●現地到着※
◆ほぼ初出のキャラの為、後書きに簡単な人物紹介を入れておきました。
場所はボロトス帝国南東部、高度四千メートルの空の上――、
「そろそろあの馬車がいた上に出るぞ」
「了解しました。
サミー、地上の様子は?」
「リスレムが監視してる範囲内には人いないみたい――です」
年末にリドラ達が遭遇した奴隷商隊とエルフの争いの現場を前に、飛行スピードを落としたリドラに声をかけられたヤンが、即座に声を投げるのは白と茶がまだらに入り混じったうさ耳をピンと立てた青年だ。
そして、声をかけられたサミーが眼の前に広げた魔法窓に視線を走らせそう答えると、これにリドラが「高度を下げるか?」と訊ねるも、ヤンが「いえ、このままで大丈夫であります」と硬い声を返し、自らが乗り込むゴンドラのドアを開け放つ。
「サミー、レトを呼び出しておいてくれ」
「うっす」
「チャトさんはツイーアに頼んで魔法への警戒を――」
「わかった」
「では、行ってきます」
「気をつけてな」
獣人三人はリドラの見送りに、握った右手で胸を叩く獣人式の敬礼を返し、ゴンドラの外へと身を躍らせる。
そうして、あっという間に遠ざかるリドラの巨体を見送ると風の魔法を発動。
落下スピードを半分以下に落としたところで、ハーネスの腰の部分にぶら下げていた傘のような形をした種を手に取り。
「二人共、そろそろ千メートルになる。綿毛を開く準備をしてくれ」
「向こうで練習したけど緊張する」
「緊張だけで済む分、お前は凄いと思うがな」
実はこの作戦には他にあと数名の獣人が参加する予定になっていた。
しかし、精霊と契約できた獣人の内の大半が、スカイダイビングの予行練習の際に高所恐怖症ということが発覚――、
したというよりも、飛び降りる場所があまりにも高高度だった為に怖がってしまい、今回の作戦に参加できなかったのだ。
その結果、参加できたのはヤンを除くこの二人だけだったのだ。
と、そんなことを振り返っている間にも、高度は千メートルを切ったみたいだ。
それぞれの胸元に浮かんだ魔法窓から発せられるアラームに、三人はうなずきを交わすと手に持った種に魔力を流す。
すると、種の上部から伸びた部分が綿毛となって開いて、三人の体をぶわりと持ち上げる。
「サミー、地上の様子はどうだ?」
「ゴーレム達の映像に動きなし、変な音も聞こえないよ」
しかし、今回の目的――リドラ達が奴隷商隊に遭遇した際に消えたと思われるエルフの子供の捜索――の一番の障害になるのはおそらくエルフの捜索隊になるだろう。
「弓や魔法による狙撃に気をつけた方がいいだろう」
「見える範囲で警戒しながら、ネズレムが集まっている付近を目指すぞ」
「おう」「はい」
三人はどこかおっかなびっくりに綿毛をコントロールしながらもゆっくりと降下してゆき、地上までの距離が二百メートルを切ったその時だった。
「む、見られたか?」
眼下に広がる景色を睨み、そう呟くのは三人の中で最年長の猫獣人であるチャトだった。
「えっ、ホント?」
「いや、あくまでそういう感覚がしたといった程度のものだが……」
「チャトさんの感覚は俺達の中で一番だからな。この高さなら空歩で逃げられる。綿毛を捨てて地面に降りよう」
そして、三人は綿毛を手放すと、やや不安定な空歩を使い近くの岩場に着地。
そのまま気配を消してその場を離れ、前のりで現地の調査をしてくれていたリスレムと合流すると、森をホームグラウンドとするエルフ達を避けるように崖沿いの険しい岩場を進み。
「追いかけては来てないな」
「たぶん」
「そもそも、さっきの気配がエルフのものという確証はないからな」
「たしかに、場所柄、ボロトスの関係者ではないとしても、魔獣に見られたってこともあるのか」
そう、ここは人里離れた峠道である。
人の目よりも魔獣の目の方が多いことは確実で、
例えば、ゴブリンやオーク、猿の魔獣の上位種ならば、上空から飛び降りてきた自分達に気づいてもおかしくないと、ヤンは納得しながらも魔法窓を開いて、そこに周囲の地図を表示。
「でも、こんな地図ができるくらい探して見つからないのに、僕達が来たからってそう簡単に見つかるのかな」
確かに、地図がここまで細かく書かれているということは、それだけ周辺の調査が進んでいるということである。
にも関わらず、未だ行方不明になっているというエルフの子供が見つからないと、そんな状況に自分達が飛び込んでいったところで、どうにもならないんじゃないかというサミーの言い分は理解できる。
理解することはできるのだが――、
「だからこそレトやツイーアの力が必要なんじゃないのか」
「そうだな。ツイーア頼むぞ」
「はぁ、レトもなにかあったら教えてね」
改めて、今回の目的を確認したところで調査に取り掛かる三人。
そうして周囲に警戒と探索の意識を向けながらもリドラ達が馬車と遭遇したというポイントへ向かって歩き出し。
ある程度、現場が見渡せる位置までやって来たところで地図を見て現場検証を始めるのだが――、
「魔法とか、変な仕掛けは無かったんだよな」
「リスレムと蒼空、妖精のみんながしっかり調べたみたいだから大丈夫だと思う」
「撃ってきたのは向こう側――、
あの崖あたりか?」
「地図で見るとそうなるな。
で、馬車を襲ったエルフはあっちの茂みから出てきたと――」
事前の情報収集によって、馬車を襲撃した当時の現場の状況はある程度はわかっている。
それによると、エルフ達は狙撃からの強襲で、一度は馬車を確保するような状況だったようだ。
ただ、馬車の責任者を脅し、檻を開けたタイミングでリドラとヴェラが上空に現れ、全員の視線が空に向かったその隙をつかれてエルフの戦士が手傷を負わされ、反転ピンチに陥ってしまったのだという。
「だけど、逃げた子供エルフが他のエルフに合流できなかったっていうのはどういうことなんだろ」
彼等が知る限り、エルフによる襲撃は練りに練られた作戦だった。
だとするなら、助けたエルフの子供の逃走を助けるチームもすぐ近くに待機していた筈にも関わらず、誰も牢から連れ出されたエルフの子供達を見つけられなかったというのはどういったことなのか。
「リドラ様の登場で現場は混乱していたらしいが確かに不自然だな」
「なんにしても、レトとツイーアに期待するしかないだろう」
「そうだな」
サミーの疑問の答えを探すべく、ヤン達はエルフなどの接近に気をつけながら、慎重に現場周辺の調査を行っていくのだが、
昼食を挟み、一日周辺を歩き回ったものの、何の成果も得られずに――、
「今日はこれまでだな。いったんゴンドラまで戻ろうか」
そろそろ日も傾いてきたからと、ヤンがこの場を離れようと声をかけたその時だった。
「待って、みんなすぐにここからすぐに逃げて!!」
「どうした。
いや、これはツイーア!?」
「うん。レトも凄く怯えてるんだ」
どうやらサミーとチャトのスクナがなにかに気づいたようだ。
ただ、ここまで怯えていては話にならないと、そう判断したヤンはすぐに撤退を決断。
「とにかくこの場を離れるぞ」
スクナ達の様子を見ながら峠を離れ、周囲の安全を確保して二人が落ち着いたところでなにが合ったのかを訊ねると、どうもあの場には精霊喰いなる精霊の天敵がいたようで。
「精霊喰いってどういうこと?
今回のことに関係あるのかな」
「わからん。
もしかしたら重要なことかもしれん。
マオ様に連絡を取ってみてはどうだ」
「そうだな。
俺達じゃどうしたらいいのかわからんからな」
◆作者の為の備忘録※
ヤン……元戦闘奴隷の狼獣人。夜の森の拠点に暮らす獣人族の若きまとめ役。
サミー……元戦闘奴隷の兎獣人。軽いノリの最年少。
チャト……元戦闘奴隷の猫獣人。ハードボイルドが似合うナイスミドル。
レト……ウミサと契約する森の精霊。
ツイーア……チャトと契約する朝霧の精霊。
◆次回投稿は水曜日の予定です?




