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スカイダイビングと安全装置

 万屋の西に広がる荒野の四千メートル空の上――、

 飛空艇側面のドアを開き、機体から身を乗り出すようにしながら後方に控える義姉さんに声をかける。


「準備はいい?」


「余裕」


 さて、僕と義姉さん達がこんな空の上でなにをしているのかというと、リドラさん達が龍の里からの帰り際に遭遇した、エルフの子供が消えたという事件――、

 その調査に出かける精霊と契約した獣人のみなさんを送り出す為に作ったパラシュートなど、それらのアイテムの出来を確かめる実験だ。


 しかし、どうしてその事件を調べる為にパラシュートなどが必要なのかといえば、現地まではヴェラさんに運んでもらうにしても、リドラさん達が事件に遭遇した時の状況から、ヴェラさんが現場に姿を見せることは余計な混乱になりかねないと、現地に向かう獣人のみなさんは上空で途中下車しないといけないからだ。


 そして、地上から見つからない程度に高い場所を飛んでいる状態から途中下車ともなると、奴隷解放からまだ数ヶ月、魔法の訓練も魔力の量もまだまだの縦陣のみなさんでは、魔法の箒や空歩を使って地上まで降りるのも難しく。

 ならばと、パラシュートのようなものを作れないかと魔王様に相談されたのがきっかけで、いくつかのアイテムを作ってみたということで、今日はそれを試していこうという訳だ。


 ちなみに、これに義姉さんが協力してくれているのは、もちろん面白そうだからであって、

 巡さんも割りとこういう遊びが好きだと加わって、

 鈴さんは高いところはあまり得意ではないのだが、二人に誘われては否と言えずにここに至るということらしい。


 そして、この三人の他に今回の実験に参加しているのは魔王様くらいで、元春は義姉さんから逃げるようにスルー。

 玲さんは『空歩も使えないしスカイダイビングなんて無理』と雲隠れ、マリィさんはタイミングが合わず不参加となっている。


 ということで、まずは母さんがどこからか持ってきてくれた本物を参考に、アラクネのみなさんが作ってくれたパラシュートの実験だ。


「じゃあ、行ってくるわ」


 僕は躊躇いなく飛び降りた義姉さんを追いかけるように、アクアと一緒に飛空艇の外に飛び出す。

 万が一パラシュートが上手く作動しなかった場合、首に巻いたストール型の魔法の箒とアクアの〈水操〉で義姉さんを助ける為だ。


 と義姉さんは自由落下をしばらく楽しんだ後、背中のパラシュート本体から伸びたラインを引っ張る。

 すると、半透明のパラシュートが開き、義姉さんの体が上に持ち上げられるように僕から離れるが、問題はここからだ。


「義姉さん、レバーを上手く動かして、あそこのポイントに降りてくれる」


 魔法のストールを発動させ、落下速度を緩めた僕が指差す地上にあるのは、魔法窓(ウィンドウ)を使い、あらかじめ地上に投影しておいた朱と白の大きな丸だ。


 義姉さんは「わかってる」と一言、ちょうど顔の左右の位置にある持ち手を引っ張って、ラインを調整。

 上手くパラシュートを操って狙いを定めて地上ギリギリまで降りたところで、体を支えるハーネスに魔力を流す。


 すると、パラシュートをパージされ義姉さんは狙ったポイントに着陸。

 遅れて地上に降りる僕を見上げ。


「もうこれでいいんじゃない」


「そうなんだけど、これを量産するのは大変でね。使い捨てにするのはちょっと勿体ないっていうか」


「ああ――」


 アラクネのみなさんはそのまま捨てられても構わないとは言ってくれているのだが、

 しかし、これだけしっかりと作り込まれたパラシュートを使い捨てにするのは勿体ない。


「だから、次が本命かな。

 ――ってことで上に戻るよ」


「鈴は時間がかかりそうだからゆっくりでいいんじゃない」


『聞こえてるよ』


 と、通信越しにじゃれ合いをする義姉さんと鈴さんの会話を背中越しに聞きながら、広げたストールに乗って飛空艇へと戻り。

 僕達がダイビングをしている間にベル君が配っていてくれたのだろう。みんなそれぞれに持っていたそれを義姉さんにも渡す。


「なにこれ?

 傘じゃないわよね」


 それは義姉さんが言うように白い傘のようなアイテムだった。

 ちなみに、パラシュートが義姉さんにだけ用意されていて、このアイテムがみんなのぶん用意されているのは、単純に簡単に作れるか否かが関係している。


「魔王様が農園で作ってくれた植物なんだけど、魔力を流すと人一人を支えられるくらいの綿毛が開くようになっているんだよ」


 実際に魔力を流してみると、剣のように伸びた部分からわさっと綿毛が広がり、義姉さんを除く女性陣から「わぁ」という声が上がる。


「なんかメルヘン」


「しかし、これが本当にパラシュートの代わりになるのかい?」


 鈴さんの懸念もご尤もである。

 ただ――、


「実はこの綿毛に風を捉える魔法の性質があって、これでもさっき義姉さんが試したパラシュートと同じくらいの滞空性能があるんですよ」


 元になった植物の綿毛はこれほど大きな物ではなかったのだが、妖精のみなさんがこの綿毛で遊んでいるということから、これを大きくしたら人間も飛べるんじゃないかとアイデアを出してくれたのだ。


 と、そんな可愛らしいエピソードも相まってか、ここでついさっきまで義姉さんにからかわれていた鈴さんが、飛空艇の開け放たれたドアの方に歩いていって、


「えっ、まさか鈴ちゃん。行くの?」


「こういうのは勢いが大事だから」


 いまの可愛らしいエピソードがイメージが残っている内にということだろうか。

 ならばと僕がアクアに頼んで鈴さんを誘ってもらうと、鈴さんも自分の相棒であるイブキを呼び出し。


「じゃあ、もしもの時は頼んだよ」


「任せてください」


 二人の精霊にいざなわれるように鈴さんが飛行船の縁から「えいっ」と飛び出すと――数秒の硬直があって、

 ただ、イブキとアクアが鈴さんのほっぺたをプニプニとつついたことで緊張が解けたか、

 若干の余裕が出たのか鈴さんは数秒の空中遊泳を楽しみ、少し早めに綿毛を展開。

 地上に降りたところでヘナヘナと座り込み笑い出してしまう。


 すると、こちらの様子を魔法窓(ウィンドウ)越しに見ていた巡さんが辛抱たまらなくなってしまったのだろう。

「次は私が行くから」という声を残して飛空艇から飛び降りてしまったみたいだ。

 僕が慌てて上空に戻ったところ、白い綿毛が順々に三つほど開き。

 そうして、巡さんだけでなく、義姉さんと魔王様までもがゆったり地上まで降りたところで、


「まあ、使い捨てのパラシュートって考えれば悪くないんじゃない」


「そうだね。方向転換が魔法だよりになっちゃうのが気になるけど――」


 生産性なんかを鑑みて、使い捨てにするならこれに勝るものはないだろう。

 ということで、パラシュートは一応の予備として、この綿毛を量産することが決定したのはそれとして、義姉さんと魔王様に「もう、勝手に飛ばないで下さいよ」と軽く注意を入れたところで、


「最後にボツになったアイテムを試してみる」


「ボツになったアイテム?」


「実はこの二つの前に作ったアイテムがあるんだけど、着地がかなり派手になっちゃうから自己ボツにしたんだよね」


 ただ、パラシュートや綿毛が使えなくなった場合には役に立つかもと、しっかりと数は作っていたのだ。


「ちなみに、どんな風に派手なの」


「泡を大量に作り出して、その上に落ちるから、凄く目立つんだよね」


「泡って大丈夫なの?」


「泡一つ一つが梱包材(プチプチ)くらいの強度があるから」


 スタントマンがビルの上から飛び降りる時なんかに用意する大きなマットレス。

 あの数倍の規模になってしまうので、かなり目立つのだ。


「ちょっと面白そうじゃない」


「義姉さんならそう言うと思ったよ」


 僕が何もない地面に向けてディロックを発動させると、綺麗に積層になった巨大な泡のクッションが一瞬で地上に現れる。


「泡って言ってたから、もっともこもこってイメージしてたんだけど、なんていうかすっごい大きいホットケーキって感じよね」


「出っ張ってるところがあると変にバウンドして危ないから」


 着地点が平らになってないと、受け止められた反動で変な方向へ飛んでいってしまう可能性あるので、魔法の力であえて形成しているのだと、ディロックによって泡のクッションを生み出されたところで、このクッションへの飛び降りを試してみたい人は――と希望を聞いてみると、鈴さんが少し迷っていたものの、ここで意外な積極性を発揮する魔王様の『乗らないの?』と問いかけるような視線もあってか、最終的にはみんなで飛空艇に乗り込み、上空へと移動するのだが、

 上昇をはじめた飛空艇がすぐに止まって、僕が「着いたよ」と言ったところ、義姉さんが開け広げられたドアから下を覗き込み。


「ねぇ、これちょっと低くない?」


「本当ならもっと高いところから飛ぶんだけど、ぶっつけ本番であそこに降りるのは難しいでしょ」


「巡とかはみ出しそうだもんね」


「志帆ちゃんヒドい~」


 風などの魔法を使えばなんとかなるとはいっても、ぶっつけ本番で小さな的に落ちるのは難しい。

 と、今度は義姉さんと巡さんのじゃれ合いがあったところで、最初に誰が飛ぶかになるんだけど、これは――、


「もちろん――」


「……行く」


 まず飛ぶのは自分だと義姉さんが名乗り出ようとするのだが、それよりも早く魔王様が前に出て、

 すると、さすがの義姉さんも、見た目年下の魔王様相手には甘くなってしまうのか、

 特に文句をいう訳でもなく引き下がり、魔王様は僕の補助で飛空艇の縁に立つと。


「躊躇わずに行ったわね」


「魔王様って意外とこういうのが好きなんだよ」


「そうなの?」


 元春と一緒に遊んだゾービング然り、ティル・ナ・ノーグの前身となった弾幕ゲーム然り、魔王様は意外と体を動かす遊びも好きなのだ。


 そんなことを話している間にも、命綱代わりに魔王様について飛び降りたアクアが戻って来てくれたので、次は義姉さんが、それに巡さんが続き、最後に鈴さんがイブキとアクアに誘われて、可愛らしい悲鳴と共にダイブ。

 そして、僕もとベル君が操縦する飛空艇から飛び降りると、へたり込む鈴さんを介抱していた義姉さんと巡さんが顔を上げ。


「結構面白いじゃない」


「普通にトランポリンとしても使えそうだね」


「これってどのくらい保つの」


「今回使ったものは三十分はこのままだよ」


「ふぅん、それならもっと小さくして、一瞬で消えるようにしたら、マオのところの作戦にも使えたんじゃない」


 それは僕も考えたことである。

 しかし――、


「落ちてる途中でこれを発動させてその上に落ちるってなると、一瞬だけの発動じゃ着地に失敗しそうなんだよね」


「それもそうね」


 百メートルくらいの高さでもかなり小さく見えるのだ。

 高度数千メートルからのスカイダイビングの最中に、この魔法を封じたディロックを発動して、魔法が発動している間にその上に落ちるのは結構至難の業だ。


「だから、ヤンさんにはパラシュートを背負ってもらって綿毛を使って地上に向かってもらって、万が一にはこれを発動させるってことでどうですか」


「やり過ぎじゃない」


 魔王様に向けて言う僕に義姉さんが呆れたようにそう言ってくるのだが、


「普通にスカイダイビングするだけなら綿毛と空歩だけでも十分だと思うんだけど、ヤンさん達が行くのは敵地みたいな場所だから」


「やってやり過ぎは無いってことだね」


「……ん」


「まあ、マオがいいならそれでいいか」


 そう言って、頭を撫でる義姉さんだった。

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