古式ゆかしいゲームセンターの定番
始業式の帰り道、僕と元春は水野君と関口君と一緒に駅前のゲームセンターに立ち寄っていた。
「なんか、この四人で遊ぶってのも久しぶりじゃね」
「冬休みの間、虎助はずっとバイトだったし、次郎がいねーのはいつものこととして、いつもノリや他の連中がいたもんなあ」
聞けばこの冬休み、元春達は部活帰りやバイトや買い物のついでなど、暇を見てはゲームセンターなどに通っていたようだ。
しかし、元春は万屋にも毎日のように顔を出していた気がするのだが勉強の方は大丈夫なのだろうか。
冬休み明けてすぐに実力テストがあるのに――、
そんな心配をする僕に、水野君が自信ありげな顔を浮かべ。
「ふふん、今回はちょっと自信があるぜ。元春からアタマヨクナールを売ってもらったかな」
水野君が言う『アタマヨクナール』というのは、知力を一時的に上昇させる魔法薬のことである。
ただ、あの薬を常用するとなるとお金も結構掛かるんじゃないかと尋ねれば、これに元春が肩を竦め。
「アコギな商売はしてねーぞ。一ダースで二千円くらいだな」
それなら許容範囲内なのかな?
「さすがに一日一本は無理だけど、コツコツやれば結構な点が取れるんじゃね」
コツコツという言葉が似合わない三人が、コツコツと言っていいものかと迷うドーピングで勉強をするというこの状況は、微妙に間違っているような気がしないでもないのだが、
三人の場合、三十分でも集中してやってるだけマシなんだろうね。
それに、あの魔法薬の効果なら、しっかり三十分集中を切らさずにすれば、数時間勉強したくらいの効果になるだろうから、苦手な科目を勉強する時にそれを使えば、少なくとも平均点くらいは取れる勉強にはなっている筈だ。
だとするなら、三学期のテストの結果でも見て、関係者に報告をするかは考えるとして――、
「冬休み中はそれでいいとして、学校が始まったらどうするの?」
バイトをしている時なら、一ヶ月二千円くらいは余裕で払えるだろうけど、お小遣いだけでなんとかするなら少し厳しいのではないだろうか、そんな僕の質問に関口君はグッと親指を立てて。
「元春の手伝いをしてるから大丈夫だ」
「元春の手伝い?」
これ程、不穏な言葉も無いんじゃないかな。
「平気平気、お客様に薬を届けるだけの真っ当な商売さ」
「それ完全に怪しいやつでしょ」
「怪しくねーって、タバサっちも関わってるトクホ的なあれだから」
ここで佐藤さんの名前が出てくるってことは魔女がしている事業の一つってことになるのかな?
それなら下手なことにはならないか。
どんなものを売っているのかは、後で佐藤さんに確認するとして、少し気になる視線もあるし、そろそろ決着をつけようと僕は目の前のゲームに集中。
対戦している関口君のキャラクターに止めを刺し。
「相っ変わらず強ぇな」
「バイト先でもやってるからね」
「なにその職場、うらやまし過ぎんだろ」
「もちろん暇な時だけだよ」
まあ、その暇な時間が長いのだが、それでもずっとゲームをしているのではなくて、常連のお客様におやつを用意したり、棚出ししたり、場合によっては命がけで戦ったりもするから、決して楽な商売ではないと思う。
「そういえば冬休み中のバイトはどうだった?」
「年末までは佐々木なんかもいたし、割りと楽しかったぞ」
「ならいいんじゃない?」
僕がそう言うと二人は「まあなあ」と曖昧に言葉を返しつつも。
「ただ、俺等の場合、虎助みてーにキャッキャウフフとかなかったしな」
「僕のところもそういうのないんけど」
万屋でのゲームプレイは常に真剣勝負。
パーティゲームですら手加減無用の残虐ファイトになりがちなのだ。
「それよりも、年末にいろいろ行ってたみたいだけど、なにかなかったの?」
ただ、この三人を前に何を言っても、それは言い訳としか受け取られないと、僕は話題の方向性の調整を試みたのだが、
これは余計なことを聞いちゃったかな。
急にどんよりとしてしまった二人に、僕が自分の失敗を感じていると、ここでタイミング良くというべきか、先程からこちらを伺っていた集団がやってきたみたいだ。
「おい、この中に間宮っていんだろ」
「間宮は僕ですがなんでしょう」
おっと、意外にも相手のご指名は僕のようだ。
僕はプレイ中のゲームの手を止めて立ち上り、相手の方へと振り返る。
着ている制服からして同じ学校の生徒のようだが、その顔に見覚えはない。
「おいおい、黒雷のヤツ等、こんなヒョロそうなヤツにやられたのかよ」
「違う違う、やったのはコイツの姉貴だ」
「なんか相手を地面にぶっ刺すゴリラ女だっけ」
えと、なにやら勝手に盛り上がってるけど。
彼等の会話を聞く限り、これはいつものパターンかな?
「ねぇ元春、この人達って――」
「前に志帆姉が潰した奴らだろ」
「ブラックサンダーだっけ?」
「ライトニングじゃなかったか」
「ブルートゥースだよ」
「「ええと?」」
コソコソ話していた僕と元春の会話に敏感に反応、相手側から聞き覚えのないグループ名が返ってくる。
その後、聞いてもないのにいろいろと教えてくれた話を要約すると、どうも義姉さんがブラックライトニング(仮)を壊滅状態にした結果、近隣の不良グループ同士の力関係が崩れて抗争が勃発してしまったようで、彼等はその争いで優位に進めるべく、抗争の引き金を引いた義姉さんの関係者として僕に接触してきたというのがこの状況のようだ。
「なに、いまここいらってそんな不良漫画みてーなことになってんの?」
「さあ」
「てゆうか、さっきから聞いてりゃ、テメー等、なに舐めた口聞いてんだよ」
「うわっ、定番の返しが来た」
誂っているようにも聞こえなくはない、元春・水野君・関口君の反応に、僕達を取り囲んでいる中の一人が元春に掴みかかる。
しかし、元春は胸ぐらに伸びてきた男の手を掴むと軽く捻り落とし。
「なにすんだ」
「いや、先に掴みかかってきたのはそっちっしょ」
元春の言い分は間違っていない。
間違っていないのだが、こういう人達にそんな常識が通じる筈もなく。
「ぶっ殺す」
男を抑え込む元春に掴みかかろうとする別の男――、
そんな彼の背中を関口君が軽く押し、水野君がその足をひっかけ床に転がし、男の首元を足で踏みつけて。
「僕としては穏便に済ませたかったんだけど」
「こんな喧嘩っ早いアホ共にそりゃ無理だろ」
「だよな」
ことを穏便に済ませようとする僕の考えを三人が即否定。
そんなところにゾロゾロと十人以上の集団が追加でやって来て。
「おーおー、手こずってんじゃん。助けとかいる?
てか、いんべ」
「さっさとやっちまおうぜ」
さすがに、この人数ともなると口先だけの説得は難しいか。
ならば、ここは力の差をハッキリさせてしまった方が手っ取り早いと、僕は不良軍団の登場で周囲に他のお客さんがいなくなったことを確認すると、
「水野君、関口君、お腹に力を入れておいてね」
「腹に力って、どういう?」
「お前等、いいから虎助の言う通りにしとけ」
「じゃ、まずは弱から行くよ」
水野君と関口くんに注意を促した上で軽く殺意を乗せた魔力を周囲に放つ。
すると、まず最初に絡んできた五人がその場にへたり込み、さらにその周りにいた数名が顔を真っ青にして、水野君達を含めた周囲が驚き声を失う中、元春が慌てたように。
「ちょちょっ、虎助、加減しろって」
「ゴメン。これでも威力をかなり抑えたんだけど、まさかここまで効果があるなんて」
この手の威嚇は前にも何度か使ったことはあるけど、あれからアヴァロン=エラなどでの戦闘を経て、かなり威力が上がっていたようだ。
僕は思いもよらぬ状況に謝りながらも、腰を抜かした一人に「大丈夫ですか」と手を差し伸べる。
すると、僕が手を差し出したその彼は「ヒッ」と小さな悲鳴が上げて、そのまま気絶をしてしまい。
「――ってか、これなら手加減なしの方がよかったんじゃね」
「なあ、これどうなってんだ?」
「えと、ちょっと殺気を飛ばしたって感じなんだけど」
間違っていないのだが、自分で口にするのは少し照れると、少しどもり気味な僕の説明に水野君と関口君は顔をひきつらせ。
「殺気ってそんな漫画みたいなこと――」
「俺もできんぞ」
「マジで?」
二人が呆れるのも無理はないが、これに関しては本当に技術的なものであって、元春が「ふんっ」と気合を入れると、たしかに魔力による威圧が飛んできているのが感じ取れ。
「おお、ゾクってきた」
元春が使えるのならと自分も――と、二人共に身を乗り出して、
「おいおい、それやり方どうやんの」
「教えてくれよ」
「つってもな」
迫る二人に困ったようにする元春。
ただ、魔法薬を常用している二人なら少し教えれば、魔力による威圧も習得できると思うので、後で試してもらうとして、
「まずは、この人達を片付けちゃわない。店の人も迷惑だろうし」
みんなの手前、魔法が使えないので、お店の人には申し訳ないが、粗相はそのままに、邪魔な男達を店の外に運び出し、強制的に目を覚ましてもらい、僕はもうこんなことがないように、一人一人、お願いをしてお帰りいただいた。
「これで終わりならいいけど」
「アイツ等はもう来ねーんじゃね」
「「うんうん」」
みんなはこう言うけど、ああいう人達ってしつこいから――、
とりあえず、義姉さんに報告しておくとしよう。
◆次回投稿は水曜日の予定です。




