モツと寒天
◆モツと志帆達の現状
それは冬休みの一幕――、
午前中、珍しくお店に二人だった僕と魔王様が工房にある東屋の一つで料理の試作をしていると、義姉さん達に連れられディストピアに行った筈の元春が戻ってきて。
「美味そうな匂い出してなにやってんだ?」
「前にリドラさんが大量に持ち込んでくれたワイバーンののモツが余ってたから、いろいろ作ってみたんだよ」
魔素を多く含む魔獣の肉は適切に管理すればかなりの期間保存できるが、内臓などは処理をしなければすぐに腐ってしまうので、こうして試しているという訳だ。
「元春も食べてみる?」
そう言って、僕が渡したのは味噌ベースのタレで味付けしたモツだ。
「まんま定番のアレだな」
「そうなるように工夫したからね」
とはいえ、豚とワイバーンでは内臓のサイズも違う為、まったく同じにとはなかなかいかないのだけれど。
「普通に食えそうだな」
「それじゃないと困るから」
毒を調味料として食べることに慣れてしまった僕にそれをいう資格はないのかもしれないが、みんなが食べられない料理を作って何の意味がある。
「すげーいい匂い」
「食べたかったら他のも食べていいよ。テーブルの上にあるヤツは試食した後だから」
「へぇ、いろいろあんだな。
てか、この色がついてないのってシロコロホルモンってヤツ?」
「さあ、僕はシロコロホルモン食べたことがないからわからないけど、それは塩ダレで味付けたモツだよ」
ちなみに、後で調べたことによると、シロコロホルモンというのは牛の大腸をつかったモツ焼きのことで、お店によっていろいろと味付けがあるみたいだ。
「塩ダレとか珍しくね?」
「どうなんだろ。
インターネットにレシピにあったから、魔王様のところでも作れるようにって試してみたんだけど」
塩ダレなら塩と酒、後ちょっとの砂糖に錬金術で作れる鶏ガラの素、そこにニンニクとレモン汁を混ぜ込めば作れるからと試しに作ったのが元春がいうシロコロホルモン(偽)なのだ。
「他にこんなのも作ってみたよ」
と、僕と魔王様がそれぞれ開けた小鍋の中には、定番の味噌煮やらイタリア風モツのトマト煮込みが入っており。
「めっちゃ飯が欲しくなるヤツじゃん」
「お昼にはちょっと早いけど、欲しいなら用意するよ」
「マジで」
「けど、こんなところでサボってていいの?」
さっきも触れたように、元春は義姉さん達のサポート役としてディストピアに連れて行かれていた筈なのだ。
にも関わらず、黙って逃げて来たとあらば、お仕置きは免れないのではと、実はもう背後まで近付いている死神の鎌にそう仄めかすも、元春に遠回しな匂わせは通じなかったみたいだ。
「いいっていいって、志帆姉はおっぱいをおっきくするのに夢中だから」
「誰がそんなこと言った?」
その言葉が早いか、元春の頭頂部に拳骨を落とされ。
「義姉さん、向こうの方は終わったの?」
「ドッペルゲンガーはクリアしたけど、元春みたいな馬鹿っぽい力は手に入れられなかったわ」
悶絶する元春を踏みつけ魔王様の隣に座る義姉さんに、少しでも場を和ませようと僕がお茶を用意ししながらも今日の成果を訊ねてみると、義姉さんは肩を竦めてそう応え。
「ブックマスターや他のディストピアはどうなの?」
「あの骸骨さんは全然ダメだね~。私たち魔法がそんなに強くないから」
「ディロックを採算度外視で使えば勝てそうではあるけど、それだと実績獲得は難しいんだよね」
続く質問にムスッとした顔になった義姉さんに代わり応えてくれたのは巡さんと鈴さんだ。
「ちな、タラチネの成果はどんなんなん?」
そして、またよせばいいのに復活してきた元春がそう聞くと、即座に無言の義姉さんから腹パンが入れられて、
しかし、巡さんから「私、〈豊乳〉出たよ」との発現を聞いたら即復活。
「こ、これ以上の成長が――」と驚愕の表情を浮かべながらも、その隣で苦笑をしている鈴さんに「じゃあ、鈴さんは――」と水を向けると。
「身長の成長補正だった」
すらっと高身長の鈴さんは自分の背の高さをちょっと気にしていたりする。
そんな鈴さんに成長補正がついてしまったらどうなってしまうのか。
「もう二十歳じゃないっすか、伸びませんって、
それよりモツ食べましょ。おっぱいデカくなるって話っすよ」
前半部分は同意だけど、後半の話はまったく聞いたことがないんだけど……。
しかし、鈴さんが醸し出すどんよりとした空気の中、そんな真面目くさったツッコミは入れられない。
僕が「ご飯も来ますから」と元春の適当な発言に乗っかると、鈴さんは僕の隣にやって来てボソッと一言。
「虎助君、身長は伸びてしまうのかな」
「あくまで可能性ですから」
魔獣を倒して得られる実績については、その殆どが潜在能力の拡張だ。
鈴さんの年齢・現在の身長から見て、影響があったとしても一センチくらいが関の山ではないかというのが、僕の考えだったんだけど、鈴さんからしてみるとそれすらも死活問題だったみたいだ。
「いや、その一センチで大台に乗ってしまうんだけど」
◆寒天作り
それは冬休みに入る前――、
トンネルの開通によってガルダシア領に届けられた海産物の中に見慣れない海藻をメイドさんが見つけ、それを『この海藻は何でしょう?』と万屋に持ち込んだことがきっかけだった。
僕がそんな海藻を鑑定した結果、その大半が天草ということが判明。
それがところてんの原材料であること――、その説明の途中でふと豪雪地帯のガルダシアなら寒天が作れるのではないかと何気なく口にしたところ、これに和スイーツがお好きなマリィさん食いついて。
カイロス領を通して近隣の港町から大量に届けられ。
その天草を浄化できれいにした後、大鍋で煮込むこと数時間――、
「うん、そろそろ良さげだね」
煮出した汁を布巾で濾してバットに流し込み、冷やして固めたものがところてんだ。
後は、この巨大なところてんを適当な大きさに切り出し、天付きを使って押し出せば完成なのだが、僕がところてんを突き出すのを見て、魔王様もやりたくなったみたいだ。
「……面白そう」
「やってみます」
そして、人が楽しそうにしているところを見ると自分もやりたくなるのが人の性。
「俺、これやるの初めてかも」
「まあ、普段は切られた状態で売られていますから」
「思ったよりもするっといくのな」
「そりゃそうでしょ。ところてんなんだし」
当たり前であるが、硬めに作ってあるとはいえ、所詮それはところてん。
網目状に張らられた針金だけでも簡単に切ることが可能で、
元春に続いて、マリィさんに魔王様、玲さんとそれぞれに自分のところてんを突き出してもらったところで、どうやって食べるかなのだが。
「なんで食うって三杯酢一択じゃね」
「むしろ他に食べ方とかある?」
不思議そうに聞いてくるは元春と玲さんだ。
しかし、事前に調べたところによると、ところてんの味付けは地方によっていろいろあるようで、
「生姜醤油とかただ砂糖をかけてとか、トッピングとしてきなこやからし、青じそを入れるところもあるみたいですよ」
「想像できませんわね」
マリィさんもすっかり僕達の地元の味に馴染んでしまったみたいだ。
最終的にみんな無難に三杯酢ということで全員分のところてんを用意したところで、いざ実食。
「これなら寒天ができそうですね」
しっかり味(?)を確認したところで、残ったところてんは錬金術で寒天に加工してもらうべくエレイン君に持っていってもらう。
「ちな、他の海藻はどんなのがあったん。天草以外にもあったんだろ」
ところてんの出来栄えを確認しつつも元春が聞いてくるのは、カイロス領を経由して入ってきた海藻のことだ。
とはいえ、万屋で食材を購入しているメイドさんなら、昆布やワカメなんかは見ただけでわかるので、それ以外の見慣れない海藻というとひじきくらいなものであって。
「他にも向こう独自の海藻なんかがあったりしたけど、食料として使えるのはこれくらいかな」
「日本人しか消化できねーとかって話もあるしな」
「その話って生食でならって前提がつくみたいだね」
まあ、それも研究が進んで、昔から海藻を食べている地域の人なら持っている可能性が高いって研究が発表されたみたいだけど。
「煮たり焼いたりすれば誰でも消化できる筈だよ」
「マジかよ」
これには元春のみならず、玲さんも驚きだったみたいだ。
「だから、ガルダシア領で消費するなら天草と昆布かな」
「鍋には必須だもんな」
ガルダシア領は寒い土地だからね。
「あと酢昆布がメイドさん達に人気なんだよね」
「それって自分で自分で作ろうってこと?」
「ですね。昆布を酢につけて、水と砂糖と塩で煮て乾燥させるだけで作れますから」
ただ、酢昆布も食べ過ぎには注意である。
昆布に多く含まれるヨウ素を取りすぎると、体に不調を招いてしまうからね。
「しっかし、メイドさんが酢昆布とかシュールにも程があんだろ」
「長いこと苦労しましたから、保存が効き、美味しい食べ物を見逃すてはありませんの」
「悲しい理由」




