●空から世界を見てみよう
◆時系列的に少し前のお話になります。
「おっ、ナスカの地上絵」
「この街、魔法陣になってない?」
「この大地の裂け目はまるで龍の谷のようですわね」
「……おっきいカタツムリ」
さて、ある日の昼下がり、僕達ががなにをしているのかというと、衛星画像を使った探索だ。
とはいっても、使っている画像は地球のものではなくて賢者様の世界のものである。
実は、前に賢者様の世界で打ち上げた衛星が、数ヶ月をかけてその星を周回、撮影した映像がようやく惑星一つ分になったので、僕達はそれを一つにまとめて、賢者様達に先立ち、こうしてチェックをしていたという訳だ。
しかし、そんなチェックの最中に、みんなそれぞれに気になるものを見つけたようで。
「とりあえず、玲さんが見つけた魔法陣のようなものはクレーターの中にある街のようですね。
映像内の魔法陣をデータベースからスキャンをかけてみましたが、街規模で形成するような魔法はひっかからなかったので、魔法陣みたいに見えるのは単に偶然じゃないかって思うんですけど……」
「そうなの?
なんか街を守るバリア的なのを発生させてるとか思ったんだけど」
「もしかすると、そういったものの名残かもしれませんが、だとしても既に原型を留めていないようです」
それに今の時代、賢者様の世界での街の防衛は、ゴーレムや移動式の大型シェルに任せるのが主流のようで、そうした手法で街を防衛するような大規模な魔法技術は、主に術者や魔法陣の管理者などの喪失によって、既に使われていないという。
だから、玲さんの言うように、それがもともと町の防衛に使われていたものだったとしても、いまはもうほぼ意味を成さないものでしかなく。
「俺が見つけた地上絵は?」
「そっちは賢者様に提供してもらったデータにあるね。
それによると、その地上絵は、昔そこに住んでいたエルフが作ったんじゃないかって言われてるみたいなんだけど、なんでそれを作ったのかはよくわかっていないようだね」
「召喚魔法とかあるんじゃね」
僕もその元ネタはなんとなくわかるので、元春が言わんとする事はわからないでもないんだけど……。
「こっちは完全に魔法陣とかそういうのじゃ無いみたい。
ただ、その地上絵がある地域には魔獣があまり寄ってこないみたいだから、なにかしらの意味があるんじゃないかって、定期的にいろんな研究機関から調査が入ってるらしいね」
魔法的な要素がないなら、地上絵を描くのに使われている素材か、その土地に何かがあるのかもしれないが、これは実際に現地に行って調べてみないとわからない。
次にマリィさんが見つけた大きな大地の裂け目であるが、こちらに関しては場所が完全に人里離れた場所である為、その詳細は不明であって、
最後に魔王様が見つけた大きな穴の中にいる巨獣なんだけど。
「まさか、賢者様の世界にこんな大物がいるなんて」
厳密にいうのなら、賢者様の世界でも、成層圏に存在する魔素の流れ――いわゆる空脈には龍種などの存在が確認されており、そのことを考えるのなら、賢者様の世界にもこのサイズの巨獣がいてもおかしくはないのだが、それでも地上の薄い魔素の中で衛星画像に映り込むような巨大な魔獣が存在するのはまったく想定外のことで。
「近くに地脈でも流れているんでしょうか」
「魔素の濃度を見る限りでは、むしろマリィさんが見つけた大地の裂け目の方に地脈の流れがありそうなんですが」
ただ、周辺の魔素濃度を目を向けるに、単にシェルのエネルギー源となるドロップの生産が始まって、その工場周辺の魔素濃度が低くなったことで避難した結果、この場所に留まっているというのではないか。
「ちな、コイツって名前とかわかるん?」
「たぶん人飲みの一種だと思うけど、ちょっとデータにはないね」
「人飲みって、なんか物騒な名前だな」
追加の説明を加えるのなら、この人飲みというのは本来、大型犬サイズのカタツムリ型魔獣であって、その生息域で野営をしていると、密かに近付き巻き付いて食べてしまうということから、その名前がつけられたというが、それが衛星写真でしっかりどんな生物なのかがわかるサイズともなるとだ。
「こんだけデッケーと街ごと飲み込みそうな感じだよな」
「そうだよね。賢者様にも注意してもらえるようにしておかないと」
◆
「という情報が虎助から回ってきたんだが、どう思う?」
ロベルトが見せるのは研究所からだいぶ離れた魔境のライブ映像。
そこに映し出されるのは周囲の木々や動物を飲み込む巨大なカタツムリ。
「これは凄い」
「こんなのが今まで見つかってなかったなんてホントなの?」
「アグニムとかジーケンスとか、古くからある研究機関を要する街なら、情報を持っててもおかしくねぇんだが――」
「それでも全世界っていうのは難しいんじゃない。ネベルタ大森林とか大きい空白地帯には観測球を飛ばせないし」
「そりゃそうか」
ロベルト達が暮らす世界は、技術的には地球でいうところの近未来的な発展を遂げているものの、魔獣という脅威に完全に打ち勝っている訳ではなく、いまだに地上に置いても前人未到の地は決して少なくなく。
「だけど、これまでこの巨獣が知られていなかったってことは、ずっとここにいたってことよね」
「領域方面にドロップ工場が移動していることが意図せず防波堤になっているんじゃ」
ナタリアが開くサーモグラフィーのような映像は、その土地の魔素濃度を視覚化したものであり、それを見ると、巨大カタツムリがいる場所が若干魔素が濃く、その周辺が若干薄いといった状態になる。
「けど、これが一角でも崩れると逆にヤバいことになりそうじゃない」
意図したものではないのだが、巨大戦艦さいずのカタツムリの周囲にはドロップの工場が程よく配置されていて、周辺の魔素濃度を低下させた事により、意図せず防波堤の役割を果たしているようにも見えなくはなく。
逆に都市周辺では、シェルの仕様により、やや魔素の濃度が高くなっていて、もしドロップ工場の移転などで魔素の流れに変化が起きた場合、呼び込む可能性も否定できないと、ホリルはそんな可能性を危惧したようだ。
「ねぇ、あの化け物と戦うことになったら勝てると思う?」
「上位魔法を使えばもしかしたら、一発で仕留められないと逃げるのが大変だからやらないけど」
ナタリアも日々万屋に通うことによって、随分とパワーアップをしているが、それでもマオやマリィという使い手と比べると何段か落ちるというのが実際のところであって、
「私やアニマだったら、指輪の力を使えばなんとかなるけど、アンタの場合、なんらかのドーピングがないとキツイでしょうね」
「ふむん、その指輪にはそんな効果があったんだ」
どこか自慢気に指輪を見せるホリルに好奇の視線を向けるナタリア。
そんな二人の様子に何かしらの危機を感じたのか、ここでロベルトが一枚の魔法窓を手元に呼び寄せ。
「一応、これを使えば倒せるんじゃないかってアイテムのレシピは送られてきてるんだが」
「へぇ、どんなの?」
万屋からマジックアイテムのレシピが送られてきたということで、ワクワクとロベルトの手元を覗き込むナタリア。
「潮涸球ってヤツだな」
「なんかどこかで聞いたような気がするけど」
「あれじゃないか、サウステリアの海の英雄」
アイテム名を聞いてなにかを思い出すようにするナタリアに、ロベルトが思い出したのは、彼等が住まう大陸の南部で有名な神話の一つ。
「つまりは神話のアイテム?」
「さすがにそこまで強力なヤツじゃないだろ。ただ、効果の程は結構似たようなものになるか」
オリジナル(?)の方では海の女神に願いを届ける為、英雄が海底神殿への道を切り開くのに使ったアイテムだった。
虎助から送られてきたそれも規模は違えど同じような効果を発揮するもののようで、水分を奪うというその効果から、相手がカタツムリから成り上がった存在であるなら、それが必勝のアイテムになるのではというのが、このレシピが送られてきた経緯であるみたいだ。
「それで、その潮涸球っていうのは私達で作れるの?」
「作ること自体は難しくないとは思うんだが、素材がな」
「海綿質の皮がネックなのね」
「魔塩岩の方が難しくない」
「そっち大丈夫だ。なあアニマ」
ロベルトの声にアニマは頷くと隣のキッチンへ向かい、持ってきたのは軽く砕かれた岩塩が入れられたミルであって。
「それってただの塩じゃないの?」
「万屋で買った塩がただの塩だと思うか」
ロベルトの言い方にはやや語弊はあるが、アニマが持ってきた塩に限っては、かつて倒した巨大な塩のゴーレム――ソルトロックゴーレムから取れたものであり、その体はまさしく魔塩岩。
「海綿質の皮は万屋には置いてないの?」
「どうだろうな。
あれって一部の海獣とかからしか取れないだろ」
「生息域を考えると、迷い込んでくる確率が低くなるのか」
沿岸部や湿地帯など、海流の流れや地脈の入りなどから、魔素濃度が高くなる場合が少なく、結果的に次元の歪みが発生する確率が低くなってしまうのだ。
「こっちで探すしかないってこと?」
「衛星を使えばなんとかなりそうだからな。
ってことでプル。近いところから探してってくれるか」
「かしこまりました」
◆実はこのお話、前章の最後に投稿される筈のお話でした。
投稿システムの改変で変なところに紛れ込んでしまってたみたいです。
申し訳ありません。




