ラファからの緊急報告
それは、そろそろ冬休みも終わろうかというある日のことだった。
その日はたまたま元春に付き合って駅前で買い物をしていたのだが、その最中に緊急の呼び出しがあり、お店に戻ってきてみると、ゲート前に蛇型下位竜種のような長大な肉の塊が横たわっていて。
「なんだよコレ?」
「掃除屋の体の一部とのことですの」
「エルマさんって人のところに派遣してたっていうこの子が、こっちに戻ってくる時に削り取ったものみたい」
言って、玲さんが持ち上げて見せてくれるのは、小型のウミガメ型ゴーレム・ラファである。
ちなみに、掃除屋というのは特定のダンジョンに存在する生体ギミックとでも呼ぶべき存在で、ローグ系のゲームでルール違反をした際に出てくるようなお仕置きモンスターをイメージしてもらえればわかりやすいか。
しかし、元春が気になったのは玲さんが口にした名前の方だったようで、
「エルマっていうと、前にここでハーピーちゃんをテイムしたボーイッシュお姉さんだな」
さすがは元春、女性の名前は忘れない。
「おいおい、エルマっちになにがあったんだ。
向こうで呼び出しを食らったってことはなんかあったんだよな」
「とりあえず、これと一緒に戻ってきたラファには特に問題はないようだけど、記録を見てみようか」
謎の素材の回収はゲートに集まってきたエレイン君に任せるとして、僕はアラームを聞いて集まってくれた常連のみなさんと一緒に万屋へ行き、ラファに記録されているデータを確認してみると、ピックアップされたデータの中に、全身黒ずくめの何者かに襲われたエルマさんが奮闘虚しく連れ去られてしまう映像が収められており。
「この後、彼女はどうなってしまいましたの」
「連れ去られた際に開きっぱなしだった魔法窓のおかげで、転移してくる少し前での動きはエルマさん付きのレオから送られてきていたみたいなんですけど、最終的に通信が届かないところに連れて行かれてしまったようですね」
「おいおい、それってヤベーんじゃねーの。
早く助けにいかねーと」
「そうしたいのはやまやまなんだけど、
転移の仕様の都合上、直接助けに行くのは難しいんだよね」
先にも触れた通り、エルマさんの世界とは掃除やと呼ばれるダンジョンの特殊ギミックによって繋がっており、こちらからどうこうできるようなものではないのである。
「打つ手無しかよ」
「いや、少なくともラファは向こうに送り返せるから――」
「コイツを戻したってさすがにどうにもなんねーだろ」
と、元春がラファの甲羅を叩くが、これでラファもかなりの戦闘能力を持っている。
ただ、それはあくまで対魔獣に特化した力であって、連れ去られたエルマさんを救い出すとなれば簡単にはいかないことが予想できるから。
「オーナーに相談ですね」
「それしかありませんわね」
さっそく工房にメッセージを送ってみると、ソニアも工房に運び込まれた掃除屋の一部を見て、こちらの状況はだいたい把握していてくれていたみたいだ。
『とにかく、いまはラファのパワーアップだね。敵の戦力がわからない以上、可能な限り戦力を持ち込んだ方がいいだろうし』
状況から見て、最低でもエルマさんが出会した老魔法使いや黒ずくめの人物を圧倒できる戦力が必要になることはほぼ間違いなく。
『あと、できれば連れ去られた彼女がいる世界との通信体勢の構築もしておきたいね。これは幸いにも素材が揃ってるから、最低でも定期連絡くらい取れるようにできるんじゃないかな』
これにはラファが持ち帰った掃除屋の体組織を利用することで対応出来るのではないかとのことで、話は戻ってラファをどうするかであるが、
「それなら忍者亀で決まりだろ。相手もそんな感じだし」
「忍者亀って、みゅ――」
僕がなにやら危うい発言をしそうだった玲さんの口を塞ぐ中、ソニアは元春のアイデアを案としては悪くないと思ったみたいだ。
『たしかに、映像にあった人物との戦闘や彼女の救出のことを考えると、そういったタイプの方が都合がいいか』
通信越しにブツブツと考え始め。
「なあ虎助、その手、舐めてもいいか?」
「急になに言っちゃってるの?」
「いや、お前が玲っちの口塞いでたから」
「キモッ」
真面目な顔で気持ち悪いことを言い出した元春が制裁を受け、玲さんが僕の手に浄化。
『銀騎士のスペアボディをバラして使えば、いや、それだとちゃんと向こうに転移できるかわからないか』
「でしたら、八龍のようにしてみてはいかがですの」
そんな騒動を横にマリィさんが提案した八龍というのは、マリィさんが所有する鎧の一つにして、それを扱う騎士ゴーレムのことである。
つまり、マリィさんは小さなラファを本体にパワードスーツを操るような感じしたらどうかと言っているのだ。
「バズーカとかつけたらどっすか、両肩から二本バズーカを生やしたカメ。あると思います」
そして、復活してきた元春が玲さんからのさらなる追撃を誤魔化すように、また危険なことをのたまいだしたかと思ったのだが、どうもこれがソニアが頭の中で組み上げていた設計にうまく噛み合ってしまったようである。
『成程、足りないのなら付け足せばいいのか、
目的が救出だけにスリムな設計にした方がいいとは思うけど、その辺はリドラさんの鎧につけたようなストレージを組み込めばなんとかなるだろうし……、
よし、これでいこう」
その後、ソニアからのメッセージが途絶え。
「しかし、エルマっちってば案外巻き込まれ系だよな。
最初にこっちに来た時は、海の真ん中でクジラに飲み込まれてだし、帰ったら帰ったで、いきなり強そうな魔法使いに出会したんだろ、そんで今回の連れ去りなわけよ」
「対策は考えたんだけど、完全に想定を上回ったね」
潜水艦を渡した時には狙われることを危惧していたのだが、まさかその移動中にいかにも四天王といった人物と出くわすなんて完全に予想外だった。
「だけど、みんなが言ってる魔法使いや今回の暗殺者といい、こういうのっているところにはいるのね」
「それを言うなら、玲っちやマリィちゃんとかもそっちのジャンルじゃね」
たしかに、マリィさんは【ウルデガルダの五指】なんていう大魔法使いで、玲さんに至っては聖女様なのである。
「なんか、そう考えると大したことないかも」
「ですわね」
僕個人からしてみると二人とも凄い人だとは思うのだが、
「実際そこまでじゃねーんじゃね。魔法使いのジジイの方はエルマっちも逃げ切られてんだし」
「あれは潜水艦の防御力が高かったっていうのが大きいんじゃないかな」
潜水艇は木製とはいえ、そのすべてが古代樹で作られているのだ。
だから、船体の魔法耐性はかなり高く。
「確かに、加藤のじっちゃんはあの木刀で魔法を斬ったりするからなあ」
それはそれで特殊な例のような気がしないでもないのだが……。
「最後に出てきた暗殺者っぽいのはどうなの? なんだっけ、強い魔法使いのおじいさんと一緒で四天王みたいなヤツなの?」
「どうでしょう。本格的な戦闘にはなっていませんし」
「まあ、ああいうキャラって、四天王とはまた違う組織って感じじゃね」
「お約束というものですか」
と、僕達があちらの世界の仮想戦力の話で盛り上がること小一時間、待望のソニアからメッセージが届き。
「もう完成したってマジ!?」
「今回は緊急事態ってこともあって、半分以上アリモノを使ったみたいだから」
ストックしてある銀騎士のパーツに、お店で売ってる装備の在庫。
他にもバックヤードに死蔵されているアイテムなどを使って、急いで形を仕上げたのだという。
「で、そいつはどんなんなん?」
「すぐ出発できるようにこっちに来てくれるみたいだから、ちょっと待って」
と、僕が元春を落ち着かせていると裏口のドアが開いて、入って来たのは、フルアーマーという枕詞がつきそうな銀騎士だった。
「おお、カッチョいいな」
「……ロボットみたい」
「しかし、取り付けられている武装の割に手持ちの武器はそれ程でもありませんわね」
「手持ちの武器が少ないのは、奪われる可能性を考えてのことみたいですね」
鎧とそれに付随する武装は、ラファが着ているようなものだから奪われる心配はないが、武器の方は何らかのアクシデントで落としてしまったり、奪われたりする可能性があるかもしれないということで、魔鉄鋼製のスタン警棒という殺傷力の低いものになっているようだ。
「その他にもいろいろと気になる装備がありますが、あまり引き止めるのもよくありませんわね」
「エルマっちがヤベーかもだからな」
ラファが持ち帰ったデータを見る限り、エルマさんの生体情報になんら変化はなかったが、場合によっては命の危機だってありえる状況なのだ。
「とりあえず、転移の前に元の姿に戻っておかないとね」
そう僕が言うと、銀騎士の胸の部分が開き、その中から小さなウミガメ型のゴーレムが飛び出してきて、抜け殻になった銀騎士がラファに備え付けられているマジックバッグに収められ。
「亀はほぼそのままだな」
「あんまり改造ると転移に影響があるかもだから」
「成程」
ラファはベル君に運ばれてゲートへ送られて、僕達は掃除屋を素材にソニアが新しく作った中継機がうまく機能を発揮するのかを確認するべく、ラファとの通信回線を繋ぎ、その視界を和室の壁にデカデカと映し出す。
「これで向こうとライブで繋がればいいんだよな」
「そうだね。理論上は繋がる予定だけど、ぶっつけ本番だからどうなるか」
そんな確認をしている間にもラファがゲートに到着したようだ。
ベル君に頼んでラファをゲートにラファを投げ込んでもらうと、その視界が白い光で覆われた次の瞬間、一転して画面が真っ暗になり。
これは失敗だったかと思ったその数秒後、瓦礫で埋もれた暗い海が映し出される。
「なあ、これって――」
「たぶんエルマさんが巻き込まれる筈だった船の墓場みたいなダンジョンだね」
「でも、ダンジョンって通信が繋がらないんじゃなかった」
「そこは掃除屋の素材のおかげかと」
どういう仕組みでそうなっているのかは分からないが、ソニアの説明によると、中継機に掃除屋の素材を組み込むことでダンジョン内にも念話通信が届くようになるらしく。
「けど、かなりカクカクだよな」
「やっぱり、通信が安定してないのかな。こっちからの操作は難しそうだね」
ただ、常時通信が繋がっているというわけではなくて、途切れ途切れの状態で、調子が悪いと数分間も同じ画面でフリーズするともなると、さすがにこちらからの指示は送り難く。
ある程度、こちらからの方針を送った後は現場のラファに任せるということになり。
「こっからダンジョン攻略が始まるんか」
「ううん、このダンジョンは真っすぐ行けば抜けられるみたいだから――」
前に帰ってきたラファが持ち帰った映像などから、ダンジョンからの脱出が難しくないのは知っている。
「じゃあ、ダンジョンを抜けたらそのままエルマっちの救出になるんか、
どんくらいかかんだ?」
「ダンジョンを抜けるにはさほど時間はかからけど……、
エルマさんが連れされさられた帝国までは二・三日かかるかな。
あと、そこからどこにエルマさんが連れ去れれたのかを調べないといけないから」
まあ、それは今もまだリスレムを連れているだろう従魔の二匹との合流や、向こうに残るウミガメ型ゴーレムのレオからの情報がもたらされれば、それほど時間はかからないと思うのだが、
「なにはともあれ後は向こうの報告待ちだね」
◆この後、幕間を挟んで次章に続くという構成になります。
次回投稿は水曜日の予定です。




