●福袋の現場
一月一日の午前中――、
カレーやシチュー、芋煮などの炊き出しが振る舞われた宿泊施設にある広場に、ざわざわと情報交換をしながらも列を作る集団があった。
この集りがなんなのかといえば、この日、万屋から売り出される福袋を求める一団だ。
その集団の中には白盾の乙女や赤い薔薇のメンバーの姿もあって――、
「やはり狙いは食材ですか」
「半分はね。だけど道具の方に回ろうかと思っています」
女子ばかりの集団に近づく厳つい集団が一つ。
迷宮都市アムクラブからやってくる常連組だ。
「嬢ちゃん達、もう一発目は終わったか」
「テーガさん」
別の世界からやって来ている白盾の乙女も、赤い薔薇の紹介でアムクラブからやってくる探索者のベテラン勢とはすでに顔見知りの間柄となっていた。
「しかし、思ったよりも人が来てますね」
「ここ二・三日でまた人が増えた感じです」
「なにが入ってるのかわからねぇが、確実に買値より高い品が手に入るからな。
依頼を受けて来てる奴もいるだろうし」
万屋にはアムクラブから調味料を買いに来る探索者は多い。
そんな万屋から、運が必要だとはいえ、最悪でも買値よりも得をする品が売りに出されるとなれば見逃す手はないと、アムクラブからはこの日に合わせてかなりの数のパーティがやって来ていた。
「なにより今回は酒がある」
「この店の酒だ。不味いなんてありえないからな」
そう、今回の福袋には普段なら売りに出されない酒が少ないながらも用意されていた。
こうなると個人的にも見逃せないと言い出す人物が増えるわけで、
やはり食材アイテムを狙うグループが多いのかと、白盾の乙女と赤い薔薇、そしてアムクラブから来ているベテラン探索者達が話していると、ここでテーガ達の目の前にポンとフキダシが表示される。
どうやら抽選の順番が回ってきたようだ。
テーガ達はそのフキダシを慣れた様子でタップすると、「じゃ、お先にな」とぞろぞろと抽選場へと向かい、お金を払って順番に抽選。
「五十五番」
「おっし、いい数字だ」
出た番号に喜びの声をあげるテーガを見て首を傾げる白盾の乙女一同。
どうして彼等がああも喜んでいるのかがわからなかったのだ。
しかし、赤い薔薇のメンバーから、かの世界では五という数字が神聖な数字とされていることを教えられれば納得だ。
悠々と戻ってきたテーガがやや緊張気味な顔で開ける、その袋の中身を興味津々覗き込む。
すると、その袋に入っていたのは色とりどりの小瓶で、
「調味料?」
「いや、フェアリーベリーの果実酒っていう、悪戯妖精が作った酒みたいだな」
袋の中に入っていたメモ書きに視線を落とし、微妙な表情のテーガ。
「曰く付きの果実酒か、おっちゃん等には物足りないか」
「迷うところだな。
瓶と入ってた説明書きを見るに、曰く付きだといっても安全な飲み方もあるみてぇだし、なによりこの虹を閉じ込めたようなこの中身、どう見ても一級品だろ。
しかも酒精も高いってなりゃ気になるってもんだ」
好みにもよるのだが、果実酒というのはあまり男性向きとはいえない酒である。
しかし、それでも万屋の酒なら美味いんだろうと、テーガが小瓶の中身を透かしてみている内にロッティ達の順番が回って来たようだ。
ポップアップしたフキダシに抽選会場へと赴き、まずはロッティがと張り切ってガラガラを回し、受け取ったのはパンパンに膨らんだ紙袋。
「なんか沢山入ってるな」
これは期待が持てると開いた、その袋の中に入っていたのは、古樽サイズの透明な入れ物に入った液体だった。
「中身は火酒か、悪くはないが多すぎだな」
ロッティも酒は飲まないではないのだが、あくまでそれは料理を引き立てる為に飲むものだった。
故に、これほど量があるのなら乾き物の一つでもあった方が良かったと、ロッティが困ったとばかりに呟くと。
「なあ、嬢ちゃん。こっちとそっち半分つづで交換ってのはアリか?」
「ああ――、
そういうのは苦手だから、クライかセウスに言ってくれ」
テーガがフェアリーベリーの果実酒が入った小瓶を見せながら交換を持ちかける。
ただ、ロッティは少し迷う素振りをしながらも、交渉事は苦手だとリーダーのクライに丸投げ。
そうしている内にもニグレットが大切そうに袋を抱えて戻ってきたようだ。
「大当たりですよ」
「なにが入ってたんだ」
「アイスクリームです」
小柄なニグレットが喜び勇んで見せたのは、クアリアという特殊な保存結界に包まれたデザートだった。
「いや、たしかにアイスは美味いけど、大当たりってほどでもないだろ」
「なに言ってるんですかアイスですよ。アイス。
しかも、食べたことがない味も入ってるんです」
「ちなみに、ポンデはどうだったんだ?」
甘味が好きなニグレットは大興奮。
しかし、ロッティの声掛けで寡黙な少女が取り出してみせたのは真空パックに入った肉や内臓などであり。
「こういうのが大当たりっていうんだぞ」
こうも自信満々に言われてしまっては反論も難しい。
ニグレットは不満そうにしながらも、自分以外が肉食系というこの場に味方はいないと大人しく引き下がるのだった。
◆
さて、そんな悲喜こもごもな食材抽選グループの一方で、アイテムグループの抽選結果がどうだったのかといえば――、
「しかし、みなさんなら全部食材にするのかと思っていましたが」
「私達も先立つ物がないと贅沢は出来ませんので」
短い付き合いではあるが赤い薔薇の理念は理解てきている。
白盾の乙女のリーダー・エレオノールの声に赤い薔薇のリーダー・クライが、万屋に来るついでにといくつかの依頼を受けてきているが、ここ数日の食事で結構な散財を考えれば、食材ばかりにもかまけていられないと、決まり悪くもそう返し。
「ロッティさんとか凄かったっすからね」
「ホント、食べ過ぎなのよ」
ため息が漏れ聞こえてきそうなセウスとココの会話をBGMにガラガラを回し。
「なにが当たった?」
「簡易結界装置に罠壊しの魔法銃みたいです」
「便利なのが当たったっすね」
たしかに、クライが当たったアイテムは実用面としては悪くない。
悪くはないが、換金を目的にするのなら、そこまでの当たりでもなく。
「私のは龍鱗の力が封じられたバンクル?
これは込められた魔法効果の性能にもよるけど、出すトコに出したら凄い値段になりそうね」
「えっ、それ売っちゃうんすか」
セウスが当たった品物に、ココが『勿体ない』と反応するも。
「まあ、今回は散財の補填が目的ですから、どちらかを売らなければとなりますと――」
「見た目からしてこっちよね。貴族連中にも需要がありそうだし」
実用重視のマジックアイテムとあえて転売を意識したようなデザインのバンクル。
どちらに需要があるかなど、火を見るより明らかで。
「そっちはどうだったの」
「ウチはカードの詰め合わせっすね」
「スクナカードとか入ってるの?
いいじゃない」
「でも、全部ミスリルのカードなんすよ」
「ああ――
本来は喜ぶべきところなんでしょうけど、ミスリルのスクナカードは考えてしまいますよね」
スクナカードとは精霊との契約を可能にするという夢のアイテムだ。
ただ、精霊と契約ができるという特性上、それに手が届くほど稼いでいるものからすれば、出来る限りいいものを――というのが当然の考えであり。
「それに、最近ウチ等も一枚買ったばかりなんすよね」
「そうなんですか、どんなスクナか聞いても」
「もちろんいいっすよ。ふふふっ、見るがいいっすエメラルダ」
ココの声を受け、ビシッと構えた銀色のカードから呼び出されたのは小さな蜂型のスクナ。
「可愛い名前ですね」
「偵察とかが得意なんすよ」
素直に羨ましそうにするクライにどこかおっかなびっくりなセウス。
赤い薔薇の二人を前に、ココが自慢の相棒の紹介を挟んだところで、大トリを飾るエレオノールが袋を開ける。
「各種アクセサリにリボンっすか」
「ハズレかしら?」
「いや、そうでもないかと――、
袋に入っていた紙によると、このリボン、ほとんどの状態異常に耐性があるようなんです」
「えっ、毒に麻痺に催眠と――、
てゆうか、このリボンだけなんか凄くないっすか!?」
エレオノールから受け取ったメモに書かれたリボンの仕様に驚くココ。
「しかし、なんでこのリボンだけこんなに凄いのかしら」
「素材の問題じゃないの」
ただ、どうしてリボンだけこれほど高性能なのか、その理由を異世界の住人に知ることは難しかったという。
◆次回投稿は水曜日の予定です。




