ディンゴ
「なにか前に見たことがある光景ですわね」
幼龍の一人歩きから始まったちょっとした洞窟探索の後、
騒がしい外の様子を覗いてみると、空がワイバーンの群れによって埋め尽くされていた。
『ただ、以前のものに比べるとかなり数が少ないようですが』
たしかにリドラさんが言うように、数ヶ月前にこの谷で戦ったシャイザークが引き連れていた龍種の数には及ばない。
ただ、それでもこのワイバーンの数は驚異的で、
実際、洞窟の周囲でのんびりしていた龍種達は、その殆どが近くの洞窟に逃げ込んで、一部抵抗するものもいたようだが、大量のワイバーンに囲まれてしまっては反撃もままならないと、防御に徹するしかないようなのだから。
『とりあえず話を聞いてみるとしましょう。
見るに、この状況は彼奴が元凶のようですから』
と、リドラさんが視線を向けるのはワイバーンに囲まれ、気持ちよさそうに熱弁を振るう枯葉色の鱗を持つ龍種。
と、そんなエコーを伴う彼の主張をを聞く限りでは、自分がこの谷を統べるにふさわしい龍種であるとのことであるが、
『ヴェラ、幼子の面倒を頼むぞ』
『任せて』
幼龍をヴェラさんに任せて、うっそり洞窟の外へと出ていったリドラさんが、谷の中央でホバリング状態の龍種に声を張り上げる。
『ディンゴ。これはなんのマネだ』
『ようやく出てきましたか、リドラさ――いや、リドラ。
まあ、何の真似かと問われますれば、いま演説した通りですよ。
アナタを倒して私がこの谷の新しい王になる』
えと、なんていったらいいいんだろうか。
言っていることもそうなのだが、なにより無駄に威厳を強調するその腕組みポーズ。
「なに、あの中二龍」
「わかりますの。ああいう輩を噛ませ犬というのですね」
「……ん」
そう、いかにもな大物ムーブを決めるディンゴという龍種は、調査を手伝ってくれている女性陣が下す、散々な評価がそのまま皮を被ったような存在であり。
『ここはそういう場所ではないと思うのだが』
そう、リドラさんのご指摘通り、そもそも龍の谷は国でも街でもなんでもなく、繁殖と終活を目的とした龍種が集まるという場所でしかないのである。
しかし、ディンゴは自信満々にこう返す。
『何を言ってるるんです。
つい先日までの下等な蛇竜の横暴。
そして、現在はアナタがそのように振る舞っているではありませんか』
成程、シャイザークの後始末で、一部龍種の生活指導なんかを行うリドラさんの姿は、見ようによってはそう取れるのかもしれない。
けれど、リドラさんが他の龍種に何かを強いることは無い筈だ。
『ふむ、我への文句は受け取ろう。
しかし、それとこの谷の平穏を乱すことは別の問題だろう』
せっかく龍の谷に平穏が戻りかけているというのに、その平穏を見ださんとする輩は看過できない。
睨みを効かせるリドラさんに、小さな悲鳴を漏らすディンゴ。
しかし、リドラさんの迫力に騒ぎ出すワイバーンの声にハッと我を取り戻したようにすると。
『お前達、やってしまえ』
これは強硬手段に出たというよりも、恐怖からついやってしまったというのが正解だろうか。
引きつった声で発せられたディンゴの命令に、ワイバーンがその身を砲弾に代えてリドラさんに襲いかかる。
対するリドラさんは一吠え、魔力を乗せた咆哮でワイバーンの勢いを削ごうとするのだが、それでもワイバーンの勢いは収まらない。
すると、ディンゴは後方へ下がりながらも、リドラさんを恐れず突っ込んでゆくワイバーン達に気を良くしたか。
『ひゃっ、あっ、ふ、ふふふ、そんな虚仮威しは通じませんよ』
『貴様、その力、シャイザークの――』
『違う!! これは不幸にも蛇竜に従わざるを得なかった僕に天が与えた新しい力。
この力で僕はこの谷を統べる』
成程、被り気味の否定から察するに、それはシャイザークの騒動後、発現した力なのだろう。
いや、もしかするとあの騒動がきっかけに能力が目覚めたとか?
どちらにしても龍の谷の害悪にしかならない――と、それはリドラさんも思ったことのようで、
リドラさんはその黒い翼を大きく広げ。
『リドラ、確実に仕留めるのよ』
飛び立とうとするリドラさんにかけられるヴェラさんの発破。
ヴェラさんからしてみると、シャイザークのそれと重なるディンゴの力は許されざるものなのかもしれない。
ただ、いま優先すべきは幼龍の保護と、周辺でうろちょろしていた幼龍を自分の懐に入れ。
そんなヴェラさんの一方、リドラさんは冷静で、
『なんにしても、まずは捕まえてからだな』
殺到するワイバーンなどどうでもいいように蹴散らして、無造作にディンゴとの距離を詰めていくのだが、
『出来るものか』
ディンゴが指揮者のように大袈裟に腕を振るうと、パンと弾けるような音と共にリドラさんの首が大きく仰け反る。
どうやら、一体のワイバーンが物凄いスピードでリドラさんに突撃を仕掛けたようだ。
『ウィンドワイバーンの中でも速さに特化した個体だ。さあ、この攻撃から逃れられられるかな』
ワイバーンという生物は、飛行に特化しているとはいえど、その巨体がゆえに初動が遅いものが多い。
しかし、いまのワイバーンは、そんなワイバーンの中でも特に体が小さく、さらに飛行に特化した個体のようで、リドラさんに体当たりをヒットさせた後、大きく離れて方向転換をして、風の鎧のようなものを纏い、ふたたび体当たりを仕掛けてくるのだが、
『こんなの一週間続けたってリドラは倒せないでしょ』
いかんせん、その攻撃は(ワイバーンとしては)小柄なだけあって軽い。
なにより、いまのリドラさんはシャイザークとの戦いを前に作った鎧を身に着けているのだ。
いくら一方的に攻撃ができるとはいっても、たかがワイバーンの突撃だけでは、まともにダメージが入る筈もなく。
かといって、鎧を来ていない顔などを狙えば確実にカウンターをあわせられることが請け合いで、
これじゃあいくらやっても無駄じゃないかと、外から戦いを眺めていた僕達が一様に思い浮かべていると、集団の最高峰でその様子を眺めていたディンゴがニヤリと笑い、勿体つけるように掲げた腕を振り下ろす。
「リドラさん上です」
それは死角からの一撃だった。
どうもディンゴはこの不意打ちの為に、速度重視のワイバーンに無駄な特攻を繰り返させていたようだ。
上空から落下してきたワイバーンの一撃にリドラさんの上半身が真っ赤に染まる。
『リドラっ!?』
『問題ない。ほとんどは相手の血だ』
ただ、その赤のほとんどはリドラさんのカウンターに上半身が消し飛んだワイバーンの血のようで、
『でも、それ――』
しかし、ヴェラさんが指さしたリドラさんの肩口には、深く突き立てられた白い刃があり。
「龍の牙――」
そう、普通なら無駄な突貫を繰り返した速度特化のワイバーンと同じように、その上空からの攻撃もリドラさんの体に傷をつけられなかっただろう。
ただ、超高度からの落下攻撃を仕掛けたワイバーンは龍の牙によって作られた武器が装備されていたらしく。
『ふ、ふふっ、キミのその装備は人間に作ってもらったものでしょうに。その真似事をしてなにがいけないのですか?』
この指摘に関しては、別にリドラさんも否というつもりはさらさらないといった感じであるが、
ただ、その態度がディンゴにとっては『追い詰められた』とか、そういう風に写ったのかもしれない。
特に何を言うでもなく肩に突き刺さった白い牙を抜くリドラさんに、ディンゴは大きく口端を吊り上げ。
『じゃあ、お別れだ』
さっと片手を上げた少し後、降ってくる白い嘴を持つワイバーンの群れ。
それは本来、絶望的な光景だっただろう。
しかし、リドラさんは平然とした様子で息を吸い、一つの魔法を発動させる。
『GRAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa――!!』
それは以前、夜の森に侵攻しようとした愚か者を制裁するべく作った音の魔法。
特殊な周波数を乗せた咆哮を放つことで、相手の金属装備を破壊するというものである。
それが、音の速度でももって落下突撃してくるワイバーンの群れに叩き込まれると、誰が作ったかは知らないが、使い捨てするつもりで作ったそれが耐えられる筈もなく、各部位が破損。
留め金が破損してしまえばスピードに耐えられず、擬似的な白い牙はワイバーン達の口から外れて宙に投げ出され。
結果的にドラゴンキラーと呼ぶべきそれよりも先に突っ込むことになったワイバーンは、蚊でも追い払うかのようなリドラさんのパンチであっけなく命を散らし。
その作戦に圧倒的な自信を持っていたのだろう。
ディンゴは数秒の唖然から大きく狼狽。
その隙をリドラさんが逃す筈もなく。
ゆったりとだった羽ばたきから一気にシフトチェンジ。
砲弾のようなスピードで自分に迫るリドラさんの姿にディンゴがようやく動き出すのだが、
『ぼ、僕を助けろ』
こうなってしまえば自分で戦ったほうが早いと思われるのだが、ディンゴは戦いが苦手なのか、周囲のワイバーンにそう命令。
しかし、リドラさんは群がってくるワイバーンを意に介することもなく。
殴り、引き裂き、ブレスを吐いて蹴散らして、ディンゴの首を鷲掴みにすると――、
ここに至り、ディンゴもようやく自ら戦うしか無いと覚悟を決めたか、ブレスを放とうとする口を開くも、その大きく開いた口をリドラさんに掴まれてしまってはブレスを吐き出すこともできず。
『む、ムウゥゥゥゥゥゥウウ――』
大爆発。
リドラさんもろとも爆煙に包まれてしまうも、
さすがの格の違いか、爆煙が晴れたそこには無事なリドラさんの姿があって、その手の中には口元から煙を上げて白目を剥いたディンゴの姿があった。




