帰還要請
結局あの後、死に戻りをしたフレアさんに安心して腰を抜かしてしまったティマさんを庇いながら、劣化版アダマーと戦い、最終的にマリィさんが炎の槍の乱射で美味しいところを持っていって決着と相成った。
元々がガス状生物というだけあって火属性の攻撃に弱かったみたいだ。
自分も炎の攻撃を使うクセにそれが弱点とはどういうことか。とも思いもしたのだが、あれはあれで自分の特徴を生かした攻撃だったのだろう。
もしかすると、ああなる前のアダマーは耐火結界のような魔法で体を覆っていたのかもしれない。
そして、ここ数日の間、フレアさんが劣化版アダマーに苦戦していたのは、物理攻撃主体で戦うフレアさんとガス状生物であるアダマーとの相性がすこぶる悪かったからだったみたいだ。
それ以前に、まかりなりにも大魔王と自称していた魔人に一人で立ち向かう事が既に間違っているのだが、そこはフレアさんだから――ということにしておこう。
でも、フレアさんの実績には【魔法剣士】なる項目があったような気もするのだが、
魔法剣とかそういう攻撃を使っていたらもっと善戦できていたんじゃないかって思うんだけど……。
何か魔法剣を使うのにもリスクや条件みたいなものが存在するのだろうか。
まあ、人の技能の詮索はしない方がいいよね。
因みにディストピア脱出後、こっそりとステイタスをチェックしてみたところ、劣化版アダマーを倒して獲得できる実績が【魔王殺し】ではなく【邪精討伐】であることが判明した。
自称大魔王を倒してなぜ【邪精討伐】になるのか。しかも【邪精殺し】ではなく【邪精討伐】とは何の違いがあるのか。そもそも付与実績である魔王を殺して【魔王殺し】なんて実績は得られないのではないのか。それとも、ディストピアの中で倒してもただ意味が無いだけなのか。気になることは山ほどあるけど、その辺りの検証はあの世界の創造主であるソニアに任せるとして、
まずはティマさん達がここにやってきた用事を済ませるのが先決だ。
と、フレアさんを救出(?)した僕達が万屋に移動しようとするのだが、どうも僕達がディストピアに潜っている間に魔王様がご来店したみたい。
正直、もうフレアさんになら魔王様に会わせても平気なんじゃないかなとも思わないのでもないのだが、もしものことがあっては困るということで、キャンプ施設の管理用として建築したログハウスにフレアさん達を案内することにする。
因みにこのログハウスに使われている建材は望月さん達――魔女が管理する森の間伐材だ。
つい先日、ちょっとした不手際から動けなくなってしまった望月さんを運んで魔女の森を訪れたところ、佐藤さんの箒を見て、我も我もと殺到した魔具作成依頼の対価の一つとして無料同然で引き取ってきたものである。
本来、切ったばかりの木というのは、アク抜きやら乾燥やらと建材として使用できるようになるまで大変時間のかかる作業が必要なものなのだそうだが、そこは前に作った革製品と同じように魔法を使って短縮させてもらった。
そして、これもそんな木材から作った製品の一つだ。ログハウス中央にでんと設置されるリビングテーブルと、その周囲に配置される木製ベンチにそれぞれ腰を落としたところで本題に入る。
「それで二人はどうしてこの世界にやって来たんだ。遺跡には入らないようにと伝えておいたハズだが」
フレアさんはこの世界の事を仲間には内緒にしておきたかったようだ。
理由は、エクスカリバーを抜こうと奮闘している姿を彼女達に見られたくないとか、そんなところだと思う。
非難めいた視線を送るフレアさんに怯みながらもティマさんが言うには、
「王国から帰還要請が出たのよ」
「帰還要請だと、もしや魔王城でなにか動きがあったのか!?」
答えているようで答えになっていない。そんなティマさんの言葉にフレアさんが立ち上がる。
「いえ、相変わらず魔王城に動きはありません。黒雲龍ヴリトラが現れたのです」
ふてくされたようにそっぽを向くティマさんに代わって答えたのはポーリさんだ。
続く内容をまとめると大体こんな感じである。
なんでもフレアさん達が暮らすルベリオン王国の西方に位置する軍事国家ノスコリタ王国の王様が、世界征服を目論んでとある神殿に封印されていた邪龍を目覚めさせたらしい。しかし、目覚めさせたはいいものの、目覚めさせる儀式に穴があったのか、邪龍は暴走状態に陥り、ノスリア王国は半壊、勢いそのままに周辺の国に襲いかかろうとしているというのだ。
なんというか、ザ・異世界ファンタジーにありがちな誇大妄想的なトラブルである。
しかし、ヴリトラなんてまた聞き覚えがある名前が出てきたものだなあ。
たしかインド神話に出てくるドラゴンの名前だったっけ?
ゲームに出てくる一キャラクターとして名前を知ってるくらいだから詳しい逸話までは知らないけど、同じ名前を持つ龍が他の世界にもいるんだな。
なんかリドラさんに名前が似てる気がするけど関係者とかってことはないよね?
一応、魔王様が来てるみたいだから確認を取っておいた方がいいかな。
と、邪龍の名前からなんとなく魔王様の部下であるリドラさんを連想した僕が万屋と取ろうとしたところ、
「アンタ、何をしようとしてんのよ!?」
魔法窓を開いた僕を見て、今度はティマさんが立ち上がる。
「何をって――、ああ、これですか。これは魔法窓という魔法です。登録した魔導器などの管理ができる通信系の魔法ですよ」
いきなり使ったから警戒させちゃったのかな。
論より証拠と僕は杖を構えて警戒の構えを取るティマさんに『大丈夫ですよ――』と片手を上げながら、ログハウスの魔素灯にパスを繋いで順番につけたり消したりを繰り返すと、今度はポーリさんの方が驚きの表情を浮かべて、
「複数の魔導器を統合操作する魔法。そんな魔法があるなんて――」
声をつまらせるのだけど、驚いているのはこの二人だけ、フレアさんは僕が魔法窓を使うところを何度も見ているし、マリィさんなんかは万屋に関する権限を除いた試作品の魔法窓を持っている。
だからなのかもしれないが「それで王国はなんと言っているのだ?」とフレアさんが空気を読まない質問を飛ばすと、
「え、ええと、いまの進路を辿るなら王国への被害は限定的なものになるからと静観の構えね。ただ有事に備えて私達に招集を掛けたみたい」
ティマさんは若干の動揺を残しながらもしっかりと答えてくれる。
そしてすっかり話は本線に戻り。
「つまり、討伐ではなく防衛任務ということか」
「というよりも、王や重鎮たちは自分達の身を守れればそれでいいって感じだったわね」
フレアさんの確認にティマさんが忌々しげに吐き捨てる。
たしかにフレアさんという戦力を活かすのならば要人警護という選択は、最善手とは言わないまでも適材適所には違いない。
しかし、フレアさんはその決定にご不満なご様子で、憤懣やるかたないとばかりに声を荒らげる。
「ならば国民の命はどうなる。王がそれを許したというのか!?」
「大臣が根回しをしてそう決めてしまったみたいです。ですが、さすがに自分たちだけ安全圏にいるのは居心地が悪いのでしょう。冒険者ギルドに結界術に長けた冒険者の確保を要請しているみたいです」
そんな怒りのフレアさんに答えを返したのはポーリさんだ。魔法窓に興味を示しながらも、話題がこと本題に戻ってしまってはそちらが最優先。現在その国でとられている大勢を簡単にではあるが教えてくれる。
「だとしてもだ。なぜ討伐ではなく警護なのだ」
「それは、黒雲龍を千里眼にて分析した結果からですね。なんでもかの黒雲龍が保有している莫大な魔素が尽きれば、いずれ自滅するだろうという見解があるからだそうです」
成程、エネルギーに制限があるのなら、それが切れるまで耐えればいい。
ある意味で非情な選択でもあるけど――、
「当然の選択ありませんの」
と、ここで口を挟んだのがマリィさんだ。
おそらくマリィさんは上に立つ者の決断として、この無難な策を『当然の選択』だと言ったのだろう。
けれどそれはフレアさんにとって許されざるものであったらしい。
「貴様、本気で言っているのか!?」
「貴方こそ、理性を失った邪龍の恐ろしさを知っていますの?」
テーブルを挟んで睨み合うフレアさんとマリィさん。
しかし、ここで二人がいがみ合ったところでどうにもならない。
「落ち着いてください二人共、国の決定もマリィさんの意見もそれぞれの考え方に基づくことですから、フレアさんがどうするのかはフレアさん次第なんだと思いますよ」
と、そんな僕の意見に一応はクールダウンしてくれたのか、木製ベンチに腰を落ち着かせてくれる二人。そして、
「それでどうしますの?」
「決まっている。今すぐ戻って黒雲龍を倒すだけだ」
改めてどうするのかを訊ねるマリィさんにフレアさんが自信満々に答えてくれるが、
「真っ向から戦って無理なく倒せると思いますの?」
相手は純然たる龍種。しかも、倒されたのではなく封印されていた龍種ともなると、その力は魔王をも上回るものになるかもしれない。
しかし、フレアさんは、
「俺達パーティ全員の力を合わせれば超えられない壁などない」
とはいうが、マリィさんが気にしている点はそこではなくて、
「別に貴方の意見など聞いていませんわ。私が聞いているのは彼女達にです」
「どういうことだ」
マリィさんは訊ねかけてくるフレアさんに答えるでなく、ティマさんたち女性陣を見詰めて、
「貴方はそのヴリトラという龍に挑むことをどう思っていますの」
「正直、不安です」
「何を言っているのよポーリ。私達にはフレアがいるのよ」
冷静なポーリさんの意見に少し焦るようにしながらもティマさんが言う。
だが、ポーリさんが言っているのはそういうことではなくて、
「たしかにフレア様だけならば、黒雲龍と戦っても負けることは先ず無いと思うの。だけど、私達がその戦闘に加われば、ほぼ確実にフレア様の足を引っ張ることになると思うの」
そうなのだ。殺しても死ななそうなフレアさんならまだしも、一見するとか弱そうに見えるティマさんとポーリさんの二人が龍に挑むとなれば、ある程度、死の危険も考えなくてはならない。
と、ここにきてフレアさんにもようやく事の重大性が伝わったらしい。難しい顔をして「ううむ」と腕を組んでしまう。
そして、場が沈黙に支配されようとする中で呟きを口にしたのはポーリさんだった。
「ドラゴンキラーでもあれば話は違うのですが……」
普通ならそんなものをすぐに用意できる訳がない。
もしかすると、王族と懇意があるらしいフレアさんなら手に入れられるかもしれないが、ポーリさんの口ぶりを効く限り、現状で手に入れる術は無いのだろう。
だがしかし、この万屋に限ってはそんな常識は通用しない。
「一応ですがありますよ。ドラゴンキラー」
「ありますのっ!?」
「本当か!?」
何気ない感じで口にした僕の発言に全員の視線が集まる。
マリィさんのリアクションが一番大きかった気もするけど、残念ながら今は構っていられない。
「ですが、ドラゴンキラーがあるといってもお高いのでしょう?」
まるで通販番組のような合いの手を口にするポーリさんに思わず吹き出してしまいそうになってしまうが、どうにか堪えて、
「代金が払えないのでしたらレンタルでも構いませんよ。まあ、どうしても買い取りたいなんて話でしたら黒雲龍の素材の一欠片でも持ってきてくれると助かりますけど、
ただ、万屋から武器を出す以上、確実に勝てるようにしておきたいですね」
「ですわね。万屋から装備を出すのですから慎重にいきませんと」
困っている人がいるなら万屋から武器を放出する事も吝かではない。
しかし、モノがモノだけにその扱いに細心の注意を払わねばならない。
普段から魔法剣やらなんやらと、万屋謹製のマジックアイテムを購入していっているマリィさんとしてはそのあたりの危険性を熟知しているのだろう。
(いや、マリィさんが言うのもあれだけど)
そう、万が一フレアさん達が殺られてしまった場合、その武器はそのまま彼の世界に置き去りになってしまうのだ。そうなれば、その武器が新たな火種にすらなりかねないのだ。
フレアさんは約束を反故にする人ではないとわかっているのだが、相手は龍種、たとえ特化武器を携えて相対したとしても確実に勝てる保証はない。
しかし、その慎重さが気に入らない人が一人いた。ティマさんだ。
「アナタ達、銀閃の勇者フレアを侮辱しているの。フレアがすごい武器を手に入れたら、黒雲龍だって、魔王だってイチコロよ」
ティマさんにとってフレアさんという存在はまさしく勇者そのものなのだろう。
しかし、僕とマリィさんが言っているのはそういうことではなくて――、
「貴女、あまり龍種を舐めない方がいいですわよ」
「舐めてなんていないわ。私はフレアを信じているの」
どうしてマリィさんはこう厳しい言い方しかできないか。
そして、いったいどうしたら、ここまで人を信じられる人間が出来上がるのだろう。
盲目的にフレアさんを信じるティマさんの態度を見てうんざりでもしたのか、マリィさんの口調に棘が装備される。
「脳天気な人ですね」
「だれが能天気よ」
そして、売り言葉に買い言葉。ティマさんがマリィさんの棘に反発。その後の流れはコントなんかにありがちな予定調和を見ているようだった。
「ならば身の程を教えてあげますわ」
「いいわ。その勝負受けてあげる」
「「表に出(なさい)」」
◆
はてさて、どうしてこうなってしまったんだろう。
黒雲龍対策を話していたのに、気が付けばマリィさんとティマさんが対決することになっていた。
場所はすぐに話し合いが再開できるようにとログハウスのすぐ裏手に広がる荒野。
そして、何故か僕が審判を賜る羽目になってしまった。
「あの、黒雲龍の対策を考えなくていいんですか?」
「フレアを馬鹿にされたんじゃ引き下がれないわ。それに言ったでしょ。黒雲龍はいま敵国の中にいるって、別にすぐに王国が襲われる訳じゃなのよ」
たしかに、そこに差し迫った危機があったのなら、まかりなりにも勇者パーティを名乗るティマさんとポーリさんを自由にしないか。
そんなティマさんの一方で、
「さっさと済ませて送り出してあげましょう」
マリィさんはいつも通りというかなんというか、随分と熱くなられておられるご様子だ。
因みにフレアさんもポーラさんもこうなってしまったティマさんは止められないと、静観の構えのようである。
まあ、高位の魔導師との戦闘はそれだけで大きな経験になるのだから、龍種に挑む前哨戦として丁度いいトレーニングになるとかそう考えているのかもしれない。
いわば少年誌にありがちな、最終決戦の直前になって急に差し込まれる超パワーアップ修行みたいなノリなのかな。
もしかしたら実績に方に何かしらの影響があるのかもしれないし、ちょっと調べてみたい気もするけど、このタイミングでそんな事を言ったらさすがに怒られてしまう――ということで、
「危ないと思ったら止めますからね」
「忠告ならばそちらの未熟なお子様にお願いしますの」
「舐めてると痛い目にあうわよオ・バ・サ・ン」
ティマさんのあからさまな挑発に、マリィさんがビキィとそんな擬音が聞こえてきそうな青筋を額に浮かべる。
因みにマリィさんは16歳でオバサンと呼ばれるような年齢ではないのだが、
やはり、あの賢者様にして『ケシカラン』と影で評しているわがままボディの所為で年齢を高めに見られてしまうのだろうか。
もしかするとティマさんはマリィさんのナイスバディに嫉妬しているのでは?
失礼にもそんなことを考えつつも改めて両者の意思を確認、勝負開始の合図を送る。
「始め!!」
先手を取ったのはマリィさんだった。
一瞬のうちに両手に装備したオペラグローブ(夏仕様)に魔力を装填。放つのは〈火弾〉の乱打だった。
対するティマさんは迫りくる弾幕の数に一瞬瞠目するも、そこはフレアさんのパーティの一員というべきか、すぐさま気持ちを立て直し、持っていた身の丈よりも大きい杖を地面に突き立て巨大な魔法陣を描き出す。
「フン、今日はいい出来ね」
自信たっぷりな台詞を前置きに呼び出したのは、アヴァロン=エラの赤土を材料にした巨大なゴーレムだ。
ティマさんは巨大でマッドなゴーレムに「立ちなさい」と命令を飛ばし立ち上がらせると、無数の火弾を受け止めさせる。そして、そのまま「突撃」の命令を下す。
どうやらティマさんはマッドゴーレムの巨体を盾にマリィさんを圧殺しようともくろんでいるらしい。
らしいというかなんというか、まあ、対魔導師にする戦法としては間違っていないだろうけど。
一方のマリィさんは、迫りくるゴーレムに〈火弾〉の弾幕がほぼ無力と見るやいなや即座に使う魔法を切り替える。
「〈爆弾〉」
それはコールブラストに組み込んだ爆発の基礎となった魔法式。
マリィさんはお試し版として作ってもらったその魔法をイメージのみで使えるようになっていたみたいだ。
魔法名のみの発動でゴーレムに爆撃を与えていく。
〈爆弾〉の魔法は〈火弾〉に比べると一発一発の発動速度はかなり落ちる。
しかし、その威力はコールブラストによって折り紙付き。
ゴーレムの弱点である関節部を容赦なく粉砕して、これで決着かと思いきや、ティマさんはやられそうになったゴーレムを目隠しに新たな仲間を召喚をしていたようだ。
崩れ落ちたゴーレムの影から、風の狼と水の亀、そして火の鳥という三匹の幻獣が飛び出してくる。
それぞれの幻獣には首輪・甲羅・魔石と依代になったアイテムが取り込まれているみたいだ。
この魔法はこの間使えるようになった精霊魔法みたいなものかな?
マリィさん達の戦いの傍ら、そんな分析をしていると手元の魔法窓にメッセージがポップする。
メッセージの送り主はソニアだった。
ベル君の報告を見てこちらの様子が気になったらしく、エレイン君の目を通して観戦しているみたいだ。
そんなソニアの解説によると、ティマさんはエレメンタラーという職業なのではないかとのことらしい。
エレメンタラーというのは、自然界に漂う原始的な精霊を物質に宿らせ、簡易的なゴーレムを作り出すという特殊な魔法の使い手だそうだ。
と、僕が手元の魔法窓に視線を落としている間にも戦いは動いていた。
マリィさんが〈炎の投げ槍〉を使ってティマさんが操る火の鳥を攻撃しだしたのだ。
同じ属性の魔法ならば単純に込めた魔力の大きさで勝負が決まる。マリィさんとしては得意な火の魔法では負けないとの選択なのだろう。
マリィさんが空中に浮かべた炎槍を火の鳥めがけて放っていく。
その途切れのない連射にさしもの火の鳥も逃げ場はないかと思いきや、あわや直撃かと思われた直前、ラグビーボールのような形の巨大なシャボン玉が火の鳥を包み込み、迫る炎槍を受け流したのだ。
どうもティマさんの傍に控える水の亀が火の鳥を助けるべく水属性の防御魔法を発動させたらしい。水属性を示すクリアブルーの魔力光を全身から放っている。
そして生まれた間隙を縫って風の狼がマリィさんに襲いかかる。
飛ぶように大地を走り、食らいつかんとする風の狼に、一転してピンチに陥るマリィさん。
しかし、マリィさんは剣士に憧れる大魔導師という稀有な存在である。接近戦に持ち込まれるとすぐにやられてしまうようなそんじょそこらの魔導師とは訳が違う。
マリィさんは腰から抜いた万屋謹製・風のエストックを牽制に、速射性に優れた〈火弾〉をばら撒き、これぞまさに【魔法剣士】という風な戦いっぷりで風の狼の攻撃に対処する。
魔法使いとしての技量はマリィさんの方が圧倒的に上のようだ。
ただ、エレメンタラーであるティマさんにとって魔素が濃いこの世界との相性は最高ともいえる。
たぶん今は実力以上の力を発揮しているのだろう。
短いやり取りだけで、狼が遊撃として立ち回り、亀が防御、火の鳥が攻撃と、ネトゲにありがちな役割分担をそれぞれが担いマリィさんを攻め立てるティマさんとその仲間たち。
しかも、水の属性を有する亀が防御に回るとなれば、とある大陸で五本の指に入るマリィさんとはいえど、その連係はなかなか崩せるものではない。
と、そんな苦戦するマリィさんに僕が心配の視線を送っていると、その視線の先で、突っかかっていった風の狼が突然の爆発する。
「何が起こったの!?」
叫び声をあげたのはティマさんだった。
「簡単なことですの。相手がちょこまか動いて、しかも厄介な防御をまとっているのなら、一撃を倒せる強い魔法が確実に当てられるようにセットしておけばいいというだけです」
どうやらマリィさんは、僕達が気付かぬ間に、自分の周囲に爆発魔法をセットするという攻撃的な防御を行っていたみたいだ。
ティマさんが巨大なマッドゴーレムを生み出した時に描いた魔法陣を自分の周囲の地面に浮かび上がらせる。
しかし、自分の周囲に地雷のような魔法を張り巡らすなんて、地球でこんな戦法をとったらただの自爆戦術に他ならないだろう。
だが、結界魔法など各種防御魔法が揃っている異世界ならば近距離での爆発だって防げてしまう。
「だったらこれはどう? 行きなさいベンヌ」
時間稼ぎという意味もあるのだろう。風の狼がやられたことで連係を崩されたティマさんが上空からの攻撃を担当していた火の鳥に特攻を命令するも――、
BOM!!
火の鳥はマリィさんへ到達する前に爆散してしまう。
「因みにこの魔法は空中にも設置できますのよ」
そういって空中にも魔法陣を浮かび上がらせたマリィさんはその口元に余裕の笑みを浮かべて、
「さて、準備完了ですの」
バッと右手を横に伸ばして、
「〈地走る炎〉」
次に左手、
「〈渦巻く螺旋〉」
そして、赤と緑、二色の魔力光を灯した両手を重ね合わせて、
「ダ、ダブルスペル!?」
それは、ベヒーモ戦で使った風と炎の合体魔法だろうか。いや、あの魔法は魔具に魔力を注ぐのにそれなりの時間が必要だったハズだ。たぶんこれはあの魔法とは別の代物だろう。
だが、それでも恐るべき量の魔力が両腕を覆うオペラグローブに注がれているのが見て取れる。
「それで貴方はどうしますの。防御するつもりなら早く先ほどのゴーレムを召喚することをオススメしますの」
不敵に笑うマリィさんの両腕から放たれる魔力光を見て、再度、ゴーレムを呼び出そうとしていたティマさんがその魔法陣をキャンセルする。
そして、項垂れるように地面に伏したティマさんはこう言うのだ。
「私の負けよ」
※アダマー戦かと思いきやマリィvsティマでした。またもダイジェストで倒されてしまうアダマー。ガス状生物と各種耐性持ちと、頭の中の設定では結構チートな能力を持っているんですけどね。やられるべくして誕生した敵役だけにどうもあっさりと倒されてしまうイメージになってしまいます。作者の中では最初の頃に出てきた盗賊三兄弟と同等の扱いです。
因みに盗賊三兄弟ですが、呪いの絵画に閉じ込められて服役中です。(どこの世界の出身なのかは確認してあるので、善意ある同郷の人間がアヴァロン=エラに来るまで待機状態です。まあ、元の世界に帰ったとしても犯した罪を考えると断頭台行きは確実なのですが)
あと最後に出てきた二重魔法ですが、あれは以前でてきた〈炎嵐の二重奏〉の劣化版(チャージ短め)という設定で、多分あのまま放っていてもティマは助かっていたと思われます。ただ髪型的な意味で女性としては死んでいたのかもしれません。
◆ちょっとした豆知識?
因みに古代インドの聖典に出てくるヴリトラは巨大な蛇だったり、二重の意味でのクモだったりと、何だかよく分からない怪物だそうです。なので虎助が言っているドラゴンというのはあくまでゲームからくるイメージです。まあ、巨大な蛇ってある意味でドラゴンですよね。ということでお願いします。




