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夜の森のオタクさん

◆今回は三人称視点のお話(+1)になります。

 常連のメンバーがほとんど帰った午後七時過ぎ――、

 シュトラを頭にクロマルをフードに入れたマオがゲームを止めて靴を履く。


「魔王様、お帰りですか」


「……ん、今日のお届け物」


「こちらに」


 以前、宅配便代わりをしてもらった後、万屋では夜の森の拠点の荷物をマオに持って帰ってもらうが毎日のことになっていた。

 虎助はキッチンの冷蔵庫やカウンターの下に用意してあった品物のほとんどをマジックバッグに収納し、その一部を小脇に抱え。


「では、行きましょうか」


「……虎助?」


「今日はチェルトヴカさんの荷物が多いですから」


「……ありがと」


 今日は食材などのいつもの商品に加えて、夜の森の拠点の中でも、特に変人として知られる、チェルトヴカからの注文の品が多数届いており、マオやクロマルに運んでもらうのは二重の意味で危険だと、せめてゲートの前までは自分が運ぼうと、虎助が気を利かせたのだ。


 そんな事情もあって虎助とマオが店の外に出ると、そんな二人の頬をひんやりとした風が撫でる。


「今日はかなり冷えますね」


「……手袋」


 歩き出しながらマオが手を前に突き出し、虎助に見せびらかせるのはピンクのリボンがついた手袋だ。

 拠点にいるアラクネ達が伸縮性の高い糸を撚り合わせて作った毛糸で編んだものである。

 保温性はもちろん、耐久力にも優れており、防具としての性能も高いということで、手のひら部分にグリップのついた軍手仕様のものは、この冬一番のヒット商品となっていた。


「……いま、帽子も作ってる」


「ニット帽ですか、それも人気になりそうですね。

 他にネッグウォーマーも――、

 いや、ウチのお客さんにネッグウォーマーは危ないか」


 マオの話に新商品について考える虎助。

 ただ、ネッグウォーマーは首をぐるり一周覆う構造上、戦闘中に掴まれたら危険かもと思い至り。


「伸縮性の高い素材なら大丈夫ですかね」


「……みんなに話してみる」


 今シーズンの終わりまでに間に合うかはわからないが、とにかく幾つかの試作品を作ってもらえるようにと虎助はマオに伝言を頼んで、視線を前に戻すとストーンヘンジのようなゲートの向こうに魔力でできた月が浮かんでおり。


「そういえば今日、満月(?)でしたね。

 ……これ、ヤンさんとかが見たらどうなるんですかね」


 それはふとした疑問だったのだろう。

 獣人と創作の中の狼男を混同するのもどうかと思いながらも、そうした要因でなんらかの影響があるような種族はいないのかと訊ねる虎助にマオは首を傾げながらも。


「……フルフル達がパワーアップ?」


「そうなんですか」


「……すごく綺麗」


「綺麗ですか」


「……ん、モルドレッドみたいにキラキラ」


 イルミネーションが綺麗なモルドレッドを見上げつつも股下をくぐりゲートに到着。


「では、お願いします」


「……任せて」


「おやすみなさい」


「……おやすみ」


 ◆


 場所は変わって夜の森の洞窟の奥――、

 武家屋敷のような建物の入口で集まってきた仲間に、マオが品物を配ってはサインを貰う中、やって来たのは不健康そうな美女である。


「……チェルトヴカ、届け物」


「マオ様、ありがとう」


 そう言ってチェルトヴカはマオから荷物を受け取ると、サラサラとサインを書き、その場で荷物を開け始めるのだが、


「チェルトヴカ。こんなところで箱を開けるなどはしたないですよ」


 そんな彼女に声をかけるのはフリルがたっぷりついたエプロンをした骸骨少女のキャサリンだ。

 彼女はオレンジの眼光鋭く、チェルトヴカを睨みつけ。


「はしたないってどういうことさ~」


「それです。その人形、裸じゃないですか」


「裸って、ちゃんと水着を着てるじゃん」


「そんな紐みたいなもの、着ているとは言わないんです」


 手に持ったセクシーフィギュアをビシッと指差し、怒ったようにするキャサリンにチェトラヴカは「そうかな~」と口を尖らせ。


「ねぇ、マオ様――」


「させませんよ」


 マオに意見を求めようとするのだが、キャサリンがそれをブロック。

 表面上穏やかながらも「とにかく、そういったものは部屋に帰ってから開封するべきです」と圧力をかけ。


「それで、そちらの機材はなんですか、いろいろ買ったようですが」


 キャサリンはセクシーフィギュアと一緒に入っていた魔動機のようなものがプリントされた箱に注目。

 チェルトヴカのことなので、また怪しいものを買ったのではないかと疑わし気な視線を送るのだが、チェルトヴカはその小さな箱を軽く持ち上げ。


「これはカメラだよ」


「ああ、これがカメラですか」


 カメラという言葉は魔法窓(ウィンドウ)が普及しているマオの拠点でも知られた言葉である。

 しかし、それは魔法窓(ウィンドウ)に付随する機能の一つであって、それそのものは見たことが無いものが殆どで。


「しかし、魔法窓(ウィンドウ)にあるものを別に買う必要はないのではありませんか」


「いや~、私も動画配信とかやってみたくってさ」


「……仰っていることがよくわかりませんが」


 ここにフルフル達、妖精飛行隊の面々がいたのなら、その足りない言葉だけでもある程度は理解できただろうが、残念ながら、この場に動画配信がどんなものなのかを詳しく知るものはマオくらいしかおらず、少し困ったようにするキャサリンにチェトラヴカは「そうだね」と周囲を見回し、鈍色の肌を持つオーガを見つけると手招きで呼び寄せ。


「たとえばブキャナン君の部屋、萌え萌えな感じで凄いんだけど、そういうのをみんなに見てもらうのって面白くない?」


「な、なに言ってるんですかチェルトヴカさん。僕がそんなの――」


 チェトラヴカによる唐突なカミングアウトに慌てて否定をしようとするブキャナン。


「いやいや、みんな知ってるから、ブキャナン君の趣味のこと」


 しかし、続く断言にビシリと固まり。


「だから、君がゆるふわとかラブコメ好きなのはみんな知ってるから」


「どどど、どうして!?」


「どうしてって、フルフル達が言ってるし、

 その服、有名なバンドアニメのヤツでしょ。バレバレだから」


 スタイリッシュなデザインだから変に見られないだろうと常用していたのが逆に祟った結果である。

 とはいっても、チェトラヴカの発言を聞く限り、それ以前の問題でもあるのだが……。


「そんなことよりも、ブキャナン君、棚晒しとかしない?

 君のような厳つい鬼っ子男子が萌え萌えのフィギュアを熱く語る。これ結構ウケると思うんだけど」


「ししし、しませんよ。そんなこと……、

 そ、そもそもフィギュアですか、そういうのは買っていませんから」


「またまた~、マオ様から聞いてるよ。君の部屋にはフィギュアがいっぱいあるって」


 直ぐ側で拠点メンバーに荷物を配るマオに目線を送りながらもカラカラと笑うチェルトヴカ。

 これにふたたび頭を抱えるブキャナン。

 そう、拠点のメンバーに定期的に届け物をしているマオならブキャナンの部屋の様子も知っているのだ。


「だから協力してよ。ね」


「そんなの自分のでやればいいじゃないですか、

 そのアスカさんのフィギュアも、その為に買ったんでしょ」


「いや、私のフィギュアは動画で晒せないものが多いから、君こそが適任なんだよ。

 まあ、賑やかしに君のフィギュアを提供してくれるなら考えなくもないけど」


「賑やかしにって、そんなことのために僕のネムちゃんを――って、あっ」


 語るに落ちるとはこういうことか。

 思わず叫んでしまったその言葉に、チェルトヴカは我が意を得たりとばかりに口角を上げ。


「ふふふ、君の熱い気持ちは受け取ったよ。

 さあ、地球の同士に見せてやろうじゃないか、遠き異世界にもクールジャパンが届いていることを」


 背中をバシバシと叩くと、そこには最早逃げられないと観念したブキャナンの顔があったという。


 ◆潜入フェアリー


 夜の森の中心部にある洞窟の入り口から少し入った先にある花畑――、

 夕方、その奥まった場所にある通気ダクトの前でなにやら怪しげな行動をする妖精達だ。

 彼女達が何故、自分の住処ともいえるこの場所でコソコソとしているのかというと、とある拠点メンバーの部屋への侵入し、その部屋の中にある新発売の漫画を読む為である。


 さて、それなりの稼ぎがあり、お小遣いを出し合えば目的の漫画本を手に入れられなくもない彼女達が、なぜそんな七面倒臭いことをしようとしているのかといえば、それは彼女達の求める物語が妖精の中では少数派に入るからだ。


 そう、彼女達の住処はその体のサイズに合わせて小さなもので、置ける本の数も限りがあるのだ。

 故に、あまり人気のない彼女達が好きなジャンルの漫画本は後回しにされてしまっていて、彼女達は月に数度、こうしてとある人物の部屋に潜り込み、本を読ませてもらっているのである。


 ちなみに、そんな彼女達が向かう部屋の主はブキャナン。

 彼はオーガの特殊個体で、体が大きく厳しい見た目をしているものの、神経が細やかな人物で、

 実際のところ、正面からお願いすれば、こんな泥棒のような真似をせずとも漫画くらい読ませてもらえそうなくらい優しい性格をしているのだが、

 ただ、問題なのは彼が自分の趣味を人に知られるのを良しとせず、いまはまだ周りに気が付かれていないと思っているということである。

 そう、このミッションは彼を傷つけない為に行われているのだと、妖精達はそんな言い訳めいた言葉を胸にダクトの中へ突入していく。

 そして、魔法によってつけられた蛍光ラインを頼りに迷路のようなダクト内を進んでいくのだが、

 その途中、一人の妖精が今回の潜入にあたり用意された衣装の胸元を引っ張り。


「けど、今回の衣装、なんか凄いね。ピチピチ」


「石蕗真一郎先生の祓魔忍クインテッドに出てくるアキラの戦闘フォームです」


「そうなんだ」


「ブキャナンさんのお気に入りのようでしたので、読ませていただいたのですが、ラブコメディをメインにしながらも、激しい戦闘シーンもあり、見ごたえがある作品でした」


「へぇ、それは一度読んでみたいね」


 潜入の為、新たに用意された衣装をお互いに見せ合いながらも、遠く差し込む光の方へと翅をはばたかせ。

 辿り着いた通気口から部屋の中を覗き込むと、着替えなどが入ったカゴを小脇に抱えたブキャナンが、背中を丸めて部屋から出ていくところだった。


「ちょうどお風呂に行くところみたいだね」


「今日は少し早いですか、急がねばなりませんね」


 いつもなら、ブキャナンが部屋を出る前に少し、ダクト内で待つ必要があるのだが、今日はギリギリ間に合ったというタイミングで、心の準備の暇もなく扉が閉まった時点で行動開始。

 内側から開けられるように仕掛けが施されているダクトカバーを外し、そのまま素早く本棚にアタックをかけようとするのだが、このタイミングでガチャリとドアをあける音が室内に響く。


 これにダクトの側にいた見張り役が慌てて元のダクト内に戻り、本の奪取に向かった妖精達がこの距離では戻れないと、近くにあったフィギュア棚に避難。


 すると、その直後、部屋の照明が点灯。

 妖精達が素早くセクシーポーズを決めたところで部屋の中に入ってくるのは、この部屋の主であるブキャナンと同志チェルトヴカだった。


「悪いね」


「本当にですよ。もう――、

 あっ、改造とかしないでくださいよ。

 丁寧に、丁寧に扱ってくださいね。貴重なものなんですから」


「わかってるわかってる」


 グイグイと背中を押すように室内に入ってくるチェルトヴカと少し迷惑そうなブキャナン。

 そんな二人の態度を見るに、どうやら風呂に行こうとしたブキャナンがチェルトヴカに捕まり、何かを貸すことになったみたいだ。


 妖精達がそんな事を考えていると二人は彼女達がいる棚に近づき。

 その一人、チェルトヴカの視線と妖精達のリーダー・リィリィの視線がバチリと重なる。


 見つかったかと緊張が走る妖精達。


 しかし、チェルトヴカは微かに笑ったかと思えば、彼女達がセクシーなポーズを決めるすぐ近くにあった魔法少女のフィギュアを静かに摘むと、持参した段ボール箱の中に入れていき。


「じゃあ、とりあえずこれだけ借りてくよ。

 良かったらお風呂上がりに部屋に来て」


「いや、それはちょっと――」


「大丈夫。えっちぃことなんてしないから、

 って、もしかしてそういうこと期待してた?」


「……わかりました。行きます」


 軽いやり取りの後、チェルトヴカとブキャナンはそのまま廊下に戻り。

 部屋の電気が消えて数秒、棚にいた妖精達から大きなため息が零れる。


「あれはこちらに気付いていましたね」


「き、緊張しました」


「後でしっかり説明をしておかないければなりませんね」


「お願いします」


 同じような趣味を持つ、チェルトヴカなら変な勘違いはしないと思うが、ことがことである。

 ここはしっかり根回しが必要だと予定を入れ。


「なにはともあれ、本の回収ですね。みんなを呼んでください」


「はい」


 フィギュアのフリをしている間にさりげなく繋いだ念話通信を使い、避難をしていた他のメンバーに指示を出したところで本棚に移動。


「あ、ありました」


 合流した仲間と力を合わせて、狙っていた新刊を発見。

 確保していくのだが、妖精の一人がふと単行本を引き抜いた本棚を見て呟く。


「しかし、いつも思うんですけど、ブキャナンさんはどうして同じ本を三冊も買うんだろ。

 私達は助かるけど」


「ああ、それですか、前に元春様よりお聞きしたのですが、一部の上位者には、観賞用、保存用、布教用を確保するという概念があるそうですよ」


「えっ、だけど、ブキャナンは布教――はしてないですよね」


「一部の人の嗜みのようなので、それに習っているのでは、真面目な方ですし」


「成程――」


 ブキャナンの性格を考えればありえないことではないと納得。


「では、幻影をお願いします」


「了解です」


 最後に仕上げと幻影の魔法で布教用と思われる本がそこにあるように見せかけたところでダクトに帰還。


「後は家に戻って鑑賞会ですね」


「私は説明がありますから、最後ということで、あと、お願いできますか」


 この潜入のリーダーを務めたリィリィがそう言って振り返るも、そこにはすでに本に夢中の妖精達の姿があって。


「聞いてませんね」


 これはしばらく動きそうもないとため息を吐いたリィリィは、チェルトヴカの部屋へ通じるダクトの方へと飛んでゆくのであった。

◆次回投稿は水曜日の予定です。

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