マジックマッシュルーム
それは魔女のみなさんがアヴァロン=エラにやってきた翌日のこと――、
僕が彼女達から頂いたお土産を整理していると、ダンボール箱の中に入ったとある食材を見つけた玲さんが聞いてくる。
「ねぇ、これってなんのキノコ?」
「ちょっと待ってください。
えと、それはマジックマッシュルームってキノコみたいです」
「それってダメなヤツじゃん!?」
「む、玲はなにを驚いていますの?」
「んーっと、マジックマッシュルームってのは俺等の地元だと、危ねークスリとかそんな感じのもんなんすよ」
実際にマジックマッシュルームという品種はなく、どちらかといえば商品名のようなものらしいけど。
「しかし、それをあえて土産に持ってきたということはこのキノコは違うのでしょう?」
「そうですね。名前こそ妙なことになっていますが、このキノコはいま元春がいったキノコとは別物みたいです」
そう、このマジックマッシュルームは麻薬成分があるものではなく、地球でも稀な魔素が溢れる――といってもアヴァロン=エラとは比べ物にならない少量なのだが――土地に生えるキノコで、食べるだけで魔力が回復するというものなのだ。
ちなみに、この名前が使われるキノコとしてはこちらの方が古くからあるもののようだが、こちらも、その名称が使われていたのはあくまで魔女のみなさんの中だけであって、世間一般――というよりも一部界隈ではマッシュルームの一種として、また正式名称とはまた別の名で呼ばれているみたいだ。
「錬金術に使うのではなく食べるのですか」
「店にある素材でこのキノコよりも上等な魔法薬が作れますから」
「たしかに、それはそうですわね」
「けどよ。食べても大丈夫なん、そのキノコ?」
「その辺はちゃんと調べてるから平気だよ。
魔女のみなさんも食べてるみたいだし」
未加工でもそれなりに魔力は回復するからと、僕達がニンニクや山芋を食べる感覚で魔女のみなさんが食べていると言えば、元春も安心したのか「そういうことなら」とマジックマッシュルームが入ったダンボール箱を覗き込み。
「で、これってどんなキノコなんだ?」
「見た目そのままマッシュルームみたいなキノコだよ。
ただ、味はふつうのマッシュルームとは段違いらしいんだけど」
味の評価に関しては好みもあるとは思うんだけど、ヨーロッパから来たお二人が、段ボール箱の中に入れておいてくれたメモ書きによると、先にも触れた一部界隈で珍味として愛される食材のようだ。
「でも、マッシュルームがメインの料理なんてあんま思い浮かばねーよな」
たしかにマッシュルームといえば、ピラフにシチューにパスタにと、メインを張るというよりも脇役といった印象が強い。
「ちな、マリィちゃんのとこだとキノコとかって食べるん?」
「私達の国ではキノコ類は基本的に薬としての取り扱いされておりますので、特に魔素を多く含んだキノコともなりますと、食べ物として出されることはありませんの」
まあ、マリィさんが暮らす世界なら、マジックマッシュルームをうまく加工できる錬金術師がそれなりの数いるだろうし、一般人が見つけたとしても、乾燥させるなりなんなりして、しかるべきところに持ち込んでお金に変えた方がいいという結論になってしまうのも無理はない。
とはいえ、趣味人というのどの世界にもいるもので――、
「しかし、一部の美食家がそうしたキノコをスープに使うなんて話を聞いたこともありますわね」
それが錬金術に有用な素材だとしても、美味しいとあらば料理に使うなんて人もいるみたいだ。
「ふーん、で、これをくれた魔女さんはどうやって食ってるん?」
「そのまま焼いたものに、塩とオリーブオイルを振って食べるって書いてあるね」
「オシャンティーな食べ方だな。
てゆうか、そういうのって醤油とかなんじゃね」
元春の感覚は完全に日本人的な感覚だね。
ただ、焼きキノコに醤油を垂らして食べるという確かに美味しそうで、みんなその味を想像してしまったのか、どこかソワソワした雰囲気のみなさんから、食べてみてもいいんじゃないかという意見が上がったので、僕は七輪を用意。
中に〈熱球〉の魔法で赤外線を放つ熱球を落とすと、油を塗った金網を乗せ、まずは味見ということで小さめのマジックマッシュルームを選んで、傘を下に焼き網の上に並べ、ゆっくりじっくり火を通してゆく。
そうして、傘の部分に水分が浮き出てきたところで醤油をたらし、また少し焼いていくのだが、
香り立つ醤油の匂いに集中力がなくなったのか、いつの間にか魔王様もゲームを中断して、みんなと一緒に席についていたので、
しっかり焼き上がったキノコを一つ一つみんなの前に出していくと、さっそくみんな箸を伸ばし。
「これは普通にイケるかも」
「……おいし」
「しっかし、これ完全に酒のつまみっすよね。酒もってこい」
僕としてはご飯のおかずとしても十分な気がするけど、系統としてはおつまみって言った方がしっくりくるか。
ただ、元春の発言は未成年のそれではないからと、注意の意味を込めて、僕がカウンター横の冷蔵庫から持ってきたのはとある炭酸飲料。
「じゃあ、これを飲んでみる」
「うげっ、それは――」
「なに、見たことないジュースだけど」
漫画のキャラクターばりのリアクションで驚く元春に首を傾げる玲さん。
「たしか、湿布の味がするとかっていうジュースっすよ」
「アメリカのみなさんがお土産に持ってきてくれたんだよ」
「ドクペみたいな感じの飲み物ってこと?」
正確にはこっちではお酒が飲めないと知った一部の魔女さんが、ならばと持ち込んだものがこのジュースで、僕もまだ飲んでいないから味そのものはわからないが、系統としては玲さんの言うようなジュースじゃないかと正直に応え、飲んでみるのかを訊ねたところ、まずは玲さんが、
「飲んでみたいけど、一本飲むのは勇気がいるかも」
ですよね。
「だったら、みんなで少しづつ飲みませんか」
「構いませんの」
「……ん」
「しゃーねーな」
みんなの同意を得られたところで、僕はすぐにコップを用意。
すると、ここで元春が「わざわざコップを使わんでもいいんじゃね。後で洗うのとか面倒いだろ」と、また欲望ダダ漏れなことを言い出すのだが、浄化の魔法もあるし、コップを洗うのはそんなに手間でもないとその提案をさっぱり却下。
女性陣から冷たい視線が飛んでところで、それぞれのコップにジュースを注いで、いざ試飲。
「ん~、飲めなくなないって感じだな」
「薬酒に近いですか」
「わたしは無理。
誰か飲んでくれる?」
「いただきます」
打てば響くような元春の返事に玲さんが「やるか」と軽くリバーブロー。
元春が脇を押さえて蹲ったところで、
「マリィかマオ、悪いけどどっちか飲んでくんない?」
「……飲む」
魔王様は気に入ってくれたのかな。
率先して玲さんが残したジュースの処理をしてくれて。
「玲さんはこちらを――」
「粉のジュース?」
「これもアメリカの魔女さんからのお土産です」
「なんか懐かしい」
「玲っちもそういうの飲んだんすか、なんか意外」
「わたしだって駄菓子とか好きだからね」
◆次回投稿は水曜日の予定です。




