魔女の天敵
アオォォ――――ォォオオン!!
「ふむ、魔法使いには退魔の咆哮が厄介ですね」
遠吠え響く、石造りの街並みの一角――、
二階建ての屋上から実戦形式での戦闘訓練を行うジニーさんとヤンさんを見下ろし、そう呟くのはトワさんだ。
「対処法はやはり速度のある魔法ですか」
続いて訊ねてくるのはジョージアさん。
「そうですね。後は距離を保って大きい魔法を放つかですか」
ちなみに、今の会話が聞こえていた訳ではないと思うけど、ジニーさんは発動しようとしていた石柱を途中でキャンセル。
その魔力を足元に浮かべた土の散弾の魔法式に流し込み、ヤンさんの反撃を防ぐことには成功したみたいだ。
と、そんな戦いの一方で、「ん」と小さな疑問符を音にするのは母さんで、
「あの遠吠えって強い魔法は壊せないの」
「遠吠えに乗せる魔力によるんだけど、ヤンさんの魔力だと中位の魔法はキツイんじゃないかな」
「うむ、大きい魔法を壊すとなると魔力を大分使ってしまうことになるからな。避けるのが基本だ」
ヤンさんのお師匠的立ち位置のチャトさんが言うように、獣人の皆さんが使う遠吠えは、僕達が威圧や殺気と呼んでいるそれと同じ仕組みの技のようで、声に乗せた魔力を相手の魔法にぶつけることで、その組成を壊して魔法を成立していない状態に持っていくようなものらしく、強固な魔力で作られた高度な魔法を壊すことはかなり大変なことだという。
「しかし、それがわかったところで、ここからジニーが逆転するのは難しそうですね」
「ジニーさんは速度を重視した魔法の使い手ですからね。
それに土の魔法の発動は地面を起点とすることになりますから」
「技の出掛かりを潰されやすいのね」
そう、地属性の魔法は地に足をつけていないと発動しない魔法が多く、その発動が読まれやすいという欠点があるのだ。
「一応、地雷みたいにこっそり仕掛けて発動させるって方法もあるんだけど、それだと狙って当てるのが難しくなっちゃうんだよね」
と、話題が少し脇道に逸れている間にも、二人の戦いに決着がついたみたいだ。
地面に倒れたジニーさんがヤンさんの手を取り起き上がると、服についた土埃を払いながらこちらに戻って来て。
「はぁ、やられたねえ」
「紙一重だったんじゃないか」
「いや、あれは完敗だよ。アタシには早くて大きい魔法はないからねえ」
ちなみに勝負の結末は防戦一方に追い込まれたジニーさんが石柱の魔法を連発し、防御を固めようとしたところでヤンさんが極大の咆哮を放ち、その半分ほどを機能不全に陥らせ、獣人のスピードとしなやかさを生かした動きで石の瓦礫を縫うように突破。スピードに乗った抜き手で一突きでバリアを削り切ったところで決着となったみたいだ。
「だけど、ヤンが使ったみたいな戦法は地球の変身系の超能力者に刺さるんじゃないのかしら」
たしかに、相手の超能力の性能にもよると思うけど、母さんが言うようなことも出来そうだ。
「試してみる価値はあるかもね」
例えば、獣化能力ともいうべき相手の場合、その発生源を止めてしまえば一気に形勢逆転なんてこともあり得るのかもしれない。
ただ、これはアンチマジックに限らずのことであるが、高度な魔法にはその属性への適正が必要になる訳で、
とりあえず、魔女のみなさんの得意な属性を吟味して、何人かに試してもらおうかと話していると、警報音が鳴り響き、黒と黄色の枠で縁取られた魔法窓がポップアップ。
「あら、魔獣でも来た?」
「ガーゴイルが転移してきたみたい」
正確には四大守護柱などという、大仰な名前がついたガーゴイルのようだが、なにが原因だったのか、破壊されないままにこのアヴァロン=エラに転移してきてしまったようで、ちょっと暴走状態に陥っているみたいだ。
なので、急いで処理をした方がいいと僕がゲートに向かおうとしたところ、母さんが「ちょっと待って」と僕を呼び止め。
「どうせだから、みんなで分担して倒すのはどう?」
「私達はかまいません」
「俺達も手伝うぞ」
「ならば、我々も行きませんとね」
せっかくの獲物なのだから、みんなの成長の糧にしてしまおうとそう提案。
これに魔女のみなさんが手を上げて、ヤンさん達とトワさん達もやる気を出したとなれば、僕が一人で処理をするとも言い出しづらく。
結局、僕と母さんの監督下で、トワさんチームにヤンさんチーム、そして戦闘が得意な魔女さんがチームを組んで、それぞれにガーゴイルを一体づつ倒すことが決まり、ゲートに移動。
「では、手筈通りにそれぞれのグループでまずは一体、相手をお願いします。結界の外に出たい時はエレイン君に言ってください」
ゲートの周りを四つに区切った結界の仕様を伝えたところで戦闘開始。
「まずは弾幕を張る。エマ頼めるか」
「了解」
僕の見守り担当の魔女チームのリーダーであるジョージアさんが初手に選んだのは、ヨーロッパからきたエマさんがセイレーン対策にと練習している〈泡魚〉による一斉攻撃のようだ。
大量に展開した魔法式に限界ギリギリまで魔力を注入したエマさんが魔法を発動。
大量の〈泡魚〉がガーゴイルに襲いかかったところで、ジョージアさんが電撃を放つ。
そんな、二人の連携攻撃が決まったところで、不意に母さんが、
「あの泡の魚――、
魔法式なしだと難しいの?」
「あれだけの数を発動させるとなると魔法式を用意した方が早いから――、
っていうよりも母さん。トワさんやヤンさん達のフォローはいいの?」
「大丈夫でしょ。ほら」
僕の心配に母さんが向けた視線の先では、トワさんが槍にまとわせた水を操りガーゴイルの動きを封じている隙に、人数の関係からチームに加わっている玲さんがウルさんとルクスちゃんに光の魔法を付与、それぞれに武器を振るい、手足を切り裂いているところで、
ヤンさん達のグループも万屋で作った手甲を武器に、地味にではあるが堅実にガーゴイルの体を削っていた。
「それに比べて、こっちは結構苦労してるみたいね」
「それなんだけど、このガーゴイル、高い魔法耐性を持ってるみたいなんだ」
まあ、ジョージアさん達も初撃でそれを見抜いて、攻撃方法を魔法主体から物理攻撃を織り交ぜたものに変えており。
「みんな対策はしてるのね」
「けど、ここに迷い込んでくるような相手基準だとちょっと厳しいから」
そう、各種耐性への対策があるにしても、それはあくまで地球基準のものであって、このアヴァロン=エラで出る敵のレベルには、まだまだ対応しきれてないというのが実情なのだ。
「だったら、適当に強い武器を持たせればいいんじゃない。
あの子達にはまだ作ってあげてないの?」
「僕は別に構わないんだけど、いいの?」
魔女のみなさんとはこれまでの付き合いから、武器を作ってもいいくらいには信頼関係があるのだが、それをアメリカの魔女さんにも作ると生ると、国際的にはなにか問題にならないのかと訊ねる僕に、母さんは「私としては問題ないと思うんだけど……」としながらも、やはり立場というものがあるのだろう。どこか面倒そうな表情になり。
「だけど、前にゴーレムを作ったとか言ってなかった?」
「あれはあくまで壁役としてのゴーレムだから」
誤魔化すような母さんの問いかけに応えている間にも戦いが動く。
どうやら、このガーゴイルは物理寄りの魔法にはそこまで強くないようだ。
いや、他のみんなの戦いを見るに鍵になるのは属性か?
戦いの最中、二方向からの攻撃を避けたガーゴイルが、ジニーさんが作り出した石柱に当たって羽の一部にダメージを負ったのを見て、ジョージアさんが石柱を使える魔女のみなさんに一斉攻撃を指示。
他のみなさんでガーゴイルの動きを誘導したところで小さな石柱をメインに攻撃を繰り返し、ガーゴイルの体にヒビを入れ、ジョージアさんが電撃を撃ち込むと、これが効いたのか、ガーゴイルの動きが急にぎこちなくなり。
「盛り返してきたわね」
母さんはそう一言――ガーゴイルのすべてを見通すように目を鋭く尖らせ。
「属性の影響っていうのは思ったよりも影響が大きいのね」
「特に相手が魔法生物となるとね」
魔法で動いているのだから、物理法則よりも強くその作用を大きく受けるというものだ。
「飛剣の種類を増やそうかしら」
「それなら属性付与の方がいいんじゃない?錬金術の範疇だし」
「たしかに、そっちの方が使い勝手が良さそうね」
そう言っている間に、ジョージアさん達が戦っていたゴーレムは石柱の連打に完全に沈黙したようだ。
「他のチームも倒せたかしら、じゃあ、最後の一匹は私と虎助で、せっかくだから掌法を試してみましょうか」
「コアを直接狙うんだね」
ちなみに、いま母さんが口にした掌法というのは、いわゆる掌底などを使った打撃技のことで、体の外部ではなく内部にダメージを与えるという技なのだが、
母さんはこれがガーゴイルにも効くのか試したいみたいだ。
ということで、僕と母さんは戦いを終えて息を整える皆さんにそのことを伝え。
残るガーゴイルが待つ結界の中へ入って、機械的に襲いかかってくるガーゴイルの攻撃を回避。
掌法を試してみると、これが思わぬ効果を発揮したみたいだ。
「あら、一撃?」
「みたいだね」
「えっ、いったい何をしたんです」
そう驚くのはヤンさんだ。
いや、ヤンさん以外にも驚いているようで、
「いまのは武器破壊ですか?」
「似たようなものですね」
「まあ、こっちはもっと単純だけど」
トワさんの言うそれは、おそらく物質の固有振動数などを利用した技の一つだろう。
ただ、僕と母さんが使ったそれは、みんなが考えているよりも基礎的な技術であり。
「私もまだまだ修行が足りませんね」
「なあボス、いまのって」
「さすが教官だ。まさかジャンヌの得意技をああも簡単に操るとは」
「私達ももっと努力しないとですね」
「まったくその通りだ」
◆なんとかなった?




