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パイとウナギと焼き物と

「ちょちょちょっトワさんからの差し入れとか、なんで、どして!?」


「例の除雪機、お礼にパイを焼いてくれたのです」


 その日、マリィさんが持ってきてくれた大きなバスケット。

 その中身に食いついたのは元春だった。


「パイ?

 なんのパイなん?

 もしかして、おっ――」


「うなぎパイですの」


 マリィさんにそんな意図はなかったと思われるが、元春の不穏当な発言は事前に潰されたようで一安心と、開かれたバスケットの中には大きなパイが一つ入っており。


「これが本物のうなぎパイ」


「本物というのはどういうですの」


 その声のトーンからして冗談の類ではないと思うのだが、バスケットを覗き、何気に零した玲さんの一言に首を傾げるマリィさん。


「僕達の地元に近いところにそういうお菓子があるんですよ」


「それは興味がありますわね」


「今度買ってきますよ」


 ただ、あのパイは割れやすいという理由から通販でも取り扱ってなかった筈だなので、マリィさんからのご注文は仕事帰りの母さんにお願いするとして。


「それよりも冷めっちまう前に早く食おうぜ」


 保温の魔法式が付与されたバスケットに入っているおかげで未だ香ばしい匂いを放っているパイに待ちきれないといった様子の元春。

 そんな大興奮の友人を僕は「はいはい」と適当に受け流しつつもキッチンに向かい、包丁やお皿の用意をして戻ってくると、玲さんがみんなのお皿を受け取ろうと手を伸ばし。


「でも、うなぎのパイっておいしいの?」


「トワが作るパイは絶品ですの」


「当然っすよ」


 どうして元春が自慢げなのかは今更だとして、


「うなぎ自体がわりと淡白な味だから、パイとも合うんじゃないですか」


「中はグラタンみたいになってるのね」


 断面から零れ落ちるクリーミーな中身を見るに、一般的なクリームパイのチキンやベーコンの部分が、焼いて軽く油を落としたうなぎになった感じかな。

 と、切り分けたパイをそれぞれお皿に取り分けて、手を合わせて『いただきます』。


「うまっ、さっすがトワさんだぜ」


「魚のパイってことでちょっと警戒してたんだけど、美味しいじゃない」


「なにか良くない思い出がありました?」


「ううん、食べたことはないんだけど、スターゲイジーパイとかあるじゃない」


「例の有名なあれですね」


 まずは一口お味を確認。

 僕と玲さんが交わす会話の内容に不思議そうにするマリィさんに、件の料理の画像を見せたところ「なんですの。これは」と驚きの声が上がり。


「元ネタとしてなにか伝説的なお話があるみたいですね。

 頭が出てるのは、中に魚が入ってますよって知らせてるというだけで、基本的に普通のパイみたいです」


「そうなん?」


「マズイって言われているのは魚の処理の失敗で、臭みが出ちゃったのにあたったからじゃないかってことみたい」


 魚料理は慣れた人でもしっかり下処理をしないと、美味しく作るのは難しいからね。

 あと、中に入れる魚の種類によるところもあるのかな。


「なので、見た目にインパクトがあるだけで、特にゲテモノとかそういう料理じゃないみたいです」


「そうなんだ」


 まあ、煮魚なんかでも処理に失敗すると凄く魚臭くなっちゃうから、それと同じようなものではと僕が言うと、玲さんは少し首をかしげながらも納得。


「そういえば、見た目がスゲーって言うと、うなぎのゼリーみたいなのがなかったっけか」


「あれね。そっちは人を選ぶ料理らしいね」


「そうなん?」


「魚独特の臭みがあるみたいだから駄目な人は駄目みたいだけど、基本的には薄味で、後でいろいろ味を足して食べるものみたいだね」


 ちなみに、味は薄い塩で味がつけられているだけで、レモンやモルトビネガーなどを使い、自分で味を整え食べるのが定番だそうだ。


「そういえば、このうなぎってどうやって取ったん?

 マリィちゃんのとこっていまメッチャ雪降ってるんっしょ」


「虎助から罠を教えていただきまして、城のお堀に沈めていますの」


「竹籠のヤツ?」


「いえ、土魔法で作った容器を使っていますの」


 我が家主催のブートキャンプの際によく世話になる竹籠の罠。

 これは川魚などを捕る際に重宝する罠であるが、竹の分布がほぼ見られないガルダシアの地でそれを作るのが難しく。

 その代わりにと土の魔法で似たようなものを作る魔法が作られたのだ。


「村の方でも大活躍ですの。今まで取れなかった大きな魚が取れると評判ですの」


 聞けば、ポッケ村の近くにはガルダシア城のお堀に水を注ぐ川が流れているから、同じようにウナギやらナマズが取れるようで、この時期では貴重な食料を得る方法として重宝されているみたいだ。


 ただ、この時期は、気温が低いこともあり、魚の動きが鈍く、数日沈めておいて一匹かかっていたらラッキーといった程度ではあるようで、


「てか、今までこーゆーのなかったんすか」


「ここ数年、ウチの領地にそのような余裕はありませんでしたの」


 自治領になる前のポッケ村はルデロック王の誕生により、流刑地に付随する一つの村という位置づけとされており、もともとの貧しさもあってその扱いは最底辺のものでしかなかった。

 しかしそれが、マリィさんが領主になることで生活が大幅に改善して、いろいろと多方面に手が出せる余裕が生まれ。


「炭焼小屋も作る予定で山の方で正長石も取れるようですし、焼き物に手を出すのもいいかもしれませんね」


「それはいいですわね」


 ということで後日、僕達は焼き物作りをすることになった。


 とはいっても、それは本格的なものではなく、陶芸教室の一日体験のようなものであって、具体的には用意してあった素焼きのマグカップに好きな釉薬をつけて焼くというもので、

 どちらかといえば、今回はマリィさんの領地で取れる素材でどんな焼き物が作れるのかという実験という意味合いのものだった。


「どれくらい入れればいいんだ?」


 元春が聞いてくるのは素焼きをしたマグカップに塗る釉薬の配合だ。


「実験だから好きにしていいよ。

 でも、どれをどれだけ入れたのかは記録しておいてくれるかな」


 とりあえず、僕はシンプルな乳白色の陶器を試し、他のみんなにはアレンジを加えてもらって好きに作ってもらうのだが、もしも焼き上がった中でいいものがあった場合、量産が出来るようにきっちり配合を記録しておいてもらうのも忘れてはいけない。


「鉄が黒とか赤で銅が緑系だっけ?」


「うん」


 細かく言えば、焼く際の酸化還元反応でその色もまた違ったものになるみたいなのだが、今回は普通に焼くだけなので小難しいことは考えなくてもいいだろう。


 というわけで、みんなにはそれぞれ好きな配合で釉薬を作ってもらい。

 それをマグカップに塗ったところで、後は余計な水分を抜いて焼くだけだ。


「ねぇ、この窯って今日の為にわざわざ作ったの?」


「いえ、魔法薬の瓶なんかを作るのに使っているものですよ」


 万屋ではサラマンダーの血など、一部、扱いが難しい素材を保管するための瓶を作っている。

 そんな釜の中にマグカップを入れてスイッチオン。

 翌日、釜から出したマグカップの出来栄えは――、


「おおぅ、なんつーか地味だな」


「個人的には悪くはないと思うんだけど……」


 元春が作った釉薬を塗ったマグカップは、若干の色の濃淡はあるものの、その全体が光沢のある深緑に覆われていて。


「いや、ジジ臭くね。

 マオっちくらいの軽い色合いの方がいいだろ」


 元春の評価にちょっと得意げな顔をするのは魔王様だ。

 その一方で――、


「私と玲のものは似通った色合いになりましたわね」


「結構配合は全然違うのにね」


 マリィさんと玲さんの二人は鉄粉を混ぜたグループだが、若干の差異はあるものの、濃い赤茶の色に焼き上がったようだ。


「量によって茶色や赤になるということでしたが、配合がまったく別なのにここまでそっくりになるなんて、長石の成分が原因でしょうか」


 ちなみに、長石というのは陶磁器を作るのに使う釉薬の基礎的なものであって、ガラスの素のような鉱石だ。

 そして、その長石に含まれる成分によって、焼き上がりの際の色彩の変化に大きな影響があるというが、


「てか正直、虎助が焼いたシンプルなヤツが一番よくね」


「……ん」


「だよね」


「ですわね」


 結局、マリィさんのところで作る焼き物は、まずシンプルに僕が焼いた白いものを焼くことが決まったみたいだ。

◆次回投稿は水曜日の予定です。

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