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●六花草

「見つからない~」


 森の泉のほとりにあるログハウスの中、魔法窓と睨めっこをするのはティマである。


 さて、彼女がなにをやっているのかというと、新たな召喚獣を求めての遠隔捜索だ。

 彼女達が拠点とする森やその周囲に展開する複数のゴーレムから送られてくる情報を頼りに、戦力になりそうな魔法生物を探していたのだが、森とその周辺では希望に合うお相手がなかなか見当たらず、こうして気付かればかりをしているという訳だ。


「そもそも魔法生物は数が少ないからね」


「やっぱり魔獣との契約も視野に入れるべき?」


 同じ室内で、前に見つけた遺跡の調査をしているパキートの言葉に、ティマが透明な結晶体を摘み上げながら訊ねる。

 これはスノーゴーレムの素体となっていた雪を加工し、製作された召喚具。


「しかし、せっかくの触媒なのだから、慌てずにこだわった方が良いのでは?

 現状、戦力に問題はありませんし」


「切り札というならヴリトラの胸当てがあるからな」


 訓練の合間に捜索の手伝いをしてくれているフレアとポーリの言うように、ティマは万屋で作ってもらった胸当てを使って、瞬間的にではあるが黒雲龍と恐れられた邪龍ヴリトラの一部を召喚できるようになっている。

 それと、もともと従えていたイフリートと合わせれば火力としては十分であり。


「足りない部分を補うのなら、サポートに優れたスノーレディあたりがいいんじゃないかな」


「駄目よ。フレアが危ないから」


 パキートからの提案をティマが即却下。


「水の加護を受け、陽だまりの聖剣を持つ彼ならば相性はいいと思うんだけど」


「だから危ないのよ」


 いくらフレアと相性が良くても――、

 いや、相性がいいからこそ危険であるともいえるのだ。


「パキートが喚んだゴーレムをティマが使役することはできないのか」


「それができれば楽なんだろうけど――」


「錬金術系の召喚魔法は呼び出す時の術式に主人となるものの指定が含まれているから」


 他者が喚び出した召喚獣を奪う方法もなくはない。

 だがしかし、その方法では一時的に所有権を奪うだけだったり、物騒な方法だったりと問題が多く。

 やはり地道に探すしか無いのかと、ティマは盛大にため息を吐き出して、ふたたび魔法窓(ウィンドウ)に向き合おうとするのだが、ここでレニと共に娘のニナをあやしていたロゼッタ姫が顔を上げ。


「アビゲイル様に聞くというのはどうでしょう?

 秋頃に魔法生物を求めてご実家に情報を求められていたと聞きましたが」


 アビゲイルという名前に一瞬ポカンとしてしまうティマ。

 しかし、続くセリフでそれがアビーのことだと気付いたようだ。


「そういえば、ちょっと前に素材集めだとかいって、実家に銀騎士を送ってたわね」


「場所によっては少々遠くなりますが、行けない距離ではありませんか」


「わかった。

 ならばすぐに万屋と連絡を取ろう」


 思い立ったら即行動。

 フレアの声にポーリがすかさずアビー――ではなく、虎助にアポを取る。

 すると数時間後、無事に情報提供を受けることが出来。

 アビーから得たその情報を精査した結果、ティマの希望に合致しそうな案件が一つみつかる。


「フランデル山の光る雲ですか」


「多分これが一番条件に合いそうなんだよね」


 それはここ数年、春の時期に山頂布巾で採取できる薬草を求める冒険者グループが、山の山頂付近で光る雲に襲われたという情報で、

 それによると、その光る雲に包まれた人間は一瞬にして氷漬けにされてしまうのだというのだが。


「氷の魔法を使ってくる雲ってこと?」


「クラウディアンの一種でしょうか」


 ちなみに、いまロゼッタが口にしたクラウディアンというのは、雲などの無機物がなんらかの原因で魔法生物化したものであって、その最たるものがフレア達も戦ったことがある自称魔王のアダマーとなる。


「フランデル山に行くのなら魔法の箒が必要だな。虎助に頼むか」


「わかりました手配しておきます」


   ◆


 そんな会話があった数日後、フレア達の姿はフランデル山上空にあった。


「この辺だったわよね」


 そう言いながら、魔法の箒にまたがり眼下を見下ろすティマの手元には、周辺の魔素の濃淡を色で判別することが出来る魔法のアプリが開かれていた。


「しかし、これは凄いな」


 それは山の八合目から上をすっぽり覆うような帽子雲。

 そんな雲の中からは幾つも魔素が濃いポイントが読み取ることが出来ていて、このまま上空で手を拱いていては逆に襲われかねないと、フレア達は魔法窓(ウィンドウ)越しに雲中の魔素濃淡を見極めつつも周囲に人の気配が無いことを確認。

 帽子雲の少し下、山の七合目辺りにあるキャンプ地に着陸する。


 そして、それぞれ万屋でレンタルしてきた魔法の箒をマジックバッグの中にしまったところで、本格的な行動に移る。


「この雲、例の光る雲の影響かしら」


「というよりも、この時期を狙って動いているのでは?」


「ともかく魔素が濃いのはまだ先だ。先に進もう」


 魔法アプリを展開するティマのガイドで雲の中へ突入。

 しばらく山を登ったところで、ティマとは別に周辺の感知を担当していたメルが足を止め。


「見つけた」


 メルが指差す先にはかすかに光を放つ雲のようなものがふわふわと空中を漂っていた。


「襲いかかってくるような気配は――ないな」


「牽制してみる?」


「メル頼めるか」


 フレアの許可を受け、メルが放つのは毒の魔弾。

 しかし、メルが放った毒の魔弾はその光る雲を突き抜け、その奥でカコンと硬い音を立てるだけに終わり。


「何が起こった?」


「手応えはなかった」


「鑑定ができればいいんだけど――」


 ティマが持つ鑑定の魔法では雲の中の相手を見通すことは出来ない。


「瓶でも投げ込んでみるか」


「そうですね。攻撃後の反応を見るに、すぐに襲いかかってくるような相手ではなさそうなので、ローブをくくりつけて試してみましょう。もし相手がクラウディアンの一種なら、これでなにかしらのヒントが得られるかと」


 ポーリがマジックバッグの中から取り出した瓶にフレアがロープをくくりつけ、狙いを定めて投げ込む。

 そうして素早く引き出した瓶の中身を見てみると、入っていたのは雲や霧ではなく、綿毛のような繊維質の白い物体で、


「なにこれ――綿?」


「タンポポの種のようにも見えますが」


「とにかく鑑定をしてみよう」


 フレアの声掛けでティマが鑑定の魔法を発動させると、すぐにその正体が判明する。


「六花草の種?」


「聞いたことがありませんね」


「えっと、この種、かなり珍しい薬草の種らしくて、この綿毛に凍結効果があるみたい。

 というか、もしかしてこれが光る雲の正体?」


 光る雲の思わぬ正体に現場に流れる微妙な空気。

 しかし、その情報には看過できない部分もあって、


「とりあえず、装備越しなら触れても問題は無さそうだが、直接触れると」


 いったんは装備越しに――、

 しかし、その凍結効果を確認しておくべきだろうと、フレアがグローブを外した手でその綿毛に触れたところ、瞬く間に手の平の半分ほどが氷漬けになり。

 これに慌てたポーリがすかさず回復魔法を発動し、フレアは事なきを得るのだが、


「これが情報にあった被害の原因だとしたら、この綿毛の大本を調べる必要があるんじゃないか」


「そうですね。見て見ぬふりは出来ないでしょう」


「とりあえず風上を調べてみる?」


 これが単なる植物の種だとしたら、風向きからその大本を見つけられるだろうと、メルを先頭に視界の悪い山道を進んでいくと、少し進んだところで中型の獣が閉じ込められた氷の塊を発見。


「これってシルバーフォックスよね」


「六花草はこうして仲間を増やしているんでしょうか」


「怖いわね。

 というか、これってマズイんじゃない」


「そうですね。

 すでに被害の報告もあるようですし、適当に間引いて、ギルドに報告を入れておいた方がいいかもしれません」


 これ以上、ここから六花草が広がらないようにと、フレア達は氷漬けになったシルバーフォックスの死骸ごと、その上に生える六花草を回収。

 しかし、ここにあるだけの六花草では噂になる程の量ではないだろうと、魔法アプリを頼りにさらなる調査を進めたところ、山頂から少し下った岩陰に六花草の群生地を見つけ。


「これはどうする?

 燃やしてしまうか」


「待ってください。その場合、炎に乗って綿毛が広がるおそれがあります。

 逆に六花草の生息域を増やしてしまうやもしれません。

 なので、多少面倒でも風下から回り込んで、一つ一つ回収していくのが無難ではないでしょうか」


 ここで大量の綿毛が周囲に散ってしまったら、自分達に被害が及ぶことは勿論、六花草の危険を広げてしまう結果にもなりかねない。

 そんなポーリの進言でフレア達は大回りにその群生地に近付き。


「フレア様、散水をお願いできますか」


「了解した」


 綿毛が飛ばないようにとフレアが水のマントを一払い、綿毛を付ける六花草に水を浴びせかけると――、


「手早く採取をしてしまいましょう」


 綿毛に触らないよう気をつけながら、六花草を採取をしていくのだが、その半分ほど採取が進んだことで、六花草の下に隠れていたものが姿をあらわす。


「なにかあるな」


「鳥の骨?」


「この大きさはヘルコンドルでしょうか、どうしてこんな場所で骨になっているのでしょう」


「どっかで種をくっつけてきた?」


「それは有り得そうですね」


「まったく、召喚獣を探しに来てこんなことになるなんて」


 しかし、文句を言っても仕方がない。

 結局、その日は終日、六花草の採取に追われることとなったフレア達であった。


   ◆


 それからまた数日――、

 大量の六花草の処分に困ったフレア達が訪れたのは万屋だった。


「凍結効果を持つ綿毛の大量発生ですか、それは大変でしたね」


「本当によ」


「それで、その六花草は何処に?」


「これだ」


 フレアがマジックバッグに腕を突っ込み、ドサッとカウンターの上に置かれたのは大きな麻袋。

 その中には六花草が詰め込まれていて。


 ちなみに、シルバーフォックスに取り憑いた六花草は、パーティ内で唯一顔が売れていないメルが近くの街にあるギルドに持ち込んで、まだ残っているかもしれないという報告をしたようだ。


「まとめて金貨一枚でよろしいでしょうか」


「薬草にしてはいい値段だけど、量を考えると思ったほどでもないわね」


「いま調べてみたんですけど、どうも六花草は使い所が限定的な薬草のようでして」


 具体的にそれは、スノーワイバーンのような氷雪系の攻撃を使ってくる相手と戦う場合や、極寒の地で探索を行う際に必要なレジストポーション作りの素材としては最適性のものであるようで、


「後は綿毛の部分がスパイスとして高価なものみたいですけど、量がありませんから」


 だからこそ希少ともいえるのだが、ここにある全ての綿毛を集めても小さなガラス瓶一つくらいにしかならないことから、そこまでの値段にならないということである。


「食べられるの?」


「試してみます?」


 ちなみに、そのレシピであるが、種がついた綿毛を乾燥させて、粉砕したものを蜜と魔力と混ぜ合わせるだとという簡単なもので、このレシピならアイスクリームも作れそうだと、虎助はいそいそと材料を準備して、綿毛を直接触れないように手袋を付けて錬金釜の中に落とし、その中にライターで火をつけようとしたところで、ティマが慌てたように。


「ちょちょ、なにしてんのよ」


「落ち着いてくださいティマさん。六花草の種は魔法の炎では燃えませんから」


「た、たしかに、火がついているのに燃えていませんね」


「どうもこの状態だと綿毛に触れても凍らないみたいなんです」


 そうして虎助は錬金釜の中の綿毛を粉砕し、粉になったものを回収すると、変わって錬金釜の中に牛乳に砂糖、生クリームに卵黄と基本的なアイスクリームの材料を入れてしっかり撹拌し、そこにスプーンいっぱいの綿毛を入れると後はスピード勝負。

 魔法によって撹拌された錬金釜の中身はすぐにクリーム状に固まり始め、一分とかからずアイスクリームが完成し。


「大丈夫なのかしら」


「一度、なにかと混ぜ合わせてしまえば氷結効果は失われるみたいなので問題ないかと」


 六花草の綿毛は接触した瞬間に氷の魔法が発動するようなもので、一度反応させてしまえば無害になるようだ。

 とはいえ不安は不安だと、まずは虎助が出来上がったアイスクリームを毒見すると、ミントなど比較にならない程の清涼感が口内を駆け回り、体に異常がでないならとフレア達も食べてみることになるのだが。


「これ凄いわね」


「火酒を飲んだ感覚に近いな」


「のどが凍りそう」


「これはあまり沢山は食べられませんね」


 ただ、正直この清涼感を楽しめるのは一口二口が限界で、


「残りは拠点の皆さんにですかね。残った粉はどうします」


 出来上がったアイスクリームが溶けないように、虎助が残ったそれをキッチンにあったスープポットの中に入れながら訊ねると、


「私達が持って帰っても使えなさそうだし買い取って」


「そうだな。頼む」


 食材を凍らせてしまうという特性上、デザートくらいにしか使えないと万屋が買い取ることになって。


「そういえば、前に調べに出してた遺跡で見つかったあの釘みたいなのの素材はわかったの」


 スプーンに残ったアイスを口に入れながらティマが思い出すように訊ねるのは、スノーゴーレムの足跡をたどり、発見した遺跡にあったゴーレムの部品らしきアイテムのことだった。


「あれはウィンター(冬枯れの)ドラゴンの鱗を削って作ったもののようですね」


「ウィンタードラゴン?

 聞いたことがないな」


「実は最近、同じ種族の龍種の鱗を手に入れたばかりでして、そのデータから判明しました」


 その釘のようなアイテムはリドラが龍の谷で戦ったディンゴと同じ龍種(ドラゴン)の鱗から作られたものだった。


「それはどのようなドラゴンなのですか」


「土龍の一種だそうで、一言で言うなら減衰(デバフ)能力に特化した龍種(ドラゴン)になるそうです」


 ディンゴはその力を使ってワイバーンの知能を低下させ、操り人形にしてということが後になって判明していたのだが。


「となると、宝山龍とは関係ないということか?」


『遺跡なんかの天変地異を起こしたのがそうだとしたら、まったく別の個体だと思うよ』


 ここで会話に加わったのは万屋のオーナーであるソニアである。

 そして、彼女の補足に、フレアが「そうなのか」とあからさまに声のトーンを落とすのだが、ガッカリするにはまだ早い。


『強力な個体なら、山を崩すことなども出来たと思うから、

 君達が調べた遺跡で回収したスノーワイバーンみたいになにか縄張り争いみたいなことがあったのかも』


「つまり、埋まってしまった施設なんかはそっちの龍種の力によるものということか」


『あくまで一つの可能性としてだけどね。その辺のことはパキート君が調べるんじゃないかな』


 ウィンタードラゴンの能力は物質そのものに働きかけ、その構造を崩壊させるなんてことも可能である。

 だからもしかして、地面に埋まっている方の遺跡に関係があるのかもと、ソニアがフォローを入れたところで、万屋の裏口が開き、そこからエレインが中に入ってきて、


「では、こちらは返しておきますね」


 届けられた釘のようなアイテムを虎助がフレアに渡したところで、


「しかし虎助、いつの間にそんな強いドラゴンを倒したんだ」


「それはですね。こちらではなく魔王様のところのリドラさんが地元に還った時に戦った龍種(ドラゴン)でして」


「リドラ殿ならあり得る話か」


 フレアもウィンタードラゴンと戦ったのがリドラならばさもありなんと納得だ。


「しかし、ドラゴンの鱗を釘にするなんて、勿体ないことをするわよね」


「強い腐食性と共に腐食耐性があるようですから、なにか特殊な作業に使っていたのでは?」


 単純に耐腐食性を求めるのならガラスを使えばいいだろうが、釘のような形状からして、なにかを加工することに使っていたのではないか。

 そんな虎助の言葉に、ティマは「うーん」と唸り。


「たしかに、魔髄液とかゴーレムによっては劇薬を使わないといけないことがあるから、わからないでもないんだけど」


 それでも、その加工の為に龍の鱗を使うのはやり過ぎなのではないかというのがティマの考えで、


「考えてもわからないことはしょうがないだろう。後はパキート殿が調べてくれるさ」


 とはいえ、フレアがそういうのなら異論はないと、ティマはすぐに頭を切り替えて、ポーリと共に六花草で手に入れたお金でいろいろと生活物資を買っていくのだった。

◆六花草……六枚の花弁を持つ白いタンポポのような花。特定の魔力(生命エネルギー)に反応して周囲を凍結させる力を持つ綿毛を放ち、その生息域を広げる。その葉はレジストポーションの素材になり、根はお茶に、綿毛は特殊な調味料として扱われる。ちなみに綿毛自体にほぼ味はないが、ミントの数十倍の清涼感がある。

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