●脱獄計画
◆新章開幕です。
時は少し巻き戻って十二月末――、
アメリカ中西部に位置する軍事施設の地下深くにあるガラス張りの牢獄の中、近年の国内世論を皮肉るように、手足を極細の強化ワイヤーで繋がれた男が磔にされていた。
男の正体は超能力者集団ハイエストの幹部が一人、ドゥーベ。
日本にて軍基地を襲い、捕縛された彼は特殊な機械で能力の一部を封じられ、何重もの拘束衣を着せられ、この場所に運び込まれた後、この基地が誇る最強の監視体制のもとで拘束されていた。
そんな触覚しか頼りにならない筈のドゥーベの耳に聞き覚えのある男の声が聞こえてくる。
「ボス、そっちの状況は?」
「ダルい以外あると思うか」
「――っと、難しいかもしれないが口の中で話してくれ、周りに気づかれたらマズイ」
目と耳を塞がれたドゥーベに知る由もないが、彼はいま常に軍の監視下におかれた状態である。
もしも、この発言が不穏当なものとされれば、そのまま射殺もあり得るような状況なのだ。
ただ、幸いにも数日ぶりに出したその声は掠れきっており、意味ある音として監視している兵達に認識されることはなかったようだ。
ドゥーベの耳の中に潜んでいた黒く小さな狼の主は、ドゥーベに装着されたマスクの隙間から覗ける周囲の状況に遠く離れた牢獄でほっと胸を撫で下ろし。
「それでなんの用だ。
俺を寝かしつけに来たってことはないんだろ」
「勿論、こんな状況での話題なんて一つしかないだろう。
脱獄だよ脱獄。脱獄に協力しないか?」
「協力ってなあ。俺ァこんな状態だぜ。お前一人で逃げた方がいんじゃねぇのか?」
ドゥーベのこの発言は別に部下を思いやってのことではない。
単にこの黒く小さな狼を操る者の能力――、
そして性格を鑑みての言葉だったのだが、返ってきたのは重いため息だった。
「それが思ったよりも基地の防御が硬くてだ。
やっぱり前にやらかしてるからだろうな。
リードの締め付けも強くなってるみたいだし、ボスにひと暴れしてもらいたいんだよ」
ちなみに、ここで言うリードというのは、ハイエストの中核メンバーが収容されていた施設で使われていた超能力封じのインプラントのことを指し。
基地内に彼を想定した対策が施されているのは、かつて軍属にあったハイエストメンバーが自由を手に入れた際に、この黒い狼を操る能力がそれに一役買っていたからだ。
「とりあえず、一緒に捕まった奴等の協力は取り付けて、いまその締め付けを緩めようってやってるところなんだが」
「ってことは、あの根暗野郎も手伝ってやがんのか、よく引き込めたな」
「向こうで捕まった奴等はみんなジュニアを取り戻さねぇと自由はないからな。
そっちの安全を確保する代わりに協力しろっていったら素直に受けてくれたぜ」
「ジュニア?
なんだ野郎、子供でも人質に取られてるのか」
「……ディ●クのことだよ。日本の変な能力者にちょん切られたんだ」
「は?」
「だから、あっちで捕まった時にペ●スを切られて人質に取られたんだよ」
怒鳴るような黒い狼のセリフの直後、突然笑い出したドゥーベにライフルを構える見張りの兵達。
しかし、ドゥーベにそれ以上の動きはなく、状況も相まって精神的に異常をきたしてしまったのかと、兵士達が怪訝な顔をしつつも銃口を下ろし無線で連絡を取る一方。
「つまり、チ●ポを取り戻してやるから協力しろって脅したのか」
「どうせ影狼の回収もしないといけなかったからな」
「そりゃどういうことだ」
「それが俺達のジュニアが預けられてるのが、こことは別の場所で、そこにチャームがあったんだよ」
「チャーム?」
「影狼を入れたチャームだよ。
俺が日本に行く前にマネジメントの奴等に仕事を投げられたことがあったろ」
「そうだったか?」
このドゥーベの反応に「あ、これおぼえてないヤツだわ」と黒い狼は諦めたように首を振って。
「とにかく、アレの回収ついでに三匹ゲットできたんで、いまあちこち工作に回ってんだよ」
「あん? お前等のチ●ポは別のところにあるんじゃなかったのか」
「それな。
俺も理解してないんだが、俺の体とジュニアは切り離されてるんだが繋がってるみたいなんだよ」
その説明に返ってきたドゥーベの「成程?」はまったく理解できていないトーンであったが、計画に支障がないならそれでいいと、ドゥーベの耳内に響く声はどこか諦め色を帯びつつも。
「とにかくボスはリードが緩んだら暴れ回ってくれればいい。
後はピンドルがなんとかしてくれる筈だ。計画決行はクリスマスに合わせたいと思ってるが、リードを緩めるのに手こずってるから、少しずれるかもしれないがな」
「とにもかく、俺は枷が外れたら思いっきり暴れればいいんだろ」
「俺等を巻き込まない程度にな」
「そりゃ保証は出来ないな」
「まったく、アンタって人は――」
◆導入っぽい開幕ですが、彼等はしばらく放置です。
プロット制作の為、次回の更新は来週の日曜日になりそうです。




