水中戦用の魔法
「エマさん。調子はどうですか?」
「まあまあね」
場所は工房のすぐ脇に作られた映画のセットのような訓練施設――、
アメリカのみなさんの訓練をざっと見た後で、僕の呼びかけに巨大な水球の上に立ち元気に手を振るそばかすの少女(あくまで見た目であるが――)は、地中海のリゾート地に現れたセイレーンの対策の相談に乗って欲しいと、このアヴァロン=エラにやってきたヨーロッパ出身の魔女の一人、エマさんだ。
彼女は対セイレーン用のマジックアイテムはすぐに出来上がった後、また同じような魔獣が出た場合、対処する方法が必要だと、万屋のデータベースから幾つか水中戦用の魔法を見繕ってその訓練をしていた。
ちなみに、先に出来上がったというマジックアイテムは、魔女の宅配便を使い、先にギリシャに届けてもらうように手配してあって。
「しかし、水中専用の魔法ってこんなにあったんですねえ」
僕の隣に来て『ほう』とため息を吐くぽっちゃり気味の彼女はダフネさん。
彼女もエマさんと同じくヨーロッパからやって来た魔女さんで、水中戦用の魔法を幾つか試しているのだが。
「〈吸気気泡〉と〈水中服〉はどうでした?」
「その二つの魔法で私が戦うのは無謀だと思うんです」
それは水中を自在に泳げまわるようになる魔法であるのだが、戦う相手が人魚ともなると、あまり役に立たないと判断されたのかもしれない。
僕はダフネさんの言葉からそんな可能性を考えたのだが、
「というか、私って水に潜れないみたいなんですよ」
実際はぽっちゃり気味のダフネさんにとっては、水泳補助とも言える二種の魔法を使ったところで、水中での行動は難しかったというオチのようで。
「なので、私がそういう相手と戦うなら、〈印玉〉で相手の位置を追いかけて〈氷雨〉で攻撃っていうのが無難なんじゃないかと思うんですよ」
ちなみに、ダフネさんがいま例に出した〈氷雨〉という魔法は、水中専用の魔法ではないのだが、貫通力が高い氷柱の雨を上空から降らせるというものになっていて、水中に逃げた敵にもある程度は有用であり。
「それもどこまで通用するかですね」
「はい。氷雨の威力で届かない深さまで逃げられちゃいますと、結局アレに頼らないとってなっちゃいますから」
それは先に送った対セイレーン用のマジックアイテム。
こちらは単純にどこまでも相手を追いかける魚雷のようなマジックアイテムになっていて。
「普通の魔法で同じくらいに追尾性能が高いものが作れればよかったんですけど」
「あんまり性能が高いと使えない魔法になっちゃいますからね」
それが、単に敵を追尾するだけの魔弾なら問題ないのだが、そこに威力を持たせるとなると魔法のレベルが一気にあがり、習得難易度や消費魔力が格段に高くなってしまうのだ。
「とはいえ、そういう問題点は私達の力で解決することもでもありますから」
今回はあくまで喫緊の依頼をこなす為に万屋からマジックアイテムを出すことになったのだが、長い目で見れば、しっかりとこの問題に対応できるような魔法を何人かの魔女さんが使えるという状況が一番であり。
「しかし、セイレーンくらい有名な魔獣ともなると、対処法なりなんなりが伝わっていてもおかしくはないと思うんですけど」
「少なくとも私達のところに資料は残っていませんねえ。
不遇の時代に無くしてしまったか、もともとなかったのかはわからないんですけど」
ヨーロッパには魔女狩りの歴史がある。
大部分の魔女が実際に被害に合う前にヨーロッパを脱出して、世界各地に拠点を築いているのだが、その時のゴタゴタで重要な資料が失われてしまったというのはありえる話で。
「そういうことなら、難易度度外視で専用魔法のようなものを作ってみてもいいかもしれませんね」
「たしかに、こういう魔法がありますよっていう目標があるのはいいことです」
実用性を度外視した魔法を作って見ることになった僕達はエマさんに断りを入れて、いったん万屋へ戻るとデータベースを立ち上げる。
「基本は泡魚だと思うんです」
これにはダフネさんも異論はないようだ。
「あと、海中に逃げた相手を追いかけには契約系の魔法を使えばいいと思うんです」
こちらは、つい先日、魔王様の世界で行方不明になっているエルフの子供を見つける話で出てきた魔法だ。
ただ、この魔法は相手の血を使って、契約者を探す蝶を作り出す魔法のようであり。
「これを魚に置き換えるとなると、どういう風にするのがいいでしょうか」
「そうですねえ。サメなんてどうです?」
成程、サメはにはプールに落とした一滴の血をも嗅ぎつける嗅覚があるという。
それなら、このイメージが魔法の追跡能力を引き上げてくれるのではないかと、僕達は万屋のデータベースから鮫を模した水の魔法のデータを引っ張ってきて、血の契約魔法と組み合わせて〈泡魚〉の魔法を改造していくのだが。
「これはちょっと式が大きくなり過ぎですか」
「そうですねえ。この大きさだと工房長でも発動が難しいんじゃないですか」
魔法式が大きいということはそれだけ複雑で魔力が必要だということだ。
ならばと、この魔法式をコンパクトに出来ないかと、余計だと思われる式を削りつつも、しっかり魔法が発動できるのかをシミュレート。
削っては試して、削って試してを繰り返していると数名の魔女さんがお店の方にやって来て、
「みなさんどうしたんです?」
「何か面白そうなことをしている気配を感じました」
「新しい魔法を作るなんてことは滅多にありませんから」
どうやら、彼女達は僕達が魔法を作っていることに気づいて、ジョージアさんに申し出て、訓練を切り上げてこちらの手伝いに来てくれたみたいだ。
そうして、みなさんの手も借りて組み上げた魔法は、なんとか僕クラスの魔力でも発動可能なレベルに魔力消費を落とすことができ、場所を訓練施設に戻して試験発動をすることに。
「うわっ、なにこの魔法式、おっきくない?」
「これでも頑張って小さくしたんですよお」
そう、エマさんは眼前を覆い隠す、魔法式の大きさに驚いているが、当初その魔法式はちょっとしたお屋敷の玄関ドアくらいの大きさのもので、
それを、みんなで知恵を出し合って小さくまとめたことを教えると、エマさんにも僕達の苦労が伝わったのか、「それなら仕方ないわね」とどこかツンデレっぽい反応をしながらも。
「それで、これはこのまま魔力を入れちゃえばいいの?」
「あっ、待ってください。この魔法の発動には触媒が必要でして――」
ここで取り出すのは今朝倒したばかりのウルフから採った新鮮な血液だ。
そして、残った体をアクアが用意した水球の中に浮かべて、先の血液を媒介にエマさんに魔法を発動させてもらうと、魔法式に注入された魔力が触媒となった血にに絡みつき、一メートル程の泡のサメを作り出され、それがアクアの作った巨大な水球の中に潜り込み。
あらかじめ水球の中に浮かべてあった狼の体に噛みつくと爆発。
狼の体がアクアの作り出した水球から上方向に弾き出される。
「結構いい威力してるじゃないかい」
「この魔法はどれくらいの射程になるのですか?」
「自動追尾ですので、込めた魔力と血の臭いさえ残っていれば何処まででも追いかけていくかと」
とはいえ、水中の移動にも多少なりとも魔力を使っている為、さすがに無限に追いかけられるという訳ではなく、移動する距離が長くなるほど魔法の力は落ちていくことになるが、それでも魔法の推進力を生み出すのが形状変化を基本とした生態的な動きということで、他の魔法よりも燃費はいい筈で。
「ちなみに、最後の爆発が上方向なのはどういうことです?」
「水深にもよると思うんですけど、倒した相手を回収できるようにちょっと考えてみました」
こちらは氷のディロックなどでおなじみのゲイザー系の魔法のソースを取り込んだ結果であり、どれくらいの深さまで対応できるのかは残存魔力にもよるのだが、いまの勢いなら、かなり深い場所からでも相手の体を海面まで持ち上げることが出来ると思われる。
「ちなみに、この魔法ってどれくらいの深さまで潜れるの?」
「本体が空気ですから、水圧によってサメ本体が小さくなることはあるでしょうが、深さに制限はないんじゃないでしょうか」
この辺は実際に試してみないわからない部分もあるのだが、魔法本体が空気の塊であることを考えるのなら、潜航深度に限界は無いのではないかと僕は考えている。
「後は燃費の問題だけど――」
向けた視線の先には実際に魔法を使ったエマさんがへたり込む姿があって、
「連発は無理……」
「限界まで魔力をつぎ込んで一撃で仕留めるという使い方になるということですか」
「触媒の関係からそもそも連発は難しいでしょうし、敵の反撃もあまり考えなくてもよさそうですから」
対セイレーンに関して言えば、一度逃げた時点で戻ってきて反撃されることは無いだろうことを考えると、ジョージアさんが仰るように、一撃にすべてをかけるくらいで発動しても問題なさそうなのだが、魔女のみなさんからしてみると、不満点はまだまだあるようで。
「もう少し、最後の爆発、威力を上げられないかな」
「威力よりもスピードが重要じゃない。逃げる相手を追い詰める魔法なんだし」
「それはサメさんのイメージをもう少しなんとかすればいいんじゃないですか、エマちゃんのサメさん。なんかぬいぐるみみたいにもこもこしていましたし」
「ちょっと、そんな事いうなら自分でやってみなさいよ」
その後、エマさんの挑発を受ける形で風や水などの魔法が得意な面々が次々と新しい魔法にチャレンジ。
その最適化を図っていくことになるのだった。




