ディストピアとUMA
それは魔女の皆さんによる初日の訓練は終了後のこと、
訓練施設から近いトレーラーハウス前に設置したルーフの下、用意した鍋料理でお腹を満たし、みなさんが食休みをしている中、ジョージアさんとその副官であるジニーさんがそれぞれに大型のカメラケースのようなものを両手に持ってやってくる。
「教官、これをディストピアに作り変えることは出来ないでしょうか」
開かれたケースに収められていたのは牙や毛皮などの大型の魔獣素材。
「これは?」
「我々が所有している古き魔獣の素材です」
成程、これら素材の中から、一つでもディストピアが作れることができればアメリカにいる魔女全体のパワーアップに繋がるか。
それに、ディストピアは場合によって敵を閉じ込める戦術兵器にもなり得るものだ。
そんな用途も考えるのなら作らない手はなく。
「報酬は百万ドルまでなら出せます」
百万ドルっていうと、今のレートでだいたい十四億円くらい?
なにか桁が間違っているような気がするけど、これはあくまでこれだけ支払う覚悟がありますよという受け止めでいいだろう。
「とりあえず先にものを預かっても構いませんか?
ディストピアを作るとなると僕では判断できかねますので」
「お願いします」
ということで、各種素材をいったんこちらで引き取ることになって数日――、
ディストピアの仕様に報酬などと、細かな相談をしながらも完成したのは二つのディストピア。
「この二つがあの素材から作られたディストピアですか」
「はい。まずは試してみてましょうか」
報酬を受け取るにしても、まずはディストピアの出来を確認してもらわなければならない。
そもそも、先にテストをした僕からしてみると、今回作られた二種のディストピアは難易度があまり高くなく、いまのジョージアさん達なら初見でもクリアできるくらいのものになるだろうと、チャレンジを勧めたところ、ジョージアさんがやや戸惑い気味に手を挙げて。
「あの、これが何のディストピアなのかはお聞かせ願えないのでしょうか」
「それなんですけど、事前情報無しの方がいい権能を引き当てやすいので」
もともと、このディストピアに使われている素材は彼女達が持ってきたものである。
だから、相手がなんなのかわかってしまうと、その攻略法もわかってしまうのかもしれない。
ということで、事前情報無しで二グループに分かれてもらって、二つ同時に新しく作ったディストピアに挑戦してもらったところ。
「思ったよりも苦戦しませんでしたね」
「まあ、地球産の魔獣ですからね」
魔素が薄い地球の魔獣では、ディストピア化できるくらいに存在が確立した魔獣でもパワー不足なところは否めない。
いや、それよりも、ディストピア化したことにより元となった魔獣の思考能力が大幅に減退することによって、長年かけてディストピア化するまでに至った魔獣の強みがほぼ失われてしまったというのが、地球の魔獣にとっては一番大きいのかもしれない。
ちなみに、ジョージアさんをリーダーとしたグループが戦った相手は、エンプーサという吸血鬼のような化物で、血を吸った相手の姿と一部能力を真似るというドッペルゲンガーのような力を持っていて、ゲリラ戦などでは苦戦しそうであるのだが、いかんせん戦いの場はクローズドな空間の中、待ち構えるような状態でのバトルスタートとなるとその強みが生かせずに終わってしまったようだ。
そしてもう一つ、ディストピア化に成功したのがユッカマンという雷を操る大猿型の魔獣で、こちらはジニーさんをリーダーとしたグループが挑戦して、もともと脳筋気味の魔獣だった為か、結構苦戦したという印象である。
さて、そんなこんなで新たに作ってもらったディストピアを試してもらったところで、攻略報酬の確認といこう。
まずはエンプーサに挑んだジョージアさん達にステイタスカードを渡し、実績の内容を調べてもらうと。
「自分は精神力の向上のようですね」
「私は幾つかの魔法効果に対する抵抗力が上がりやすくなったみたいです」
耐性についてはエンプーサの変身能力にでも由来しているのかな。
魅了などがそれに該当するようで。
「ハイエストの幹部には洗脳のような能力を持つものもいるとされていますので、有用な能力なのでは?」
「これは当たりですね」
エンプーサのディストピアの有用さがわかったところで、次にジニーさん達が挑んだユッカマンから得られる実績であるが、こちらはわかりやすく雷属性の成長補助や耐性が多少ついたり、身体能力全般や体力の潜在能力が開放されるといったもののようで。
「これはボス向きのディストピアだね」
「しかし、純粋な身体能力をあげられるとすれば、皆にも恩恵は大きいんじゃないか」
「そうですね」
アメリカの魔女さんはフィジカル面でも強い人が多いという印象がある。
そうした方面が強化されるディストピアはありがたい存在なのだろうと、おおよその検証が終わったところで、僕が聞くのは使わなかった素材のことだ。
「そういえばディストピアとしては使えなかった素材はどうしましょう」
ジョージアさんが持ってきてくれた魔獣素材は、シンボルと呼ばれるような魔獣の中でも強い力を秘めた部位がその大半を占めていたのだが、ディストピアに加工できる程に強力なものは少なく、余った素材はどうするのか訊ねると、魔女のみなさんははこちらも報酬として収めてくれればと言ってくれるのだが、用意された報酬――もちろん百万ドルではない――とそれらの素材を合わせると貰い過ぎの感は否めなく。
「という訳で、こちらを作ってみましたのでどうぞ」
ディストピアの検証から翌日――、
僕がジョージアさんに手渡すのは、子供サイズのモスマンにフラットウッズ、それとラブランドフロッグのぬいぐるみ。
「これはオートマタですか」
「こちらのバッジをつけることで操ることが出来るようになってます」
ぬいぐるみに続けて見せるのは、それぞれのUMAがデフォルメされて描かれた缶バッジ。
「これを我々に?」
「オモチャのようなものですが、みなさんには中継機の接地なんかでお世話になっていますから」
ソニアが必要だと思った素材を除外し、最近手に入れたスノーゴーレムのコアとダブつきがちな魔獣の皮などを利用して作ったので、材料費は実質ゼロ円なので、安心して受け取って欲しい。
ちなみに、それぞれのぬいぐるみに付与した能力は、本家ビッグフットは吹雪のブレス。
モスマンは空を飛び、麻痺を引き起こす鱗粉をバラ撒くことが出来。
フラットウッズは火の粉を風に乗せて散弾のように飛ばす技が使えるようになっているのだが、
「本当は魔女の工房の全支部に行き渡るようにできたら良かったんですけど」
素材の都合上、この三体しか作れなかったのだ。
「これは他の支部から素材を集められたら作っていただくことは可能でしょうか」
そう聞いてくるのは燦さんだ。
燦さんはもともと極東支部の所属ということで、そういった立場からの質問だろうが、
「そこまでしてもらう程、強くないと思いますよ」
使っている素材の関係上、頑丈さはかなりのものになるが、攻撃の方はあくまでおまけで、わざわざ素材を集めて作るほどのものではないと僕個人は思うのだが、
「いえ、今回のようにディストピアとセットでお願いできるかということで」
ああ、そういうことですか。
「急ぎでないのなら構わないと思いますよ」
ソニアも地球のアンバランスな素材は面白いっていっていたから、締切さえなければ大丈夫だと、僕が燦さんの疑問にそう返せば、これに見学に来ていたヨーロッパの二人組までもが興味を持ってしまったご様子で。
「そうなんだ」
「これは私達も本部に連絡を入れる必要があるかもですね」




