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マラソンの季節と受験の話

 それは新学期が始まってすぐのこと、元春が和室のこたつでだらけながらふと呟く。


「なんで冬になるとマラソンやるんすかね」


「夏にやったら熱中症とかになるからでしょ」


「あと、ウチの高校の場合、受験生の体力作りも兼ねてるみたいですよ」


 そう、僕達の学校では共通テストが終わったこの時期に、それぞれの大学のテストを前に体力をつけるべく、マラソン大会が開催されるのだ。


「だけど、学校のマラソンくらい、あんた達なら余裕でしょ」


 これは玲さんの言う通りで、僕は元より、元春も母さん指導と普段の活動から無駄に体力が付いている。

 だから、本番前の二キロ・三キロ程度のジョギングなら疲れるようなこともなく。

 本番の十キロマラソンも――、


「たしかに、十キロくらいじゃ大したことないんスけど、嫌なもんはいやなんすよ」


「まあね」


 鍛えているとはいえ、体育の授業の度に学校の外を走らされるというのは元春にとっては苦痛というには変わりなく。


「それに、イズナさんに話がいくと思うと下手なことも出来ないっすからね」


 あまりにおサボりが過ぎると、その報告を聞いた千代さんから母さんに話が回って、鍛え直しを命じられることだってあり得ることであり。


「ただ、あんた達ならぶっちぎりで一番になれるでしょ」


「それはそうなんすけどね」


「余り目立つのは――」


 帰宅部である僕達が全力で走ったりなんかしたら、いろんな意味で面倒事になるのは請け合いだ。


「加減が難しいんだよな」


「元春は中学の時にやらかしたからね」


 かつて元春が女子にモテたいという一心から全力で走った結果、不正を疑われてしまったこともあったのだ。

 だから、言い訳が効くくらいの順位に抑える必要はあって。


「正則君が使ってる制限アイテムでも用意する?」


 それは実績の獲得によって、成長限界が大幅に上がった正則君が陸上競技を楽しむ為に作った、あえて自分に負荷をかける力を持ったマジックアイテムだ。


「それだとメッチャ疲れんじゃん」


 それも修行と捉えればいいと僕なんかは思うのだが、元春にそんな殊勝な精神がある筈もなく。


「佐竹にちょい勝ちするくらいがちょうどいいだろ」


「佐竹って?」


「クラスメイトです」


「帰宅部のクセに無駄にスペック高くてモテるんすよ。アイツだけには負けらんねー」


 ギリギリと歯ぎしりでも聞こえそうな顔をする元春に、玲さんは興味無さそうに「ふーん」と鼻を鳴らしながらもこたつの上の駄菓子に手を伸ばし。


「それを言うなら虎助もそうなんじゃないの」


「僕はそういうの無いですね」


 僕の場合、元春のお世話係というイメージが定着していることで、そういう人気は皆無だと答えると、玲さんは納得とばかりに頷いて、これに元春がいつの間にかお店の冷凍庫から持ってきたカップアイスを開けながら。


「虎助には志帆姉が居るっすから」


 まあ、義姉さん経由で恐れられているってこともあるにはあると思うのだが、それでも女子に限定するなら前述の理由が真っ先に上がる訳で、玲さんもその辺のことは理解してくれているのだろう、わざとらしくため息をこぼす元春に憐れみの視線を向けつつも、自分もアイスが食べたくなったと魔王様にリクエストを聞いて席を立ち。


「あんたも大変ね」


「そうなんすよ」


 僕に向けられた言葉を元春は自分のこととして受け取ったみたいだ。

 その後、アイスを食べながら、中学時代、義姉さんに振り回された時の話を愚痴り始め。


「逆に志帆さんとかモテそうじゃない」


「ホント、なんなんすかねアレ」


「日頃の行いでしょ」


「ま、まあ、モテるってんなら鈴さんの方が上ですし」


 それは負け惜しみと言ってしまっていいのだろうか――、

 玲さんからの鋭い切り返しに元春が対抗として引き合いに出したのは鈴さんで、


「それはわかる気がするわ」


「本人にはそのつもりはないんですけどね」


「そうなの?

 もともとシンプルなのが好みかと思ってた」


「どちらかというと鈴さんは可愛いものが好きですよ」


 鈴さんも小学生の頃は髪も長く、巡さんと同じようなタイプだったのだが、

 中学に入った頃、急激に背が伸び、こっちの方が自分に合っているからと、段々と長かった髪を短く揃え、シンプルな服ばっかりを着るようになったのだ。


「わたしは見慣れちゃったから、イメージできないわ」


「そういう写真もあるっすよ」


「あんた――」


 魔法窓を開く元春に疑いの視線を投げかける玲さん。

 しかし、これは元春が悪いとかそういう話ではなく。


「鈴さんのお兄さんが送ってくるんすよ」


 そう、鈴さんのお兄さんにとっては鈴さんはいつまで経ってもかわいい妹で、ことあるごとに鈴さんのそういう写真が友人各位に送られてくるのである。


「それって、わたしが勝手に見てもいいものなの?」


「大丈夫っすよ。知り合いにばら撒いてるし、一人増えたところで今更っす」


「鈴さんも実はそういう格好の方が好きみたいですから」


「そう?

 ……だったらいいのかな」


 僕のフォローを聞き、迷いながらも玲さんが前向きな返事をすると、元春が待ってましたとばかりに大量の魔法窓(ウィンドウ)を展開。

 そこに鈴さんのお兄さんから定期的に送られてくる、照れながらも可愛い格好をしている鈴さんの画像を表示していく。


「たしかにこれは――、

 いつもの感じとはまったく違うけと似合ってるじゃない」


 そう、玲さんが言うように、鈴さんの可愛い格好というのは、普段の鈴さんからはあまり想像できないだけで、決して似合っていない訳ではないのだ。


「次郎にして、髪を昔みたいに伸ばして、おっぱいがあったらパーフェクトって言わせたくらいっすから」


「そうゆうのを聞くとあの子もあんたの友達って感じよね」


「アイツは顔で得してるんすよ」


 僕としては性格で得をしているということを推したいのだが、それを断言できないのが次郎君という人である。


「そういえば年末からずっと次郎の顔を見てないけどなにやってるの?

 年末年始のアイドルライブ巡りは終わったんでしょ」


「実力テストもありましたし、新しい動画の準備をしてるみたいですよ」


 アクアやオニキスにもバックダンサーをやってもらいたいみたいで、数日前には見本映像も届いていたので、今週中にはお店に顔を出して本格的な撮影を始めるってことろなんじゃないかな。


「ま、この時期はしゃーなしだよな」


「来年の今頃は忙しいだろうしね。

 今年は特に気合が入ってるんじゃない?」


「そういえばあんたら来年受験生よね。

 元春はともかくとして――」


「ともかくとしてってなんすか。

 舐めてもらっちゃ困るっすよ。

 これでも学年順位、半分より上はキープしてんすから」


「は?」


 玲さんが困惑するのも無理もない。

 普段の元春は完全にアレだから。


「例の薬で一夜漬けをしてるんです」


「ずっこい」


 あと、魔獣などとの戦いや錬金術の行使により知能系の潜在能力が上がっているのが地味に効いていて、

 平均的な知能レベルはさほど変わっていないものの、大枠である潜在能力が大きくなったということは、それに準じるように成長率も上がっているのである。

 そこに魔法薬の効果が加わって平均以上の点数が出ている訳で――、


 ただ、この現象は玲さんにも言えることでもあって。


「玲っちだって英検みたいなのの勉強に薬使ってんじゃないっすか、俺しってんすよ」


 元春からの指摘に図星を指されたとばかりに「うっ」と胸を抑える玲さん。


「それに努力をしてないことはないっす。俺、錬金術の腕がかなり上がってるんすよね」


 そう、自分の為だけでなく、商売(?)としていろいろな薬を作っている元春は、実は次郎君すら上回るほどの錬金術の使い手になっているのだ。


「正直これだけでも食っていけるレベルっすよ」


 正規のルートでは流せないだろうが、佐藤さんと一緒になにかやっているようなので、そちらの方に助力を願えば元春の言うことも間違ってはいなく。


「だ~け~ど~、キャンパスライフには憧れがあるっすから、玲っちと同じ学校に行くのもいいかもっすね」


「ちょっとやめてよね」


「そう言われると行きたくなるっすよね。

 それにいいじゃないっすか、俺とか虎助とかが一緒の学校なら、こっちに来んのも簡単になるっしょ」


「そ、それはそうかもだけど」


 これは元春の主張の一利あって、玲さんとしてはお世話になっているナタリアさんとの繋がりもあるし、なにより玲さんにはどうしても手に入れたい実績があるのだ。

 少なくともそれを手に入れるまで、万屋に来れなくなるのは困る訳で、玲さんとは地球に戻ったらそれでお終いの関係となることはないだろう。


 しかし、それはそれとして元春が玲さんと同じ大学を受験するとか、

 さて、どうなることやら――、


 玲さんの通う予定だった大学はこの地方では指折りの大学になるんだけど、元春の性格を考えるのなら、不純な動機を全面に押し出した方が成果に繋がるから、僕としてはこれはこれでいいんじゃないかと思うけど、なんにしても、この件は千代さんに報告しておいた方がいいだろう。

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