前に倒したドッペルゲンガーはどうなった?
それはそろそろ冬休みが終わりというある日のこと――、
和室で宿題を写していた元春がその作業に飽きてきたのか、伸びをしてから聞いてくる。
「そういや前に倒したドッペルはどうなったん。魔石ゲットしたんじゃなかったっけか」
「ドッペルゲンガーの魔石ならディストピアに加工したよ」
「もうディストピアにしたんか、早くね」
「いろいろと興味深い個体だったから、ディストピアにしたらどうなるのか、ソニアが確かめたいってやってくれたんだよ」
「変な召喚とかしてたもんな」
そう、件のドッペルゲンガーはどこぞの王子様にでも変身していたのか、魔法鎧の召喚など、使ってくる魔法が少々特殊だったのだ。
「ただ、テストをしてみた感じ、ちょっと特別な感じで公開しもていいのか迷ってるんだよね」
「もしかしなくても、めっちゃ強い?」
「強さはそれ程でもないかな」
テストプレイで戦った感じ、僕個人としては割りと戦いやすい相手だった。
「しかし、外から見る限り、あのドッペルゲンガーはかなり強敵だったように思えるのですが」
「実は変身後の姿は引き継いだりとかはしてなかったんです」
残念ながらというべきか、ディストピア化したドッペルゲンガーに変身後の能力は全く残っていなかったのだ。
「ってことは、自分と戦う的な」
この辺の理解力の高さはさすがというべきか、ゲームや漫画で定番だからというべきか、元春はよくわかってるね。
「それはそれで強くね」
「うーん、こればっかりは個人個人で違うだろうからハッキリしたことは言えないんだけど、僕は自分のロボットと戦ってる感じでやりやすかったかな」
大枠の思考パターンはあくまでドッペルゲンガーが主体になるようで、
僕の場合、技術優先なところがあるから、ディストピアでドッペルゲンガーの思考が単純化したことで、かなり楽になっているといった印象がある。
あと、ドッペルゲンガーは基本的に装備なども完全コピーしてくれるようだが、一部、再現できない能力があるらしく、特に空切などは役に立たないどころか、マイナスの状態なってしまったみたいで、それも戦いを楽にできた要因の一つでもある。
「けど、それならなんで表に出せないんだ」
「ディストピア内の場所が問題でね。戦場がホムンクルス工場なんだよ」
基本的にディストピア内のフィールドは、対象となった個体と生前ゆかりのある場所が選ばれるのだが、ドッペルゲンガーにとってそれはホムンクルスの工場だったのだ。
「もしかしてホラーチックな」
「そういうのじゃなくて、よくあるちょっと近未来な研究所って感じの場所なんだけど、
なんていうか、ちょっとアレな用途のホムンクルスを作ってた場所みたいでね」
「おいおい、それって――、
虎助、テストプレイとか募集してたよな」
「変なことを考えてるんだったら止めた方がいいよ」
元春がなにを考えているのかは予想がつくけれど、ディストピア内で余計なことに構っていると、やられてしまうのがオチである。
「何人かで入ったらいけんじゃね」
たしかに、人数を揃えてディストピアに入れば、元春がしたいように出来るかもしれないけど。
「僕が手を貸すと思う」
「検証も必要だろ」
む、なかなかいいところをついてくるじゃないか。
「私も仲間に入れていただきたいですわね」
「マリィさんもですか」
周りの状況はともかくとして、
一応、ディストピアとしては問題ないことは確かめてあるから、マリィさんがどうしてもというのなら、テストしてもらうのは構わないけど。
「トワさんかスノーりズさんの許可を取ってくださいね」
「わかりましたの」
「よっしゃ、気合入るぜ」
さすがに領主様がなんの報告もなく、戦いに赴くわけにはいかないと、マリィさんに城と連絡を取ってもらったところで、
さて、元春はなにに対して張り切っているのだろうか。
まあ、元春も一緒にというのなら、データを取る意味でも否はないと、僕は現在こことは別のディストピアに入っている、玲さんと義姉さん達にメッセージを残しつつも、先行して挑戦することを決め。
工房に場所を移し、エレイン君に運んできてもらったのは色々な文様が施された卵型の宝石だった。
「なんかイースターエッグみたいだな」
そんな元春の感想を聞きながらも、それぞれに装備を整え、ディストピアに触れると、降り立ったのは左右の壁際にいくつものカプセルが並んだ長細い大広間だった。
「おお、宇宙船の中っつーかなんつーか、思ったよりも未来だな」
「以前入ったVRゲームでしたか?
あの場所に似ていますのね」
たしかに、このディストピアは義姉さんが持ってきた未来的なVRゲームに通じるところはあるのかも。
「しっかし、想像してたよりもエロくねーな」
手近なカプセルの中身をしげしげと眺め、少しガッカリしたようにする元春だったが、すぐに「おしっ」と気を取り直したように手の平に拳を打ち付けると。
「とりま、カプセルが破壊できるか試そうぜ」
「じゃなくて、先に敵の確認でしょ」
まったく、裸の女の人を前に気が逸ってるね。
無機質なマリィさんの視線を背後に僕がその首根っこを捕まえると、元春が周りを見回して「んで、どこにいるんだよ」と相手の所在を聞いてくるので、
「上」
僕が指を上げ、元春が天井を見上げようとした次の瞬間――、
ドチャッと目の前に落ちて来る肌色の物体。
それは大きなバランスボールサイズの塊で。
「キモッ」
「スライムになりますの」
「どうなんでしょう。状況からして廃棄されたホムンクルスの集合体のようなんですけど」
前もって一回、戦った後でソニアに聞いた話によると、処理が悪かったり、なんらかの原因によって勝手に動き出した肉の塊の一部がドッペルゲンガーと呼ばれる変身能力を持った個体になるのだそうだ。
ちなみに、スライムのようになっているのは、失敗作の処分方法が原因じゃないかということでと、そんな説明を入れている間にもドッペルゲンガーはウネウネと肉の体を波打たせ。
「これって変身前に倒したりとか出来ねーの」
それは僕も考えたことであるが――、
「下手に近づくと飲まれるよ」
近付いたらへばりつくように体に絡みついてきて大変だった。
自爆覚悟でディロックを使い、なんとか逃れたが、あのまま巻きこれたらどうなっていたことか。
まあ、元春には検証の為にあえて巻き込まれてもらってもよかったかもしれないけど。
「誰に変身すんだ?」
「元春ですとやりやすいですわね」
「ちょ、マリィちゃん?」
逆にマリィさんに化けられるとちょっとやり難いかな。
そんな言い合いをしながら注目していると、ドッペルゲンガーが三つに分裂。
「これって一匹じゃねーのかよ」
「全員に化けますのね」
集合体というだけあって、複数体に化けられるみたいだ。
新しい情報だね。
「ちょっ、これってカプセル壊す余裕とかねーんじゃね」
まあ、元春には残念だろうけど、そうなるね。
「とりあえず自分と戦うってことで――」
「俺、マリィちゃんがいいんだけど」
「構いませんの」
僕の提案に被せ気味の元春の希望を口にするも、それをマリィさんが強引に押し潰してバトルスタート。
「じゃあ、行きます」
「応っ」「はい」
三人それぞれに自分の分身に攻撃を繰り出そうとしたところで、
「速攻かよ」
「前もって言ってあった通り、変身した後の行動は返信相手の行動をトレースしがちだが、その大枠はあくまでドッペルゲンガーの思考で動いているから、自分ならこうするとかはあんまり考えない方がいいと思うよ」
何がいいたいのかというと戦闘経験の差が勝利の鍵だということだ。
僕は言外にそんなことを口にしつつも、まずはマリィさんのフォローをと、幾つか持ち込んでいた石礫をマジックバッグの中から取り出すのだが、マリィさんは魔法障壁を展開して防御を固めつつも、百腕百手の格納庫からムーングロウの細剣を取り出して、魔刀身に魔力を流すとドッペルゲンガーに斬りかかり。
「おしかったですの」
いまの一合を見ただけでもマリィさんの優勢は確実か。
脇腹を炎で焼かれるドッペルゲンガーを見て、僕が手を出すのは無粋かと、戦闘を有利に進めるマリィさんに気を残しつつも、さっさと自分のドッペルゲンガーを倒し、元春のフォローをしようとするのだが、僕がドッペルゲンガーを倒し、振り返った時には、何故か元春がドッペルゲンガーとがっぷり四つの状態になっていて。
「えと、なにやってるの」
「俺もわからんがこの体勢になっちゃったんだよ」
聞けば、初手で突撃をしてきたドッペルゲンガーにクロスカウンター気味にで掴みかかったところ、揉み合いになって、最終的にこの形に落ち着いたのだという。
うん、わけがわららないね。
「助けてくれ」
「いいけど、どうせだから自力で戦った方がいいんじゃない」
そうした方がいい実績が手に入る確率が高くなるからと僕が言うと、元春は「そういうことな」と苦しげにしながらも納得してはくれるのだが、
「つっても、この状態からどうしろってんだよ」
「じゃあ、軽く右足を崩すから後は元春がやるってよ」
僕はそう言うと元春のドッペルゲンガーの後ろに回り込み、マリィさんのフォローに使おうと用意していた石礫をその膝裏に投げつける。
すると、ドッペルゲンガーの体勢がカクンと崩れ、元春はこれにタイミングを合わせて払い腰のような投げからの全体重を乗せた伸し掛かり、うまく頭を巻き込めたようで、脳震盪でも起こしたのか?
まるでジャイロセンサーが壊れたロボットのようにドッペルゲンガーが立ち上がれないでいる中、元春が立ち上がり、「行くぜ」と格好良く拳を振り下ろしたところで決着――となればよかったのだが、相手も元春のコピーということで馬鹿みたいに打たれ強さが高いようだ。
一発では決められず、二発、三発と、泥臭い攻撃を繰り返し。
「決まったようですね」
「マリィさんもお見事でした」
「いえ、まだまだですの」
ちなみに、マリィさんは僕から遅れること数分、飛斬を織り交ぜた剣戟で相手を翻弄、最終的に周囲に浮かべた炎の投槍の連打でドッペルゲンガーを下していた。
そして、元春がダッシュでカプセルに走る中、現実世界に戻ってステイタスをチェック。
「魔力操作の向上ですか?」
「僕はありませんでしたね」
マリィさんはわりと希少な魔力関係の権能で、僕はすでにテストプレイで何度も戦っているだけに、新たな権能の獲得はなかった。
そして、最後に愕然と膝をつく元春にステイタスを確認してもらうと――、
「いや、変態って――」
「それ、たぶん元春が思ってる変態じゃなくて、虫が蛹から蝶になるみたいなヤツとかなんじゃ」
「おお、変身能力?
で、どうやって使うんだ」
「さあ、わからないから、ちょっといろいろ試してみようか」
◆次回投稿は水曜日の予定です。




