志帆と虎助の共同戦線
お参りを終えて店に帰ろうとしたところ、遠く空の向こうに光の柱が立ち上る。
ゲートを監視するカリアの報告によると、巨大なライオンが転移してきたらしい。
ちなみに、万屋のデータベースに照合をかけたところそのライオンはネメアというそうで、
その名前を聞いた義父さんが驚いたように独りごちる。
「ネメア――、
ネメアの獅子か」
「父さん知ってるの?」
「ヘラクロスが戦った怪物だ。
エキドナとオルトロスの間に生まれた怪物、もしくはテュポーンの息子だと言われているな」
「テュポンさんの息子さん?」
ネメアの獅子という名前自体は聞いたことがあるけど、さすがに家族関係まではしらなかった。
しかし、テュポンさんの息子さんか――、
カリアから送られてくる映像を見る限りだと、テュポンさんとは似ても似つかないって感じなんだけど。
「虎助、テュポーンと会ったことがあるのか?」
「テュポンさんは僕と元春が戦った(?)巨人の神獣だよ」
「ということはネメアの獅子も神獣?」
これに関しては万屋のデータベースにもハッキリとした情報はないようであるが、神獣なら話が通じる筈と、僕が行って話を聞いてこようかと言ったところ、ここで義父さんから「俺も」という手が上がるも、
ただ、相手が神獣であるとなると、いきなり試練と称して襲いかかってくるなんてこともあるかもしれないからと、僕が難色を示していると母さんがあまり解決にならないこんな提案をしてくる。
「じゃあ、十三さんの代わりに志帆ちゃんに行ってもらいましょう」
「なんでよ」
「なんでって、そのネメアに話が聞けたなら十三さんの助けになるし、もし戦いになっても神獣に認められると特別な実績が手に入るのよね。
実はこれ、元君も持ってるみたいなのよね。志帆ちゃんが持ってないのは格好がつかないんじゃない」
煽り方――、
ちなみに、母さんはルナさんの試練を突破して、既に神獣の加護を得ていたりする。
そんな事実も含めて義姉さんのお尻を叩けば、義姉さんは「やってやろうじゃない」と言い出すのは当然の気血であり。
「虎助、行くわよ」
言うが早いか、走り出した義姉さんに僕か義父さんと顔を見合わせ苦笑い。
すぐにその背中を追いかけてゲートに向かうと、そこにはカリアやエレイン君に見張られ、結界の中に閉じ込められる巨大なライオンの姿があり。
「まずは僕が話しかけるから、義姉さんは下がってて」
僕がそう声をかけると義姉さんがやや不機嫌そうな顔になりながらも「好きにしなさい」と無形に構え。
それに僕はまた苦笑いを浮かべながらもネメアに向き直り、声をかける。
「あの、ネメアさんっ!?」
「GAaa――」
しかし、一声かけたところでネメアが「GUrua――」と吠えながら飛びかかってきて、
その爪は僕の目の前に展開された結界に阻まれたものの。
「話なんて通じないじゃない」
『データベースで調べてみたんだけど、他の世界で神獣とされているような表記はないようだね』
相手が神獣かもしれないということで、ソニアもこちらの状況が気になっていたみたいだ。
カットインしたソニアからの追加情報にどうするのかを訊ねると、
『挑みかかってくるなら倒すだけじゃない』
「そういうことみたいだけど、義姉さん?」
「わかりやすくていいじゃない。さっさとやりましょ」
まったく、ウチの女性陣は好戦的だね。
みなまで言うなと義姉さんが不敵に笑ったところでゲート由来の結界が解除され。
すぐにネメアが飛びかかってくるのかと思いきや、義姉さんとネメアは示し合わせるように一呼吸置いた上で同時に飛び出してのぶつかり合い。
ワンボックスカーくらいあるネメアの巨体が義姉さんを押し潰さんとするも、そこに突き出される後ろ回し蹴り、〈肉体強化〉を使った攻撃だ。
〈肉体強化〉の強化幅は一点強化ほどではないのだが、さすが中位の魔法になるか、魔力による強化の力が全身をまんべんなく覆う為、肉体の耐久力そのものも向上し、なにより全身の連動がそのまま力として打撃に乗せられ、この後ろ蹴りがネメアを弾き飛ばす。
しかし、タイミングドンピシャのその蹴りもネメアには大したダメージにはならなかったみたいだ。
弾き飛ばされたネメアは空中でくるっと後方宙返り、着地を決めると再び義姉さんに飛びかかる。
一方の義姉さんは横に大きく転がることでこのネメアの突撃を回避。
立ち上がる動きの流れからもう一度、今度は立ち上がる動きからの回し蹴りを守りが薄い脇腹に叩き込むと、これにはさすがのネメアも痛みをおぼえたか、「ギャン」と短く悲鳴のような声が辺りに響き。
ただ、ここでネメアは痛みに食いしばると、猫パンチ――と呼ぶには可愛くない前足の振り下ろしで反撃。
攻撃後の隙を狙われた義姉さんは大きく弾き飛ばされてしまう。
「義姉さん」
「問題なし」
僕が千本を使い、追撃を目論んでいたネメアを牽制しながら声をかけると、ナイフのような爪にどこか引っ掛けられたか、義姉さんは顔半分を真っ赤に染めながらもニヤリと口角を吊り上げ、手持ちのポーションで応急処置をして戦線復帰。
「虎助は足を狙いなさい。私はあいつにぶちかます」
はい。義姉さんの命令には逆らえません。
僕が空切で後ろ足を撫で切ろうする一方で、
「ほらほら、私ばっかに構ってると走れなくなっちゃうわよ」
絶好調だね。
義姉さんがネメアと正面切っての殴り合いを始める。
ただ、ダメージのことは考えない殴り合いはあんまり上手い戦い方とは言えないのだけれど、義姉さんのテンション高くネメアの気を引いてくれているので――仕方ない。
僕は今の内にもう片方の後ろ足も切り落としを狙っていくのだが、
さすがにこれには抵抗してきたか。
空切から伝わってくる豆腐を切るような感触が急に重くなった。
とはいえ、それでも強引に刃を通せば分断できなくはなく。
しかし、まさか空切の能力に対抗してくるなんて、やっぱりネメアは神獣なのか。
いや、今はそんな無駄なことを考えている場合じゃないか。
「義姉さん。行くよ」
僕は自分の手持ちの少なさを嘆きながらも千本を投げ込んで、ネメアの片目を狙い、義姉さんのフォローをしようとするも。
「やっぱ取らせてくれないよね」
さすがの防御力と言うべきか、ネメアは、ただ瞼を閉じただけでその攻撃を防ぎ。
「長引くと不利になりそうだから、一気にいかない?」
「仕方ないわね」
相手はトラックサイズのライオンである。義姉さんの消耗も相当なものになるだろう。
ここはやられる前にの精神で、義姉さんを乗せて短期決戦に持ち込もうと考えた僕は、手元に呼び出した魔法窓にとある魔法式を表示させてフリック。
「皮がかなり硬いみたいだからこの魔法式を使って」
義姉さんの戦いを邪魔しないように、その左脇に魔法式を投影させた魔法窓をパスすると、義姉さんは迷うことなく、その魔法式に魔力を注入し。
「なにこれ?」
いや、そういうことは使う前に聞いて欲しかったんだけど……。
「魔法銃についてる衝撃の魔弾の原書みたいなものかな。
その魔力をまとった拳で相手を殴ると、その衝撃を中まで伝わるようになるんだよ」
ようは発勁そのもののような魔法である。
年明けに訓練にやってくるアメリカからのお客様の為に、いろいろ調べた中で見つけた魔法の一つだ。
「ただ、破壊力を上げていて燃費が悪いから、そこのところは気をつけて」
威力があるものを選んでもみたのだが、あまり出力を上げすぎると、その場で義姉さんが戦闘不能になりかねないと注意点を説明し、作戦が決まるまでわざわざ待ってくれていた(?)ネメアに挑みかかる。
まずは魔法銃の連射で気を散らし、腹下に滑り込むと空切からチェンジしたミスリルナイフの刃を立てる。
しかし、やはりと言うべきか、ネメアの毛皮にはミスリルナイフ程度ではほとんど傷をつけることができなくて、
ならばと急所を狙うも、ここで側面からの打撃攻撃に腹下から弾き出されてしまい。
なにがあったと地面にナイフを突き立てて、弾かれた勢いを殺し、顔をあげたところに真横から迫る巨大な箒のような物体。
その正体は――、
「しっぽ?」
「虎助」
「大丈夫」
不意をつかれる形になってしまったが、続くムチのようにしなる一撃はしっかりガードした。
腕がジンジンと痛むが、骨折などはしていないようで、これなら回復薬を使うまでもないと義姉さんに健在をアピール。
「ああ、もう仕方ないわね」
そこから鉄壁のネメアに僕が斬りかかり、義姉さんが一撃の隙を伺うという展開が暫く続き。
隙を見て、僕がマジックバッグから取り出した小さな唐辛子爆弾を自爆覚悟で発動。
それを顔の前で食らってしまったネメアが悶ている間に――、
「義姉さん」
「わかってるわよ」
ネメアの側面に陣取っていた義姉さんが練りに練った魔力を開放。
その拳がネメアの臀部に突き刺さる。
すると、唐辛子爆弾をくらって顔を洗う猫のようになっていたネメアの動きがピタリと止まり、泡を吹いてその場に倒れてしまう。
うん、これは酷い。
なにが酷いかって、義姉さんが殴ったのが足の付け根付近。
そう、義姉さんの使った発勁のような魔法の効果が現れるのは、その先にある急所になるのだ。
「義姉さん」
「え、でも、アンタだってそこ狙ってたじゃん」
間違ってはいないし、先にそこを狙った僕が悪いんだけど、親子(?)そろってこの結末とは……、
「それよりも死んでないよね」
「多分――、
さすがにあの一発で死んじゃうなんてことはないと思うけど」
気休めに用意した回復薬を横倒しになるネメアの患部付近に振りかけるついでに、倒れるネメアを結界で囲み、母さん達と連絡をとって待っていると――、
「気付いた」
義姉さんの声に体を起こしたネメアがビクリと体を縮こまらせ。
僕達を警戒するようにグルルと喉を鳴らせば、次の瞬間、仄かな光が僕と義姉さんの二人を包み込み。
「えと、なに?」
それが収まるのを見届ける前にネメアが回れ右。
義姉さんが何事か話しかけようとするのだが、それよりも前に転移完了。
「帰っちゃった」
「そうだね」
「それで結局、あのライオン、神獣って奴だったの?」
「それはステイタスを見ればわかると思うんだけど」
さっきの光が加護だとするなら、しっかりステイタスに残っているのではと調べてみると、しっかりネメアの加護が得られたようで、〈ライオンハート〉というゲームで言うところの食いしばり効果と恐慌耐性を併せ持つ権能を手に入れられたみたいだ。
「神獣って喋れるって言ってなかった?」
「その筈なんだけど」
そういうタイプじゃなかったとか?
みんな人型フォルムを持っているみたいだし、喋れるのは変身した状態だとか。
いろいろと可能性を考えてみたのだが、結局のところ結論は出ず、今度ルナさんが着た時に聞いてみようという話になった。




