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魔女の一撃

 それは訓練中の事故だった。

 工房の脇に作られた訓練施設の地下で〈ティル・ナ・ノーグ〉を使ったゴブリンとの戦闘中、足を滑らせた一人の魔女を助けようと――、

 その日、たまたま訓練に参加していたジガードさんが素早く駆け寄ったところ、トラップが発動。

 罠そのものは、ただ罠に引っかかったことを知らせる為、発光するようなものだったのだが、人一人の体を支えようとしていたタイミングでの光に変な力の入り方をしたのかもしれない。

 特に大袈裟に倒れ込んだ訳でもないにも関わらず、ジガードさんに立ち上がる気配はなく。


「なかなか立ち上がらないね」


「どうしたのかな?」


「現場に行ってみましょうか」


 遠く離れた地上で僕と会話するのはサイネリアさんとアビーさん。

 普段トレーラーハウスに引きこもって研究をしているお二人が、この戦闘訓練モニターをしていたのは、稼働中のメタルカーバンクルの挙動を見る為だ。

 そんな中でサイネリアさんの祖父であるジガードさんの様子がおかしくなったということで、僕は二人を連れて地下施設に突入。

 現場に到着すると、そこにはすでに周りで訓練をしていた魔女のみなさんが集まっており。


「大丈夫ですか?」


「はい。私もジガードさんにも大きな怪我はありませんでしたが――」


 つい最近まで旅に出ていて、ロクに顔もおぼえていなかったとはいえ、その祖父が大きな怪我をしたのかもしれないという状況には心配があったのだろう。

 当事者の一人である魔女さんの言葉にサイネリアさんはホッとしたような顔を一旦はするものの。


「だったら、どうして立ち上がらないんだい?」


「それが、どうもぎっくり腰になってしまったみたいで」


「ああ、それは大変だね」


 ジガードさんはこんな見た目でもかなりご高齢だという。

 納得する僕達の一方でサイネリアさんは首を傾げ。


「ぎっくり腰ってなんだい?」


「ぎっくり腰はぎっくり腰ですけど」


 これをどう説明したらいいのやら、困惑気味な周囲に対するサイネリアさんの反応を見るに、エルフにはぎっくり腰の概念が存在しないのだろうかという疑惑が思い浮かぶも。


「とりあえず治療しましょうか、

 ジガードさん、少しズボンをめくりますよ」


 万屋の魔法薬なら、そのままかけても治療は出来そうなんだけど、直接かけた方がいいだろうと、ベルトに手をかけたところで当のジガードさんから『待った』がかかる。

 どうやら触られるのも辛いレベルの腰痛になってしまっているみたいだ。


「へぇ、お祖父様がそんなになるくらい辛いんだ」


「さ、サイネリア?」


 興味深げに自分の腰に手を添える孫の声にジガードさんは不安をおぼえたのか、どこか探るような声が地面から聞こえてくる。


「それでどうしましょう」


「ちょっと勿体ないけど、そのままかけるしかないんじゃない。

 その体勢だと飲むのも難しいだろうし」


 お尻を突き出した形で前のめりになっているジガードさんに魔法薬を飲んでもらうことは難しい。

 ならばそのままと、手持ちの回復薬を一滴垂らしたところ、「あっ」という形容詞がたい悲鳴が零れ、周囲の魔女のみなさんの雰囲気が怪しくなる。


「待つのだ。もう少し優しく、優しく垂らして欲しいのだ」


「こ、これは、そこはかとない背徳感がありますね」


「ぎっくり腰というものはそれ程のものなのかい?」


「どうなんでしょう。僕は腰痛に生ったことはありませんから、

 ただ、今回の症状はかなり珍しい方かと」


 動かすと痛いとかいう状況には立ち会ったことがあるが、液体を数滴垂らすだけでこんなに痛がられるというのは、少なくとも僕はこれまで見たことがない。

 そんなジガードさんの状態に一人の魔女さんがふと思い出したかのようにこう呟く。


「これってもしかして魔女の一撃が発動しちゃった?」


「魔女の一撃?」


 これにジガードさんに助けられた若手(?)の魔女さんが「いやいや」と両手を左右に振る中、サイネリアさんは興味津々のご様子で。


「我々の地元では腰痛のことを魔女の一撃というんですが、実はそういう魔法があったそうなんです」


「それは興味深いね」


「それで、どうやったんだ」


「それがまったく心当たりがないんです。

 てゆうか、あの伝説って本当だったんです?」


 ジョージアさんの端的な問いかけに困惑気味の若い(?)魔女さん。

 本人としては魔法を使ったという意識はまったくなかったようだが、このあまりにも大袈裟なジガードさんの反応を見るに、これが魔法によって引き起こされた事象である可能性もあり得る話で――、


「もしも、その魔女の一撃が咄嗟にできたものだとしたら簡単な魔法なのでは?」


「だったら、どっちかっていうと超能力とか固有能力に近い魔法になるかな」


「具体的にはどういう効果になるんだい」


「さあ、そもそも属性がわかりませんよね」


「身体に影響が出るとするなら、付与系じゃない?」


「いや、幻痛系の魔法といった方がしっくりくるかも」


「知らない魔法ですね。どんな魔法なのか伺っても」


「僕も詳しくは知らないんだけど、他の氏族にそういう魔法が伝わっていることを聞いたことがあるんだ」


 アビーさんとサイネリアさん、魔女のみなさんが入り乱れて議論を交わし始めるが、

 ただ、皆さんが口にするような魔法なら――、


「そういった魔法もデータベースにありますよ」


「それ本当かい?」


「はい。

 ですが、その前にジガードさんを治療しませんと」


「おっと、そうだった」


 サイネリアさんのこの自然なリアクションからして、冗談ではなく本当に忘れていたんだろう。

 うつ伏せ状態のジガードさんのスマートなお尻がショックを受けたように震えるが、ここで慰めの言葉をかけたところでジガードさんが傷つくだけなので、あえてそこには触れず。


「もしも、このぎっくり腰が魔法の効果だとしたらディスペル系の魔法ですよね」


「じゃあ、ここは孫の僕に試させてもらおうか」


 そう言って、サイネリアさんが手の平に魔力を集めると魔女のみなさんが目を輝かせ。


「無詠唱で使えるんですか?」


「魔法生物なんかを調べていると変な呪いとかを持ってる時があるから、いつの間にかおぼえてしまっていたんだ」


 状態異常への耐性があまり高くないお二人としては、必須の魔法になるのだ。

 盛り上がる一方で、原因はやはりと言うべきか、魔法だったみたいで、ジガードさんのぎっくり腰はしっかり治ったようだ。


「大丈夫ですか?」


「ああ、すまないね」


 慎重に上半身を起こしたジガードさんに僕が手を伸ばすと、それを支えに立ち上がり、胸元のホコリを軽く叩き払い。


「しかし、ぎっくり腰というのは恐ろしいものだな」


「原因は魔法だったようなので、僕が思っているそれとまったく同じものなのかはわかりませんけど」


 あの様子を見る限り、魔女の一撃というものは実際のぎっくり腰よりキツいものになっているのではなかろうか。


「そういえば、エルフはぎっくり腰にならないんですか?」


「事故や戦闘などで腰を負傷することはあるにはあるが、今回のような話は聞いたことがないな」


 聞けば、エルフも腰痛そのものにはなるようだが、細身の体型が故か、今回のように急に立ち上がれなくなるような症例は、少なくともジガードさんは聞いたことがないそうだ。


 いや、だとしたらエルフらしからぬバルクアップをしている剣の一族のみなさんがぎっくり腰になっていないのはおかしいのではないかと思うものの、医療知識が一般レベルの僕が考えたところで無駄だろうとその思考を放棄。


「とりあえず、僕達も建物の外に出ましょうか」


「そうだな」


 気がつけば誰もいなくなった周囲を見回し、少し落ち込むジガードさんを地上へ向かうのだった。

◆次回投稿は水曜日の予定です?

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