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馬車の検証と使い道

 お昼をハンバーガーで済ませ、元春と一緒に出勤したところで仕事をしよう。

 まずは、いつものようにベル君から報告を受けると、今日ここまでに来店してきたのは魔王様御一行だけ、売れたものといえばジュースやお菓子くらいなものということで品出しなどの必要もないようで、

 ならばと僕は午前中に飛び込んできたという仕事を済ませるべく元春と一緒に工房に向かう。


 ちなみに、その仕事がなにかといえば、年始めにリドラさん達が遭遇した人とエルフとのゲリラ戦の現場で回収してきたくれたという馬車の検証だ。


 報告によると、リドラさんが帰ってきた後、妖精飛行隊のみなさんが蒼空を操り、現地の調査に向かったところ、その現場で人とエルフとが別々に山狩りを行っていたようで、状況を把握するべく彼等の会話を盗み聞けば、奴隷として運ばれていたエルフの子供が、リドラさんとヴェラさん+1襲来による混乱の最中に行方不明になってしまったことが判明。

 その原因がリドラさん達にあると疑われているとのことで、これはマズイと現場周辺にモスキートを放って周辺の捜索をすると同時に、現場の混乱から放置されていた馬車からなにか情報が得られないかと、回収してきたものが今日届いたという訳である。


 まあ、急に馬車が消えたことで、現場がまた混乱に包まれたのだそうだが、それはそれとして――、

 馬車の検証を進めていこう。


「結構エグい事になってんな」


「この血の感じからして、御者は遠くから弓で一撃って感じかな」


 僕と一緒に工房に来て、馬車に近付いた元春がまず注目したのは御者台の右に出来た血溜まりだ。

 その大きさと位置から推測するに、襲撃側とおぼしきエルフの集団は真横からの狙撃で御者の頭を撃ち抜き、そこから奴隷奪還に動いたといったところだろうか。


「問題はリドラさん達が去ってからどうなったかだけど」


「リドラさんが乱入した時は、まだ決着がついてなかったんすよね」


「はい。リドラ様方が上空を飛んでいたところ、相手側がその存在に気付き、攻撃を仕掛けてきたということで、軽く威嚇を帰しただけだとのことでした」


 元春の質問に答えてくれたのは妖精飛行隊のブレインであるリィリィさんだ。

 なんでもここ数ヶ月、動きがなかったエルフが魔王様達の拠点の周囲で――といっても、はるか森の外苑部なのだが――見られるようになったということで、今回馬車を検証するにあたり、魔王様と一緒に来てくれたのだ。


「そうなると、この辺が気になるね」


 ここで僕が注目するのは馬車荷台の側面に垂れた幾つかの血痕。


「その血の跡がどうしたんだ?」


「これ、たぶんエルフのものだと思うんだよね」


「なんでわかるん?」


「まずはこの場所だね」


 僕が注目した血痕がついているこの場所は、御者台の斜め後方にある出入り口。

 今回の調査のきっかけとなった奴隷として運ばれていたエルフの子供の血痕が残っているとしたら、まずここだろう。


「あと、エルフ血って人間なんかの血よりも劣化が遅いらしくて、ここのところ他の血痕よりも明らかに赤いでしょ」


「マジか」


 なんでも、これが長寿の秘訣に繋がるのだとかいう説があるそうだ。

 問題はこの血痕が捕まっていた子供エルフか助けに来た大人エルフ、どちらのものであるかだが、


「鑑定で出ればいいけど」


 僕は〈金龍の眼〉を装備して、その血痕を鑑定。

 すると、〈金龍の眼〉はきちんと僕の思考を読み取り、結果を出してくれたようである。


「幼いエルフの血液、当たりだね」


 この結果を見て僕は小瓶を取り出し、錬金術と誘引の魔法、そして、アクアに手伝ってもらって馬車に染み付いた血を回収し、その小瓶を魔王様の肩の上のリィリィさんに渡した上で馬車に乗り込み、さらなる検証を進めていく。


「やっぱ、奴隷を運ぶってんでしっかりしてんな」


「運んでたのはエルフだしね」


 言っては悪いが、奴隷は奴隷でもエルフの奴隷は高級奴隷、それを運ぶ馬車も他の奴隷を運ぶ馬車よりグレードが上であり。


「天井にあるのは魔法の構築を阻害する魔法陣でしょうか」


「そのようですね」


 ただ、この魔法陣に関しては、その効果がジャミング装置のようなもののようなので、そこまでの影響は無いだろうと、試しに〈照明(ライト)〉の魔法を使ってみると問題なく魔法は発動。


「成程、魔法自体は使えなくはないんだ」


 だったら、なにか魔法の痕跡でも残っているのではと、僕がグラムサイトを取り出して馬車の内部を調べていると。


「このバケツってもしかして――」


「想像通りのものだと思うよ」


 元春が足で軽く小突くのは馬車の片隅に転がっていた古ぼけたバケツ。

 その中身は移動中にこぼれてしまったか、空になっていたが、染み付いた臭いから、それが何に使われていたものなのかが容易に推察できる。


「ただ、これは手がかりにはならないかな」


 すっかり変色してしまっているこのバケツは、かなり使い回されているようなので、ここから手がかりを得ることは難しく。

 これ以外に馬車の中に残されているものはないようで、


「サスペンスの定番だと、どっか文字が彫られたりすんだけど見つかんねーか」


「この馬車、奴隷を運ぶ馬車だよ」


 そんな場所にメッセージを残してどうなるというのか。

 そして、本題である魔法の痕跡だが、これは天井に設置されているジャミング装置が悪さをしたようで、


「魔法の痕跡はさっぱり見当たりませんね」


「そうなると、やはり先ほど採取した血を媒介にして魔法でエルフを追跡するのが一番でしょうか」


「へぇ、そんな魔法もあるんすね」


「契約系の魔法の応用です」


 血を媒介にした契約の中には相手の位置や状況を知ることができる魔法が幾つか存在しており、これをうまく使えば、その行方不明になったエルフの子供達も見つけられると、リィリィさんと会話を交わしつつも僕達は荷台から降り。

 その後、期待はしないも一応と、馬車の下や屋根の上、車輪の裏側など細かな部分を丹念に調べていくも、一部エルフのものらしき血痕が見つかるくらいで、消えたというエルフの子供に関する痕跡などは見つからず。

 もうこれ以上調べる場所がないかと馬車の床下から出たところで、調査に飽きて御者台に座っていた元春が聞いてくる。


「そういえば、この馬車はどうするん?

 調べ終わったら返しに行くとかはないっすよね」


「はい、我々としてはこちらで処分していただいても構わないと」


「え、そりゃ勿体なくね。

 結構しっかりしてんじゃんこの馬車」


 そう言ってコンコンと馬車の車体を叩く元春だったが、


「そうはいっても馬車なんて使い所がないし」


 素材としても基本は木製で、檻の部分に鉄が使われているくらいで、それがリサイクルする程度か。


「マオっちのところじゃ使えないん?

 ほれ、森の見回りとかしてんだろ」


 と、この元春の意見は場所が場所ならわからないでもないのだが。


「魔王様の拠点周囲だとこのサイズの馬車は使えないんだよ」


 魔王様の拠点があるのは巨大な森の中心部。

 周辺の魔素濃度の関係から、木の一本一本が大きく、木と木のスペースはかなり広くはあるのだが、そのぶん根っこも大きく成長することから地面の凹凸が激しく、馬車を走らせるような環境にないのである。


「とはいえ勿体ないといえばそうでしょうね」


「元々の用途を気にしないならトレーラーハウスのように改造してもいいかもしれませんが――」


 ここで以前リィリィさんが本を置く場所がないと困っていたことを思い出し、ふと僕が呟くと、これにリィリィさんから「それは一考に値しますね」と声があがり、魔王様からも「……いいかも」とのお言葉があれば、こちらとしては否はない。


「そうすると、収納をメインにするのか、図書館のようにするのかになりますね」


「それにはどのような違いがあるのですか」


 その馬車は奴隷の輸送に使っていただけに、その広さはワゴンタイプの車くらいになる。

 これに本棚を設置するとしたら、荷台の檻を外した後の天井の高さをどうするかにもよるのだが、両壁を本棚にするだけでも五千冊、中央に本棚を作れば一万冊くらいは乗せられるくらいにはできるのではないか。


「しかし、それほどの本を乗せて支えとなる車軸は平気なのでしょうか?」


「この馬車自体、かなり頑丈に作られていますので、設置した後で補強してやれば問題ないかと」


 この馬車は運ぶ相手が相手だけに、特に荷台部分は頑丈に作られているようなので、トレーラーハウスと同じく、移動した後、床下に支えを設置すれば、十分にその役目を果たせる筈だ。


「そうなると、出来るだけ本棚は欲しいですが、そうなると読むスペースがなくなってしまいますね」


「それでしたら、屋根の上に読書スペースを作るのはどうでしょう」


 普通の人間だったらちょっと困った設計になってしまうが、空を飛ぶのがデフォルトの妖精のみなさんなら屋根の上に読書スペースを作っても問題ないだろう。


「それに洞窟の中なら雨も降りませんし」


 妖精のみなさんが住まう地下の花畑は、天井に大きな穴が空いてはいるものの、それは世界樹とその周りの花畑の部分だけ、本の大敵である湿気なども魔法を使えば平気な筈だ。


「しかし、それだけの本を集められるとなると、我々以外にも使いたいという者が出そうですね」


「……チュトラブカが来る」


 たしかに、収められる本の数を考えると、妖精のみなさん以外にも、この馬車の利用者は増えるだろう。


「だとするなら、我々以外にもその場で読めるような場所が必要になりますね」


「ふむ、そういうことでしたらベンチやクッションを用意するなどでしょうか」


「……クロマルみたいなの」


「外に置くものですからね。汚れがつきにくくて丈夫なものにした方がいいですか」


 と、魔王様からのアイデアで、防水防汚加工をメインにした、人を駄目にする類のソファを数台作ることが決まり、馬車の本体も――、


「馬車の材質からいって、木の風合いを生かした古い図書館というイメージがいいのではないでしょうか」


「でしたら、明かりは魔素灯でレトロな感じにするのがいいかも知れません。魔法の光は紙にも優しいですし」


 魔王様の拠点にはアヴァロン=エラに継ぐほどの魔素があふれている。

 魔素灯なら、ただ設置しておくだけで電源要らずで使える筈だ。


「屋上はキャットウォークのような段々のスペースにして、ブックスタンドを幾つか備え付けていただけると助かります」


「みんな妖精だもんなあ」


「配置などはリィリィさんにお任せしても構いませんか」


「勿論です」


 分担作業でデザインを決めつつもエレイン君を集めて、壁と屋根を作り、屋根の上の休憩スペースに馬車の内部、そして単行本サイズの本棚を造り付け、錬金術で作った速乾性の防水塗料をスプレーすれば――、


「あっという間に完成したな」


「もともと馬車がしっかりしていたから」


 トレーラーハウスの建材も、ほぼそのまま流用できたし。


「とりあえず、これで様子を見てもらえますか」


「はい」

◆次回投稿は水曜日の予定です。

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