帰郷の準備
そろそろ冬休みも終わりというその日、白盾の乙女のみなさんがお店にやって来た。
なんでも、近々帰る予定の赤い薔薇のみなさんのスケジュールに合わせて、ホームグラウンドであるベルタ王国のギルドに顔を出そうと計画しているようだ。
「とはいっても、もう、こっちに拠点を移してるから、顔見せの必要はないんだけど、お金がね」
「お金ですか?」
「私達もスクナカードを購入しようと考えていまして」
パキートさんのお宅の警備に周辺の魔獣狩りと、特にお金に困っていないのではと不思議に思っていると、どうも先行してスクナカードを買ったココさんに続いて、他のみなさんもスクナを手に入れようとしているようだ。
一度、国に戻ってお金を下ろしてこようと考えているらしく。
「成程、それで地元に――」
「面倒臭いんだけど、ギルドのお金は預けた場所でしか引き出せないから」
「それと戻るついでにセリーヌ様からの依頼を受けて、冒険者としての階級を上げたいということもありますね」
聞けば、貴族関連の依頼はギルドからの評価が高くなるようで、アビーさんの仲介でセリーヌさんから例の地下組織壊滅の手伝いをしないかと誘われているようだ。
そういえば、もともと白盾の乙女のみなさんは、セリーヌさんのご依頼でアビーさんを探しに来たんだったっけ。
「なので、一・二ヶ月は掛かりそうなので、補給をしっかりしておこうと思いまして」
「調味料とか、ないと困るっすからね」
と、そんなココさんの発言にアヤさんが『まったくだ』と言わんばかりに腕を組み。
「ただ、さっきも言ったようにお金の心配がある――ので、補給にもあまり金もかけられず、店長殿になにかいいものがあればとお訊ねしたいと思った次第でありまして」
「成程、それでしたらこちらから仕事を幾つか頼んでも構いませんか」
そうすれば、ご所望の調味料なども無償でお譲りすることができると、そんな僕の提案に、エレオノーラさんは真剣な顔つきで、
「ちなみに、それはどのような仕事で?」
「まずは物資の輸送ですね」
これは前にセリーヌさんからお願いされた、地下組織の突入に係る支援物資の輸送である。
「しかし、それは既に送ったと聞いたような気がしますが」
「実はネズレムや魔法薬のレシピや見本は先に送ったんですけど、追加の援助物資はアビーさん達のゴーレムが完成して持っていってもらう予定でして、まだ送っていないんです」
そう、この物資は本来、アビーさんとサイネリアさんが操るゴーレムが持っていく手筈となっていたのだが、その突入に関し、そこにいる貴重な魔獣の素材を余すことなく手に入れるべく、ゴーレムのさらなるパワーアップが必要であると、ギリギリまで改造を続けたいとの申し出があって、約束していた物資が送れなくなっていたのである。
と、この理由に何度もアビーさん達と顔を合わせたことがある白盾の乙女のみなさんはなんともいえないかおをして、
しかし、ことが自分達の安全にも関わることだと最終的には引き受けてくれて。
「次にお願いしたのは中継機の設置ですね」
「そちらもすでにやってあるのでは?」
「大体のところはお二人とセリーヌさんが配置をしてくれたのですが、東側の国境に少し空きがありまして」
ここと繋がるフレアさん達がいる拠点、
そこからアビーさんのご実家まではすでに通信網が開かれており。
前にアビーさん達が行った素材回収で、さらにその通信範囲が広がったのだが、それは二人が目的としていた魔獣や魔法生物がいる場所だけということで、通信範囲が少し歪なことになっているのだ。
そして、国と国の間の空白地帯にはゲートや遺跡があるかもしれないと、パキートさんが暮らす森周辺の調査での情報もあり、白盾の乙女のみなさんには国に帰るついでに、少し寄り道をしてもらいたいのだ。
「どうしましょうか?」
「う~ん、場所にもよるけど、そんなに余裕はないんじゃない」
「よろしければ、こちらで足を用意しますけど」
一月のこの時期にセリーヌさんの依頼を受ける為の出発ということで、時間的な余裕はまだあると思っていたのだが、白盾の乙女のみなさんとしては、道中でなにかしらのトラブルに巻き込まれる可能性も考えているのかな。
しかし、それならこちらが移動手段を用意すればいいことで、
「ちなみに、その足というのは?」
「魔法の箒ですね。
あ、蓄魔鋼をつけますから、みなさんは魔力を使わなくても大丈夫ですから安心して下さい」
魔法の箒というものは、各世界に存在する移動用の魔動機だ。
本来、それを長時間運用するには相当な魔力が必要になるが、それも上位魔法金属などに魔力を蓄積させれば、自分の魔力を消費することなく、かなりの距離を移動が可能で、予備のバッテリーのようなものを用意すれば移動時間をかなり短縮とアピールしたのだが、白盾の乙女のみなさんはあまり乗り気でないようで、
「あの、すみませんが、以前話に聞いたようなゴーレム馬車とかそういうのはないのでしょうか」
「えっと、どうしてです?」
空を飛んだ方が確実に早いのではないかと暗に聞き返す僕に、エレオノールさんが少し言いづらそうにしながらも。
「実は高いところが少々苦手でして」
成程、そういうことなら、ちょっと対策を考えないといけないか。
ということで、この件は保留として、
「あと、もう一つ、なにか珍しいものがあったら買ってきて欲しいんですけど」
「あ、はい。いつもの――ですね」
これは言わずもがな、ソニアの研究に重要な万屋のデータベースの拡充の為の依頼である。
まあ、それ以外にも新しい商品や未知の素材、万屋ではなかなか手に入り難いものなど、この万屋に戻ってこられるお客様を募り、仕入れさせてもらっているのだが、
「これが一番難しいかもっすね」
「ここはなんでもあるってイメージだから」
「まあ、みなさんにはありふれたものが意外と貴重な品なんてこともありますから、お土産感覚で構いませんよ」
その世界に暮らす人にとってなんでもないものが、意外とソニアの興味を引いたりするということも割りとあったりすることだ。
ということで、白盾の乙女のみなさんには、前払いとしてちょっとしたマジックバッグと、現地での換金率が高く、ふつうに調味料としても使える、砂糖や胡椒、唐辛子などといったものを用意して。
「他に魔法薬や調味料など、ご入用でしたらリクエストして下さい」
「だったら、マヨネーズ。マヨネーズを樽でお願いするっス」
「こら、調子に乗らない」
さすがにその量のマヨネーズは羊皮紙切れないだろうと、困ったようにする僕の目の前でココさんの頭が叩かれるも。
「調味料は魔法薬よりも安いですから、ある程度の量は構いませんよ」
目的に来る人は樽とはいかずとも一斗缶サイズで買っていくから、それなりの値段になるのだが、個人で使う量ならかなりお安く提供できる。
「そう? だったら焼肉のタレが欲しいわね」
「ちょいちょいちょいちょい、じゃあ、ウチだってまだまだあるっすよ」
ココさんとリーサさんが競うように調味料の名前を上げてゆき、その合間にさり気なくアヤさんが要望を差し込み、エレオノールさんが「すみません」と申し訳無さそうにするのだが、これも必要経費の内である。
「しかし、調味料ばかりで魔法薬の方は大丈夫なんですか?」
ただ、ここまでリクエストされたのはほぼ調味料で、これからの旅の目的を考えるのなら、魔法薬の補充もきっちりしておいた方がいいのではと訊ねる僕に、ココさんが言うのは、
「あ、そっちは大丈夫っす」
「最近、使わないから余ってるのよね」
パキートさんからの間接的な依頼で、白盾の乙女のみなさんは、現地で魔獣狩りなんかもやっているようだが、ディストピアなどでの修行のおかげで、かなり実力が上がっているらしく、いまはなかなか魔法薬を使う機会がなくなってきているそうなのだ。
その結果、日頃からコツコツ買い溜めていた魔法薬が相当な数になっているらしく。
「あ、でも、元気薬は補給しておいた方がいいんじゃないですか」
「久しぶりの大移動っすからね
「では、調味料に食料、魔法薬とこちらで用意しておきますね
「お願いします」




