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突入前夜※

 ベルタ王国の南の辺境に作られた隠し砦――、

 いま、この隠し砦には少数に分かれながらも続々と兵士達が集まって来ていた。


 彼等の目的はこの砦から数キロ離れた場所にある犯罪組織の拠点壊滅――、

 闇オークションなどが行われる巨大地下施設への突入準備が進んでいた。


 さて、そんな砦の通路で今――、

 数名の護衛を引き連れた御令嬢が無駄に格式張った鎧を身に着けた一団に絡まれていた。


『おやおや、このようなむさ苦しいところにどうして貴女のような姫君が?

 どこぞのパーティ会場から迷い込んで来られましたかな』


『初めまして、(わたくし)の名はセリーヌ=オールード。

 父・ショーン=オールードの名代としてこの場に馳せ参じておりますわ』


 冗談と皮肉が入り混じった男の言葉にお手本のような名乗りで返して見せるのは、アビーさんの妹君であらせられるセリーヌさん。


 そんなセリーヌさんが名乗った家名に――、

 いや、どちらかというとその冷静過ぎる切り返しに驚いたのかもしれない。

 声をかけた中年男性を筆頭に、一同がギョッとしたような顔をするも、さすがに相手も貴族令嬢に皮肉を言ってしまえるような立場の人間か、先頭の中年男性はすぐに気を取り直し。


『な、成程、オールード公爵家のご令嬢でしたか。

 これは失礼、我が名はウェッジ=バイサクス。

 この砦の隣領を守護する伯爵でございます』


 自らも名乗り返した上でわざとらしくも訝しげな顔を作り。


『しかし、何故にこのような場に貴女のような御令嬢が?』


『それは我が家の事情になりますのでご容赦を――』


『というと、例の噂が真実だったという訳ですかな?』


『さて、私はその噂を存じておりませぬので、分かりかねますが――』


 曖昧な言葉の応酬が少しあったかと思いきや、バイサクス伯爵がふっと表情を緩め。


『ふむふむ、それはセリーヌ殿もお困りでしょう。

 もしよろしければ我が地より側仕えを――』


『いえ、それには及びませんわ閣下。

 こう見えて(わたくし)、魔法兵の端くれにありますれば、ある程度の自衛は出来るかと――、

 なにより私にはエレオノールがついていてくれておりますし、我が姉より心強い護衛をつけていただいていますので』


 そう言って、振り返ったセリーヌさんの視線の先には、白盾の乙女の四人と獣の頭を持つ全身鎧の戦士、銀色の甲冑に身を包んだ騎士が立っていて、


『エレオノール……、

 まさか白盾のエレオノール。あの女傑の娘か』


 忌々しげにそう呟いたのはバイサクス伯爵の副官に当たる人物だろうか、厳しい顔つきの騎士で、

 彼の言葉から察するにエレオノールさんのお母さんは貴族のお偉方にも名の通った人物であるようだ。


 一方、獣戦士の作成者の一人として名の上がったアビーさんに関しては、なにを言うまでもなく、この国では高い権威を誇っているようで、

 ただ、中にはその実績を理解できないものがいるみたいだ。


『ふん、そんな下民のような振る舞いの女や人形が何の役に立つというのだ』


 小馬鹿にしたように鼻を鳴らし、腕組みするのは厳しい騎士のすぐ隣に立っていた若き貴公子だ。

 その派手な装飾でゴテゴテと飾り付けられた鎧からして、彼がどこぞの貴族家のお坊っちゃまであることは容易に想像できるのだが、侯爵家を後ろ盾に持つエレオノールさん達は元より、アビーさんの作ったとしているゴーレムを軽く見るなんて――、


 そんな彼の迂闊な発言に場の空気が凍りつくも、セリーヌさんはそんな周囲の空気に物怖じせずにこう返す。


『さすがは、武の名門として名高いバイサクス家の跡取りであらせられるラインハルト様。

 その仰りようですと此度の作戦における一番の武功はラインハルト様で決まったもののようですわね』


   ◆


 さて、そんな突入作戦に関係ないマウント合戦が繰り広げられる現場の一方、こちらはアヴァロン=エラ。

 万屋の和室に陣取るのはいつもの常連組にプラスしてアビーさんとサイネリアさんだ。


「ギスギスワールドオンライン」


「あはは、あんなやり取りなんてしょっちゅうだから」


「貴族って人種は本当に面倒な生き物なんだ」


「だから私は家を出たんだよ」


 さて、僕達がどうしてこんなお貴族様のやり取りをモニターしていたのかというと、明日の突入を前に、セリーヌさんと当日の動きを擦り合わせを行おうと、アビーさんが身内の気安さからアポ無しで通信を繋げたところ、たまたまそういうシーンに出くわしてしまったという訳である。


 そんな、意図せず目撃してしまった貴族のやり取りに、僕達が呆れ気味なコメントを入れている間にも、セリーヌさんは自分に割り当てられた仮の執務室に逃げ込むことができたみたいだ。

 おそらくは男所帯の中で行動する為の護衛としての役割になるのだろう。

 セリーヌさんはエレオノールさん達と獣戦士を引き連れて割り当てられた部屋に入り、どっかり椅子に腰掛けると会話に加わる。


『まったくお姉様は――、

 今からでも帰ってきてくれてもいいんですよ』


「忙しいなら、辺境暮らしを満喫している兄上様を呼び戻せばいいんじゃない」


『それが帰還の打診は何度も送ってはいるのですが戻ってきていただけないのです』


「もしかして本格的に満喫しちゃってる」


『マグネス兄様ですから』


 聞けば、さっき話題にも上がったお家騒動の結果、一時的に辺境の衛兵として家から放逐されているアビーさんの一番上のお兄さん。

 彼が放逐先の領地にて一兵卒として魔獣と戦い、メキメキと実力をつけているそうで、自分が納得する実力を身につけるまで家に帰るつもりはないと言い出したらしく、セリーヌさんはほとほと困っているとのことである。


「……まあ、どうにもならない時にはお父様に頑張ってもらうとして、それまでセリーヌが頑張ってよ。なにかあったら手を貸すから」


『まったく仕方ありませんわね』


 と、ちょっとした家族間の愚痴り合いがありながらも本題に入る。


「それで、こっちの動きは予定通りでいいんだね」


『一応、事前のすり合わせ通りにまとまりました。

 ただ一部、不満を抱いている輩がいるようで――』


 先程の一幕はそうした不満をあえて形として示したというもののようだ。


「不満? 彼等は一体なにが不満なの?」


『自らの武に強い自信を持つ殿方からしてみれば、マジックアイテムを大量投入した作戦など邪道でしか無いのでしょう』


「ああ、フラッシュバンを使った作戦に文句を言ってきたんだね。

 まったく面倒な話だよ」


 さっきの若い貴公子なんかがそれに当たるって感じかな。

 どうやら、今回の作戦で武功を上げたい一部の人達には、マジックアイテム頼りの制圧戦が気に入らないらしい。


『なんにしてもだ。素材調達の邪魔にならなければどうでもいいよ』


 しかし、そんな人達にまで構ってられないと、切り替えるようなアビーさんの言葉に合わせて浮かび上がるのは、明日突入する地下施設の全体像(3Dマップ)


「アビーっち達の担当は闘技場だっけか?」


「うん。

 ちなみに、闘技場があるのは中央の広間を中心に四方それぞれに分かれてるエリアの東側で――」


「これって思ってたよりも狭い?」


「構造がシンプルだからそう見えるんだと思うけど、一つ一つのエリアがストーンヘンジを含めたゲートくらいの広さがあるから」


 加えて、この地下施設にはソフトクリームみたいに上下に伸びてる部分があって、そこには幾つかの部屋が並んでおり、こちらはエントランスやスタッフルーム、広さも質もピンキリな休憩場所、後は細々とした盗品市として使われている場所もあるようで。


「これってどこから突入するん?

 地下にあるってことはやっぱ一番上からとか?」


「ばっかね。ゲートが通じてるんなら、そっちでしょ」


「いや、それはどっちも違って、ボク達はこの真ん中の階層の西側からの侵入になるんだ」


 マップを示して言い合う元春と玲さんにルートを示すのはサイネリアさん。


「えっ、ここって土ん中じゃねーんすか」


「前もって地下トンネルを作ってあるから」


 そんなアビーさんの言葉に元春は「へぇ」と腕を組み。


「ちなみに、ゲートから入らないのは、いま稼働しているゲートが二箇所で、一回に転移できる人数が限られてるからなんだ」


 それが逆に相手側の安全に繋がっているらしいのだが、逆に攻める側としては大勢を逃がす心配が少ないというメリットもあるようだ。


「しっかし、ここって人がいっぱいくる場所っしょ。

 そこに入るのに入場制限があるゲートが二箇所だけって少なくね」


「いや、遺跡レベルの施設のゲートが生き残ってるのがすでに凄いから」


 下手をすると千年単位で地球に埋まっていた施設に、正常に動くゲートが二つあるなんて奇跡に他ならず。


「そういえばゲートの先はどうなっていますの?」


『国内のものに関しましてはすでに兵を配置しております』


「お隣の国にあるゲートはこっちで監視してるから」


 逃げられそうになったら、最悪ゲートを止めてしまうという選択肢もあるのである。


『それでお姉様、リコレの動きは?』


「今日の内に何箇所かに情報を流したけど、いまからじゃ間に合わないだろうね」


 ちなみに、セリーヌさんが口にしたリコレというのは、ゲートの出口がある隣国・リコレ連邦のことで、情報を流すタイミングが作戦開始の直前になってしまったのは、隣国の上層部の中に、いまから突入する地下施設に出入りする人間との繋がりがあっては作戦そのものが露呈してしまう危険性があるからだ。


『協調出来ればよかったのですが』


「それは無理でしょ」


 たとえ国と国との交友があったとしても、現状、その世界の封建主義的な社会通念を考えるのなら、複数の国が強調して一つの犯罪の解決に動くのはほぼ不可能。


『内部に斥候を送って、幹部らしき人物が全員いるかの確認はすることになっていますが』


「まあ、なるようになるんじゃない」


『まったくお姉様は適当なんですから』

◆作者の為の備忘録※


 アビー……本名アビゲイル。

      オールード家の長女でベルタ王国で最高位の魔導技師。


 セリーヌ……アビゲイルの妹。

       優秀な魔法使いでありながら、最近、姉(万屋)の影響でゴーレム使いの能力を覚醒してしまった。


 マグネス……オールード家のマッシブな長男。

       現在、辺境にて魔獣との戦いに従事している。


 マティアス……オールード家の家長簒奪を目論んだ次男。

        今は辺境に飛ばされ下働きをさせられている。


 ショーン……オールード公爵その人。

       現在は自宅にて療養中という体で溜まった書類仕事を片付けさせられて(・・・・・)いる。

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