クアリア
洋服作りから一日経って、マリィさんの|魔法窓への好奇心もだいぶ落ち着たようだ。今は作ったばかりの服に夢中になっている。
因みに今日は魔王様は万屋に来ていない。昨日の帰り際に蜘蛛の魔人?であるアラクネさんの糸を譲ってくれないかと頼んだので、たぶん今頃、糸の量産にかかっているのではないかと思う。
その代わりにといってはなんなのだが、僕の出勤に合わせて元春が来ていた。
何かしらの嗅覚が働いたのか、マリィさんによる一人ファッションショーに大興奮している。
まあ、マリィさんが着る服装に興奮しているというよりかは、衣装チェンジの際に、急遽作られた試着室から聞こえてくる衣擦れの音に興奮しているみたいだが、あえて何も言うまい。
と、僕が残念な友人の行動に嘆息していたところ、賢者様がご来店。いつものように店内を見回して、チュニックにホットパンツと夏らしい装いのマリィさんを見付けこう言うのだ。
「おっ、こういうのなんて言うんだっけか『馬子にも衣装』?」
「そうでしょう。そうでしょう。虎助に頼んで作ってもらいましたのよ」
翻訳魔動機〈バベル〉の機能を完全に理解しているかのように諺を使ってくる賢者様に、マリィさんが嬉しそうに何度も頷く。
でも、それ褒められていませんから。
そうツッコミたいのはやまやまなのだが、またマリィさんに癇癪を起こされても面倒だ。
『馬子にも衣装』の本当の意味は賢者様が帰る時になってから教えてあげるとして、
「それで賢者様。今日はどういったご用件で?」
「ああ、今日はアイテムを売り込みだ」
僕の問い掛けにそう答える賢者様。
と、それを聞いたマリィさんが顔をしかめて、
「また変なポーションを売りつけにきましたの?」
「ふふん。お嬢には残念かもしんねぇけどよ。今日持ってきたのは魔法薬じゃねえ。俺の世界の食いもんだ」
「別に貴方の薬なんて誰も求めていませんわ」
ツンデレっぽい台詞を口にプイッと顔を背けるマリィさん。
そのすぐ横で元春が項垂れているのは賢者様の新作に期待していたからだろうか。
「しかし、ロベルトの世界の食べ物ですか?虎助はそんなものまで買い取っているのですね」
「万屋の目的の一つに異世界の技術を収集することにありますから」
というよりも、それがこの万屋本来の目的なのだが。
「それで、これはどういったものですの?見たところ〈イベントリ〉でしたっけ?貴方の世界にある『ぱそこん』にそっくりで、とても食べ物には見えないのですけれど」
うん。たしかにこのサイコロ状の結晶体はとても食べ物に見えないのかも。
「ああ、これはクアリアつってな。結界魔法を利用した保存食ってか、まあ、菓子みたいなもんだな」
「結界魔法というと――魔法で再現した缶詰みたいなものになりますか」
「ああ、この店でも売ってるアレな。俺も専門じゃねぇから詳しいとこまでは分かんねぇが、少年の考え方でいいと思うぜ」
と、賢者様が答えてくれる傍ら、わさっと金髪ドリルを斜めに傾けたマリィさんが訊ねる。
「あら、あの缶詰という食べ物は保存食でしたの?」
あんみつなどのスイーツが好きのマリィさんは黄桃やみかんの缶などを好んで食べていたりする。
しかし、それそのものが保存食であるということはいま初めて知ったようだ。
興味があるみたいだったので簡単な作り方を教えてあげると、
「なるほど。密封と熱による殺菌処理によって食材を保存する技術ですのね。興味深いですの。魔力を消費しなくても長期保存が可能になるところが特に魅力的ですわね」
なんでもマリィさんの世界で食材を保存するとなると、基本、乾物か燻製になるのだという。
他にも一応、氷魔法を使った冷凍保存や空間魔法による保管。後は質の高いマジックバックを使うなりと食材を新鮮なまま保存する技術が存在するのだが、その為には、高位の魔導師、もしくは希少な素材が必要であることから一部の貴族が使うに留まっている状況なのだという。
「しかし、外の結界がよく持ちますね。普通、術者の手から離れた途端に脆くなり、すぐに崩れてしまうものですが」
「ドロップを研究する際の副産物として生まれたのがこの技術だからな。もう半物質化してんだよ」
なんでも、この半物質化した結界による保存技術はドロップの研究過程で偶然生み出されたものらしい。
結界そのものは初級魔法にも劣る強度しかないとのことであるが、結界の効果を対物理に限定することによって、僕が暮らす世界で言うところのプラスチック程度の耐久力は確保できるのだそうだ。
「それで、これはどうやって開けますの?」
「ディロックなんかとおんなじでそこそこの魔力を流してやれば開封されるぜ。まあ、俺等の場合は簡単にこういうのを使うんだけどな」
と、賢者様が懐から取り出した単三電池サイズのドロップだ。
それに魔力を通わせるようにして結界に押し付けると、ポン。弾けるようにその中身が膨張する。
「なんだか本当にディロックみたいですのね」
「たぶん似たような原理で作られてるんだろうぜ。ただ、こっちの場合はドロップから派生したものだから単純に属性を込めただけでな。錬金術――じゃなくて、この場合は科学現象って言った方が正しいのか?それ利用して閉じ込めた食材を膨張させてるらしいんだよ」
賢者様は物質を魔力で操る錬金術の専門家だ。畑違いの技術といえど、魔法を物質に転換するディロックの技術を相当なレベルところまで理解しているらしい。
「それで、これはもう食べて大丈夫なものですの?」
「ああ、というか、それそのそれ自体がメロンだからな。食って不味いってことはねぇっての」
食ってみたらどうだ。賢者様の声に促され、僕達は皿の上に乗せられたクアリアに手を伸ばす。
因みに僕が選んだのは桃のクアリアだそうだ。
元が果物が原料だけにみずみずしい感じの食べ物を予想していたけど、触った感じはちょっと硬いくらいのパンみたいだ。
しかし、食べられる状態にしたまではいいものの誰もクアリアに手を付けようとしない。
初めての食べ物で、それが賢者様が持ってきた食べ物だけに口にし辛いのだろう。
ここは僕がいくしかないか。
そもそも賢者様にその世界の面白そうなアイテムの入手を依頼したのは僕なんだしね。
躊躇いながらも、いざ実食。
すると、噛み締めたその瞬間にサクッと軽い食感が歯を通して伝わり、噛み砕かれたクアリアが淡雪のように溶けて消える。桃果肉をそのままミルフィーユに置き換えたような。でも、この溶けていく感じはふわふわのかき氷みたいなそんな食感だ。
そして、その触感を追いかけるように桃の甘み口いっぱいに広がる。おそらくは結界解除の工程で水分が飛んでいるからだろう。その甘さはまるでハチミツのように濃密だ。
しかし、その甘さはくどくなく、あくまで爽やかな果汁からくる甘さがしっかりと――、
いけない。なんかグルメ漫画みたいな妄想に浸っていた。
と、軽くトリップする僕を見て、マリィさん達もチャレンジする気になったようだ。
こわごわとといった様子ではあるが次々とクアリアを口にしていく。
そして、元春も僕がイメージしたような幻想を脳裏に思い描いたのか、ほんわかとした表情を浮かべたかと思いきや、しみじみとこう呟くのだ。
「料理っつーと俺等の世界のモンがチートみたいなイメージがあったんだけど、そうでもないのな」
確かに小説なんかだと異世界に行った主人公が日本の料理で無双するっていうのが鉄板のネタである。
しかし、日本の料理といえど常に世界の最先端という訳ではないのだ。実際、黒船来襲やらとキャッチコピーで何年かに一回、外国からやってきた食べ物なんかがブームになったりしている。だから、異世界の食べ物がそれを上回るなんてこともおかしくはないことだと思う。
「というか、俺からしてみたら、クアリアと同じレベルのデザートがそこら辺でポンと買えるなんつう少年達の世界がおかしく感じるんだけどな」
錬金術はその仕組みからして、システマティックな大量生産にはあまり向かない技術である。
とはいえ、それはあくまで現代の地球で行われるような大規模販路に対してのこと。
小回りが効く個人商店などで行う量産に関しては錬金術に軍配があがるだろう。
つまり、僕が何をいいたいのかというと、
「賢者様。これの調理法というか、錬金料理の本とかは――」
「あるぞ。魔導書だから高いけどな」
「魔導書なんですか?」
「ああ、カテゴリとしては錬金術に近いけどな」
錬金術というのは、魔法の中でも物質加工に特化した中級以下の魔法ばかりを集めた分野である。
「で、どうする?クアリアを――というか、魔法を使った保存食を少年の店でも出したいんだろ」
まあ、目的はそれだけではないのだが、主な目的は賢者様がした推察の通りである。だから――、
「お金の方は問題ありません。なので、今度来る時に買ってきていただけるとありがたいです」
僕が言い終わるのかが早いか、懐から雑誌サイズの本を取り出す賢者様。
「そう言うと思って買ってきたぜ。手数料込みで金貨五十枚でどうだ」
「禁書や焚書として扱われている魔導書ならばいざ知らず、料理に使う魔法を集めただけの魔導書がその値段というのは少々お高いのではなくて」
結構な値段で売り付けようとしてくる賢者様にマリィさんが物申す。
実際、万屋では『狂戦士でも使える初級魔法』や『冒険に役立つ生活魔法百選』なんて魔導書を銀貨二十五枚(日本円にして二万五千円)で売り出している。
それと同等とは言わないまでも、二百倍もの価格で売り付けようとするのはボッタクリ以外のなにものでもない。
本来ならば文句を言っていいレベルだろう。
だが、
「いいですよ」
「――って、いいのかよ!?」
あっさりと購入を了承する僕に、賢者様ではなく元春がツッコミじみた声を割り込ませてくる。
「まあね。オーナーから新しい魔法の情報には幾ら払ってもいいと言われてるから」
元春には信じられないのだろう。
しかし、魔法式というものには世界によって独特の形式が存在し、
それが単なる料理に関する魔法式だとしても、その一部にソニアすら知らない術式――魔法の及ぼす未知のプログラムが隠れていたら僕達としては儲けものだ。
そんな、裏の意図も承知している賢者様は人の悪人のように口角を吊り上げる。
「少年もなかなか商人らしくなってきたじゃねぇか」
「一応【豪商】なんて肩書を持っていますからね」
自分で言っていておこがましいがこれでも商人の端くれである。
結局、僕は周囲の反対を他所にその魔導書を賢者様の言い値で買い取った。
「こんな料理本に五百万払うなんて、虎助――お前どんだけ儲けてんだよ」
その後、買い取った薄い魔導書をパラパラめくり、元春がこんなことを言っていたけど、正直に答えてあげるべきか。
バックヤードに溜め込まれる大量の金貨がどれくらいあるのか。思い出しながらもそう考える僕であった。




