●コンサート会場の不埒者
◆はじめに言い訳になりますが、作者はドームなどの大きな会場でのコンサートに行ったことがありません。
ライブハウスに行ったことやコンサートの映像などは見たことがあるんですが……。
「ふぅ、大満足のコンサートでした」
とあるドーム球場のすぐ裏手――、
今日のコンサートを楽しんだ次郎とその同志達が表の人混みを避けるように歩いていると、球場の駐車場へと繋がる通用口の一つからなにやら言い争う声が聞こえてくる。
「なにがあったんですかね。ゴタついているようですが」
「どっかの雑誌記者が駐車場までならって入ろうとして、それに何人かが便乗したって感じ?」
「マナーがなってないなあ」
漏れ聞こえてくる――というよりも怒号に近いか、
押し問答の現場から届く会話の内容にため息をこぼす一同。
ただ、そんな中にあって通用口の奥を見ていた次郎が眉根を寄せて言う。
「しかし、あの人は何故止められないのでしょうか。スタッフのようにも見えませんが」
「あの人?」
「あそこです。警備員さんの後ろにいるモスグリーンの服の――」
「えっと、どこかな?」
「僕の位置からも見えませんね」
警備員とファン達とで押し合いになっている後ろのスペース。
地味なパーカーに黒色のリュックと、明らかに見過ごされるべきでない場所にいるその人物を、次郎が指で教えようとするも、同志達には何故かその人物が見つけられないようで、
ならばと次郎が携帯を取り出し一枚写真を撮影。
そこに写る後ろ姿を同志達に見せると同志達はその写真と現場を見比べて、
「たしかに、これはスタッフには見えないね」
「マスコミは追い出された後みたいだから、マネージャーとか――って、この格好はないか」
「もしかして、これって最近噂になってる楽屋荒らしとか?」
「まさか――、
でも、こんなところに人いた?」
不思議がる一同を他所に、次郎は犯人が消えた通路の奥に視線を送り。
「とりあえず、この写真をSNSに上げておきましょう。名目はマナーが悪いマスコミとファンが揉め事を起こしているということで」
「そうだね。見る人がみればちょっと不自然な写真でもあるし、多少の抑止にはなるでしょ」
「明日もライブがあるし何もなければいいけど……」
ファンというのはどこにでもいるもので、こうしてSNSにそれらしき情報を流しておけば、いずれ関係者にもこのことが伝わるだろうとそれぞれが自分のアカウントに今回の件を臭わせるメッセージをアップ。
さっそく返ってきたコメントを確認し、その中にいくつかの『拡散』やら『通報』といったワードを見つけ、いくらか安堵を得たところで少し遅めの夕食をとってホテルに戻る。
そして、自分の部屋に腰を落ち着かせた次郎は魔法窓を開くと、虎助との通信回線を繋ぎ。
「虎助君、今いいですか」
『次郎君、元春がまたなにかやらかした?』
苦労人の友人の開口一番の問いかけに、少し苦笑いを浮かべながらも首を左右に振る次郎。
次郎もこの年末に元春が都内にやってきていることは知っている。
しかし、自分からの連絡の連絡に、最初に話題にするのがお馬鹿な友人の心配というのは毒され過ぎではないだろうかと内心で考えながらも。
「いえ、今日のコンサートで少々気になることがありまして、その相談です」
『アイドルコンサートで気になること?』
「正確にはそのコンサートの帰りのことなのですが――」
そんな前置きから、次郎がつい一時間ほど前にあった出来事を撮影した写真を添えて話すと、虎助は「誰にも気付かれずに堂々と立入禁止のエリアに入っていく人影か……」と思案するように呟いて、
「こっそりなら僕でも出来ると思うんだけど、それが堂々と――、しかも次郎君以外に気づけなかったってなると幽霊とかそういう存在を疑いたくなるよね」
「ですが、幽霊ならば後もハッキリ写真に写りますかね」
「そうだよね。そうなると魔法使い?いや、超能力者とか」
ちなみに、前者の場合は浄化の魔法を使えば消失させることが可能であって、後者の場合は相手の力が使えない状況に追い込むのが簡単だと、虎助はそんなアドバイスを送りつつ。
『他に考えられるとしたら元春の【G】みたいな実績を持ってるパターンかな』
「むやみやたらと女子に嫌われるという例のあれですね」
『だけど、あれも結局マイナス方向の補正だから、やっぱり別にそういう力を使えるって方が正しいのかな』
そう、元春の【G】のようなマイナス実績に付随する権能は、その人物にとって決してメリットにはならないものなのだ。
「しかし、そんな力が使える人物が居るとするなら厄介と言わざるをえませんね」
『あくまで仮定の話なんだけどね』
「ただ最近、業界内で楽屋荒らしが横行しているようで――」
『この写真の人がその犯人ってこと?』
「こちらも仮定の話になるのですが、実は友人の一人が、ライブ直後にオークションサイトでステージ衣装の一部が出品されているのを見つけていまして」
それは次郎達が夕食を取っていた時のこと、通用口の件の続報はないかとSNSをチェックしていた友人の一人が、本日行われていたライブでメンバーが使っていたと標榜する帽子が出品されているとのコメントを見つけたのだ。
とはいえ、こういった普通なら出ない品がオークションに出されることは割りとあることで、基本的にそういったものは偽物と相場が決まっているのだが、
ただ、不審な人影に楽屋荒らしの噂。
そして、同志達の鑑識眼を持ってして本物そっくりな凝った作りの帽子。
そうした情報がこのタイミングで集まってくるとなると無視もできないと、こうして虎助に連絡をした訳で、
『今からネズレムを送ろうか』
「さすがにそれは――」
万屋が誇る小さな探索者による調査――、
関係者以外に立ち入れないその場所にて謎の人物をあぶり出す方法としてはこれが一番確実な方法であるが、不法な手段でバックヤードを覗いてしまうというのはファンとしてはいただけない。
そんな次郎の信念に虎助は微笑みを浮かべながらも別の魔法窓を展開。
『だったら、その人の動きだけがわかるように、こういう魔法はどうかな。後は相手がどう動くかにもよるけど、それよりもどう決着をつけるかだね。僕達がどうこうできることじゃないし』
「それならば、こういう手段はどうです――」
それから虎助と次郎で、もしその気になる人物が犯罪者だった場合、どう穏便にことを済ませるかを話し合い。
その翌日――、
次郎は前日に続き、同志達と共に同じコンサート会場にやって来ていた。
「どうしたの次郎君?」
「いえ、昨日騒がしくしていた人達がまた来ているなと思いまして」
「ああ、昨日の騒ぎで出入り禁止にはされなかったんだ。
あの時、中心にいた人達とは違うみたいだから仕方がないかもだけど」
そうやって話す同志一同の様子を見るに、昨日のようにその男に気付いていないことはないようだ。
まあ、服装も違うし、相手の顔を確認できたのは自分だけなので当然ともいえるのだが、この様子なら彼が霊的な存在である可能性は消えたと、次郎はホテル近くの百均ショップで購入したなんの変哲もない丸いシールを取り出す。
そして、このシールに虎助に教えられた幾つかの魔法式を魔法窓を介して転写。
持ってきたペンライトをチェックするフリをしつつ、その先端にシールを裏向きに添え、周りを風の魔弾で取り囲むと、電池を確認するフリをしつつも狙いを定めてその魔法を解き放つ。
すると、シールを巻き込んだ空気弾が観客の間をすり抜け、狙いの男の背中に着弾。
上手く張り付いたようなので、これである程度の情報と動きが把握できると、同志と一緒に自分の席へ。
ちなみに、手元にもたらされた簡単なデータによると、問題の男は一般的な地球人よりも少しだけ高い魔力を持っているだけで、それ以外は特に変わったところはないようだ。
ただ、そんな彼もとりあえずコンサートを楽しむつもりはあるらしく。
偶然にも自分の席から姿を確認できる場所で両手にペンライトを構える男の後ろ姿に、次郎はある種こなれた雰囲気を感じ取り。
「それなりに手練のようではありますね」
「次郎殿?」
「いえ、さすがにこの時期はコアなファンばかりだと思いまして」
「年末だし、ガチな人ばっかになっちゃうのはしょうがないっしょ」
思わず零してしまった一言を同志の一人に気付かれてしまうが、次郎は特に誤魔化す風でもなく雑談に繋げ。
それからしばらく同志達との会話を楽しんでいると、いよいよ会場の照明が落とされて、曲のイントロが流れ出したかと思いきいや、会場の四方に放たれた数本のレーザーが観客を舐めるようにドーム中央に集まって、
その上空、浮かぶゴンドラの上に祈るようにマイクを掲げる一人の女性を浮かび上がらせる。
我らが歌姫・河北澪の降臨である。
掲げていたマイクを口元に持っていく澪。
瞬間、透明感のある声が会場を包み込む。
そうして澪がワンパートを歌い上げると、会場に照明が一斉に焚かれ、残るメンバーのパワフルなパフォーマンスが会場全体を盛り上げる。
「やはり何度見てもこの演出はいいですね」
「メンバーや裏方の連携もあるけど、やっぱミオミオの歌の力が大きいよね」
このオープニング、演出としてはそこまで珍しい部類ではないのだが、ズバ抜けた歌唱力を持つ澪がその中心にすわることで演出のクオリティが一段も二段も上がるのだ。
そうして次郎はコンサートを楽しみながらも、曲の終わりやトークの切れ目などの間に問題の男の姿とマップをチェック。
前日の虎助との考察から『もしや舞台上への乱入もあるのでは――』などとも警戒をしていたのだが、流石にそこまで大胆ではなかったようだ。
その後、特に動きのないままコンサートは終盤を迎え、アンコールに突入したのだが、それでも犯人が動く気配はなく。
「何事もなく終わってよかったです」
「何事もなくって――、
ああ、この前、別グループの子がステージから落ちちゃうって事故があったばかりだもんね」
つい漏れてしまった心の声になにか勘違いしたような同志の言葉。
それから次郎達は立つ鳥跡を濁さずとばかりに、席の周りを綺麗に整え会場を後にして、
「今日の打ち上げはどこだったっけ?」
「笑福の予約を取ってありますよ」
「さすがは次郎殿、抜かりがない」
ちなみに、笑福というのは、メンバーやファンから姉御と慕われる二階堂カレンが通う焼肉店。
店主がカレンの古くからの知り合いで、なにか粗相をした場合は叩き出されてしまうものの、しっかりマナーを守って食事をすれば、メンバーを近くで見ることができる可能性があるとファンには有名な店である。
いまはコンサートの日程中ということもあって、メンバーが訪れる可能性はほぼゼロであるが、まだ見ぬ同志達との語らいの場、そして明日のカウントダウンコンサート前の栄養補給としてコアなファンには御用達となっている店なのだ。
ただ、残念ながらそんな楽しみは後回しになってしまうみたいだ。
会場を離れ、最寄りの駅に到着したところで、例の男がまた関係者以外立ち入り禁止の区画に侵入したようなのだ。
やはり、なんらかの力を使っているのか。
次郎は電車に乗る前にトイレに行きたいと、同志達を先にホームへ送り出し、手近なトイレに入って男の動きをチェック。
その反応がメンバーの楽屋だろうか、とある一室の片隅で動かなくなったタイミングで、
「とりあえず、この魔法から」
シールにつけた一つの魔法式を発動させる。
すると暫くしてターゲットの反応が勢いよく動き出す。
さて、次郎がなにをやったのか、それは単純明快。
シールに付与した警報の魔法を開放、ターゲットに強制的に魔法を使わせて僅かな魔力をゼロにしただけである。
そして、なにかしらの力によって気配を消していた人物が、その供給源を絶たれてしまったらどうなるのかといえば、それはマップの動きを見れば一目瞭然だ。
「虎助君の想像通り、例の力は魔法的なものだったみたいですね。一応、次の手も用意してもらっていたんですけど」
次郎がマップから読み取れる情報から軽い分析を行っている間にも男の動きが停止。
その後、ゆっくりと移動し始めるのを見て満足した次郎は、同志達と合流すべくトイレを後にするのだった。
◆次回投稿は水曜日の予定です。




