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ケリュケイオン

 福袋販売が落ち着いた頃、アムクラブのお客さんはその殆どが帰路についた。

 手に入れたお酒を早く飲みたいとのことである。

 まあ、これからダンジョンを超えてということになるから、実際に飲めるのは半月ほど先になるのだが……。


 さて、そんなお客様達を見送った後、集金活動が終了したのか、やって来たのは元春だ。

 あえて福袋のセールが終わったタイミングでやって来たのは、単純にトワさんのことを忘れていたのか、恥ずかしがっているのか、それともいつもの天の配剤か。

 なんにしても、このことを指摘するとまた面倒なことになりそうなので、努めていつも通りに迎えてあげると、その元春がカウンターを潜ろうとしたところで神棚に飾ってあるものに気付いて聞いてくる。


「ん、あそこに飾ってあんのって熊手だよな。わざわざ買ってきたん?」


「ああ、それはオーナー(ソニア)が作ったケリュケイオンの杖だよ」


「ケリュケイオンってーと、ヘルメスの杖だっけか」


 さすが元中二病、よくわかってるじゃないか。


「前にカドゥケウスが来たって言ったよね。

 だから神話になぞらえて作ったみたみたい。

 縁起ものだからって熊手みたいにしちゃおうって」


「いや、つっこみどころが満載なんだが」


 うん。元春が言わんとすることはわからないでもないのだが、実はこれ、元旦の義父さんの疑問が発端となった神様談義から、地球の神話などを総ざらいしたソニアが、その息抜きに作ってみたものだったりするのだ。


「それで、その杖はどのようなものですの?」


 ここで目を輝かせるのはマリィさんだ。

 神棚に飾ってあった謎のアイテムが、実は武具だったと聞いて居ても立ってもいられなくなったみたいだ。

 しかし、残念ながらケリュケイオンはマリィさんが求めているようなものではなく。


「ヘルメスが商売なんかに関係がある神様ということで、この杖には儀式系の精神魔法を単独に使えるようになるようなものみたいですね」


 ソニア曰く、この杖に魔力を流すと、人の潜在意識に働きかけて、ちょっとした集客効果を見込める魔法が発動するようになっているのだという。

 まあ、万屋には、そもそもあまり人が来ないので、その効果はほぼ意味のないものだと思うのだがと、そんな真実を察してか否か――、

 いや、単に興味を失っただけだろう。

 元春は話の方向性を変えて。


「そういや、カドゥケウスの素材ってまだ大量のあんのか」


「古代樹並にね」


 子供だったとはいえ、カドゥケウスは全長一キロを超える体を持つ大蛇であるからして、そこから取れる素材の量は膨大で、一番多かった肉は一部を残して缶詰にしたり、すでに加工済みであるのだが、骨や皮などに関しては、その殆どがそのままの状態でバックヤードに保管されており。


「にしては売りに出してねーんじゃねーの」


「一応、いくつか作ってお店に出してはいるんだけど――、

 あっちの隅っこの方に置いてあるから見てみれば」


「おっ、確かに蛇革っぽいのがあんな」


 そう、店頭に並ぶいくつかの盾や篭手はカドゥケウスの素材を使って作ってあるのである。


「しかし、素材が多いという割に品物が少ないのはどうしてですの」


「蛇の皮はかなり薄いものになりますから、ウチの主力商品である防具などに組み込むのが難しいので」


 カドゥケウスの素材は結構な巨体の割にその皮は薄く、骨もあまり大きくなく、鎧や盾なんかにそのまま使うことができないと、あのエレイン君達にすら敬遠されがちになってしまっているのである。


「それに同じ手間をかけるなら、ヴリトラやワイバーンなどの素材を使った方が扱いやすくて高性能ですから」


「言われてみますとそうですわね」


「なんつーか、残念な扱いだな」


 まあ、皮なんかは逆にその薄さを生かして、鎧や他の革製品の補強などには使えたりするのだけれど。


「つか、蛇革ってんなら財布とか、いろいろ入れられるよーにきっちり作りゃ売れんじゃね」


「それは殆どの世界に紙幣がないから」


 そう、アヴァロン=エラにつながる大体の世界の通貨は硬貨で成り立っている。

 一部、例えば賢者様の世界なんかでは紙幣が出回っているらしいのだが、そちらもインベントリなどという便利なマジックアイテムがあるおかげで、現在では電子マネーのような通貨が主流になっているようで、財布の需要はほぼ皆無。


「じゃあ、地球の方で売るってーのは?」


「それもアリといえばアリなんだけど、最近は条約とか動物保護団体とかが煩いでしょ」


 これに元春と玲さんが「ああ――」と何とも言えない声を出す一方、マリィさんが


「それは前にも仰っていた?」


「はい。獣を殺して皮を使うのが残酷だって声があるんです」


 最近では毛皮のコートなんかも、セレブ連中に売れなくなってきているそうで、害獣駆除なんかで取れる毛皮がゴミとして処分されてしまうなんて皮肉な自体を招いているところもあるそうだ。


 ただ、マリィさんが暮らす暮らすのは、魔獣などが跋扈する弱肉強食の世界であるからして。


「何度聞いてもその理由がよくわかりませんわね」


「何事にもその人の優先順位ってものがあるんですよ」


「納得はできませんが理解はしましたの」


「ま、身内だけでやりゃいいんじゃねーの。

 加藤のじっちゃんとか現金主義だし、魔女の偉いさんとかこういうの好きそうじゃね」


 ケリュケイオンの意味合いなんかも考えると、縁起がいいだろうし、なにより蛇革には長寿の意味のあるという。

 たしかに、加藤さんとか静流さんなんかはこういうのが好きそうだと、とりあえずサンプルでも作って営業をかけてみることになったのだが、


「どんなのがいいのかな?」


「加藤さんとかはシンプルなのでいいんじゃね。外側をチャックで開けるようなヤツ」


 よくある長財布だね。


「女子ならこう銀座のママとかが持ってそうな。パタンと閉めて、ボタンとかで閉じるヤツもいいかも」


 玲さんが言う財布もなんとなくわかる気がする。

 そして、他にもいくつかデザイン案を元春と玲さんに出してもらったところで、着色も含めて工房のエレイン君に注文。


「そういや、マリィちゃんの財布は革袋だっけか」


「いえ、虎助と相談して、いまはこちらを使っていますの」


 そう言って、マリィさんが取り出すのはジッパーが付いた革のコインケースだ。


「つか、それをこっちで売りに出せばいいんじゃね」


「ああ、それなんだけど、マリィさんのところの硬貨の大きさに合わせてるから」


 それぞれの世界で硬貨の大きさまちまちで、しかも、場合によっては同じ硬貨でもその大きさが違うなんてこともあったりする中でコインケースなど作れる筈もなく。


「なんか昔、うちのじっちゃんが、十円玉とか五十円玉とか大きさに合わせて入れられるケースみてーなの持ってたんだけど、アレは?」


 ええと、それってスライド式のコインケースかな?


「それもさっきと同じ理由で難しいと思うよ」


 元春が言うようなコインケースは硬化が数ミリ程度の地球だからこそのもので、分厚い金貨で同じ仕組みを使うとなると、相当な大きさの財布が必要になってしまうのだ。


「結局、革袋がベストってことか」


「魔法があるような世界だと、希少だけどマジックバッグもあるしね」


 と、そんな話をしている間にも、試作品が仕上がってきたようだ。

 エレイン君が持ち込んでくれたパステルカラーの蛇皮財布にみんなが注目。


「なんかいい感じだな」


「これは私もちょっと欲しいかも」


「ふむ、こちらのカードケースなどでしたら、(わたくし)達も使えそうですわね」


 思いの外、高評価が得られたようだ。

 後は地球の知り合いの反応なんだけど、こちらは万屋で用意している商品ページに特集ページを作り、反応を待つしかないかな。

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