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●ギルドのゴタゴタとエレオノールの事情

「全額引き落としですか!?」


「実はちょっとした伝手で強力なマジックアイテムが手に入りそうでして」


 それは地下組織への突入作戦を終えて数日後のこと、

 万屋に戻る前に預けていたお金を下ろそうと、オールードの領都にあるギルドを訪れた白盾の乙女が訪れたところ、その引き出し額に馴染みの受付嬢・エルサが素っ頓狂な声を上げ、エレオノールがみんなには聞こえないようにと耳元に顔を寄せて事情を説明。

 すると、それを聞いたエルサが『そ、そういうことなんですね』と口元を抑えながらも呟き、受付の奥へとパタパタ走っていき。


「おいおい、白盾の――、羽振りがいいな」


 そこに背後から大きな声で馴れ馴れしくも話しかけてきたのはスキンヘッドの男。

 ゾロゾロとむさい男達を連れた彼の名前はドロギア。

 性格はともかく実力は確かとされる二級冒険者だ。


 白盾の乙女が冒険者としては珍しく女性ばかりのパーティということで、以前から度々絡まれていたのだが、エルサの悲鳴を聞いて今回もまた仕掛けてきたようである。


 しかし、白盾の乙女が粗暴なドロギア達に苦労していたのは、アヴァロン=エラに行く前までのことであって、いまの彼女達の実力からしたらドロギア達など格下の相手でしかなく。

 育ちが故か、気遣いしいなところがあるエレオノールがどうしたものかと困り顔を浮かべる中、他の三人が無視を決め込むと、ここでドロギアのすぐ隣りにいた下っ端が激昂。


「無視するな」


 赤い薔薇の中で一番小柄なココに掴みかかろうとするのだが、

 下っ端の汚い手がココに触れようとしたその瞬間、ギルド内の空気が凍りつく。


「ああ、ウチ等に話しかけてたんすね。えーっと、どちら様でしたっけ?」


 原因はココから発せられる圧倒的な威圧感。

 それを間近で受けてしまった下っ端はその場に倒れるように蹲り、雨に打たれた子猫のように震え、返事をすることはできないようだ。


 ただ、ここまでの反応をされると、さすがに居心地が悪いと、アヤなどはそう思ったようで、


「ココ、あまり脅かしてやるな。

 お前達も模範となるべき、迷惑をかけてはいかんだろう」


「舐めんじゃねぇ」


 怯える小男に取りなしの言葉をかけるアヤ。

 すると、それがこの男のプライドを刺激してしまったみたいだ。

 張り詰める威圧感を切り裂くように声を張り上げたドロギアは腰の獲物に手を伸ばし。


「ギルド内で武器を抜くのはご法度だぞ」


「うるせぇ」


 アヤの注意に手斧を振り上げるドロギア。

 それは単なる脅しだったのかもしれない。

 しかし、武器を抜かれたのなら已む無しと、アヤは万屋仕込みの体術でドロギアの腕を取り、そのままひねり上げるように武器を奪いとると、そのまま大きな体を床に押し付け。


「何事だ!?」


 ちょうどこのタイミングで建物の奥から現れる筋肉質な初老の男性。

 彼こそがこのギルドの責任者であるギルドマスターである。


「言っておくけど手を出してきたのはコイツ等よ」


「先に舐めた態度を取ったのはお前等だろ」


 そんなギルドマスターの登場にお互いがお互いを原因だと言い合うリーサとドロギア。

 しかし、普段の両者の態度を見れば、どちらの言っていることが正しいのかなど議論するまでもなく。

 とはいえ、ギルドマスターとしては客観的な証拠が欲しいのだろう。


「ケルビン、なにがあった」


「それがですね――」


 声をかけられたのはカウンターのすぐ裏で書類を整理していた職員だった。

 そうして、彼からこれここに至る経緯を聞き出したギルドマスターは大きく息を吐き出し。


「単なるパーティ同士の揉め事なら、なあなあで終わらせてたんだが、武器を抜いたのはいただけねぇ。

 白盾の――、二本角になにか要求はあるか?」


 端的な問いかけに顔を見合わせる白盾の乙女の四人。

 すると、これにドロギアがアヤの拘束を振りほどこうと藻掻きながらも顔を上げ。


「おい、なんでそんな雑魚共の話聞いてやがる」


「お前、よくそんな状態で自信満々に言えたもんだな」


「こんなんちっと油断しただけだ。

 ジジィ、これまで俺等がどんな魔獣をぶっ殺してんのかわかってんのか!?」


 ドロギアとしては、ギルドに持ち帰る魔獣の素材の量と質から、自分達の方が冒険者として上だと言いたかったのかもしれないが、ギルドマスターはそんなドロギアの主張に肩を竦め。


「ギルドへの貢献に関しても白盾の乙女の嬢ちゃん達の方が上だ」


「はっ、こいつ等、ロクに魔獣も狩ってねぇだろうがよ」


「そりゃ白盾の嬢ちゃん達とお前等じゃメインにしてる仕事が違うからな。

 くぐってきた修羅場も違うんだよ」


「そんなの――」


「自分等にも仕事を回してくれりゃあなんて馬鹿なことは言うなよ。

 お前達は掲示板の仕事すらまともに受けてねぇだろうが、

 そんな奴等にどっかお偉いさんの護衛だの救援だのを任せられるか、違うよなあ」


 ギルドマスターは自分を睨みつけるドロギアに捲し立てるようにそう言うと、すっと声を低めて脅しとも取れる言葉を突きつける。


「最近のお前等は目に余る。

 これ以上面倒をかけるなら、こっちも処分を下さんとならんくなるぞ」


   ◆


 そんなギルドでのいざこざから一時間後――、

 二本角に関しては今後ちょっかいを掛けてこない限り、特に要求することもないと面倒事を切り上げた白盾の乙女の面々は、領都から一時間ほど進んだ先にあるちょっとした岩場で、足元に転がる黒尽くめの男達を見下ろし困惑していた。


「てっきりさっきの人達が追いかけてきたと思ったんすけど、まさかエレンさん案件だったとは」


「すみません」


「別に謝ることないわよ。エレンにも立場があるでしょ。

 それよりコイツ等がどうして私達を狙ったかだけど――」


「身なりを見る限り、口を割らせるのに手こずりそうな手合に思えるが」


 さて、この状況がなんなのかというと、領都を出てところ――いや、正確には領都を出る前からか――ココが自分達を追いかけてくる気配を察知。

 あえて誘いをかけてやろうと人気の少ない荒れ地で待ち構えたところ、捕まえたのがこのどうみても怪しげな黒覆面の連中で、

 取り押さえる前の言動から、彼等の目的がエレオノールの眼の前で仲間達を辱めるというものであることは理解したのだが、その依頼を出したのが誰なのかは簡単に吐くつもりがないようだ。


「秘密兵器があるっす」


 そんな相手に対してココにニヤリと笑い、取り出したのは鮮やかなライトグリーンのペーストが入ったガラス瓶。


「おい、まさか――」


「コイツを鼻の中に入れるっす」


「勿体ない。殴って話を聞き出そう」


 それは万屋で貰ってきたわさびだった。

 しかし、醤油とわさびをこよなく愛し、ステーキなどのソースに使うアヤとしては、食事以外に使うことなど以ての外と強硬策を口にするも。


「手こずりそうって言ったのはアヤさんっすよ。

 実際、ちょっと脅したくらいじゃ、なにも話してくれなかったじゃないっすか」


「……余計なこと言ったな」


 ココの指摘を受けて地面に転がる男達に忌々しげな視線を向けるアヤ。


「わかった。

 しかし、あまり使うなよ」


「当然っすよ」


 アヤに念を押されるまでもなく、料理の味をキリリと締めるわさび醤油はココも使うのだ。

 アヴァロン=エラまで戻る間に消費する分を考えると、無駄に使わないのは当然であると、足元に落ちていた小枝を魔法で浄化。

 その枝にスプーンで掬い取った少量のわさびを乗せると、どうやらなにか魔法的な効果がふ付与れているらしい覆面をマスターキーでズドン(解呪)、素顔が顕になった男の鼻先にその枝を近づけ。


「自白剤か、

 そんなもので俺達が口を開くと思ったか」


「あー、そういうのはいいっすから、動かないようにお願いするっす。

 でないと鼻の穴が大変なことになるっすよ」


 突っ込んだ瞬間、飛び上がらんとばかりに体を反らせて悶絶する元覆面の男。


「さて、これでワサビの効果はわかったと思うっす。

 ああなりたくなかったらさっさと情報を吐くっすよ」


 転げ回る男を背景に残る男達にそう宣言するも、彼等の反応は芳しくなく。


「仕方がないっすね。アヤさん」


 結局、全員の覆面を剥ぎ取り、鼻の穴にわさびを突っ込み。

 それでも口を割らなかったからと、追加で水で溶いたわさびを目の下に塗り始めたところで、ついに一人の男が折れる。


「や、やめてくれ」


「止めて欲しいなら言う事あるっすよね」


「わかった。なんでも話すから、そいつを近づけないでくれ」


 そうして一人、口を開けば後は簡単だった。


 ちなみに、どうして彼等が襲ってきたのかという理由は複雑なようで単純で、

 実は侯爵家令嬢であるセリーヌのおぼえがめでたく、先日の地下組織の突入作戦にも参加が許されたエレオノールが、その報告にと実家に立ち寄ったところ、それを盗み聞いた異母兄の側近が勝手に危機感を抱いて実家に連絡。

 その報告を受け取った継母の兄が国内貴族の派閥や立ち位置を鑑みて、エレオノールにこれ以上の功を重ねられるのを面白くないと、彼女とそのパーティを辱めるべく裏の人材に仕事を頼んだ結果が今の状況のようで。


「なんていうか貴族ってのはどこもおんなじなんすね」


「すみません」


「エレンが謝る話ではないだろう」


 そう、今回の襲撃に関しては、エレオノールもまた被害者であることに代わりはないのだ。


「だけど、こうなってくるとエクレール様に会えなかったのが惜しまれるわね」


 ちなみに、リーサが口にしたエクレールなる人物はエレオノールの母親で、王城勤めの夫に変わり、家の切り盛りをする騎士隊上がりの女傑であり。

 エレオノールの父親にはその他に二人の妻がいるものの、今回問題になるだろう継母も含めて、その関係は良好である。


「とゆうかコレ、逆に寄らなかった方がよかったまであるっすね」


「だけど、あれだけ大規模な作戦に加わるとなると報告しない訳にはいかないでしょ」


「騎士団からも応援もあるという話だったからな」


 出発前に万屋からの依頼を少なくした理由がこれだった。

 今回の突入作戦が複数の貴族が関わる案件だということで、少し特殊な立場であるエレオノールとしては事前に実家に話を通さなければならないと、寄り道をせざるを得なかったのだ。


 しかし、白盾の乙女の面々が報告に立ち寄った際、エクレールはちょうど領内で発見されたゴブリンの集落の壊滅に出払っていて不在だった為、その報告は第一夫人である継母にあげるしかなかったのだ。


「で、どうっするっすか」


「どうするって普通に伯爵様への報告案件でしょ」


「そうですね。ことが皆さんに被害が及んでいたかも知れないものとなりますと、父上にしっかりと罰してもらわなければなりません」


 そう、ここにいるエレオノールは白盾の乙女のリーダーであるエレオノール。

 優先すべきはここにいる三人の仲間達なのだ。

 兄と継母には申し訳ないが、暴走した叔父に関してはしっかりと処分がなされなければ安心できない。


「ただ、私が直接報告に上がるとまた面倒な事になりかねませんし、王都まで行くのは面倒です。

 報告は手紙ですることにしましょうか」


「この人達の賞金を受け取るのも忘れては駄目っす」


「でも、この程度の連中に賞金とか出るの?」


「さてな。

 しかし貴族相手に商売をしているくらいだ。多少は期待しても構わないだろう」


 と、簡単な相談の末、そう結論を出した白盾の乙女達は、出発早々、来た道を引き返すことになるのだった。

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