ブラックタイガーとリュウゼツラン
時間は少し巻き戻って正月二日目の昼下がり。
いつものメンバーと一緒にまったりとした時間を過ごしていた空間に響く警報音。
「新年一発目の魔獣か?」
ちなみに、新年最初の魔獣襲来は、元旦の夕方、アムクラブから来たお客様の大半が帰った後の時間に転移してきたストライクファルコンという暗殺特化の縁起物だったりするのだが、元春が来てからは今年始めてやって来た魔獣であり。
「なにが出たんだ。こっから見えねーってことは巨獣じゃねーんだろ」
入り口に張り付いて外を覗く元春に、僕は手元にポップアップした魔法窓を見ながら。
「キングブラックタイガーだって」
「キングブラックタイガー?
なんか強そうなのか弱そうなのか分かんねー名前だな」
たしかに、名前をそのまま受け取ると、ちょっと強そうにも聞こえるかな。
しかし、僕達のような先入観のないマリィさんは落ち着いたもので、
「まかりなりにも王とつくのですから、それなりに強い相手なのではありませんの?」
「大きさも五メートルくらいあるみたいですしね」
「五メートルって、それってデッケーの?」
「相手が魔獣って考えるとどうなんだろう――って、こんなところでグダグダしてる場合じゃないよね」
元春はなにか勘違いしているようだが、ゲート前の魔獣をいつまでも放置しておくのは迷惑なので、魔獣を倒してくると店を出ようとしたところ、マリィさんがカウンターの外にしゃなりと出てきて。
「私も行きますの。相手が海老とあらば火の魔法が必要でしょう」
たしかに、相手の弱点をつくとしたら、マリィさんに手伝ってもらうのが一番なんだけど、お店の方針としてはマリィさんが前線に出るのは好ましくないと、僕がその申し出を受けるか受けないかを悩んでいると、元春が横から、
「ちょっと待った。海老ってどういうこった?」
「最初からそう言っているではありませんの」
やっぱり勘違いしていたか。
「キングブラックタイガーは海老の魔獣なんだよね」
「その翻訳はどうなんよ」
そんな文句を僕に言われても、バベルがそう判断されたのだから仕方がない。
とにかく、いつまでもキングブラックタイガーをゲートに留めておくのは危険だと、まだちょっと納得いっていない様子の元春を残してゲートに移動。
ちなみに、先に出されていたマリィさんの参戦願いは、純粋な後衛として動いてもらうのならば良しとして、アクアとオニキスにマリィさんの護衛を頼み、ついてきてもらうことにした。
「では、僕がかち上げますので、マリィさん、追撃の方をお願いします」
「了解ですの」
そして、僕が〈氷筍〉で突き上げたところに、マリィさんに〈炎の投槍〉を叩き込んでもらえば一気に決着がつくと、相手を目視したところで結界を解除。
タイミングを合わせて魔法を発動させるのだが、僕の生み出した氷の槍がキングブラックタイガーをかち上げ、マリィさんが放った炎の槍が黒く巨大な海老の体を貫かんと放たれたその時だった。
キングブラックタイガーの体から大量の水が水が溢れ出し、マリィさんが撃ち出した炎の槍の威力を減衰させる。
そして、威力が落ちた炎の槍はキングブラックタイガーが尻尾を一掻き、後ろに下がると同時に発生した水流によって更に勢いが落ち、硬い殻に防がれてしまい。
「成程、自分で自分の戦いやすいフィールドを作り出すタイプですか」
「しかし、海老というのは奇妙な動きをしますのね」
自ら戦いやすい領域を作り出すなんて、巨獣とか――、上位の魔獣が使いそうな魔法であるが、マリィさんからしてみると回避の際に尻尾を振ったバック泳法の方が驚きだったみたいだ。
ただ、この回避はキングブラックタイガーに突発的なものであって、
どうも、このキングブラックタイガーが作る水の領域は自分を中心としたものではなく。
マリィさんの〈炎の投槍〉を恐れ、大きく後方に下がってしまったキングブラックタイガーは、その時点ですでに半球状の水の領域のギリギリのところまで追い込まれていたのだ。
「アクア、アイツを水から弾き出して」
故に、僕はキングブラックタイガーがその位置から動かないように、牽制のナイフを一本投げ込んで時間を稼ぐと、アクアにそのまま水の外へと追い出せないかとお願い。
すると、アクアが〈水操〉を使い、ブラックタイガーを水のフィールドから弾き出してくれて。
「マリィさん、止めを――」
「承りましたの」
マリィさんが再び〈炎の投槍〉を発動。
今度は水中を突っ切るのではなく、半球状の水のフィールドを回り込むようにキングブラックタイガーを狙い撃つ。
と、大爆発の後、地面に叩きつけられ、これで終わりかと思ったのだが、キングブラックタイガーはまだ生きていた。
「思ったよりも生命力が高かったみたいですね」
しかし、これだけ弱っているならと、僕は五十メートルは離れてしまっているキングブラックタイガーとの距離を数秒で埋めて――、
カウンター?
タイミングを合わせてテッポウエビのように打ち出されたキングブラックタイガーの拳に、僕は驚きながらも、ただ『交わせない攻撃ではない』と、度重なる魔獣との戦いで鍛えられた動体視力でその攻撃をいなしつつも半回転。
そのいきおいのままに頭と体の間に解体用のナイフを突き刺して更に回転。
脳髄を掻き回すようにしてやると、キングブラックタイガーはビクンと体を震わせ、その場に倒れ込む。
「倒しましたの」
「はい」
そして、遅れて追いついてきたマリィさんと一緒にキングブラックタイガーがしっかり倒したことを確認した後は、工房から応援を呼び寄せて解体に取り掛かるのだが、その頃になってやってきた元春が地面に横たわるキングブラックタイガーを見てこう言う。
「ホント、そのまんまブラックタイガーなんな。超デケー海老フライが作れそうじゃん」
まあ、これだけ立派な海老なんだから、元春がそう言いたくなるのも無理はない。
しかし、さすがにこの大きさの海老を姿揚げにするのは難しいので、
「揚げるなら一口サイズに切って唐揚げにするとか」
「おっ、なんかそれメッチャ美味そうだな」
唐揚げにするというのは鶏肉の唐揚げをイメージしてのことであったが、これに元春が食いついてきて、一緒に見学に来た玲さんまでもが食べたいというなら、作らない訳にはいかない。
なにより魚介類は鮮度が命である。
僕はすぐに尻尾に近い部分だけ回収して万屋に戻り、調理をすることに――、
とはいっても、リクエストされた唐揚げは、殻から外してぶつ切りにした身に片栗粉と酒をまぶして汚れを取り、市販の唐揚げ粉をつけて、揚げてしまえばそれで完成なので、すぐに揚げ上がった唐揚げを和室にいるみんなに味見してもらったところ。
「悪くはないけど、これじゃない感があるな」
「そうですの?私はいい味だと思いますけど」
「……ん、プリプリ」
「殻がついてないからとか? ほら、海老の唐揚げって小さいのが殻付きで出てくるじゃない」
その唐揚げは魔王様とマリィさんには好評のようだが、地球組にはイマイチな評価で、
ただ、最後に添えられた玲さんのコメントには納得だと、僕と元春は頷き。
「やっぱり海老フライにする?」
「できるなら」
海老自体に味はつけてないから軌道修正は簡単だ。
しかし、せっかくなのでここでもう一つバリエーションを増やしてみようと、
「なにやってんだ」
「海老クルトンっていうのがあるじゃん。あれを真似て、おかきを衣にしたらどうかなって思って」
「おっ、そりゃ美味そうだな」
そのまま唐揚げを作って、エビマヨにするというメニューも頭の中にはあったのだが、そっちは素人には難しそうなので、一口サイズの海老フライと並行して和室にあった小袋のおかきを適当に砕き、それを衣にした揚げ物も用意。
こちらも試食をしてもらったところ――、
「普通に美味いな」
「……ご飯が欲しい」
「ベル君、お願い」
これが好評でフライとクルトンもどきを半分半分で揚げることになって、一通り食べ終わった元春がふとキッチンを覗いて聞いてくるのは残った殻の使い道。
「他の部分はどうすんの?」
「身以外は前に作ったアメリケーヌソースにするとか」
以前、作ったソースが意外と評判が良かったので、今回も作ってみてるのはどうだろうか。
「防具とかは作んねーの?」
「そっちはカルキノスの殻があるから」
殻の厚さに強度、残存魔素の量、そして弱点となる属性――、
それらを考えると防具を作るならカルキノスの殻の方が適していて、なによりまだ大量に残っているのだ。
「なんつーか、残念な扱いだな」
「美味しかったからいいんじゃない。お正月に海老なんて縁起がいい感じだし、
てゆうか、いっこ前に来たのは鷹の魔獣だから、なんか縁起のいい魔獣が続いてるよね」
うーん、魔獣に縁起を求めるのはどうなんだとは思うのだが、
「けど、そうなると次に来る魔獣が気になるっすね。
どうせだから次にどんな魔獣が来るか賭けないっすか」
「それ、全員外れるってオチでしょ」
個人的には元春が負けるイメージしかできないが、
ただ、どうせだからここで負けた人が買った人に福袋をプレゼントするのはどうかと、そんな提案が玲さんからあり、勝者が出るかは微妙だが、もし負けたとしても他に負けたメンバーで福袋を一つ買うくらいは安いものだと、みんな乗り気になって予想タイム。
「わたしは縁起物の茄子になぞらえて植物系とか?」
「マンドレイクは茄子科みたいですしね。これまでの流れでいったら来てもおかしくはないかもしれませんね」
とはいえ、実際は動かない植物系の魔獣がこの世界に迷い込んでくるケースはかなり低いのだが、もしも、この流れに乗るとしたら無くはないことではないかと僕が言うと、これに元春が「マジで」と驚き、玲さんは自分の予想に自信を深めたのか。
「じゃあ、私は植物系のやつが来るってことで、元春は?」
「ふっ、こういうのはレディーファーストだぜ」
玲さんから予想を振られた元春だが、こちらはいつものように最後に回るようで、まずはマリィさんが、
「そうですわね。
私は狼系統の魔獣しておきますの」
「勝ちにきたわね」
「それもありますが、我が王家では狼が特別な意味を持ちますの」
そういえば、前に王国の暗殺者集団の名前に絡めてそんな話を聞いたような。
「マオは?」
「……ドラゴン?」
そして、魔王様はリドラさんに引っ掛けてきたって感じかな。
しかし、さすがに龍種に限定してしまうと確率が低くなりすぎてしまうから。
「魔王様は爬虫類系にしておきましょうか」
僕が気を利かせて軌道修正をしたところ、魔王様の人柄もあるのだろう、これに他の三人も頷き。
ちなみに、僕は賞品を提供する側として賭けには不参加だ。
しかし、なんにもなく見学というのは居心地が悪いと、その代わりといってはなんであるが、誰が負けたとしても一番お高い福袋を格安で譲ることにして、
「それで元春は?」
「そっすね。俺は犬とかも良かったんすけど――」
元春がいかにもな匂わせをしながらも、他の答えを言おうとしたその時だった。
本日二度目の警報音が鳴り響き、僕の手元に魔法窓が浮かび上がる。
「虎助、もしかして?」
「来ちゃいましたね」
「じゃあ、元春はタイムオーバーで負けってことで――」
「ちょちょちょ、そりゃないっすよ。まだ見てないんすからセーフっしょ」
玲さんの無慈悲な宣告に慌てる元春。
しかし、元春の位置なら、僕の手元も見えなないだろうし、なにか鳴き声が聞こえてくるとかなかったから、まだ予想を言うことは出来るだろうと、最終的に参加が許されて、さっさと選んでという玲さんの催促に元春が選んだのは、今年じゃないけど縁起物に入る、イノシシ――ではなくブタ系の魔獣という無難なチョイスであって。
「じゃあ、確認しにいきましょうか」
「おっ、珍しい。俺達みんなついてっても大丈夫な相手なん?」
「それがその魔獣、死にかけてるみたいなんだよね」
「どういう状況?」
「それを調べる為にも行かないとだから」
ちなみに、その魔獣が死にかけの原因はすでに毒と判明していて、現場のエレイン君にはサンプルを確保した後に浄化をしてもらっている。
と、現場の状況を説明しながらもゲート前まで行ってみると、そこに倒れていたのは狼のような魔獣で、
「こりゃマリィちゃんの大勝利ってか」
「いや、これは魔王様も正解になるんじゃないかな」
「どゆこと?」
「尻尾を見て」
「あっ、蛇」
そうなのだ。この狼は尻尾が蛇になっているのだ。
「マルコシアスって魔獣みたい」
「マルコシアスっつーと悪魔の侯爵だっけか」
「一応、魔獣って括りに入ってるけど」
もしかすると本当に似たような姿の悪魔がいるかもしれないが、このマルコシアスに限っては魔獣の一種のようで、
「つまり、俺と玲っちの負けってこと?」
「それにはちょっと審議が必要かな」
「ん、それってどういうこったよ?」
「実は、このマルコシアスの死因が竜舌蘭っていう特殊な花を食べたからみたいなんだよね」
ちなみに、僕達が現着した頃には、既にマルコシアスは死んでいて、
周囲を囲う結界もすでに解除されており、その死因もすっかり判明していた。
「なんか聞いたことがあるな。ゲームのモンスターとか?」
「いや、テキーラの材料でしょ」
「なんでそんなこと知ってるんすか」
「漫画で読んだから」
ただ、ここで名前が上がった竜舌蘭は地球のそれとは別物で、とある下位竜種が舌の上で育てる疑似餌のようなものらしく。
「じゃあ、私も当たりってこと?」
「ちょっ待ってくださいっす。そのリュウゼツランってのは魔獣の体の一部っしょ。それに食われたってことはもう消化されてんじゃね」
「一応、ものは残ってるみたい」
そう、そのリュウゼツランはスキャンで名前が表示されるくらいには形が残っていて、
それが下位竜種の体の一部ということで、これをどう取るかという判断なのだが、
協議の結果、残念ながら玲さんの予想は外れとなり、元春がマリィさんの福袋を、玲さんが魔王様の福袋を買うことになった。
◆ちなみに、おせち料理などに海老が入っている理由は、髭や曲がった腰が老人を連想させ、長生き象徴となっているようです。
そして、ゲットした福袋の結果は、マリィがワイバーンの角笛(数少ない万屋製の武器)、マオが高級クアリア詰め合わせ。
ちなみに、マリィの福袋の方が若干お高めとなっております。




