除雪機の立ち往生
「除雪機の調子が悪い――ですか?」
「普段はまったく問題がないようなのですが、吹雪になると決まって同じ場所で止まってしまうようですの」
その相談があったのは冬休みに入る少し前のこと――、
執務を終えて来店したマリィさんから、稼働したばかりの除雪機の調子が悪いとの報告があった。
何もしないでも、すぐに動き出すならあまり問題ないようにも思えるのだけれど。
「何度も同じポイントで短時間の停止となりますと、魔獣が原因である可能性もあるかもしれませんね」
「吹雪が原因じゃねぇの」
「それもあるかもだけど、何度も同じポイントでってなるとね」
吹雪に乗じて何者かが除雪機を狙っている可能性が高いのだ。
ちなみに、除雪機という未知の魔動機ということで、犯人が人間という可能性も考えられなくはないのだが、除雪機が停止するポイントがポッケ村とお隣のカイロス領に繋がるトンネルとの間の雪深い場所ともなると、除雪機が稼働する深夜の時間帯にその地点に向かうのは自殺行為で、
他に修学旅行の時に出会った雪の精霊などの介入も考えられなくはないのだが、そちらはトンネルを作る以前、領内の調査を行った際に、山などに暮らす精霊を把握、メイドさんのスクナを介して、ある程度の接触がある為、なにか問題があった場合、そちらからの接触があると思われ。
「え、じゃあ、マリィちゃんとこの村の近くにツエーのがいるってこと?」
まあ、魔獣云々という話は、あくまで状況からみた想像であるが、マリィさんが持ってきてくれた運行記録を見る限りでは、その可能性が一番高いから、しっかりと調査をしておいた方がいいだろう。
「とりあえず、次の吹雪の時にリスレムでも乗せて記録をとってみましょうか」
「わかりましたの」
ということで、その日から数日、除雪機にリスレムを乗せて運行の様子を撮影してみた結果、無事にと言っていいものか、除雪機が立ち往生してしまったみたいなので、本日、その時の映像のチェックしてみることになった訳なのだが、
「なんかテレビみてーだな」
「実験番組なんかであるよね」
どこか楽しそうな元春と玲さんの声を背後に早回しされるその映像は、ほとんど真っ白な状態だった。
「視界がめっちゃ悪いな。ホワイトアウトってヤツ?」
「ホワイトアウトって本当にあるんだ」
「記録によるとそろそろ止まる時間ですが――」
映像を通常再生に戻してそう言うと、みんなの視線が魔法窓に集まる。
すると、その数秒後、吹雪の中、除雪機に乗って移動するリスレムの視界を映す映像がガクンと揺れ。
「止まった?」
「なんかエンストしたって感じっすね」
「とりあえず、止まった前後の映像を丹念にチェックしましょう」
映像はかなり見ずらいが、なにか映っていればと、それぞれのリスレムの視界を映した映像を除雪機が止まる少し前まで早戻し、ゆっくりと時間を進めていくと、玲さんが僕の肩を揺らして聞いてくる。
「ねぇ、この映像のここのところ、なんか光ってない?」
「ちょっと待って下さい。いま拡大してみますから」
玲さんが指差した魔法窓を覗くと、たしかになにやら青白く光るものが右から左へっ旬で通り過ぎたのが確認できる。
とあらば、時間を連動させて他の映像も確認してみればと、別のリスレムの視界を並べてチェックをしてみたところ、その中の一体の視界にその光の発生源が捉えられており。
その映像をピンチアウト。
すると、拡大されたそこに映っていたのはリスかウサギか、小さな生物で、
「ってコレ、完全にビーム撃ってきてんじゃん」
そう、玲さんが見つけた光は、その小動物が放つレーザー光線のようなものだったのだ。
ただ、これで除雪機を止めた犯人が確認できた。
「ふむ、相手がわかれば後は私の仕事ですの。万事任せて下さいな」
◆ガルダシアside
さて、そんな検証があって翌日――、
場所はガルダシア北側に広がる雪に埋もれた一帯。
未だ続く吹雪の中、マリィによって編成された武装メイド隊が除雪機に乗り込み移動していた。
「あのちっちゃいなにか、ぜんぜん出てこないね。
てゆうか、除雪機以外は襲われないんだから放っておいてもいいんじゃない?」
「もう、ルクスちゃんったら、いまは除雪機だけだけど、ずっとそうだとは限らないんだからね」
「フォルカスの言う通りですよルクス。この街道の安全は我々が守らなければならないのです」
そう、これまで人が襲われなかったといって、これからもそうであるとは限らないのだ。
なにより、自治領として許されているガルダシアとしては、後々の不穏の種になりかねない問題を早めに潰しておきたいというのが本音であり。
「け、けど、どうして除雪機だけが狙われるんでしょう」
「虎助様が仰るには、除雪機が自分の縄張りを荒らす外敵だと勘違いされているのではとのことですが――」
大きな音を立てて雪を吐き出す除雪機。
確かにそれは見ようによって恐ろしい化け物にみえるかもしれない。
「それでフォルカス。それらしき気配は感じますか」
「それが、こんなに雪が降っていると、耳と鼻があまり使えなくて……、すみません」
トワからの確認に申し訳無さそうにうつむくのはフォルカス。
獣人のハーフで五感の鋭いフォルカスが耳をピンと立てて周囲の気配を伺うが、ここのところ毎日のように続いている吹雪が臭いを散らし、小さな物音をかき消してしまっているようだ。
ちなみに、この索敵はフォルカスだけでなく、彼女のスクナである三匹の子犬も同時に行っているのだが、こちらも特に反応はなく。
「そうなりますと、やはり出てきたところを叩くしかありませんか、
できれば先手を取りたかったのですが」
その後、トワを筆頭に警戒を続けるのだが、そうしている内にも、すでに何度か除雪機が停止してしまったというポイントを通り過ぎ、今日の襲撃はなかったかと気を緩めようとしたその時だった。
「来ました」
「行きますよ」
最初に敵の出現を感知したのは、やはりフォルカスだった。
彼女が感知したのは、除雪機から百メートルほど離れた木の近くに、件の小動物が着雪した際の音だった。
そして、トワが号令をかけた時には、すでにルクスが除雪機の上から飛び出しており。
そんなルクスに向けて放たれる青白い光線。
「ルクス」
思わずといった風にトワが出したその声は、ルクスを叱責するものか、それともフォローするものか。
ともかく、トワが持つ聖槍メルビレイによって生み出された水の盾が、ルクスに放たれた青白い光線の肩代わりと鳴って凍り付き。
ルクスを追いかけ除雪機から飛び出したメイド達が見たその正体は――、
「カーバンクル」
「亜種のようですね」
万屋のディストピアにもあり、模造品と戦ったことがあるカーバンクルそのものだった。
ただ、その個体は一般的なカーバンクルとは違って、額の宝石がルビーのような赤ではなく、サファイアのような鮮やかな青いものであり。
「凍結攻撃は連続しては放てないようですね」
額の宝石から放たれる冷凍光線を使うには準備の時間が必要なようだ。
「逃しては駄目です」
一発撃ったその直後、額の宝石に光を集めながらも踵を返したカーバンクルに、トワ達は魔法の力でふかふかの新雪の上を走り、その小さな後ろ姿を追いかける。
しかし、いざ強化系の魔法を全開にメイド達がカーバンクル亜種を取り囲もうとしたところ、ふたたび額の宝石が眩いばかりの輝きに満ちて。
「効きません」
しかし、なにをやってくるのかがわかっていれば対策が立てられる。
トワはメルビレイの能力を使い、カーバンクル亜種の周囲を水の膜で包み、その特殊攻撃を完封。
すると、カーバンクル亜種は包囲網から抜け出そうとしたのか、一番小さなルクスに向けて突撃するのだが、その時点で詰みである。
ルクスは超人的な反射神経で、軽やかなステップを刻むカーバンクル亜種の両足を掴み、そのまま地面に引き摺り倒す。
そして、持っていたナイフをカーバンクル亜種の首に突き立てようとするのだが、
「ルクス、待ちなさい」
「トワ様?」
いざ止めを刺そうとしたところで待つように言うトワに困惑するルクス。
ただ、トワは相手が相手だけに会話が成立すれば戦わずに済むのならそちらの方がいいと考えたようだ。
通信を介した翻訳魔法の使用し、会話を試みた結果、少し曖昧な部分はあるものの意思疎通を取れることが確認が取れ。
なぜ除雪機を襲うのかとその理由を訊ねたところ、どうもそのカーバンクルは、かつて人間に捕まっていたことがあったようで、巨大な鉄の箱のような除雪機を自分を閉じ込めていた檻が追いかけてきたのだと勘違いしていたようなのだ。
「成程、そういうことならば誤解を解かねばなりませんね」
と、その後、トワの懇切丁寧な説明で、カーバンクルも除雪機がどのようなものなのかを理解したか、ルクスの手の中でおとなしくなり。
「さて、後はこの子をどうするかですね」
◆万屋side
和室に集まるみんなの前、魔法窓に映し出されるのは、ガルダシア城の中庭にある世界樹の枝の上、警戒するというよりは、好奇心からキョロキョロと当たりを見回す白い毛並みのリスのような生物だ。
「こいつが除雪機騒動の犯人っすか」
「かわいいじゃん」
「見た目は可愛らしいのですが、戦えばなかなかの強敵との報告ですの」
「そうなん?」
こんな小さくてもカーバンクルは龍種として扱われ――まあ、場所によっては妖精の一種だったり、単なる魔獣の一種と数えられたりするのだが――、その素材を使えばディストピアすらも構築できるような存在なのだ。
「結局倒さなかったんすか」
「倒せないでしょ。これは」
可愛いは正義とはよく聞く言葉であるが、この場合、相手と意思疎通がある程度できるという点が大きいだろう。
「この小動物と交渉って、なんかメリットとかあるん?」
「メリットは定期的にカーバンクルの素材が手に入ることかな。
具体的には体毛や雫とか」
「体毛に雫とか、特に雫ってな。
なんかエロい感じのアイテムだったりするん?」
「いや、ただの唾液だから」
「やっぱエロいじゃん」
ちなみに、件のカーバンクルは雌でであるとのことであるが、そのカーバンクルから回収できる雫からいろいろ妄想を膨らませるのは、さすがに上級者が過ぎるのではないだろうか。
「だけど、なんで雫?」
くねくねと気持ち悪い元春はどうでもいいとして、玲さんがしてきた質問に対する答えは簡単だ。
「涎と雫、売り買いするにはどっちがいいと思います?」
つまり表現方法の問題である。
「それで、この子はどうするの?」
玲さんが聞くも、それがマリィさんも困っているようで、
「適当に城の中に犬小屋みたいにして住んでもらうってのは駄目なん?」
「貴方、私の話を聞いていました?
このカーバンクルは前に人間に捕まったことがありますのよ」
要は件のカーバンクルは人間不信のきらいがあるということなのだ。
ということで、住処は領内であまり人が近づかないながらも、食料などと素材の交換が不便なく行える場所を想定しており。
「ちな、カーバンクルってなにを食うん?」
それは僕も気になったので、すでに調べてあるのだが、
「主食は木の実や花の蜜、山菜やキノコみたいだね」
「雪山でそれってハードモードじゃね。
てか、コイツ、これまでどうやって暮らしてきたんだよ」
「もともと山を超えた向こう側にいたんでしたよね」
「この冬になって山を超えてこちらに逃げてきたとのことですの」
「えっと、このカーバンクルって前に捕まったんじゃなかったんすか」
うん、元春としては、それならどうして除雪機を襲ったんだと言いたいんだろうけど。
「どうもこの子は好戦的なようですの」
血気盛んといってしまえばいいのかな。
除雪機を自分を捕まえにきた何かと思って襲いかかったことからも分かる通り、どうもこのカーバンクルは見た目とは違い、かなりワイルドな性格の持ち主のようだ。
「そういう性格になりますと、セキュリティをしっかりした方がよさそうですね」
「ですわね」
「食料に関しては、最悪こちらで保存の効くものを用意しますか」
「保存が効くもの?」
「ドライフルーツとかナッツ類とか」
はちみつ漬けを追加するのもいいかもしれない。
「あとは住処の周りに適当に食べられる植物でも用意すれば」
「食べられる植物って、この時期にゃ無理だろ」
「とりあえず、人嫌いということでしたら、トンネルを少し拡張して人が来ない場所に巣を作り、その奥でウドを栽培するとか」
「ウドというのはなんですの?」
洞窟内で栽培するものということでマリィさんも興味を持ったみたいだ。
実際の映像も交えてウドの説明をし、山の中でも探せば、同じようなものが見つかるかもとアドバイス。
「ああいうのって日本にしかないようなイメージなんだけど」
「いや、文化の発展で食べなくなったけど、ヨーロッパの方でも普通にあるって義父さんから聞いたことがあるよ」
ともかく、村の食料改善ことも視野に入れ、カーバンクルのねぐらの選定も合わせて、トンネル周辺の植生を調べることになった。
◆次回投稿は水曜日の予定です。




