魔剣を掴みし者
「助けてもらわなくともあの程度の輩、何の問題もありませんでしたのに」
騒動も収まり、平穏を取り戻した店内にマリィさんの棘の生えたフキダシが展開される。
原因となったのは、三人組を打ち倒した直後、青年からかけられた「大丈夫かい?」という一言だった。
青年としては、うら若き美少女を心配しての言葉だったのだろうが、マリィさんからしてみたらゴロツキ三人組など取るに足らない相手だったのだ。
証拠となるのは、マリィさんの二の腕までを覆っているオペラグローブ。
よくみるとそこには、バーコードのように途切れ途切れになった淡い光のラインが縦横無尽に走っている。
そんな魔法的な視力によってのみ確認できるラインの正体は、所謂、魔法式と呼ばれるものを可視化したものだった。魔素から魔力へと変換された力が装填され、後は魔法名の発声もしくは魔法式をキーに発射の時を待つばかりの魔法によるものだ。
と、そんな魔力によって浮かび上がる特別な文様と、あしらわれる魔石の輝きを目にして、ようやく彼女に宿る強大な魔力に気付いたのだろう。ロープで縛り上げられた三人組が大きな顔面を蒼白に染める。
まあ、彼等の行為をマリィさんの視点から考えたのなら、その怒りも御尤もなのだが、僕からしてみたら、彼等から与えられた損害よりも、マリィさんが本気の魔法を放った場合の損害の方が深刻である。
だから――、
「まあまあ落ち着いてください。マリィさんが暴れたらお店が壊れちゃいますよ。そしたらオーナーだって怒っちゃいますし、助けてもらって正解でしたよ」
「魔法の加減くらい私にだって出来ますの」
「それはすまないことをした」
額に汗を貼り付けフォローを入れる僕に、マリィさんがプイッとそっぽを向いて、青年が三人組を前にただ謝罪の言葉だけを口にする。
しかし、その態度がまた気に入らないとマリィさんは青年を睨みつけるのだが、
切り替えの早い性格なのだろうか。長髪の青年は、マリィさんの怒りの原因が自分なのにもかかわらず、我関せずいった様子で、油断無く三人組の動きに気を配りながら訊ねてくる。
「それで彼等はどうするのかい?貴重な魔法薬もあっただろう。ここまで暴れたのだから無罪放免ともいかないだろう」
見回す店内は割れた瓶やら壊れた棚でめちゃくちゃだ。
事実を突きつけられ、ぎくりと背筋を丸める三人組だが、その対処は考えるまでもない。この程度の騒ぎは日常茶飯事だからだ。
「それなら入口の看板にも書いてありました通り、損害額に応じた奉仕作業をしてもらうことになりますね。それが終わったらちょっと特殊な牢獄行きです。まあ元の世界に帰るというなら止はしませんが、嬉々として語っていた彼等の話を信じるのなら死罪は免れないでしょうから。牢獄の方が安全かと」
「なんで俺達が――って、なんだコイツ等」
「ゴーレムか?」
「って、痛たたたたたた。もしかして戦闘用!?」
僕の下した裁量に三人組が口々にぶちまけようとした文句をキャンセルする。
その理由は、いつの間にか彼等の傍らに現れた赤銅色の小柄な影、このアヴァロン=エラの管理ゴーレムであるエレイン達にあった。
ゴーレムといえば魔法世界において従者のような存在として知られているが、場所によっては純粋に戦闘用として用いられる個体もあるとのこと、
三人組は今の電撃でエレイン君達が戦闘用に作られたゴーレムだと考えたのだろう。
目立つ武装を持たず、幼稚園児くらい小柄なエレイン達に囲まれて、大の男が縮こまってしまう。
「まあ、そんな訳で彼等の処分は僕達に任せてもらえますか?」
「損害を負ったのは君達の方だからな」
「正直言うと、エレイン君達の仕事には警備も含まれていますので、彼等に任せておけば鎮圧してくれたんですが――」
「あら。そうでしたのね」
「それは余計なことをした」
常連であるマリィさんはその辺りを知っていましたよね。
両者から寄せられた謝罪はどこか空々しく聞こえるが、気にするだけ無駄だろう。
それよりも彼等を送る前に一つ、店主としてしなくてはいけない仕事がある。
「でも、連れて行く前にこれは処置しておかなければいけないでしょうね」
その声を受けてマリィさんが「でしたわね」と呟き、制圧されたにも関わらず、未だ剣を握って離さない髭面男の手元に目を落とす。
そんな二人のやり取りに「処置とは?」と首を傾げる青年に、マリィさんがコホンと人差し指を立てて教授する。
「この店で無造作に売られている剣の多くは魔剣ですの。その二人と彼が一つ前に持っていたのは魔剣の呪いに関しては、もう手遅れなのですけれど。問題は彼が最後に取った剣ですの。どうやら面倒な性質を持っている魔剣だったようですが――」
「「「「魔剣?」」」」
通常店舗ならばまず置いていないだろう装備品に、青年と三人組が素っ頓狂な声を揃える。
残念な生徒達に魔剣と一緒に倒れていたポリバケツを起こしたマリィさんが半眼を向ける。
「書いてあるじゃありませんの。ここに」
側面の注意書きを指でなぞるマリィさんに教えられ、見慣れない文字列を追った彼等は、今更ながらに気付かされる。
そこにはこう書いてある筈だ『魔剣注意。不用意に手に取ると呪われる危険があります。興味がある方は是非店員への声掛けを』と――、
「そんな……」
その文字を目で追った髭面男が自らが握る鈍色の剣を見下ろしながらもそう零す。
髭面男を筆頭とした三人組の情けない声を聞く限り、彼らの方は魔剣の恐ろしさの一片を知っているのかもしれない。
「考えてもご覧なさい。こんなにも素晴らしい作品が、物理的にも魔術的にもロックをかけられないままに放置されている訳がないでしょう。だとしたら訳ありの商品だと思うのが普通ですのに、貴方達それでも盗賊ですの?目利きを勉強し直した方がいいのではなくて」
マリィさんの指摘は辛辣なものだった。だが、三人組に返す言葉はない。
「けれど幸運ですわね。この店に限っては即座に死ぬような剣は置いてありませんもの――。ですわよね虎助」
一応はフォローのつもりなのか。当面の心配はいらないと断言するマリィさんに、水を向けられた僕はその場にしゃがみ込みむと、髭面男の無骨な手に握られる剣を確認する。
「マリィさんの言う通り、店頭にはお客様が間違って握ったとしても対応策が用意出来ているものを展示してありますので、心配は要りませんよ」
安心させる声をかけた僕は「ちょっと見せて下さいね」と彼らの使っていた魔剣を記憶の中の魔剣と照合していく。
「二人が使っていたのはあれですね。相手に傷を負わせる度に数日間不幸とか、魔物に襲われやすくなるとかいった効果を持つ魔剣です。そして、彼がいま持っている剣は死ぬまで手から離れないという魔剣ですね」
本来、魔剣というものは、使用者を害したり、なにかしらのリスクと引き換えに絶大な威力をもたらすものを指すという。
しかし、この髭面の彼が持つ鈍色の片手剣には、おそらく元の所有者がかけたものだろう。強化魔法が常に待機状態になっていて、握ったが最後、周囲の魔素を取り込み、握った方の腕が際限なく強化され、剣を放すことができなくなるという珍しいタイプの魔剣なのだ。
と、一方でそれは魔剣を扱う代償としては軽微な部類なのだが、その効果を知らずに装備したとなればまた話は違ってくる。
そんなぁ。同じ言葉をもう一度、今度はすがるようにして、ショックを顕にする髭面男をマリィさんが断ずる。
「今更都合のいい事を言ったところで遅きに失するというものですの。それにです。魔剣というなら最初に使った方が凶悪な能力を持っていましたのよ」
へ?間抜けな声を漏らす髭面男に構うことなく、入り口側の柱に歩み寄ったマリィさんは「気をつけて下さいね」という僕の声に軽い手振りで応えると、
「問題ありませんの。これ程の魔剣とはいいませんが、私のコレクションの中には魔剣もありますもの」
それはそれで大丈夫なのか?聞きたくなるような返事をして、ん――と、艶めかしく聞こえてしまう吐息に乗せて、二つの巨峰を弾ませジャンプ。柱にささった剣を落下する自分の体重で抜き取ると、青年に習ってか、両手で抱えるように持った体験を髭面男の喉元へと突きつけて言う。
「これは相手に課した損害が一定確率で自らに還ってくる魔剣ですのよね?」
「っ!危ねぇのはねぇんじゃねえのかよ!?」
一度は手に取った魔剣の持つ力の概要を聞いて、理不尽にも喚き散らす髭面男。
そんな醜い姿を見せられたマリィさんは、その大きな瞳を軽蔑に細め、ただそれだけ。気を取り直すように僕に話しかけてくる。
「因みにこの魔剣が並べられたのは、このような事態に備えてでしたわよね」
「はい。オーナーが『ボクの店を荒らすヤツには相応の罰が必要じゃないか』って、そもそも魔剣を売る場合は、その説明書きを読んで声をかけてくれた時点で、魔剣の能力を伝えて、それでも買いますかと確認を取りますからね」
そう、万屋では盗難防止や店の中で暴れるお客様の対策にと、魔剣の危険性に関しては注意書きに止め、特にどんな能力なのかは明示していない。
ようやくこの店の経営方針を理解したのか、ゴクリと喉を鳴らす髭面男に対し、数分前と立場が逆転、マリィさんが高慢にも言い放つ。
「一応の注意書きもありましたのに『ヘビィアーマー装着厳守』って、せっかくだから奥の鎧を着て貴方達で試してみたてはどうですの」
重そうに差し出される身の丈に合わない黒大剣に、三人組はブンブンと首を横に振る。
そんなありきたりな男達のリアクションを受け、マリィさんはつまらなそうに鼻を鳴らし、問題の黒大剣を側にやってきたエレイン君に受け渡す。
「それで処置といってもどうしますの?握ってしまってからではもう遅のではなくて」
まあ、普通はそうなのだが、
「慌てん坊のお客さんもいますからね。きちんと対策は打ってありますよ。基本的にこの魔剣は、ただ身体強化を強いるだけのあまり危険な部類ではありませんからね」
僕はマリィさんからの声に立ち上がるついで、落ちていた二本の魔剣を拾い上げると、それを鞘に収めてカウンターへ、その一方でお客様に見えないようにと腰に装備していた鞘からナイフを抜く。
抜き放ったそのナイフは、特殊部隊の訓練などに使われるゴム製のナイフのような艶消しの黒、形状はククリナイフと呼ばれるもののようにへの字に曲がったものだった。
と、そのナイフを見たマリィさんは手の平をポンと叩く。
「確かにその面白武器を使えば、その魔剣の呪いも無効化できるかもしれませんの」
「本当なら誰か呪いが解除出来る魔法とか使えたら良かったんですけどね」
「仕方がありませんの。一言に呪いと言いましても、その枝葉は多種多様、熟練の業がなければ全てに対応するのは難しいでしょうから」
何気ない言葉を交わしながらも、僕はエレイン達に指示を出し、髭面男の腕を押さえつけてもらう。
そして、
「じゃあ。急いで直しましょうか」床に固定された腕目掛けて剣を振りかぶる僕に「なにしやがる」と叫んだのは剣が手から離れない当の本人だった。
そのあまりの慌てぶりに僕はきょとんとさせられながらも「ああ」と一言。
「一回指先を切っちゃってから治すんですよ。剣を持ったままじゃ不便じゃないですか」
「いざという時にはハイポーションもありますから心配ありませんの」
「やめてくれ。謝るから許してくれ」
平然と指を切断すると言ってのける僕に続き、マリィさんが近くの棚から無事だったハイポーションの小瓶を取り出す。
そんな二人に、必死の懇願する髭面男の目元には涙が浮かび、子分の二人も悪夢でも見ているかのように、いやいやと首を左右に振るだけだった。
と、そんな周囲のリアクションに、そこはかとない温度差を感じた僕は「説明不足でしたね」と頭を掻いて、
「平気ですよ。実はこの剣は分断に特化した魔法のナイフなので、後でちゃんとくっつきますから心配いりません。……なんて言っても信じられないですかね。まあ見てて下さい」
己の説明下手に照れながらも、髭面男と目を合わせた虎助はにっこり笑い、論より証拠と胸の前に構えたナイフを引き、自らの指を一本切り落としてみせると、それを素早くキャッチ。一度ナイフを腰の鞘に収めてから、空いた手を使ってその指先を斬られた指の断面吸い付かせて「ほら、大丈夫でした」と指を動かして見せ、説明を続ける。
「オーナー……えと、これを作った人が言うには、ナイフに仕込んだ魔法式によって分断という概念を強化しているらしいです。斬った断面は魔法式に組み込まれた概念によって、亜空間に繋がっているような状態で固定されてるって話ですから、血も出ませんし痛みもありません」
だが、三人組の耳にはそんな懇切丁寧な説明は届いていないみたいだ。
そして、現実離れした光景に驚愕に染まるの三人だけではなかった。三人組を討ち倒した青年もまた呆気に捕われていた。
「さてと、じゃあいきますよ」
しかし、僕はそんな彼等を気にすること無く、できるだけ不安が無いようにと微笑みを浮かべ、躊躇なく、ヒュンと口笛のような音を鳴らし、呪われた剣を握る彼の四指を切り落とす。
簡単な説明というか設定です。
魔剣=呪われた剣。
魔法剣=魔法が付与された剣。
魔法式=魔法陣のようなもの。魔力をチャージすることで魔法を発動させることが出来る。
後に本編でも語られると思いますが、予備知識として知っていると読みやすいと思います。