メタルカーバンクルと訓練施設の拡張
それは、赤い薔薇のみなさんがホームへ引き上げようという冬休みの終わりのこと、
僕はゲートを前で赤い薔薇のリーダーであるクライさんから小動物型ゴーレムを受け取っていた。
「実験は失敗でしたか」
「残念ながら」
「使えると便利だったのにな」
さて、このやり取りがなんなのかといえば、アムクラブ側からやってくるお客様の利便性の向上を考えて、赤い薔薇のみなさんにガルダシア城の魔鏡から転移できる世界の一つ、謎の地下迷宮の中で捕獲した迷宮管理用ゴーレム・メタルカーバンクルを使ってもらい、あちら側との通信環境が整うのではと実験をしてもらったのだが、ダンジョンの成り立ちの違いが原因か、メタルカーバンクルが持つダンジョン管理能力はあちらダンジョンではほぼ使えず、残念な結果に終わってしまったという状況だ。
と、そんな事情で持ち帰ってもらったメタルカーバンクルの代わりにクライさんに渡すのは昭和レトロなナップサック。
これは今回、協力していただいた報酬で、
「これがサラマンダーの火袋を使った調理器具ですか」
「調理器具って言うほど大袈裟なものでもないんですけど、これに味をつけた食材と火を入れておけば、勝手に料理ができてしまう優れものですね」
このナップサックは以前、元春と一緒に料理実験をしたサラマンダーの火袋を使った天然のオーブン。
それを背負って持ち運べる形にしたものである。
「これって焼き料理しかできないのか」
「いえ、材料によってはスープ作りに蒸し料理といろいろ応用ができるかと、基本的な使い方と簡単なレシピはこちらのメモリーカードに入れておきましたので、後でご確認ください」
ロッティさんの疑問に用意しておいたメモリーカードを渡しつつ、写真つきのレシピを幾つか開くと赤い薔薇のみなさんから喜びの声が上がり。
「このカバンって水を入れても大丈夫なんだ」
「もともとの素材が丈夫な上に防水加工が施してありますから」
冒険のお供に持ち歩くアイテムとして、耐久力にはかなり気を使って作ってある為、調理道具としての性能は勿論、それそのものの耐久性も高くなっていて、もともとが下位竜種の素材であることも手伝い、下手な金属製防具よりも高い防御力を備えるに至っていたりする。
「お土産が入れてありますので、お昼にでも食べてください」
「さすが店長」
「ありがとうございます」
それから、改めて頭を下げられ笑顔でゲートに消える赤い薔薇のみなさんを見送ったところで、元春が「行っちまったな」と無駄に雰囲気を出しつつも、「んで、それ、どーすんの?」と聞いてくるのは僕が抱くメタルカーバンクルの処遇である。
「北米の魔女さんたちが来るから訓練施設を拡張しようかなって――」
「あそこ、またでっかくなるんだな」
あと、アビーさん達の練習用に使えないかなって考えていると、僕はそんな計画を話しながらも、ついでに現場も見せてあげようと元春を誘い、工房のお隣にある映画のセットのような石造りの建物が立ち並ぶ訓練場に移動。
その一角にある建物の地下にやってくると、そこではすでにモグレムによる工事が始まっており。
「あれ、そのゴーレムで作るんじゃねーの」
「全部この子に任せると時間がかかっちゃうから、先に作ってもらってたんだよ」
マリィさんのところのトンネルを作ったのと同じように前もって掘削を進め、後で形を整えるだけならばメタルカーバンクルの消費も少なく、時間短縮にも繋がるのだ。
「穴の中はどんな風になってるん?」
「部屋や通路を細かく区切って、遮蔽物を多く置く作りになるかな」
僕が自前の魔法窓から、いま作っている地下空間の完成予想図を空中に投影すると、元春は3Dになっているそれをクルクル回しながらも「ふ~ん」と鼻を鳴らし。
「見た感じダンジョンってより立体迷路だな」
「あくまで訓練用の施設だからね」
その地下空間は、セットの中の大きな建物に地下室が高さを変えて存在していて、それぞれが複雑に入り組んだ通路と階段とで繋がっているような構造だ。
「このダンジョンもどきはどれっくらいで出来上がるん?」
「明後日くらいにはなんとかなるんじゃないかな」
「早っ!?」
「アメリカのみなさんが来る迄に間に合わないと意味がないから」
そもそも、彼女達の予定に合わせて赤い薔薇のみなさんにメタルカーバンクルの実験をお願いしていたのだ。
「だけど、モグレムの仕事が思ったよりも早いから、いろいろと弄れる時間は作れそうかな」
「弄る?」
「トラップとかそういうの、メタルカーバンクルに頼めば簡単に作れるから」
「つまり俺はエロトラップを考えりゃいいんだな」
「なんでそうなるのさ、訓練で使う施設だよ。
トラップっていってもセンサーだけとかそういうのだから」
要は引っかかったか引っかかってないかが分かればいいのだ。
「え~、エロトラップ作んねーの?」
「作らない」
そんな気持ち悪く上目遣いをされて誰が考え直すというのだろう。
とはいえ、元春もこれは最初から通らない要望だと諦めているのか。
いや、また後でなにかする気なのかもしれないから、後でしっかりメタルカーバンクルに警戒するように指示を出すとして。
「そういや敵はどうするん?」
「〈ティル・ナ・ノーグ〉を使うことを想定してるよ」
「コイツでゴーレム作んじゃなくて」
元春がコツコツ叩くのはメタルカーバンクルの小さな頭。
そう、メタルカーバンクルには迷宮を守護するゴーレムを作り出す能力がある。
しかし、メタルカーバンクルが操るゴーレムには、あまり複雑な思考回路が搭載されておらず。
それなら、決められた範囲内で高いレベルで戦略的な動きが取れる〈ティル・ナ・ノーグ〉の幻影を使った方が訓練になるだろうと、今回はこちらを採用した訳で。
「〈ティル・ナ・ノーグ〉のデータを使うってハードモード過ぎんか」
「それなら大丈夫、加藤さんのお弟子さんや母さんが指導する特殊部隊のみなさんのデータもあるから」
彼等のデータなら対人戦闘の相手としては申し分なく、普通に戦闘訓練するだけでは得られない集団戦の感覚も掴めるだろう。
「それに今回の訓練のメインは魔力を上げることだから」
「瞬殺されても困るってことか」
「うん」
「何気に酷くね」




