枝
「何事!?」
その日、アヴァロン=エラへとやって来た元春の第一声がこれだった。
まあ、転移をしてみたらうず高く積み上げられた大量の枝の上っていうんだから、その驚きも仕方がないというものだ。
さて、この大量の枝の正体がなにかといえば――、
「フガーって魔獣の巣みたい」
「フガー?」
「ビーバーが魔獣化したものって感じかな。
洪水を起こしたり、森を枯らしたりするから、いろんなところで害獣認定されてるみたいだね」
ちなみに、これらのことを教えてくれたのはフルフルさんだ。
聞けば、以前は夜の森にもフガーが住み着いたことがあるらしく、かなり迷惑をこうむったようだ。
害がないなら追い返そうと思っていたところ教えられ、そういうことならばと処分することになったのだ。
ということで、元春にはエレイン君のエスコートで枝の山から降りてもらって、僕はフルフルさんと一緒に巣の中に。
ちなみに、マリィさんや魔王様が行きたそうにしていたのだが、通路が狭く、崩れる危険性もあるということで遠慮してもらった。
さて、元春にも避難してもらったところで、道案内をしてくれるというフルフルさんを頭の上に、フガーの巣の中に立ち入るのだが、これがどうも立体迷路のようになっているようで、
ただ、構造自体はそこまで複雑なものでもないらしく。
「空気の流れからしてこっちですか」
「そうだね。魔素の反応もそっちに出てる」
たぶん風の魔法を使っているのだろう。巣の内部はきちんと空気の循環がなされているようで、その空気の流れに乗って届く情報によって、フガーがどこにいるのか、おおよそ検討がつけられる。
僕は中腰の姿勢で、アクアとオニキスを護衛に前をゆく、フルフルさんを追いかけ、狭い通路を進んでいく。
すると、入り口からすでに二十メートルほど進んだところで、通路の先から威嚇するような魔法の水球が飛んできて、僕はそれをアクアとオニキスがしっかり防御したのを確認すると、自前のマジックバッグに手を突っ込み。
「どうやって倒すの?」
「今回はこれを使ってみます」
「それって、フラッシュバン?」
そう、僕が取り出した魔法薬はついこの間作ったばかりのフラッシュバン。
このアイテムは妖精飛行隊のみなさんにも好評で、今回フガーを退治するのに使おうとしたのだが、
「こんな狭い中でそれを使ったら、私達も危ないんじゃない」
「はい。なので周囲を水の膜で覆って音を逃さないようにするんです」
ここで再びアクアとオニキスの出番である。
僕が魔法銃で通路の向こうにいるだろうフガーを引き付ける一方で、アクアが静かに水を行き渡らせて周囲を水の膜で取り囲むと、オニキスがその水の膜に少量の闇を溶かし、僕は取り出したフラッシュバンの瓶の蓋に印字された魔法式に魔力を流し込み。
それをアクアが作った水の膜の内部に投げ込んで、三秒待てば――、
うっすらと黒が入った水膜の向こうで光が瞬き。
「終わりですね」
「へぇ、こんな使い方も出来るんだ」
「では、止めを刺して行きましょうか」
気絶しているところをスパッと行くのは少し可哀想ではあるが、異世界においても害獣認定されているとあらば仕方がないと、僕は通路の先で五匹寄り添うように倒れていたフガー達の首を掻き切り、吹き出した血を誘引の魔法で集めて瓶に回収。
「このフガーどうしましょうか」
「肉は油っこくてイマイチらしいわよ」
フルフルさん自身は食べたことがないそうなのだが、拠点のメンバーが昔食べたことがあるようで、それによると、その肉は脂肪が多いとのことだが、毛皮の方はなかなか良さそうだ。
そういえば、昔シルクハットの材料にビーバーの毛皮が使われていたことがあると聞いたことがあるような。
いまやったら環境団体とかがうるさそうだけど――と、素材回収用に持ってきたマジックバッグに収納していき、周囲にまだフガーが残ってないかを確認。
巣の外に出ると、みんなが集まってきて、
「どうでした?」
「倒しました。後はこの瓦礫を片付けるだけですね」
「私が燃やしましょうか」
「いえ、ほとんど枝が魔樹のものみたいなので、乾かせばなにかに使えるんじゃと」
古代樹のストックが使い切れないくらいあるのだが、たとえば古代樹はもったいなくて使えないような用途に使えるんじゃと、工房に持ち込み厳選して回収してもらうと、ソニアの許可を受けた上で魔法窓からモルドレッドを起動し、工房まで運んでもらうことにしたのだが、
「なんかめっちゃくっついてね」
巣の一部を持ち上げようとしたところ、何故か全体が持ち上がり。
調べてみると、どうも特殊な樹液で枝自体が接着されているようで、
これはある程度、分解してやらないと運べなさそうだと、エレイン君達に手伝ってもらって細かな枝を中心に外していると、その奥の方になにやら光るものを発見。
「お、なんか変なのが出てきたな」
「銀色の枝?」
「アナタが落としたのはってヤツ?」
それは斧だ。
しかし、銀の枝といえば、なにかどこかでそんな話を聞いたようなと調べてみると、ティル・ナ・ノーグへの案内に必要なものとの記述を発見。
そういうことならばと、フルフルさんに確認をしてみるのだが、特にこれといった心当たりもないようで、とりあえずこの枝の処置は後回しにして、フガーの巣の分解を再開。
巣の分解作業を続けること三十分――、
大まかな分解が終えたところでモルドレッドを再起動。
これくらいの大きさなら十分運べることを確認したところで、後の作業はモルドレッドの自律行動に任せ、銀の枝をどうするかであるが、
「結局、見つかったのはこれ一本だったな」
銀色の枝は一本見つかっただけで、後は各種魔樹の枝と普通の材木だった。
「で、この枝はなんなの?」
「えと、ソニアに頼んで詳しく調べてみてもらったところ、どうも精霊の加護を受けてるみたいです。
実が取れれば優秀な錬金素材に出来るみたいなんですけど」
しかし、こうして切られた状態ではそれを望むのは難しく。
「けど、ここなら再生できんじゃねーの」
「その可能性もなくはないって話だけど」
この枝がどれくらい前に切られたかにもよると思うのだが、世界樹に接ぎ木すれば復活するかもしれないのだが、
「ただ、この枝――、松の一種みたいなんだよね」
そう、どうもこの枝は巣をまとめるのに使われた木と同種のもののようで――、
「松の実ってなかったっけか」
「種類にもよるかな。日本の松だと可食部は殆どないって話だし」
国によっては若い松ぼっくりなら食べるところがあるそうなんだけど。
「とにかく、接ぎ木してみるよ。
ということで魔王様も協力お願いします」
「……ん、任せて」
「ん? ここでやるんじゃねーの」
「ウチでもやるんだけど、ここに植えるとどうなるかわからないから魔王様のところでもね」
以前、桜を移植した時ははじめてのことだけに、全部アヴァロン=エラでやってしまったが、
今なら魔王様のところでもいろいろ植物を育てている。
だとするなら、枝を幾つかの株にわけて、魔王様のところでも育ててもらった方が失敗が少ないのは当然のことで。
「それに魔王様のところではいろいろと育ててもらってるから」
「えっ、そうなの?」
「元春、貴方――、世界樹などは他の場所でも植えているでしょうに」
そう、数々の世界で生育実験をしている世界樹をはじめに移植したのは魔王様の拠点である。
そして、生態系に配慮しつつも広大な周囲の森を生かして、いろいろと入手困難な植物の生育実験をしてもらっているのである。
とにかく今回はできるだけ多くの株を作り、いろいろな場所で実験してもらえるように手配しよう。




