洋服作り
すみません。掲載時間の予約をミスってました。少し遅れましたが投稿になります。
その日、僕はマリィさんと魔王様を伴って工房エリアに来ていた。
先日の一件からエルフの来訪を警戒して、常にビクビクと店の外を伺うようになってしまった魔王様に気分転換をしてもらおうと考えたのだ。
因みにもう一人(これは僕とマリィさんが一方的にそう思っているのだが)、魔王様の天敵となりえるかもしれないフレアさんは、昨日したステイタスチェックによって【勇者】の実績がないことを知り、落ち込んでいるのかと思いきや、大泣きしたことによってスッキリしたのか、半日ほどで立ち直り、
現在は「もしかすっと魔王を倒したら勇者になれるんじゃね」という元春の適当な口車に乗せられ、ソニアに突貫工事で作ってもらった、自称大魔王のアダマー=ナイマッドと戦えるディストピアに篭っていたりする。
もともとアダマーはランプの魔人が魔王化した存在だったらしく、その核となるランプの中に壷中天のような亜空間を所持していたようで、ディストピアを作るのも比較的簡単だったそうだ。
とはいえ、そこはおバ――もとい、無軌道なフレアさんのことだ。いつ戻ってくるかも分からないと、狙ったかのように来店した魔王様には工房エリアに避難をしてもらうついでにと、以前、リクエストされた服作りを体験してもらおうとここに至った訳だ。
まあ、例のエルフやフレアさんのような無軌道な人物への対策は別に考えるとして、今日は存分に楽しんでもらうとしよう。
「それで今回、魔王様はローブの代わりになる服のリクエストということでよろしいでしょうか。マリィさんはやっぱり魔法剣ですか。それとも魔導アーマーを作ってみます?」
「……魔導アーマー?」
矢継ぎ早に出された質問に首を傾げたのは魔王様だった。
「ゴーレムとかロボットに近い鎧――、インテリジェンスソードの鎧版といったところでしょうかね」
因みに話の元になったプロトタイプの魔導アーマーは簡単な調整だけして、ビッグマウスから作ったウエストポーチ型のマジックバッグと一緒に元春に譲り渡しておいた。
もともと元春の相談を元に設計したものだったので、タダで進呈する代わりに使用感や不具合をなんかを確かめてもらおうと譲ったのだ。
とはいっても、あれから元春が万屋にいるタイミングで、程よい加減の強さを持つ魔獣が来てくれる機会がなく、使う機会もなかったのだが、まあ、それはともかくとして。
「あの鎧には興味がありますけれど、じっくりアイデアをまとめてからでないと中途半端なものになってしまいますからね。今回はマオに合わせて服を作りますわ」
ふむ。今回はということは後できっちり魔導アーマーを作る予定はあると、
しかし、マリィさんのことだ。作るとしたら高級素材をふんだんに使用した高機能な魔導アーマーになるだろう。
オリハルコンやエルライトなんかも大量に用意しておいた方がいいのかもな。
僕は念の為にと開いた魔法窓から、バックヤードにいるエレイン君たちにオリハルコンのストックを増やすようにと指示を送りながらも、話を戻す。
「それで結局、今日はどんな感じの服を作りますか?」
「……虎助が前に着ていた服がいい」
先に答えてくれたのは魔王様だ。
前に着ていたというと……ジップパーカーかな?
最近はめっきり暑くなってきてTシャツばかりだけれど、一時期はこれが制服とばかりに毎日きてたからなあ。魔王様にとって異世界の服といえばジップパーカーになるのだろう。
とはいえ、現在、季節は夏真っ盛り。
少なくともアヴァロン=エラでは太陽がジリジリと照りつける季節である。
だから、
「ジップパーカーもいいですけど。夏に着る服にも似たような服がありますから、そちらも作ってみましょうか」
魔法世界には過酷な環境での活動を目的とした耐熱・耐寒・気温調節魔法があるとはいえ、夏の盛りにジップパーカーなんて着ていたら暑苦しい。
ジップパーカーも作って、そちらも作ればいいではないかという僕の説得に納得したように魔王様は首を縦に振ってくれる。
「それで、マリィさんはどうします?」
「私は、前にいただいたジャージという服が欲しいですわね。あの服、物凄く落ち着きますの」
以前に作ったサラマンダーの燐皮を使ったジャージだが、元が小柄な母さんのジャージだけに、マリィさんが着ると色んな意味で目に毒になると、自宅(城)で使う部屋着にしてくださいと説得したという事件があったりなんかした。
どうもそれ以来、ジャージが気に入ってしまったマリィさんは、自宅(城)内ではずっと、(主に胸部が)のびのびになったジャージを着ているらしいのだ。
「わかりました。でも、マリィさんもジャージ以外にお出かけ用の(とはいってもここに来るくらいですが)私服を作ってみてはどうですか?」
「そうですわね。虎助の世界にはジャージ以外にも機能的な服があるみたいですから、新しい服にチャレンジしてみるのもいいことかもしれませんの」
そう言いながらも、マリィさんがエクスカリバーの意匠が施されたウエストポーチから取り出したのは漫画本。
だが、ちょっと待ってくれ。
「えと、マリィさん。漫画の衣装はちょっと一般的じゃありませんから」
マリィさんや魔王様はファンタジー世界の住人だ。たしかに漫画みたいな服も似合うだろうけど、
ここアヴァロン=エラには元春を初めとした日本人だってやってくるのだ。
マリィさんが漫画を参考にした服を僕に作ってもらったとかいって見せびらかしてしまったら変な誤解を与えかねない。
だから、
そうなんですの?と驚きを露わにするマリィさんに、僕は苦笑いを浮かべながらも少し考え、一つ手を打つことにする。
魔法窓からインターネットへと接続。呼び出した数十枚の魔法窓それぞれに有名なアパレル関係の通販サイトを表示させていく。
そして、アウターにトップス。ボトムスにインナーとそれぞれのページを一組づつ開いて、マリィさんと魔王様周りに浮遊させて、
「取り敢えず適当に僕の世界の服でお二人の興味がありそうなジャンルの服を選んでみました。もしも気になるものがありましたら言ってください。似たようなサイトを探してきますから」
そうなのだ。漫画の服を参考資料にしたくないのなら。どこかから別の参考資料を引っ張ってくればいいのだ。
と、いままでになく大量に浮かぶ魔法窓に目を見張ったマリィさんは、魔王様と共に幾つかの魔法窓を手を伸ばして、
「しかし、虎助の世界にはいろいろな服がありますのね。こんなにあると迷ってしまいますわ」
「(コクコク)」
独り言のようなマリィさんの声に珍しく大きな首振りで応える魔王様。
やはり元お姫様だとか魔王様といってもそこは女の子、可愛らしい服というのはそれだけで興味を惹かれるものなのだろう。
と、それから小一時間ほど、
僕は大量の魔法窓と戯れる女性陣の傍ら万屋にいるベル君と回線を繋ぎ、フレアさんの動向や来客状況をチェック。
そして、暇にかまけて幾つかの新商品のアイデアを書き起こしたところで顔を上げ、相変わらず魔法窓とにらめっこを続ける二人に声をかける。
「あの、そろそろ決まりました」
しかし、返事はない。かなり集中しているみたいだ。
控えめに何回か声をかていくと、ようやくこちらに気付いてくれたみたいで、
「気になるものは幾つかありましたけど、映像だけを見て決めるのはなかなか難しいものですね」
珍しく歯切れの悪いマリィさん。
魔王様もマリィさんと同じ意見のようだ。
というよりも、まだ僕の声が聞こえていないのか、幾つかキープした魔法窓を自分の周りに浮かべて、せわしなくその位置を動かしている。たぶん自分の中でランキングでもつけているのだろう。
たしかに、ネット通販とかだと、逆にその手触りや着心地なんかがわからなくて迷ったりもするからなあ。
僕は二人の様子を見て、次なる手を打つことにする。
「試着とは少し違いますけど、服を着たイメージを見るだけならなんとかできますよ」
「できますの?」
ズズイと寄ってくるマリィさんと魔王様。
「あくまでイメージですけどね。魔法窓と光魔法を併用すれば自由に服の着せ替えが可能な立体映像を作ることができますよ」
僕は二人の迫力におののきながらも、一つだけ手元に残しておいた魔法窓をタップする。
起動させたのは僕の暮らす世界に存在する着せ替えアプリをヒントにソニアが新開発した魔法のアプリ。
魔法窓と連動して、その画面に表示された写真などを光魔法で立体化、着せ替え遊びができるという魔法式だ。
「しかし、いつの間にそんな魔法を――、もしや今日の為に作ってくれましたの?」
「別に今日に合わせて作ったのではなくてですね。実はこれ、元春のふとしたアイデアからオーナーがお遊びで作ったものなんですよ」
僕の口から元春という名前が出た途端、さっきまでキラキラと輝いていたマリィさんの表情が一転して曇り空に――。
「あの男が考えた魔法?それはまともな魔法ですの」
「そこはオーナーが完全監修した魔法式ですから……。作られた動機はともかく、アプリ自体はきちんとしたものですよ」
元春の普段の行いを思い起こし、ついゲンナリとしてしまうマリィさん。
しかしこれは、あくまでこれは元春の言葉がヒントになって作られたアプリであって、元春が作ったものではない。
たとえ元春がとあるモデルさんの着せ替えサイトを見ながら『なあ虎助。俺の光魔法を使ってこの子を裸に見えるように出来ねーかな』と呟いたとしても、全く関係ないのだ。
と、そんな裏事情は内緒のまま、実演付きで安全性と使い方、その両方をレクチャーしたところ、マリィさんにも着せ替え魔法アプリが有用であると伝わったようで、
そこから二時間ほど、服選びは更なる熾烈を極めるのだが…………、
もうすぐお昼という時間になったところで再び声をかける。
「えと、そろそろ決まりました?」
「ああ、すみませんの。このアプリ(?)が優秀過ぎるもので、逆に迷ってしまって」
曰く、自分をモデルに着せ替えが出来るのだから、あれもこれもと欲張っている内にどんどん気になる服が増えてしまったのだという。
申し訳なさそうにしながらも立体映像を着せ替える手を止めようとしないマリィさん。
それは魔王様も同じらしく、黙々といろんな服を試している。
その姿にはここ数日の心配の欠片も見られなくて、一安心といったところではあるのだが、
このままでは今日一日が服選びだけで終わってしまいそうである。だから、
「取り敢えず、いま表示している服を試しに作ってみるというのはどうでしょう。服は沢山あっても困るものでもありませんし、マジックバックに入れておけば保管も簡単でしょう」
それ即ち、タンスの肥やしとも言うのだが、マジックポーチの中なら場所も取らないし、虫食いや色落ちの心配も無い。
そして、あくまで今回作る分を第一候補として、簡単な昼食の後、ようやく服作りにとりかかろうということになるのだが、
「ふつうの布ではダメですの?」
あくまで試作品という意味でなら素材にまでこだわる必要はないと思う。だがしかし、二人の立場を考えると下手なものも作れないというのもまた然り、
「因みに、いま二人の服に使われる素材にはどんなものが使われているんですか?」
参考までに、いま二人が着ている服にはどんな素材が使われているのかと聞いてみたところ、マリィさんはマナシルクと呼ばれる中型犬ほどの蚕が作り出す生糸が使われているそうで、魔王様は半人半蜘蛛の魔人(虫?)アラクネさんに作ってもらっているとのことだ。
魔法窓を開き、バックヤードに同じ素材が収蔵されているものはないかと調べてみるのだが、残念ながら現在リスト化が進んでいる収蔵品の中には二人の服に使っている素材は見当たらない。
場所柄、そういう素材は手に入りにくい事を考えると仕方がないとも言えるのだが、
う~ん、どうしたものか。
いっそのこと魔王様の友達のアラクネさんに譲ってもらうのはどうだろうか。
それなら魔王様の懐も潤うだろうし、何より魔剣に変わる交易品が出来ることは魔王様達にとってもいいことだ。
とはいえお客様である魔王様に『服を作りますから、いますぐ材料を用意してください』とはさすがに言い難い。
取り敢えず今日はありあわせのものでどうにかしよう。
バックヤードに保管されるものの中で使えそうな物がないか検索をかけてみると、引っかかったのは、風龍の髭にナイトメアシープの毛、そして、イビルプラントから取れる繊維という三つの素材だった。
字面からみると、あまり普段着作りに向いている素材のようには思えない三点だが、まあ、ここは無難なところでナイトメアシープの毛だろう。
さて、そんなこんなで服作りの素材も決まったところで、後は作った服にどんな魔法式を付与するかだけど……これはお二人に直接聞いちゃった方が早いかな。
「じゃあ最後に、お二人の服にはどんな魔法式が付与されていますか?」
「私のドレスには魔法障壁と身体強化系の魔法式が付与されていますわ」
「……たぶん同じ感じ」
二人共、魔道士タイプということで防御に念頭を置いた魔法式の構成になっているらしい。
それならすぐにでも新しい魔法式を組み上げることもできるんだけど、普段使いをする服なら、既存の魔法式を転用する方がマリィさん達も使いやすいか。
となると、
「あの、それで、出来ることならお二人の服をスキャンさせてもらいたいんですけど――よろしいですか」
「いいですわよ」「〈コクコク〉」
もしかすると秘伝の魔法式が使われてたりなんかして秘密保持もあるかもしれないと、ダメ元で聞いてみたのだが、二人はあっさり承諾。
許可がおりたということで、魔法窓に追加された撮影機能を利用して二人の服に施されている魔法式をスキャンしてみるのだが、
なんか凄そうな魔法式がコピーできちゃったみたいなんですけど……大丈夫かな?
念の為、もう一度、二人に確認を取った後、万屋にあるコンピューターを経由して、服作りを行ってくれるエレイン君達にデータを転送。
後は完成を待つばかりだと魔法窓を消したところで、しみじみとこんな声が掛けられる。
「しかし、その魔法には本当に便利な機能ばかり詰め込まれていますのね」
「え、ああ、そういう魔法ですから――、パソコンや携帯で可能なことはだいたいできるようになっていますよ」
「……羨ましい」
魔王様がポツリと零す。
ふむ。魔王様がゲーム以外でこんなに興味を示すのは珍しい。
だったら、
「それならお二人にも専用の魔法窓を用意しましょうか」
「いいんですの?」
キラキラと輝く瞳が二組、僕を見上げてくる。
「ええ、そもそもこの魔法は万屋で売り出すようにと開発した魔法ですからね。さすがにゲートやアヴァロン=エラの保全に関わる機能なんかは使えないようになっていますけど、それ以外の機能は殆ど使えるものを用意していますよ」
ここで魔王様が控えめに手を挙げる。
「……インターネットは使える?」
「そうですね。お二人は常連様ですから、使えるようにしておいた方がいいかもしれませんね」
回線の関係もあって、売りに出す商品にはインターネット接続機能はつけないつもりであったのだが、まあ、地球の事を知り、インターネットの存在を知る二人には解放しても問題ないだろう。
とはいえだ。
「インターネットを通じて買い物をする時は僕に言ってくださいよ」
インターネットの使用に関する注意を怠ってはいけないだろう。
すると、それを聞いたお二人は目を見開き驚いて、
「あの、このインターネットとやらは買い物まで出来ますの?」
もしかして藪蛇だったかな。
二人のリアクションにそう思うも、聞かれた限りは答えない訳にもいかない。
「その、さっきの服選びの時にも見たと思いますけど、商品の下の方に値段がついていましたよね。そこから購入をクリックするとお取り寄せが出来るようになっているんです」
それを聞いたマリィさんと魔王様はついさっきまで、というよりも、服を注文してからも見ていた魔法窓に目を落として、そこに表示される『カートに入れる』や『購入』ボタンを見つけ。
「それは服以外にも、例えばスイーツの類を取り寄せることもできますの?」
「ええ」
「……ゲームも?」
「はい」
そして――、
「「虎助、すぐに魔法窓を使えるようにして(くださいませ)!!」」
その後、エレイン君を経由して、ソニア謹製の携帯型イベントリを手に入れた二人が、出来上がった服そっちのけでインターネットサーフィンに興じたことは言うまでもないだろう。
◆既出の情報からの補足
ロベルトの世界からゲットした魔導パソコンのイベントリですがキューブ状の立体パズル。様々な色のクリスタルが組み合わさったようなものとお考えください。
因みに当初、手に入れたイベントリの大きさが○ービックキューブ大。
虎助がウエストポーチに入れて持っているものはソニアが改良した小型イベントリで、3×3のルービック○ューブが2×2に小型化されたものとお考えください。
そして今回、マリィとマオが手に入れた携帯型イベントリは更に小さく1×1。ダイススタッキングなどに使われるサイコロくらいのイメージです。




