春が自分の肉を譲ろうと言い出すも、マリィさんはそれも新たな火種になりかねないと断りを入れ。

 結局、肉が悪くなっては元も子もないと二人とも急ぎ足でゲートに向かい。


「それでは僕達も夕食にしましょうか」


「待ってました」


「……楽しみ」


 僕と玲さんと――、残ったお肉の量から魔王様も加わり、平和に焼肉を楽しむことにするのだが、

 いざ、肉を焼き始めたところで玲さんが慄くように。


「ねえ、これちょっとヤバくない」


「……持って帰ってたら取り合いだった」


 香りからして、もう美味しい。

 十分な量のお肉を持って帰ったフレアさんはいいとして、元春とマリィさんのお宅では、この後、激しい争奪戦が行われることが目に見えるようだ。


 とはいえ、いまさら何が出来るでもなし。

 結局、僕と玲さんと魔王様はゲートの方向を気にしながらも、せっかくの肉なので、美味しい内に食べなければと、黙々と焼けたお肉を口に運ぶしかなかった。

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