風紀委員コンディション最悪
それは新学期が始まってすぐのこと、
風紀委員の呼び出しを受け、遅れて万屋にやってきた元春が珍しく難しそうな顔をしていたので、どうしたのかと訊ねたところ、どうも呼び出された先で宮本先輩の元気が無いという話を聞かされたそうだ。
宮本先輩といえば元春と因縁浅からぬ風紀委員の先輩で、
そういえば、中谷さんに雪の精霊のお土産を渡しに行った時に様子がおかしかったけど。
「まだ調子が悪いってことは体調不良とかじゃないんだよね」
「おう、それが先輩に告ったヤツがいるらしくてよ」
それは大事というかなんというか、またタイミングの悪いことで――、
と、ここで訓練場で魔法の練習をしていた玲さんが戻ってきたみたいだ。
「なになに、なんか告白とか聞こえてきたけど面白い話?」
「ああ、これは玲っちにも聞いてもらった方がいいかもな」
『告った』というワードに興味津々な玲さん。
そんな彼女に急かされるように元春が話してくれた内容を纏めると、
事の発端は受験の息抜きにとクリスマスに行われたちょっとした壮行会の帰り道でのこと、たまたま先輩と帰りが一緒になった風紀委員の一人が先輩に告白をしてしまったようで、その場での返事はなかったそうなのだが、先輩を困らせてしまう結果になってしまったということだ。
「てゆうか、なに考えてんのそいつ」
「前々から告ろうとはしてたみたいで、急に二人っきりになったからついって感じだったらしいっすよ。先輩もうすぐ卒業だし」
「それでも時と場合があるでしょうに」
たしかに、いくらチャンスだったとはいえ、大事なテストを前に、先輩に負担をかけてしまうのはいかがなものか。
ちなみに、元春がどうしてこの状況に巻き込まれてしまっているのかというと、壮行会があったその日、僕達がたまたま先輩に声をかけてたところを誰かに見られていたらしく、原因が元春にあるんじゃないかと疑われて、呼び出しを受けたということのようだ。
「てか、あん時、虎助もいたのに何で俺だけ呼び出されるかね」
それは普段の行いの結果だという指摘は今更として、
ともかく風紀委員のみなさんに呼び出された元春が、今回の件は自分にまったく心当たりがないと、自分の無実を証明しようと部活動で繋がりのある新聞部に情報を仕入れに行ったところ、先の事実が発覚したというのがこの放課後にあったことのようだ。
「それで、やらかした本人はどうしてるの?」
「いまは大人しくしてるっすよ」
聞けば、その本人は元春が風紀委員を引き連れて新聞部に向かう途中、いつの間にか姿を消してしまったいたみたいなのだが、
その後、真相を知った風紀委員の皆さんが学校内を駆けずり回ってその本人を確保、女子のメンバーを中心に厳しい取り調べをした結果、意気消沈しているとのことである。
「なにそれ、無責任じゃない?」
「その人に暴走されても逆に困ってしまいますし、大人しくしてくれているのだけマシなのでは?」
「それもそっか」
先輩だって、やらかした本人に素直に謝られても困るだろうし、言い訳を聞かされてもいい気分はしないだろう。
そして、たぶんその辺のことは、彼の取り調べをしたという風紀委員の女子メンバーがしっかり伝えているんじゃないだろうか。
「しかし、その宮本って子も災難ね。この時期に関係ないことで悩まされるなんて」
「なにか俺等で出来ることがあればいいんすけど」
僕が呟いたところで二人の視線が向けられる。
何かいいアイデアが欲しいんだね。
「方法はいくつかあるけど、手っ取り早いのはマジックアイテムかな」
「あ、もしかしてSFとかで定番のピカッとやって記憶を消すやつとか?」
「いや、そんな怪しげな機械とかじゃなくて、精神を安定させる魔法を込めたお守りとか」
これは以前、狼型の魔獣に対するトラウマに悩んでいた小練さんの為に作ったペンダントだ。
あのペンダントのように、意識的にリラックス状態を作り出せるようなアイテムがあれば、先輩も落ち着いて勉強に打ち込めるのではないかと、そんなアイデアを出してみたのだが、これに玲さんが小首を傾げ。
「でも、そういうのって向こうの人だと使えないんじゃない?」
「本体を魔法金属で作って効果が持続するようにすればいけるんじゃないかなと」
少なくとも受験本番まで効果が持てばいいのだから、魔鉄鋼製のマジックアイテムでも十分にその役目を果たせる筈だ。
ただ問題はそのアイテムをどうやって先輩に渡すかである。
「そんなの、お守りってことでしれっと渡せばいいんじゃね」
「アンタのお守りを受け取ってくれるの?」
そう、元春から渡されたら、なにか仕掛けがあるんじゃないかと疑われるのは必至。
「そこは虎助からのお土産ってことで――」
「ならよし」
「いや、それもどうなんですか」
僕も宮本先輩とはそこまで面識があるわけなじゃないから、そんな僕がいきなりお土産を渡すのは不自然じゃないか。
「じゃあ、どうすんだよ」
「さり気なく先輩のカバンにつけておくとか」
「それもちょっと怖くない?
気がついたら知らないキーホルダーがカバンについてるって」
「ですよね」
告白騒ぎと合わせて考えると、件の彼が勝手にやってしまったと誤解されかねない。
「だったら、みんなでお守りを渡そうってな感じで仕向けて、それに紛れ込ませるのは?」
木を隠すなら森の中――、
ぱっと聞くと、それも悪くないように思えるけど、問題はどうやってその状況に持っていくかである。
「とりあえず、どうやって渡すのかは後々考えるとして、まずはものを作っちゃいましょうか」
とはいっても、このマジックアイテムは前述の通り、以前に作ったことがあるものなので、それそのものはエレイン君に注文すればいいだけで、後はこれにお守りのガワをつければ完成で。
「だけど、お守りとか勝手に作っちゃっていいの」
「いいんじゃないっすか、マンガとかのグッズにもあるっすよ」
玲さんの疑問に、ここで元春が「たしかこの本に――」と見せてくるのは和室に置いてあった漫画雑誌のグッズコーナー。
そこにはこの時期らしく、漫画キャラクターをモチーフにしたお守りがズラッと並んでいて。
「へぇ、こんなのもあるんだ。あんたよく見てるじゃん」
「玲っちはこういうページ見ないんすか」
「ふつう飛ばすでしょ」
自信満々言う玲さんだったが、この場にいたメンバーはたまたまこういうコーナーも見る人が多かったようだ。
「……見る」
「僕も見ますね」
「あれ、読み飛ばすのわたしだけ?」
自分が少数派だったことにソワソワとする玲さん。
しかし、僕はそれに人それぞれだからとフォローを入れ。
「デザインはどうしましょうか、学業といえば太宰府天満宮が有名ですけど」
さすがに、有名なお守りをそのまま出すのはマズいのでは捻りを加え。
「そういえばスクナビコナも知恵の神なんだけど」
「そうなん」
「うん。カードの名前を付ける時に調べたから」
古来薬代わりとした酒、知識を伝えたとされる伝承があるようで、そこから知恵を授ける神として認知されるようになったというが、これはさすがの元春も知らなかったようだ。
感心したようにしながらも。
「じゃあ、ウチのライカでいくか」
「駄目に決まってるでしょ」
ライカの姿をそのままデザインしたら、別のお守りになってしまうと玲さんがそのアイデアを却下。
「普通に文字とかでいいんじゃない。合格祈願とスクナ神社とかにしておけば」
「そうですね」
結局、重要なのはその中身ということで、玲さんのアイデアを採用。
表に『合格祈願』裏に『宿儺神社』と文字を入れたシンプルなお守りを作り、工房のエレイン君が作ってくれたドッグタグのようなそのマジックアイテムをお守りの中に入れ、気休めであるがみんなのスクナから精霊パワーを入れてもらって完成。
後はこのお守りをどうやって渡すかだけど。
「とりあえず花園君あたりに話を持っていって、駄目そうなら家の近所のパトロール係の猫型ゴーレムにでも頼んで、どうにか接触を持ってもらう?」
「そうだな。
んじゃ、お守りはこっちで預かるぜ」
「お願いね」
◆
さて、元春によって持ち込まれた宮本先輩の問題が一応の解決が見えたことで話題は変わり。
「そういえば、エルマっちの方はどうなったん?
ラファがそろそろ現地についた頃じゃね」
「従魔達とは合流できたよ」
「ありゃ、アイツら捕まってたんじゃねーの?」
「捕まる前にエルマさんが逃してたの見たよね」
エルマさんが捕まった時の映像は一緒に見ていただろうに何を言っているのかと、半眼になる僕に対し、元春は特に取り繕うでもなく「さすがはエルマっちだな」と腕を組んで頷き。
「逃げた後、念話通信でいろいろしてくれたみたいで、エルマさんが連れ込まれた建物にリスレムを忍び込ませたのも彼等なんだけど」
「有能じゃん。
てか、頭良過ぎね」
「テイムされてる魔獣はそんなものじゃない」
人のみならず学習するものである。
特にエルマさんの従魔である二体は、彼女と一緒に冒険することでいろいろなものを見て、実績をも獲得している。
そのような環境で半年近く、リスレムを使っているところを間近に見ていれば、その使い方もおぼえてしまうものであり、こちらからの指示を待たずにエルマさんの魔力を追いかけて、彼女を助けるべくリスレムを重要施設に上空から投下するくらいしてくれていてもおかしくはないのではないか。
「で、いまエルマっちはどんな感じなん?」
「一応、無事は確認してるんだけど……」
「もしかしてりょな展開になってたりしたとか?」
「じゃなくて、相手側が精神系の魔法とか薬を使って、エルマさんから自白を引き出そうとしているみたいでね。精神的にかなり疲弊してる感じなんだよ」
いまのところ、尋問の後、意識が朦朧とするだけで、まだ後遺症などが出る程のダメージでもないのだが、これが数日、続くとなれば、エルマさんの精神に何らかの影響が出てもおかしくない。
「そりゃヤバいな。
もう速攻でラファを突っ込ませたら」
「それは駄目でしょ。さすがに準備しないと失敗するんじゃない」
「ですね。とりあえずエルマさんはヤートがリスレムを投下してくれた建物――宮廷技術院っていうそうですけど、その地下にある部屋に囚われているようなので、いま近くの下水道からトンネルを掘ってそこまで侵入ルートを確保しています」
そうして、しっかりと突入準備が整ってから、遠隔操作で潜水艇の魚雷魔法を暴発させて、船体の破壊を目論むと同時に、現場が混乱している隙にエルマさんを救出してしまおうっていうのが今のところの作戦だ。
「それで上手くいくの?」
「万全を尽くすとしか言いようがないですね」
新しくなったラファの性能に、そのラファに持たせたエルマさんの新しい装備、あと万屋謹製のアイテムの力を持ってすれば、ゴリ押しでもなんとかなるとは思うのだが、相手の戦力にはまだ未知数なところがあり。
「ああ、なんつったっけか、なんか四天王みたいなやつ」
「帝国六将だね」
元春の声に合わせて映し出されるのは六人の老若男女の顔写真。
もともとは大魔導師の存在しか判明してなかったのだが、その後の調査で他の五人もすでに確認済み。
というよりも、エルマさんが確保された後、技術院に併設する王城で会議が開かれ、そこで全員の顔や役職が判明したのだ。
ちなみに、エルマさんを連れ去った黒ずくめの男は六将の一人ではなく、大軍師の右腕のような存在だったみたいで、会議の際に気配を殺して窓の外に張り付いていたのを確認している。
「しっかし、大剣豪だの大賢者だの、コイツ等の二つ名微妙じゃね」
「それはバベルの翻訳の所為だね」
本当はもっとおしゃれな横文字ネームでルビが振られるんじゃないかと話す僕に、元春は「なーる」と言いつつも少しむず痒そうにして、
「しっかし、こういうのをリアルに見せられると香ばしいな」
「だよね」
二人が言いますか?
「で、この人達って強いの?」
「そうですね。軍師の人と魔導師の人は、正面切っての戦いという限定条件がありますが、玲さんにも勝ち目はあるかと」
「そうなの?」
「特にこの二人は武術がまったくできないようなので」
平時の歩き方などから見て、軍師の方は多少は訓練を受けているようだが、それもあくまで素人の護身術を学んだ程度。
なので、周りに護衛がいない状態なら、玲さんにも勝ち目があり。
「あと、魔導師のお爺さんは魔力量こそ高いんですけど、使う魔法に偏りがありそうなんですよね」
これはエルマさんが最初に襲われた海上での戦闘と先に潜入したリスレムのデータを分析しての結果である。
それによると、どうもこの魔導師のお爺さんは火力こそ正義とでも言いそうなタイプのようで、小技はあまり好まないようなのだ。
「あれは潜水艇を手に入れようとして、手加減したとかじゃねーの」
「いや、それがこのお爺さん。ローブの中にいろいろと魔導器を隠し持っているんだけど、その魔導器に込められた魔法が全部威力に偏ったものばっかなんだよ」
とはいえ、魔導器というアイテムの特性を考えるのなら、それも間違ってもおらず。
ただ、防御にも使えて便利な結界系の魔導器の一つでも持ってさえいれば、海上でエルマさんと出くわしたあの時、そのまま捕獲することも可能だったのかもしれないのもまた然りといった感じで、
とはいえ、あの潜水艇にはそういった魔法への対策もしてあったりするのだが、それはそれとして――、
「それにいくら強い魔法が使えても、建物内だとね」
「狭い場所で魔法をぶっぱとか自殺行為だもんな」
エルマさんが囚われているのは宮廷技術院なる建物の地下にある一室。
そんな場所で大きな魔法を使ってしまえば、自分やその建物内にいる人員にも被害が及んでしまうのだ。
まあ、それでも相手は将軍職の地位にあるものであるのだから、使い勝手のいい下位の魔法を無詠唱で使ってくるくらい出来そうなのだが、そもそも建物内での戦闘で重要なのは、自分がどれくらい動けるかということであり。
「そもそも、そういう人が現場に出てくるとは思えないんだよね」
「漫画とかだと脱獄の途中とかにいきなり強キャラが出てきたりするけど、普通に考えてそういう奴等が見張ってるってのもおかしい話だしな」
そう、虜囚の見張りなど下っ端の仕事。
「けどよ。エルマっちが捕まってる牢屋とかに仕掛けがあったりするんじゃね」
「それはあるみたい。エルマさんが捕まってる部屋の中だと魔法がうまく使えないみたいだから」
「定番っちゃ定番の仕掛けか」
他にも警報装置とかもあるみたいだから、突入までにすべてを仕掛けを把握しておきたい。
「何にしても、脱出前にある程度、人数を減らす予定だから」
「暗殺? 暗殺とかすんの」
「いや、食事に薬を仕込もうかなって」
潜入の前に警備兵の夕食を準備する食堂にリスレムを派遣して下剤を仕込み、トイレとお友達になってもらおうという作戦だ。
「酷くね」
「誘拐犯なんだから遠慮することはないんじゃない」
「まあ、そう言われるとそうとしか言えんわな」
「後は脱出した後のことを考えないと、帝都は広いから――」




