骸骨列車のディストピア
南岸低気圧が通過中とこの時期としては珍しい悪天候に見舞われたこの日、部活が休みだった正則君のストレス解消にと用意したのはホラーチックなナンバープレートだ。
これは、冬休みの初めにこのアヴァロン=エラに迷い込んできた魔導列車の核を、ソニア・アビーさん・サイネリアさんの三人が協力して改造したディストピアである。
「骸骨列車とか、なんつーか季節外れだよな」
「正則君は行くとして、他に誰が行きます?」
「虎助、任せた」
「元からそのつもりだったから僕は構わないけど」
他のみんなはどうするのかと視線を向けたところ、まずはマリィさんが弾ける笑顔で胸を張り。
「もちろん私も行きますの」
「マー君が行くなら私も行くです」
「じゃあ、わたしも行こうかな」
ひよりちゃんと玲さんが、どこか恐れ慄くような視線をマリィさんの胸元に送りながら、それに続いたとなれば、元春も黙ってはいられない。
「ちょちょちょ、俺だけ仲間外れかよ」
「魔王様も残りますよね」
「……んー? ん」
「いや、マオっちが行かねーのはいつものことじゃん。
わーった俺も行くよ。行けばいいんだろ」
とまあ、こんな感じで挑戦メンバーが決定して、小さく手を振る魔王様に見送られ、骨とナンバープレートが組み合わさったオブジェにそれぞれが触れたところ、僕達はレトロな車両の中にいて。
「へぇ、中は意外と普通だな」
ここがスケルトンアデプトの派生型ディストピアということで、元春は列車そのものが骸骨になっているとでも想像していたのか、レトロな雰囲気を漂わせる車内を見回し呟く。
「とりあえず二手にわかれて探索だね」
いま僕達が居るのは列車の中央部。
隣接する車両に大量のスケルトンが見えるものの、ボスらしき姿は見当たらないので、どちらに進めばボスに辿り着くかを調べなくてはならない。
「だったら、俺は後ろの方に行くわ」
「では、私は進行方向に向かいますの」
「俺もそっちがいいな。ボスとか出そうだし」
「マー君が行くなら私も行くです」
「じゃあ、元春がんばって」
列車の構造上、ボスがいるのなら先頭車両だということはまず誰もが考えることである。
それを避ける元春の一方、他のみんな攻略を目指して前方へと向かおうと手を上げ。
「いや、そこは玲っちとか虎助とかが俺についてくるトコなんじゃね」
ついて行くか行かないかはともかくとして、なにかしらのギミックがあった場合、元春だけに任せるのは頼りない。
「仕方ないな。僕が元春と一緒に行くから、えと、マリィさん、三人のフォローをお願いできますか」
「任されましたの」
元春はどうでもいいとして、他の四人と別行動というのは多少心配ではあるものの、ここは既にジカードさんに何度も攻略されて、安全が確認されたディストピアだ。
加えて、戦力のバランスを考えるのなら、僕が元春についていくのがベターだと、マリィさんとひよりちゃんに残る二人のフォローをお願いし、二手に分かれて探索開始。
「じゃあ、しっかりやれよ」
「ゆっくりでいいじゃんよ」
「別に僕だけでもいいんだけど」
「しゃーねーな」
ここまで言えば元春も諦めたみたいだ。
マジックバッグから取り出したブラットデアを装備して、次の車両に入ろうと連結部に移動するのだが、その先の車両は多くのスケルトンがひしめき合っているような状況であり。
「どうする?」
「そうするって言われても、さすがに電車の中でディロックをぶっ放す訳にもいかねーだろ。ふつうに突っ込むしかねーんじゃね」
元春がいいなら否はないと、勢いよく扉を開けて車両の中へ。
僕は鍛冶で使っているハンマーを武器に、元春はブラットデアのパワーアシストを存分に発揮してスケルトンを殲滅していき。
「意外とあっけなかったな」
「スケルトンだからね。
ただ、場合によってはここから復活――はないみたいだね」
バラバラになって粒子と消えたスケルトンに安心する僕。
そんな一方で、元春は次の車両を覗き込み。
「なあ、全然後ろの方が見えないけど、何車両くらいあるんだこれ?」
新幹線が十六両編成くらいだったかな?
スタート地点が中間だとするなら、残りは十両もない筈なのだが、連結部から見える景色はほぼ変わらずに。
「ちょうどここにハシゴがあるし、ちょっと屋根に登って確かめてみようか」
「危なくねーか」
「トンネルどころか、カーブに差し掛かる気配も無いみたいだし平気だよ」
窓の外の景色はただただ無人の荒野を走っているだけなので、映画なんかでありがちな『屋根に登っていたらトンネルが――』なんて状況にはそうそうならないだろうと、僕はオープンスペースになっている車両の連結部に取り付けられた小さなハシゴを登り。
「どうなん?」
足元からの声に前と後ろを確認して、ざっと車両の数を数えた結果。
「全部で五十両近くはあるんじゃないかな」
「うげっマジかよ。んなら、屋根の上から行った方が早いんじゃね」
さっき戦ったスケルトンの力量を考えるなら、そこまで時間がかかるとは思えないけど、たしかに面倒は面倒だ。
「そうだね。このまま上を走って移動しようか。
元春はどうする?
下から追いかけてきてくれてもいいんだけど」
僕が車両の連結部に居る元春に聞くと、屋根の上に上がるのは怖いのか『う~ん』と迷うように腕を組み、やっぱり面倒に感じたのだろう「行くわ」と屋根に登ってきて。
「足元に気をつけて行くよ」
こういうのは思いっきりが大事である。
元春がグチグチ言い出す前にと走り出したところ、二つ先の車両に不意に立ち昇る青白い炎。
すると、そんな炎の中からは、焼け焦げたような色をしたボロボロの片手剣と円盾を装備したスケルトンが現れ。
「出たね。元春はどうする?」
「援護は任せろ」
まあ、この状況で自分が前に出るとは言えないか。
「悪いけど急がせてもらうよ」
ということで、僕はダッシュで近づいてからのハンマーによる横殴り。
これで相手を横に弾き出して瞬殺と――、
そんなことは相手も考えていたみたいだ。
煤けたスケルトンは円盾による防御からの回転斬りで、逆に僕を屋根の上から落とそうとしてくるのだが、
僕はそんなスケルトンの攻撃をハンマーの柄で防御。
そのまま大きく車両の外へと弾かれてしまうも、空歩を使っての三角跳びから回し蹴り。
「元春」
「はいはい」
そして、以心伝心とばかりに元春が伸ばした如意棒でスケルトンは車両外にさようなら。
「こりゃ落ちたら一撃死確定だな。
てか、思いっきりが良すぎだろ」
「いま見た通り空歩もあるし、先手必勝はこっちも同じだからね」
慣性の法則がどうだとか、ちょっと気になるところはあったけど、落ちそうになっても大丈夫という計算が僕にはあったのだ。
「それよりもまたスケルトンが戻ってくるかもだし、今の内に進むよ」
「おう」
ということで、急いで屋根の上を移動。
その後、三回ほど煤けたスケルトンの邪魔が入ったが、これを二人でなんとか撃退。
最後尾まで辿り着くと、そこにはあからさまに重要そうな結晶体が浮かんでおり。
「もしかして、こっちが当たりだった?」
「壊してみれば」
僕の勧めに元春がなんの疑いもなく、バレーボールサイズの結晶体を叩き割る。
すると――、
「なんも起きねーぞ」
トラップってことはなかったみたいだね。
だとするなら、このクリスタルにどんな意味がと視線を周囲に巡らせたところ。
「元春、見て」
「あんなにいた骨がいなくなってるな」
車両を埋め尽くしていたスケルトンが姿を消していた。
「正則君達と合流しようか」
「おう」
邪魔な敵が居なくなったのならと急いで車両内を引き返し、そろそろ先頭車両に到達しようとしたその時だった。
「おいおい、アレがここのボスなんか?」
天井の大穴の犯人か、半壊状態の天井の隙間から見える上半身だけの巨大スケルトンに元春が驚き。
「マー君っ!!」
ひよりちゃんの悲鳴に僕は咄嗟に車両の窓をぶち破り、車外に飛び出すと弾き飛ばされてきた正則君をキャッチ。
車両に舞い戻ると――、
「大丈夫?」
「お、おお虎助、助かったぜ」
「状況は?」
「先頭車両にいた骸骨をぶっ飛ばしたらコイツが出てきて戦いをはじめたってところだな」
「あれって俺等が原因じゃなかったん」
「どういうこった?」
「後部車両までいったら魔石みたいなのがあって、壊したら列車内のスケルトンが消えたんだけど……」
「うーん、どうなんだろうな。あの骸骨は普通に電車の中の骸骨を全部倒したらすぐ出てきたし」
そうなると、正則君達が当たりなのか。
偶然タイミングが揃ったって可能性もあるけれど、今はなんにしても目の前の敵を倒すのが先決だ。
正則君が前に飛び出し、元春がひよりちゃんの横まで下がる。
「攻撃パターンは単調ですね」
「たまに下から骸骨の手が出てくるから気をつけろ」
成程、それで正則君が不覚をとったと――、
ただ、来るとわかっているなら対処は簡単だ。
召喚系の魔法なのだろうか、不意に足元から感じ取った魔力に視線を落とせば、そこには黒く輝く魔法式があり。
ターゲットは僕とマリィさんか――、
「私の武器はあまり役に立ちませんわね」
しかし、マリィさんが愛用する武器は細剣である。
巨大な骨であるボスとの戦いでは相性が悪いから。
「下の骨はわたしに任せて」
細かな嫌がらせの対処は玲さんにお願い。
「元春は正則君と合流して、マリィさんは炎の投げ槍をメインにお願いします」
僕が隣りにあった鎧の背中を押し出すと、元春は恨めしそうに僕に振り返ってくるのだが、そんなことをしてていいのかな。
ほら、後ろから骸骨の拳が振り下ろされるよ。
「おいおいモト。よそ見してると死んじまうぞ」
「そうです先輩――、
マー君の邪魔をするなら、そこを変わってくれです」
正則君に守られ、ひよりちゃんに文句を言われ、ようやく如意棒を取り出し参戦する元春。
「ぶっ飛ばしてもすぐに治っちまうぞ」
「普通に胸んとこの炎が怪しいだろ」
しかし、どこを攻撃してもすぐに回復をしてしまう巨大スケルトン。
「ダメ。わたしレベルの魔法じゃ効かないわ」
「でしたら、これはどうですの?」
ならばと、玲さんが光の魔法を、マリィさんが炎の投げ槍を飛ばすのだが、それもあまり意味がないようだ。
しかし、こうなると、何かダメージを与える条件があるっていうのが正解かな。
ここで僕がまず思い浮かべたのは列車の最後尾で壊したクリスタル。
もしかして、あれが他にもあるとしたら……。
「マリィさん、玲さん、ちょっと試したいことがあって、ここを離れます」
「ええ、構いませんわよ」
「なんかよくわからないけど、早くしてよ」
僕はその場をマリィさんと玲さんに任せると、巨大スケルトンの攻撃を掻い潜り、機関室に飛び込む。
すると、そこには僕の読み通り列車の最後尾で壊した巨大なクリスタルがあって、それをすぐに破壊したところ。
「炎の色が変わりましたの」
「お、普通に攻撃が通るようになったぞ」
攻撃が通じるのなら後は時間の問題だ。
胸の炎を中心に攻撃を加えていったところ、数分でスケルトンの胸元の炎が消えて崩れ落ち。
ディストピアの中から戻ったところで実績のチェックだ。
「私は炎に浄化の力を乗せやすくなるといったものですわね」
「私は回復魔法がもっとおぼえられるようになったみたいです」
マリィさんとひよりちゃんは無難なところを引いたみたいだ。
「うわっ、被りだ」
「って、俺もかよ」
一方、元春と正則君はすでに開放されている権能と一緒の効果か、その下位互換だったようで、
「わたしは普通に回復力の向上か、まあ、無難といえば無難か」
「虎助は?」
「僕は〈看破〉ってヤツみたいだね」
僕が得た権能は訓練次第で鑑定や探査などの魔法に直感的な補正がかかるものだった。
「微妙じゃね」
「悪くはないと思うけど」
効果のほどは検証してみないとわからないけど、今回のようなギミックに気づきやすくなるのだとしたら有用じゃないか。
「なんかレアなの期待したんだけどな」
「どんな感じの?」
「ほれ、場所が列車だし〈運転〉とか?」
「虎助が潜り込んだ運転席でなんかすれば取れたりしそうだよな」
特殊条件か……、
「電車っていうと時間に正確なイメージがありますから、体内時計とかもありそうです」
「死霊魔法や召喚魔法を補助するものもあるでしょうね」
とりあえず、もし次にテストプレイをするなら正則君の意見を参考に攻略してみるのもいいのかもしれない。
◆次回、とりあえず水曜日の投稿予定です。




