●アメリカからの急報
◆今回は視点がころころ変わります。
◆万屋side
その報告が入ったのは早朝の訓練中のことだった。
「政府に引き渡されたハイエストの連中が脱獄しただと」
僕達が協力して捕まえたハイエストメンバーが送られた施設で暴動が起こり、数名のメンバーが逃げ出してしまったのだという。
魔女のみなさんがこのことに気付いたのは、その脱獄が起きたすぐ後のことだったそうだ。
こんなこともあろうかと、日本で捕まったハイエストのメンバーが収監されたとおぼしき施設の近く――といっても施設からは数キロ離れた高台にだが――に設置してあった中継機がその異変を捉えたのだという。
「人質に取っていた体の一部はどうなったんでしょう」
「詳細は不明です」
そう、情報はあくまでハイエストの捕虜達が運び込まれていた極秘基地の動きを調査していた中継機から送られてきた、彼等に仕込んだ反応が移動したという情報だけ。
その後、魔女のみなさんが魔法による偵察を送ったところ、現場で激しい戦闘があった痕跡――というか、戦場跡のような光景が広がっていたらしく。
「どうしましょう?」
「脱獄からすぐに動くとは思えませんので、予定通り日程をこなします」
たしかに、脱獄からすぐに魔女のみなさんに影響があるようなことが起こる可能性は低く。
どちらかといえば、ハイエストの組織内と政府側の動きが活発になる可能性が方が高いだろう。
帰りの飛行機のチケットも既に取ってあるみたいだし、科学的・魔法的に連絡が緊密に取れることを考えるとジョージアさん達が慌てて帰る必要が無いか。
「しかし、政府もだらしないですね。同じ失敗をまた繰り返すなんて」
「人材不足もあるんじゃないでしょうか」
「そもそもハイエストになったのが政府が集めていた超能力者だって話だからね」
政府に管理されていた超能力者による反乱があったのが、だいたい二年前のことだという。
個人的には二年前というタイミングが少し気になるのだが、それはそれとして――、
その時にどれくらいの数の超能力者が離反したのかはわからないけど、それがそっくりそのまま敵対組織になったとなると、たしかに政府が情けないと断じてしまうのも少し可哀想かもしれない。
「しかし、これで交渉がどうなるのかわからなくなってしまったな」
「あちらの都合次第だけど、むしろ早めてもいいんじゃないかい」
「パワースポットの準備はもう終わっていますしねえ」
国立公園内に新しく整備した遺跡はすでに稼働できる状態まで出来上がっており、各種隠蔽機能が働いているから、ハイエストに見つかる可能性はかなり低いものの、出来れば早く引き渡してしまいたいという魔女のみなさんの主張は尤もで。
「そういえば、他の国ではハイエストは問題を起こしてないんですか?」
日本に来たハイエストを追い払ってからはアメリカのことばかり気にしていたけど、他の地域ではどうなっているのかと訊ねてみると、ジョージアさんは軽く腕を組み。
「アジアに関しましては、東南アジアの島国などで遺物を奪われたりしているという報告があるようですが、あまり大きな動きは無いようですね」
「中国やロシアなどは政治体制的に入り込むのが難しいでしょう」
「ヨーロッパはどうなの?」
質問を挟んだのは母さんだ。
「あの地域は教会の勢力圏ですから」
「相手が宗教となると食い込むのは難しいわよね」
「ただ、一部獣人などとの合流を画策しているようですが」
聞けば、魔女と獣人は古くから敵対関係にあったとか。
多分、ヨーロッパにはそういう人材が多く残っているのだろう。
「アフリカや南米に関しては、マフィアなどを文字通り操って進出を目論んでいるようですが、こちらは人手がない状態でして」
世界中に拠点が存在するとはいえ、魔女のコミュニティはもともと小さなものなのだ。
地域によっては一都市に集まって活動しているような状態で、広く情報を集めるのは難しく。
ここで母さんが、
「ちなみに、地球で一番大きいパワースポットどこなのかしら?」
「日本の関東から北陸に抜ける山岳地帯になるかな」
「意外と近くにあるのね」
「地脈を流れる魔力は、地表から近いプレートの間を縫って吹き出しているみたいだから」
だから、東南アジアやアメリカの西海岸、地中海などにもパワースポットが多いという。
と、大まかにではあるが、地脈の流れを書き込んだ地図を表示してみたところ、魔女のみなさんがこの地図を見て、
「ハイエストの活動地域と被る部分が多いのですね」
「それらしき伝承を追いかけてたらそうなったのでは?」
魔素が濃い土地は魔獣などの伝承が生まれやすい土壌にあるという。
だから、そういった伝承を追いかけて調査を進めていけば、自ずとその箇所は重なるのだろう。
「そういうことなら、加藤さんから要望が上がっていた防衛も兼ねた新しい修行場を作ることも考えておいた方がいいかもしれないわね」
◆交渉part
アヴァロン=エラでそんな会話が交わされた数日後、ペンシルベニア郊外のロッジで一つの調印が締結された。
内容は、魔女による工房運営の技術の提供と、それに対するアメリカ政府からのハイエストの被害を受けた魔女たちへの法的なバックアップだ。
この取り引きに関しては、どちらが優位かは見る者によって変わってくるものの、とりあえずこの調印で魔女とハイエストとの争いに一つの区切りがついたということになる。
「そういえば内陸の方で少し騒ぎがあったようですが、なにか面倒でもありましたか」
日本で捕らえられた超能力者が収容されている施設で問題が起こったことは周知の事実。
それと同じタイミングで戦闘機のスクランブル発進があったことは魔女の側でも掴んでいた。
あえて具体的な名称は出さずに訊ねるポリーに、今回もまたふざけた偽名を使う交渉役のジョンが一瞬、書類を整理する動きを止めつつも平然とした様子で、
「我々の方にはそういった情報は入っていませんが」
「そうですか、ならばこちらの処理はすぐに行われるということになりますね」
魔女達の側としては政府がしっかりしてくれないと困ると、念を押すようなその確認にジョンは笑顔を作り。
「こちらにも準備というものがありますので、今すぐにとは行きませんが、
現状、我が国におけるハイエストの脅威を考えますと、動きは早いと思われます」
隣に座る秘書官に目配せ、背後にいた護衛の一人が無線を使って外と連絡を取り始めたところで立ち上がり。
「それでは我々はこれで――」
「そうですね。お急ぎのようですし、
アネット、出口までご案内して」
ポリーが部下の一人に扉を開けさせると、ジョンと秘書官が改めてポリーに礼を述べ、部屋を出て行こうとしたところ、ポリーが独り言を呟くように。
「パワースポットの探索には魔法使いを連れて行くと良いかと」
「魔法使いですか、確保している者の中にそういった才能の持ち主がいないか調べてみることにしましょう」
◆魔女side
「まったく、相も変わらず胡散臭い人達でしたね」
駐車場から出ていく車列を窓辺から見下ろし、そう呟くのはポリーである。
「情報が盗れなかったのかい?」
「単に正確な情報を与えられていないのでしょう。
それにリッパーサージャンでしたか?
サイコパスの男――、
事前に訓練を受けていなかったら多少面倒だったかもしれませんが」
「あの人、やっぱり何かしてたんですね。
一応、録画はしてたんですけど」
「おそらく牽制のようなものでしょう。ジョンとの会話の端々で鬱陶しい精神波を飛ばしてきていましたね」
ただ、これに関しては二人もなにか仕掛けられていることには気づいていたようで、
しかし、ポリーの様子に特に変化がないようだったので、プライベートモードの魔法窓を使い、状況を記録するに止めていたようだが、
「余計なことは聞くなってことですか?
それにしては平然としていたように見えましたけど」
「あの程度の精神攻撃、イズナ様のそれとは比較にすら値しませんから」
続くポリーの発言にアネットが少し戸惑ったような表情になり。
「実際どんな感じなんです?
ヘルヴィさんにも聞いたんですけど、どうも感じが掴めなくて」
「言葉で言い表すのは難しいですね。
実際にあれ程の生命的な危機感を味わったことがないので、
ただ、訓練を受けるのなら事前にトイレに行っておくことをオススメしておきます」
「まさか、ポリーさん……」
「しっかり注意を受けていましたからね」
あえて恥を晒したのだからそれ以上は聞かないようにと強い眼差しのポリーと、どこか遠くを見るようなヘルヴィ。
そんな二人の態度に、アネットはこれ以上、この話題を掘り下げることはなく。
「そ、そういえば逃げたハイエストはどうなったんでしょうかね」
「調査班からの報告によると現場に戦闘機の残骸があったようですから、少なくとも現場では超能力者側が優勢だったようですね」
「だけど、戦闘機を落とすとかヤバ過ぎません?」
「それはそこまで難しくはないんじゃないか、
例えば設置系の魔法で戦闘機の進路を塞いでやれば勝手に自爆するだろうし、風の魔法もうまく使えば戦闘機くらい落とせるだろう」
「言われてみるとたしかにそうかも」
「とにかく、こちらからなにか仕掛けるにしても全ての訓練が終わってからですね」
◆交渉官side
「疲れた」
リムジンの中、項垂れるように前の座席にもたれかかるのは、毎度毎度のふざけた偽名を常用する交渉官のジョンだ。
そんなジョンにペットボトルを差し出すのは本日の秘書官を勤めていた女性である。
「ありがとうございます」
「しかし、前回の意趣返しでしたか?
こちらからの仕掛けがまったく意味がありませんでしたね」
「彼女達がこちらの対策を用意していたということですか?」
「……単純に防がれたと言うより、受け流された印象だったな」
問いかけのような秘書官の言葉に対するジョンの質問返し。
これに現場の印象を語るのは当事者の一人であるスカーフェイスの男・リッパーサージャンだ。
『交渉担当を任されるくらいだ。その手の魔法のスペシャリストなんだろうね』
そんな交渉中の反応を考察する会話の中に突如として混ざるハスキーな女性の声。
その発生源は秘書官がぶら下げていたクリスタルのネックレスで、
「あちらから何か仕掛けられた可能性は?」
「それはあり得ないかと、なにか他の目的があるのなら、これ程のものを渡してくることがおかしくなってしまいますから」
車内にいる全員の目が秘書官が抱えるライフルケースのようなカバンに集中。
『その杖はお前の目から見ても相当なものなのかい?』
「低く見積もって伝説クラスの代物かと――」
『神話クラスもあり得るってことかい?』
クリスタルからの声は大袈裟に――というよりも、この反応は本当に驚いているのだろう。
「しかし、指定された場所が気になるな」
それはこのパワースポット開放の鍵となる杖を渡されると同時に教えられた位置情報のこと。
「エバーグレース国立公園か、あそこには特にこれといった建物はなかったと記憶しているが」
『マウンドビルダーの関連かも知れないさね』
「マウンドビルダーというと中南部の中世史でしたか」
マウンドビルダーというのは、アメリカ各地に見られる中世代に丘を基盤に建設された遺跡などを指す言葉だ。
『アンタ等のそういう細かい歴史区分はしらないが、あの辺りにはそういう遺跡が幾つかあった筈だよ。もしかすると国立公園内にも隠されているのかもしれないねえ』
「隠されている?」
クリスタルからのハスキーボイスに疑問を返すのはスカーフェイスの男であり。
『おいおい、お前さん方、私等を誰だと思っているんだい』
「つまり、なんらかの魔法によって隠蔽がなされていると?」
続く、おどけるような声に確認する声を発したのはジョンである。
『だからこそのその杖なんだろうね』
「成程――、
となるとジェーンにはもう暫く付き合っていただくことになりますが」
『構わないよ。いい修行になるさ』
◆次回投稿は水曜日の予定です?




