消えた幼龍
ディンゴとの戦いを終えて一段落――、
したかに思いきや、ここで問題が発生する。
『大変。あの子がいなくなっちゃった』
『どういうことだ。ヴェラ』
『戦いが始まって、危ないからお腹の下にいるように言ってたんだけど、爆発から庇おうとしたらいなくなってたの』
なんでも、ディンゴが戦いの最後に放ったブレスの暴発。
その爆風から幼龍を守ろうとヴェラさんが手を伸ばしたところ、ここで懐から幼龍が消えていることに気が付いたようだ。
しかし、上位龍種であるヴェラさんの感知を掻い潜っていなくなるなんて、通常ならばありえない。
と、言いたいところだが、あの幼龍が空間転移などを得意とするトワイライトドラゴンの系譜であることを考えると、気付かれずに移動されてしまうこともなくはなく。
突然の爆風に驚き、本来の能力が発動したとか?
まあ、ヴェラさんの場合、意外と大雑把なところがあるから、そういった方面の才能があまり無いということもあるのだけれど。
ただ、つい先程、ヴェラさんをおいて洞窟の奥へと進んでしまった際、幼龍には今度どこかに行ったとしても居場所がわかるようにと、玲さんが操作していた久秀を持たせてあったので、その居場所はすぐにわかる。
と、魔法窓で幼龍の居場所を調べてみると、ここから数百メートルほど離れた場所にいることが判明。
しかし、久秀の視界を映す映像については、ヴェラさんがしっかり持っておくようにと言い聞かせたことが裏目に出てしまったのか、真っ暗闇な状態で、
「とにかく位置はわかったので、誘導します」
僕が操る久秀の先導で幼龍の元へ向かうことになり、リドラさんによって倒されたディンゴの処分は、付近の亀裂に身を隠していた若い雄の龍種達に任せることになった。
まあ、ディンゴが使っていた能力を考えて、素早く目と口と両手両足を縛った後であるのだが……。
そうして、ナビを頼りに幼龍の行方を探すと、谷の中央にある一際大きな亀裂に行き当たる。
「この亀裂の奥にいるようですね」
『ここはパルス老の巣穴ですな』
「パルス老ですか」
「ええ、この谷一番の古株で――」
聞くとその龍種は、老齢になってこの龍の谷に戻ってきた樹龍の一体で、死期が近いと数百年もこのねぐらの中で過ごしているという。
「死期が近くて数百年って――」
「そこは長命種特有の時間間隔ですわね」
と、玲さんとマリィさんの話からもわかるように、パルス老はかなりのんびり屋の龍種なようで、幼龍が迷い込んだとしても変なことをするような方ではないそうなのだが、
無断で巣穴に入るのは失礼だと、とりあえずリドラさんとヴェラさんに挨拶をお願いするのだが、
「応答がありませんね」
『パルス老の耳はかなり遠くなっておりますので』
龍種にも老人性難聴はあるようだ。
そのパルス老という龍種からの反応は無く。
だから、焦るヴェラさんを宥めつつ、少し進んでは声をかけ、少し進んでは声をかけを繰り返し、亀裂の奥へ奥へと足を踏み入れていったのだが、
一度の返事もないままに亀裂の最奥に到着。
ただ、そこはただ何もないだけの空間で、もちろんパルス老の姿もレーヴァの姿も見当たらず。
『誰もいないってどういうこと?』
考えられる原因としては、最初にも触れたトワイライトドラゴンが持つ転移能力が原因か。
いや、それにしたって自分だけならともかく、成龍も巻き込んでの転移となると難しいのではないのか。
だとしたら、他になにか原因があるのかと考えて――、
「もしかして、龍の墓場に転移したとか?」
ここに来るまでの話を聞くに、あまりあてにならなくもあるのだが、パルス老の前になら龍の墓場への入り口が開いてもおかしくないと、僕はそんな可能性に言及しつつも、
「ただ、あの幼龍の反応がここにあるということは、ここのどこかに次元の歪みがまだ残っているんだと思います。探してください」
『わかったわ』『承知』
リドラさんとヴェラさんに周囲の探索をお願い。
一方、僕が久秀に用意させるのは中継機。
もしここに龍の墓場に繋がる次元の歪みが発生しているのなら、その歪みを通して、前回龍の墓場に残してきたモスキートと通信が出来るのではと考えたのだ。
と、そんな目論見はどうやら正解だったみたいだ。
数秒の読み込み時間の後、数ヶ月前に龍の墓場に残してきたモスキートからの反応があって、
『あ、ここに歪みがあるわ。すぐにあの子を助けなくちゃ』
言うが早いか、歪みに飛び込みそうになるヴェラさんのその白い尻尾をリドラさんががっしりと掴み、『何をするのよ』と文句するヴェラさんに、
「落ち着いてくださいヴェラさん。
まだ死期が訪れていない龍種がそこに立ち入ったらどうなるかがわかりませんから」
『けど、この中にあの子がいるのよ』
たしかに、その心配はすでに歪みの中に入っているだろう幼龍にも言えることだが、いまはその幼龍の救出を優先する為、避けられるリスクなら避けておくべきであると、ヴェラさんには突入を踏みとどまってもらいつつも、僕は久秀を操り、歪みの前まで中継機を移動。
すると、通信の状況が一気に良くなったのか、現地のモスキートから映像が送られてきて、
それに付随して送られてきた情報によると、どうやらモスキートは向こうの空間に何者かが入ってきたことを感知して、現場に駆けつけていてくれたみたいだ。
「近くにはいないようですね」
『む、あの丘の上にパレス老が』
上空から見下ろす映像にリドラさんが反応。
それは、一見するとただ巨木が横たわっているようにしか見えなかった。
しかし、いざ近づいてみると、それはたしかに巨大な龍種で、
『いた。あの子よ』
その傍らには藍色の鱗を持つ幼龍の姿があり。
「なにか話をしてる?」
「そのように見えますわね」
『早く連れ戻して』
ヴェラさんの逸る気持ちはよくわかるのだが、ここでモスキートを使って、無理矢理に幼龍を連れ戻すのは実質的に不可能なので、
「何を言ってているのかわかります?」
『いえ、あの子はまだ言葉を介しませんから』
まあ、赤ちゃんですもんね。
「……だけど、楽しそう」
確かに、キュッキュと鳴く幼龍に重いまぶたを動かして応えるようにするパルス老。
そんな二体の様子はかなり和やかな雰囲気だ。
そして、そんな両者の雰囲気にヴェラさんも少し落ち着きを取り戻したかな。
とりあえず、なにかあった時、幼龍を多少強引にでも連れ戻せるようにと、上空から谷を調査してくれていた蒼空の一体を呼び出して、龍の墓場に突入させるべく準備を進めながらも彼等のやり取りを眺めていると、顔の周りで楽しそうにはしゃぐ幼龍に、今まで目を細めているだけだったパルス老が、急に細く綺麗な嘶きを発し、そのままゆっくりと目を閉じてしまう。
その後、いつまでたっても目を開けないパルス老に、幼龍が不思議そうに首を傾げ、ペチペチと閉じた瞼を何度も叩いてしがみついたりするのだが、
『やめなさい。そこは静かに眠るところよ』
ここで蒼空が現場へ到着。
開いた魔法窓からヴェラさんが声をかけると、幼龍もいつもと違うヴェラさんの声音から何かを感じ取るものがあったか、最後にキュウと一鳴き。
何度もパルス老を振り返りながらも蒼空の先導で龍の墓場を脱出。
外で待ち構えていたヴェラさんが頭を擦り付ける。
と、僕はそんな光景を横目にみながら。
「リドラさん。蒼空をあちらに戻してもいいですか、また今回のようなことがあった場合に手札は多い方が良さそうなので」
さすがにこんなことになるとは思わなかったが、
二度あることは三度あると言うし、また次になにかあった時、すぐに対応できるように、モスキートよりも蒼空が龍の墓場に居た方が何かと都合が良さそうだと、リドラさんにお願いをしたところ。
『そうですな』
前回もそうであったが、龍の墓場はあくまで龍種が最後に訪れる場所というのがリドラさんの認識なのだろう。
特に聖地とかそういう位置づけの場所でもないようで、リドラさんとしても、現代を生きる龍種にもメリットがあるのなら、否というつもりはないようだ。
そして、そんなリドラさんの了承の声に被せるように、ヴェラさんから『当然』という声が上がり、蒼空が龍の墓場に派遣されることが決定。
ただ、その調整と撤収を前にして、リドラさんから『少し待っていただけますかな』という声がかかり、リドラさんがパルス老の終の棲家であった亀裂上部から飛び去って、数分――、
舞い戻ったリドラさんが大きな手で器用に運んできたのはカカオのような果実だった。
『間に合いましたか』
『はい』
まだ歪みはまだ閉じてはいない。
『これを――、
パルス老が好きだった果実です』
どうやら、それはお供えもののようだ。
これを歪みの中に投げ込んで、あちらにいる蒼空に持たせてパルス老の鼻先まで運び。
リドラさんを筆頭に黙祷を捧げたところで魔法窓にノイズが走り。
『どうやら時間のようですな』
『ほら、お爺ちゃんにお別れを言って』
ヴェラさんに促されるように幼龍が『きゅう』と画面に飛びついた直後、龍の墓場との通信は途絶えた。




