近隣の領主事情
それは、そろそろ日もくれようとしていた頃、
疲れた様子でお店に入ってきたマリィさんに元春が声をかけたのがキッカケだった。
「いらっしゃいませマリィさん。緑茶で構いませんか?」
「ええ、お願いしますの」
「なんか最近忙しそうっすね。またなんか厄介事っすか」
「王都では春の外交に向けてのこの時期ですから、面倒な手紙が送られてきますの」
聞けば、いまは本格的な社交のシーズンを前に、根回しの手紙が大量に送られてくる時期らしく、今日のマリィさんは終日その処理に追われていたみたいだ。
元春は酷く面倒くさそうな顔で和室の掘りごたつに滑り込ませるマリィさんの足を凝視しつつ。
「今更だけどさ。
マリィちゃんって普段どんな仕事してるん?」
「いま言いましたように送られてくる書面の確認や返事を書きましたり、領地開発の計画立案、現場視察、数え上げたらキリがありませんわね」
「ガルダシアって村が一つしかない辺境の田舎ってイメージだから、もっと暇なんかって思ってたけど」
「我が領地はミスリルの製品を扱っていますのよ。
それで先日、面倒があったばかりではありませんの」
そう、マリィさんの領地では、ウチから仕入れるミスリルと、少量ではあるがお城で育てている世界樹が放出する魔素を利用して製造するミスリル、その両方を素材にポッケ村でミスリル製のアクセサリを作っており、ガルダシアのお城には官民爵位に限らず、様々な家からお伺いの手紙が届くそうなのだ。
「カイロス領との取り引きも増えたみたいですからね」
「そちらは伯爵との縁があるトワとスノーリズが動いてくれていますので、私にあまり仕事が回ってきませんの」
加えて、カイロス領との間にトンネルを通したことで国内の物や人の流れに変化が起こり、また面倒事が増えたというが、
そちらはカイロス伯爵と縁深いトワさんとスノーリズさんがその処理に動いてくれているようで、マリィさんとしては助かっているみたいだ。
「そういや、あの二人って隣の領の子沢山伯爵の娘なんだっけ?」
「羨まし過ぎなんすよね」
思い出すかのような玲さんの言葉に、『キィ』とハンカチを引き千切らんとばかりの仕草をするのは元春だ。
「そういえば、あれからトンネルを狙ってくる輩は出ていませんね」
「おじ様方がしっかり処分してくださったので、後追いは出ていませんの。お隣も領主が変わるようですし」
この場合の『おじ様』というのはカイロス伯爵のことを指しているのだろう。
自治領をもぎ取ったマリィさんと辺境を守るカイロス伯爵からの要請とあらば、王国内のゴタゴタも未だくすぶり続けている事もあって、ルデロック王も無視は出来ないみたいだ。
ちなみに、トンネルの件に先立って街道封鎖を行い、お取り潰しになったお隣の領を収める代官として新たに派遣されるのはカイロス伯爵の関係者だという。
なんでも、もともとその土地を治めていた男爵だか子爵の遠縁に、カイロス伯爵の娘さんが嫁いでいたようで、トンネルの件で捕えた貴族子息の助命を交渉材料に――、
あと、トンネルの件でちょっとした協力関係ができた宮廷錬金術師のゾシモフを介してルデロック王を動かして、ミスリルのことやトンネルのことでガルダシア領にちょっかいをかけてきた連中を引っ掻き回した結果、そういうことになったみたいだ。
「しっかし、それってマリィちゃんシフトっつーかなんつーか」
「面倒な干渉がなくなるのは助かりますの。
春になればトンネルの利用が増えるでしょうし、それで国が良くなるのなら誰も文句はおっしゃらないでしょう」
マリィさんが暮らすルデロック王国は国の中程に大山脈が横たわり、カタカナのコの字を描くように街や村が連なる形になっている。
そんな立地から、国の西側を南北に分断する山脈をぶち抜くトンネルというのは、王国としては非常にありがたいものであり、それが利権によって廃されることは国益に反するといっても過言ではないのだ。
「んで、その新しい領主の奥さん、伯爵の娘ってことはトワさんの兄弟ってことっすよね。
それってどんな人っすか? 美人っすか?」
「幼い頃に会ったきりですが、おじさまに似て豪快な方でしたの」
「ふぁっ、トワさんのお義父さんに似てるって……」
ちなみに、カイロス伯爵は劇画調の漫画に出てきそうな筋骨隆々ないかつい初老男性といった印象の方である。
「目元がそっくりで、背も相当大きかったと記憶していますの」
「なんかヤバそうな人だな」
はてさて、元春の頭の中ではどんな女性が思い浮かんでいるのだろう。
僕のイメージだと、トワさんやスノーリズさんのお姉さんということで、宝塚の男役のような凛々しい女性といった想像なんだけど、元春の反応を見るとカイロス伯爵のイメージに引っ張られてるのかな。
「そんな方が選んだ旦那様なのですから、悪いことにはならないと思いますの」
たしかに、カイロス伯爵の見極めも入っているとなると、ガルダシア領が理不尽な不利益を被る心配はほぼないのではなかろうか。
「ただ、そうなりますと隣領との街道の整備も順次進めることになりますか」
「ですわね。決定は実際に面会をしてみてからになりますが、まずは橋を何本かかけなければとお母様と相談していますの」
もともとマリィさんを閉じ込めておくようにと、ガルダシア領は厳しい岩山と大きな川に囲まれた陸の孤島で、領から出るには、その土地に唯一かけられた警備の厳重な橋を渡らなければならず、その整備の計画は上がっていたのだが、前述した街道封鎖の件もあって計画が延期となっていたのだ。
「吊り橋なら、こちらから素材を出せたんですけど」
「吊り橋じゃ駄目なん?」
「トンネルの利用者はほとんどが馬車持ちだから広い橋じゃないといけないし、なによりガルダシアは冬になると雪がすごいでしょ」
豪雪地帯のガルダシアでは雪の重みで崩れないようなしっかりした橋が必要なのだ。
「ただ、橋の整備を見越して、村人たちに土魔法をおぼえてもらったりもしていますので」
「なんか俺の知らねーところでいろいろ進んでんだな」
「元春は店に来てもダラけてばっかだから」
「いや、俺も農園とかに行って働いてんじゃん」
マールさんの椅子になりにね。
とはいえ、メイドさんは宿泊施設の方に顔を出すことが多く。
そもそもメイドさん達がお店に来るのは訓練のついでの早朝や夕食前の買い出しの時間が殆どで、元春とタイミングが噛み合わないことが常であり。
「マジかよ。
あっちもチェックしとかねーとじゃんか」
こういう話は前にも話した気がするけど、元春の記憶力と間の悪さは日頃の行いが原因ということで、
「しかし、そういうことならトンネルを掘った時に出た岩の中で、使えそうなものを移動させておいた方がいいかもしれませんね」
当然のことではあるが、ガルダシア領とカイロス領を繋ぐトンネルを掘った際にかなり大きな岩が幾つも出ている。
後でなにかに使えるかもしれないと、トンネルの入り口近くに保管してあったのだが、そういう計画があるなら橋に使えそうな大きな岩を選定して運んでおくのもいいかもしれないと、僕は魔法窓を開き。
「除雪機を使って運べるように連結できる荷台でも作りましょうか」
「お願いできますの」
「どうせだから荷台の下にローラーを付けて、運ぶついでに地ならしできるようにするのもいいかもしれませんね」
「除雪に支障はありませんの?」
「除雪機の馬力なら問題ないかと」
除雪機はスピードこそ出せないものの、そのパワーは大型の魔獣にも負けないようになっているから、ローラーを引っ張るくらいはお手の物だ。
「あと、砕石も確保して置いた方がいいかもですね」
「砕石ですの?」
「道路の整備に使うんです。
たしか水はけをよくする為だったかと思うんですけど……」
もしくはクッション的な役割だったかな。
詳しい役割は後で調べておくとして。
「問題は人員ですね」
「領民に余裕はありませんわね。おじ様に相談する必要がありますの」
街道整備には多くの人員が必要になる。
ポッケ村だけでそれを賄うのは大変なので他から人を集める必要があって、
ただ、それもこれもまずはガルダシアの雪解けを待つのが先ってところかな。
◆次回投稿は水曜日の予定です。




