短期集中強化訓練草案
「おっ、冬休みの宿題か」
「ううん、アメリカの魔女のみなさんから訓練の依頼があって、その計画書みたいなのを作ってるんだよ」
「ふーん、そういや俺、アメリカの魔女に会ったことねーな」
冬休みに入ってからというもの、この会話はすっかりパターンになってしまってないだろうか。
とりあえず元春には早めに宿題を片付けてもらうように、千代さんに連絡を入れておくとして、
話を戻すが、毎度の間の悪さが原因か、元春はこれまでアメリカの魔女さん達と一緒になったことがなかったようだ。
「遠くから見るのはいいけど、邪魔はしないでよ。
魔女さんたちもいろいろ大変なんだから」
「いや、さすがの俺もその辺は空気を読むって」
本当だろうか?
普段の行動がアレだけに、まったく信用がないんだけど。
「んで、修行ってディストピアでパワーレベリングとかするん?」
「ディストピアでの訓練も予定に入れようとは思うんだけど、実績ってすぐに力になるって訳じゃないから、今回はひたすら魔法を使って魔力と使える魔法を増やしてもらおうかなって思ってるんだけど」
ディストピアのクリアで得られるものは潜在能力の開放が主なものである。
一部、特殊な力を得られるなんてこともあったりはするのだが、それは討伐することが特に困難な相手から、もしくは特殊な条件でディストピアを攻略することで得られるというものばかりであって、
このアヴァロン=エラの環境下でなら、むしろ短期間で伸ばせる魔力の訓練に特化するのがいいんじゃないかと、訓練メニューを練っていたのだが、
「んじゃ、悩む必要ないんじゃね」
「その時の魔法選びが難しいんだよ」
単純に魔力を増やすといっても適当に魔法を使うのではなく、すぐに役に立つような魔法も一緒に使えば、それは実践でも使える手札が一つ増えるということになるのだ。
「ふーん、ちな、アメリカのお姉さま方からは何かリクエストとかあるん」
「壁系とか、汎用性の高い魔法が人気かな」
とはいえ、みんな同じ魔法ばかりをおぼえてもらっても全体の戦力向上には繋がらないので、できれば満遍なくいろいろな魔法をみんなに割り振った方が効果的じゃないかと、いまその割り振りと魔法の選定を進めているのだが、訓練にやってくる魔女のみなさんの属性に合わせた魔法を探すとなるとなかなか手間で、
「元春もなにか面白そうな魔法があったら教えてくれてもいいんだよ」
「そう言われてもな。俺の魔法コレクションは特殊だし、素人が扱うには――、
な、わかるだろ」
普段から変な魔法ばかりおぼえようとする元春なら、なにか面白い魔法の心当たりがあるかと思ったのだが、
元春の場合、魔法の使い方が使い方だけに人には――というよりも女性には――あまり教えられない類の魔法ばかりに目をつけていたのだろう。
無駄にカッコイイポーズで誤魔化して、
「とりあえず、訓練のために来日するアメリカの魔女さんたちには、それぞれに一つ、補助無しで新しい魔法を使えるようになってもらいたいんだよね」
「ハードスケジュールになりそうだな」
「あくまで最低限独力で発動させるまでだから、そこまで難しくないとは思うんだけど」
今回の訓練で一番重要なことは魔力を上げること。
そのついでに、とりあえず魔法窓なんかの補助なしで魔法が使えるようになれば、ハイエストへの対応が多少なりとも楽になるのではというのがその目論見で、
「それでも足りなら、装備を揃えるしかないんだけど」
こちらは、アヴァロン=エラでの滞在中に倒した魔獣の素材を換金して、新しく装備を充実させようという作戦だ。
「またなんかごっついの作るんか」
「さすがに向こうで使うとなると、あんまりファンタジーしてる装備はどうかと思うから、既存で使えそうな装備のデザインをちょっと弄るくらいだけど」
万屋の商品は大体、魔法窓を通してチェックすることが出来るのだが、実際に見ないとわからないところもあって、なにより万屋なら細かな調整とかも出来る訳で、
まあ、どうせだからこの機会に既存の商品を見てもらって、それが強化に繋がるのなら、万屋としてもありがたいことである。
「店に出してるヤツとかだと、ガチなのばっかで、地球だといけてローブくらいだもんな」
「さすがにそれはどうなの」
正直、いかにもなローブでは街中を歩けないだろうし、僕がそうしてるみたいに普段着として身につけられるような装備がいいとは思うんだけど。
「でもよ。タバサっちとか、ふつうに魔女魔女しいローブとか着てんじゃん」
「佐藤さんは特殊だから……」
そう、元春が言うように、佐藤さんは引っ込み思案な性格にも関わらず、いかにもな魔女ルックを普段着としている人なのだ。
そんな格好で外を出歩いていても、違和感がないというのはある意味で才能でもあり。
それ以外の――、
特にアメリカの魔女さんのみなさんは、アメリカドラマに出てくる俳優さんみたいにシンプルでスタイリッシュな服をローブ代わりにしたりなんかして、街中で着ていても特に違和感がないようにしているのだ。
「ふぅん、俺がこっちで見た、魔女さんがあんな感じだったからよ」
まあ、魔女さん達がここに来る時は大体本気装備を身に着けているからだろう。
とりあえずこっちは、どんな商品が気になるのかをアンケートをとって、みんなが欲しがりそうなアイテムを、地球でも普段から使い易いようにカスタムしていくとして、
ちなみに、地球でもそのまま使えるインナーやシューズに関しては、すでに魔女のコミュニティの中でも人気となっており、そちらは毎月のようにうちの店に注文が入るので、あえて売り込みはしなくていいだろうと、僕がアメリカの魔女のみなさんに送るアンケートの準備をしていると、元春がふと思いついたように手を叩き。
「てか、そのインナーを改造すりゃいいんじゃね。
前にテレビで見たことあんだけど、衝撃を受けると固まる防弾チョッキとかあんじゃん」
「ああ、片栗粉のヤツ?」
「片栗粉?」
いや、実際のそれは片栗粉とはまた別の素材が使われているとは思うんだけど。
「動画とかで見たことない?
片栗粉を混ぜた水の上を走る実験」
ダイラタンシー流体とかいったかな。
条件を満たした粉末粒子を一定割合液体に混ぜることで、普段は液体として、強い衝撃や急激な変化の際には個体のようになるというものなのだが、
「えっ、アレってそうなん?」
「たしか、そうだったと思うけど――」
しかし、元春が言うような防弾チョッキはまだ実用化していなかった筈で、
それをウチで新しく開発するくらいなら、普通に魔法障壁で代用する方が早いんじゃないかと、そんな話の流れから。
「そういうのも遠くからの頭を狙った狙撃なんかへの対策には使えるか、
まあ、そういうのって大体、撃たれる前に気づけるんだろうけど」
「いやいや、そういうの出来るのお前とか師匠だけだから」
「そうかな。
そんなしっかりとした予測じゃなかったら、誰でもできそうなんだけど」
狙撃というのは見ることに集中する為、どうしても伝わってくるものがある。
それを察知すれば、物陰に隠れるなどの対策もそんなに難しくないのでは?
という僕に、元春は呆れたようにしながらも。
「てか、そういうのこそ魔法でなんとかできねーの」
探査系の魔法を改造すればできなくはなさそうだけど。
「なんかまた出来た魔法を変なことに使おうとしてない?」
「違う違う。俺を見ている女の子がいるかもじゃん」
いや、しっかり自白してるじゃんとか、その自信はどこから来るのだろうかと、いろいろ言いたいことはあるのだが、そういった魔法はアメリカの魔女さんにとって有用かもしれないっていうのは、元春の言う通りなのかもしれない。
ただし、こういった繊細な魔法を僕一人で作るのは難しそうなので、こちらは後でソニアに相談するとして、
「とりあえず、最低限、狙撃対策はしておいて損はないか」
僕は以前、義姉さんの応援で出会ったハイエストの狙撃超能力者のことを思い出し、狙撃を受けた時に自動で魔法障壁を展開してくれる帽子でも作ろうかなと、魔法窓を開いたところ、ここで元春が、
「ただの帽子に魔法障壁って、そんなんで狙撃とか防げんの?」
「あたった瞬間、銃弾を受け流すような角度で、魔法障壁を展開するような魔法式を、予め仕込んでおけばいけると思うんだけど」
頭蓋骨の丸みで奇跡的に狙撃から生き延びたなんて話を聞いたことがある。
だから、飛んできた弾丸を防ぐのではなく、上手く逸らすように、着弾の瞬間、角度をつけた魔法障壁を展開するようなギミックを付与してやれば、そんなに強力なものじゃなくても狙撃を防げるのではないかと、僕はデータベースから適当な魔法式をピックアップ。
それらデータを企画書と共に工房のエレイン君に送ると、しばらくして――、
「んで、できたのがこれってわけか。
見た目は微妙にダセーけど、これで本当にヘッドショットが防げるん」
「ダサいって、この帽子、元春からもらったヤツなんだけど」
この帽子は一時期、元春が集めていた帽子で、ブームが過ぎ去った後、譲ってもらったそれを世界樹農園での作業時に使ってたものだったりするのである。
ただ、元春はすっかりそのことを忘れてしまっていたらしく。
「あーっと、よく見たらいかした帽子じゃね」
と、そんな残念な一幕がありながらも、しっかり想定した魔法が発動するのか、なにより耐久力は大丈夫なのかを確認をするべく、工房側の訓練場に移動。
用意するのはミスリル製の千本だ。
これを〈一点強化〉を使って腕力を強化して投げることでライフルの弾の代わりとする。
ただ、そのままだと威力が足りないので、魔法窓を使って沢山の魔法式を展開。
「おおっ、これってなんかレールガンみてーなヤツなん」
うん。アニメなんかでよくある光景だけに、元春もすぐにその意図に気付いたみたいだ。
正確には魔法を反らしたりする時に使う〈誘導線〉の魔法式を前方に重ねて展開しただけなんだけど、これを何十枚も重ねれば相当な牽引力になる筈だ。
「いつの間にこんなかっちょいい技つくってたん?」
「ドッペルゲンガーとの戦いの時に一点強化で投げたナイフがあっさり弾かれたでしょ。だからもう少し威力が出せないかなって思って」
すぐに思いついたのがこの方法で、
まだ、あまり実験もしていないから、何枚の魔法式を用意すれば、どれくらいの威力が出るのかはわからないのだが、
どうせ実験をするならこの際にと、僕が大量に呼び出した魔法窓の位置を調整して、
エレイン君達が安土代わりに用意していた土嚢めがけて、十枚の魔法窓を使った投擲。
すると、千本は土嚢に半分突き刺さった状態でストップ。
ちなみに、大凡の目安としてライフルで土嚢を撃った場合、どうなるのかを調べてみると、だいたい一つの袋を貫通、次の袋で止まるくらいのようだ。
大口径の対物ライフルなどでは倍以上の威力になるそうだが、それも土嚢の大きさや中に入れる土の具合にも変わってくるようで、
ただ、どちらにしても、いまのままだとまったく威力が足りないと、
魔法式の枚数を二倍――、
いや、三倍に増やして本番に移るということになるのだが、
そんな中、エレイン君が積んだ土嚢の中央にセットした的を見て、元春が、
「何故に冬瓜?」
「えと、いい感じの的がこれしかなかったみたい」
こういった射撃実験の時の的には、人間の頭に見立てて(?)小玉スイカを使うのがお約束であるが、いまこの工房でその代わりになりそうなのが冬瓜くらいしか見当たらなかったみたいだ。
「実際の頭より少し硬くなると思うけど」
重要なのはあの帽子を突き抜けるか、突き抜けないかだと、加速用の魔法窓をちょっと調整して十五枚用意。
しっかりと狙いを定めて千本を投擲すると、まっすぐ飛んだミスリルの針がカシュッと擦れる音を立て帽子に弾かれて、奥の土嚢に突き刺さる。
遠目ではしっかり結界が働いたように見えたのだが、しっかりとその結界が仕事をしたのかは、実物をみないとわからない。
ということで、近づいて調べてみると、帽子の縁が軽くえぐられてしまっていた。
しかし、中身の冬瓜にはまったく傷が付いておらず。
「成功じゃね」
「できれば、本体に傷がつかなかったら良かったんだけど」
「そりゃ、ちっと欲張りすぎじゃね」
これは元春の言う通りか。
とりあえず、この実験の結果を魔女のみなさんに伝えて、注文を受ければいいかな。
◆アイテム紹介
狙撃手泣かせの野球帽……一定以上の速度で物体が接触した際に丸みを帯びた小さな結界を展開し、最悪の不意打ちだけを防御するもので、周りへの被害を考えていない試作品。
◆次回投稿は水曜日の予定です。




