魔女来る
「その節はどうもありがとうございます」
夕方と呼ぶには少し早い時間帯――、
僕達が暮らす町の郊外に建つ倉庫の中で頭を下げる、黒衣の女性は小練燦さん。
杏さんのお姉さんである。
上位回復薬の提供で失っていた手足を取り戻した彼女は、その感謝を僕に伝えたかったのだそうで、こうして頭を下げてくれている訳だが、その薬の素となったのは、前に魔女のみなさんが倒したカルキノスの心臓や内蔵などで、薬を作ったのはソニアであるからして、僕が感謝されるというのも変な話であり。
ただ、あえてそれを指摘するのは野暮だろうと、その感謝はオーナーにもしっかり伝えておくとしっかりアピールしたところで、
「お久しぶりです。教官」
ビシッとした『気をつけ』のポーズで挨拶してくれるのは、魔女の工房の北米支部の長を務めるジョージアさん。
そんな彼女を含め、かつて僕の家に押しかけてきた魔女のみなさんは、母さんに頼まれて僕がお仕置きを――というか修行をつけたことがキッカケでこうして教官として慕ってくれていて、
「それで例のデータは」
「ハッ、こちらに――」
あえて単刀直入にした問いかけにジョージアさんが取り出してくれるのはメモリーカード。
このメモリーカードには、アメリカの魔女のみなさんが戦ったハイエストメンバーのデータが入れられていて、今回の訓練に使わせてもらおうと思っている。
さて、ジョージアさんからメモリーカードを受け取ったところでさっそくアヴァロン=エラへ移動をしようとするのだが、
ここで「こちらからもご挨拶を――」と大小対象的な二人組が前に出てくる。
聞けば、彼女達はヨーロッパからやってきた魔女だそうで、
しかし、どうしてこのタイミングでアヴァロン=エラにやって来たのか。
それは、現在ヨーロッパのリゾート地でセイレーンが出現し、そのセイレーンに対抗できる魔法なりなんなりを得られたらと、アメリカの魔女さん達に便乗する形でこちらに来られたのだそうだ。
とりあえず詳しい話は向こうで聞くとして、先に転移をしてしまおうと、僕はポケットからディロックを取り出し発動させる。
「今のは?」
「覗き見対策ですね」
発動させたディロックに込められているのは遠隔での監視に対するカウンターマジック。
この魔法は監視衛星などからの物理的な監視には対応できないが、例えば千里眼などの超然的な力による覗き見を妨害することができるのだ。
「では、皆さんはこちらに」
と、僕が促す先にあるのは前に日本の魔女のみなさんの出張転移に使った偽の簡易ゲート。
今回は人数も多いということを事前に知らされていたので、この偽ゲートを使って一気に転移した方が簡単だと、こうして魔女の工房・極東支部が所有する物件の一つを紹介してもらったという訳である。
そして、今回はじめてアヴァロン=エラを訪れる人も何人か居るとのことで、移動の際に大きな浮遊感を感じることを説明した後、魔女のみなさんにさくさくと偽の簡易ゲートに入ってもらい、ゲート下部に隠れているそにあの口にボッシュート。
アヴァロン=エラに転移してもらったところで万屋の裏手に案内する。
「いつものトレーラーハウスが開けてありますから使ってください」
「了解しました」
ちなみに、このレーラーハウスは、アビーさんとサイネリアさんが暮らすトレーラーハウスがある場所から工房を挟んで反対の場所にあり、近くには映画セットのような訓練用の市街地が建てられている。
そんなトレーラーハウスに荷物を置いたところで、僕は工房の外壁からこちらを伺う元春に苦笑いを浮かべながらも用意していたメモリーカードを魔女のみなさんに配っていく。
「教官、これはある程度のグループにわけて別々の魔法が用意してあるのですか?」
「それぞれのスタイルにあった魔法を考えてみました」
各人のバトルスタイルに得意魔法、そしてこれまで戦ってきたハイエストの戦闘員の傾向を考えて、役に立つであろう魔法をチョイスしてみたのだ。
とはいえ、それも事前に渡されたデータなどから分析した独断と偏見によるチョイスなので、合わないと思ったら遠慮なく言ってもらえるようと伝えた上で、僕はVRバトルシュミレーション魔法アプリの〈ティル・ナ・ノーグ〉を立ち上げる。
「今からこのセット内をこの光の球が飛び回ります。
みなさんはそれを指定された魔法を上手く使い破壊してください。
ちなみに、各魔法につき一位になった方には一つ、マジックアイテムを進呈しますので張り切ってくれると嬉しいです」
魔女のみなさんにやる気を出させるにはこれが一番だ。
そんな僕のサプライズに『おお――』という声が上がってゲームスタート。
アメリカから来たみなさんが映画のセットのような訓練施設に消えたところで振り返り。
「お待たせしました」
「いえ」
「それで、セイレーンに困っているとのですが――」
後回しにしていたヨーロッパから来た二人のお話を落ち着いて聞くことに――、
と、そうして聞いた話によると、そのセイレーンはエーゲ海にあるリゾート地に現れ、付近のビーチで観光客を襲っているとのことで、その討伐依頼が彼女達が運営する魔術結社の一つに舞い込んできたみたいなのだ。
しかし、そのセイレーンの行動範囲が広く、魔女のみなさんが現場に近づくと、すぐに海中に逃げられてしまうらしく、なかなか仕留められずに困っているとのことで――、
「ちなみに、そのセイレーンはどういったタイプのセイレーンでしょうか」
一口にセイレーンといってもいろいろな種類が存在する。
例えば、アクアや八百比丘尼さんと融合し人魚のような精霊由来の存在なのか、純然たる魔獣なのか、そのどちらかによってする対策が違ってくるのでと訊ねてみると――、
「被害者が誰一人見つかっていない点からして、おそらくは魔獣タイプかと」
成程、それなら特に珍しい魔法を使わなくても対処できるか。
「しかし、そんな強力な魔獣がどうして?」
現在の地球の状況からして高位の魔獣は現れにくい。
考えられるとすれば、なんらかの形で動けない状態にあった魔獣が開放されたとかそういった場合であるが、こちらに関しては魔女の側でも把握していないようで、
場合によっては、後々その調査も行わなくてはならくなるかもしれないが、まずは目の前の問題の対処である。
「とりあえず実態を持つ相手なら普通の魔法で対処できると思いますからそちらはいいとして、問題はみなさんが姿を表すとすぐに逃げてしまうということですね。
水中に逃げた相手を探すなら音響探知の魔法を合わせれば、かなり遠くまで手が届くとは思いますが――」
「その魔法はどれくらいの範囲を調べられるものでして?」
「そうですね。練度によって距離は変わりますが、ここで数日訓練をすれば、三百メートル程度は探れるようにはなるかと」
純粋な魔法による探知の場合、使用者の腕前によって感知範囲は広くなるが、魔法の練習がし易いアヴァロン=エラなら、数日間の訓練でもそれなりに練度があげられる。
「三百メートルですか……」
「探知してから追撃をするには微妙な距離になりますねえ」
今回は相手が相手だけに、感知からの迎撃の時間を考えると三百メートルの感知範囲では心許のも当然か。
「そうなると対人魚に特化した――、
例えば魚雷のようなマジックアイテムを作った方がいいかもしれませんか」
「たしかに、水中探知の魔法もおぼえるとして、できればそうしていただけるとありがたいです」
前提として、すでに依頼を受けてしまったという状況があるとなると、あまり時間もかけられないし、メタ的装備で倒せるならそれに越したことは無いのかもないのかもしれない。
「しかし、あまり高価なものになってしまいますと――」
マジックアイテムというのはピンキリだ。
それが特定の相手に特化した装備になってしまうと、意外とお高くなってしまう場合があって、ヨーロッパから来たお二人は、おそらくその辺りのことを心配しているのだろうが――、
「いえいえ、使い捨てのアイテムならそこまで高くならないかと」
例えば、さっきいった魚雷のようなものなら、水中を探査してターゲットを追尾する簡易ゴーレムを作り、そのゴーレムにディロックを持たせてやればいいから、材料にこだわらなければちょっといいラジコンを買うくらいの値段で収まるだろう。
だから、とりあえずマナクレイでそれっぽいゴーレムを作り、後日、その実証実験を見てもらうことで話がまとまった。
◆次回投稿は水曜日の予定です。




