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エンキドゥの再来

「俺のいない間にそんな面白羨ましいことが起きてたんか」


 和室の掘り炬燵に入る元春が無駄にシリアスな表情でなにを言っているのかといえば、怒り狂うヴェラさんの来訪が発端となった昨日の騒動のことだ。


 ちなみに、きのう元春がいなかったのは、毎シーズン恒例の遠征に出かけていたからである。

 まあ、その結果は、毎度お決まりの『何の成果も得られませんでした』というもので、

 お土産片手に愚痴を零しに来た元春に、昨日の話をしたところ、こうして興味津々、話に乗ってきてくれたというわけだ。


「ホント凄かったんだから。

 あんたなんて、昨日ここにいたら絶対速攻で逃げてたんだから」


 ただ、そんな元春のはしゃぎっぷりの一方で玲さんは震えるように自分を抱いていた。

 転移直後のヴェラさんの怒気は凄まじく、玲さんなどはゲートに現れた時点で工房に避難していたくらいであるからして、このリアクションも当然といえるだろう。


「けど、そういうこったらお前、暇してていいん?

 その幼龍?のこととか調査しとかねーとって感じじゃねーの」


「それなら平気。

 龍の谷の先行調査はエレイン君がしてくれているし、リドラさん達でも谷までの移動には結構な時間がかかるから」


 リドラさんが超高速で空を飛んだとしても、龍の谷へは数日がかりの移動になる。

 しかも、今回は例の幼龍もいるとのことで、いつもより慎重に飛ぶ必要があるということで、そうした状況を考慮に入れると、多少余裕をもった予定でも問題がないのである。


「しっかし、大変だよな。この時期、子連れで里帰りとか」


「えと?」


「ほれ、そろそろ大晦日だろ。

 ヴェラさんでそんなだったら家族会議とかになるんじゃね」


 ああ、そういうことね。

 しかし、そんな元春の心配(?)に関しては問題はなく。


「リドラさんの家族は龍の谷にはいないと思うから、元春が考えてるようなことはないと思うよ」


「そうなん?」


「龍の谷は出会いと別れの為にある場所だから」


 そう、龍の谷は新たな生命の誕生を求める龍種と最後の時を前にした龍種が集まる場所であって、それ以外の龍種がそこに留まることはないそうなのだ。


「そう聞くとなんか生々しいな。羨ましいなっ!!」


「ちょっと、急に大きい声出さないでよ」


 まったく、昨日、いくら自分が惨敗したからって、無駄にはしゃぎ過ぎるのはどうかと思うよ。

 そして、この大声が原因ということは無いのだが、僕の目の前にポンと魔法窓(ウィンドウ)がポップアップ。


「なにか来たみたいだね」


「魔獣か?」


「――と、これはエンキドゥさんだね」


「エンキドゥって誰だっけか?」


 そういえば、ギルガメッシュが来た時、元春はいなかったんだっけ?

 手元の魔法窓(ウィンドウ)から、来訪者を確認した僕の言葉に首を傾げる元春。

 エンキドゥという名前には聞き覚えがあるようだが、詳しくは思い出せないようなので、その答え合わせではないのだが、僕がインターネットサイトからギルガメッシュ叙情詩に関するアレコレを適当に集めてスライド。

 そうしている内にも万屋の正面ドアがカラリと開いて、入ってくるのは緑髪翠眼の美青年。


「いらっしゃいませエンキドゥさん」


「私のことを憶えておられで?」


「お客様の顔を憶えるのは商売の基本ですから」


 自分の名前を呼ばれて、驚いたようにするエギンドゥさんに当然と応える僕。

 なにより最初のインパクトが凄かった。

 そう、エンキドゥさんとの初対面は、転移直後にギルガメッシュの頭を棍棒でフルスイングといったものだったのだ。

 これで憶えていないというのは嘘である。


「それで今日はどういったご要件でしょう?」


 前回、来訪した時のエンキドゥさんの印象から、彼がギルガメッシュに言われて面倒事を持ち込むような輩ではないことは想像できる。

 しかし、パズズさんの例もあるのでと、

 一応、警戒して訊ねる僕に、エンキドゥさんはその場で深々と頭を下げて。


「遅くなりましたが前回のお詫びにと参りました」


「そうなんですか。

 では、マリィさん」


 成程、そういうことならと、僕が一般のお客様には知覚することが出来ない和室の方に声をかけたところ、すぐにマリィさんが出てきてくれて、

 あらためてエンキドゥさんから謝罪があった後、彼がカウンターの上に置いたのは工事現場にある三角コーンを倍くらいに引き伸ばしたような象牙色の物体だった。


「これは角ですか」


「フンババの角です」


 ちなみに、フンババというのはギルガメッシュ叙情詩に出てくる森の番人だった筈だ。


「よろしいのですの? そのように希少そうなものをいただいて?」


「本人の許可もいただいておりますので」


「成程、そういうことであるのでしたら――」


 と、マリィさんがそのお礼の品を受け取って、


「そういえばあの後、ギルガメッシュさんはどうなりましたか?」


「まったく懲りていないといいますか、なにやら復讐じみたことを考えているようで……」


「パズズさんも来ましたしね」


「――っ、それは本当に申し訳ありません」


 パズズの件に関してはエンキドゥさんにも心当たりがあったのかもしれない。

 慌てて頭を下げられてしまったものの、これにはマリィさんが、


「構いませんの。

 本人からも謝っていただきましたし、こちらも手違いがあって少々やり過ぎてしまいましたので」


 確かに、いくらパズズさんの姿――というよりも体の一部――驚いてしまったとはいえ、出会い頭のアレ(股間強撃着火)は本当に不幸な事故だった。


「それに彼の方のおかげで膝丸も作れましたの」


「膝丸、というのは?」


「パズズさんと戦った後、いろいろと誤解が解けまして、その御礼にと皮や角、爪などをいただいて、マリィさん専用の装備を作ったんです」


 あれを戦いと呼んでいいものかはわからないが、パズズさんの名誉の為にも、そういうことにしておいた方がいいだろう。


 と、パズズさんの件は解決済みであると、エンキドゥさんにハッキリ言ったところで、ギルガメッシュが発端となったアレコレの処理はすべて終わったのかと思いきや、実はまだ用件が一つあるようで、


「お願いしたいこと、ですか?」


「はい、これは可能ならばでよいのですが、ギルガメッシュの為に作っていただいた例のものの強力をお願いできないかという次第でありまして」


「えと、それは――」


 聞けば、ギルガメッシュは間接的に僕達にちょっかいをかけるのと同時に、お仕置きとして取り付けられた〈神話壊し貞操帯〉を、これまでに何度か自爆覚悟で壊そうとしているらしく。

 その攻撃により〈神話壊しの貞操帯〉はすでにガタが来ているらしく、可能ならこれを一段強力なものに取り替えたいという。


 しかし、対神獣用にと、かなり頑丈に作った貞操帯が、すでに壊されかけているだなんて――、

 さすがというか、なんというか――、



「わかりました。ちょっとオーナーと相談してみますね」


 僕は呆れていいから感心していいやらと、曖昧な表情を浮かべながらも、ギルガメッシュが復讐を考えているのなら他人事ではないと、ソニアにメッセージを送信。

 すると、エンキドゥさんは「ありがとうございます」と、凄くいい笑顔で何度も何度も頭を下げてくれるのだが、問題なのはこれでソニアが乗り気になってくれるかである。

 そもそも、ギルガメッシュさんの貞操帯はソニアが気合いを入れて作ってくれたものなのだ。

 それをリテイクしてくれという依頼となると、果たして受けてくれるだろうか――、

 と、そんな心配もしていたのだが、しかし、逆にそんな依頼内容がソニアの職人魂に火をつける結果となってくれたようだ。

 あれだけ自信をもって送り出したアイテムが簡単に(・・・)壊されてしまいそうというのであれば引き下がれないと、前回に引き続き張り切って作ってくれるみたいだ。

 小一時間程でエレイン君が持ってきてくれたそれは、一見するとただの黒いボクサーパンツのようにしか見えなかったが、その凡庸な見た目とは裏腹に、周囲に異様な存在感を撒き散らしており。


 そんな存在感はエンキドゥさんも肌で感じ取ったみたいだ。

 「こ、これは!?」と危ない薬を舐めてしまった名探偵ばりに驚くエンキドゥさんに、僕はソニアから送られてきた仕様書に目を落とし。


「ええと、これは〈封龍散花(フォールンダウン)〉という、ヴリトラの皮をメインにムーングロウやアダマンタイトを使って作られたパンツだそうです。

 以前の機能をそのままに、更に強力になったお仕置きと、攻撃を透過する機能が追加されたみたいです」


「透過?」


 と、ここで首を傾げたのは元春だ。


「うん、自身が受け止められない攻撃を受けた場合、パンツが霧みたいになって受け流すみたい」


 つまり、このパンツ自体が受けられる攻撃がそうでないかを判断して、実態と非実態に切り替わるといった機能を持ってるみたいなのだ。


 ちなみに、透過した状態でパンツから大きく離れようとしても、最初にパンツを履いた時点で装備者登録がされるようで、次に実体化されるのはしっかり装備された状態となるようだ。


 と、一通りの説明を聞いたエンキドゥさんはその機能に驚きながらも、使われた素材に『この対価をどう払っていいものか』と頭を抱えてみたりもしたのだが、そこはソニアの職人としてのプライドなのだろう。

 これでギルガメッシュ(人の神獣)をやり込められれば、これ以上の報酬は不要と、あえて威厳ある毛筆フォントでメッセージを浮かべたことで、エンキドゥさんは感涙。

 その涙を対価に、神妙な面持ちでその黒いボクサーパンツを受け取ると、何度も振り返り、頭を下げながらもゲートを使って自分の世界に帰っていった。




「んで、その角どうするん?」


「どうすると言われても、ギルガメッシュの被害を主に受けたのはマリィさんだから――」


 それを使う優先権はマリィさんにあると視線を送ると、

 マリィさんは僕がインターネットから引っ張ってきたフンババの情報を読みながら。


「この資料を読む限り、削り出して剣をとも考えたのですが、精霊関連のものとなると扱いが難しくなりますの」


 はっきりと確認した訳ではないのだが、エンキドゥさんの態度から断片的に読み取れる情報を読み取るなら、フンババが高位の存在であることが伺える。

 であるとするなら、これを趣味的な武器の制作に使っていいものやらと、そんなマリィさんのお悩みは当然のことであり。


「どうしても心配でしたら、えと、エクスカリバーさんいいですか?」


『うむ、少し見せてくれるか』


 そうなのだ。精霊関連の疑問があるのなら、ここにうってつけの人材(?)がいるのである。

 ということで、その角をエクスカリバーさんに見てもらうと。


「これは受肉した精霊の一部だな。

 しかし、怒りや畏れ、そういった感情も読み取れるのでな、なにかを成約に縛られているのではないか」


 成程、フンババには森の番人なんて伝説もあるから、あちらでも似たような立ち位置になっているということか。


「それで、それは僕達が使ってもいいものなんでしょうか」


「本人もそのつもりで渡したとあの男が言っていたのなら、それは正しいのだろう。

 だとするなら何に使っても構わないとは思うのだが、どうしても気になるのなら、本人の役割に即した使い方をすれば良いのではないか」


 つまり、番人とかそういった目的を持たせたものに加工してしまえばいいと、

 成程、それは悪くないアイデアだ。

 マリィさんもエクスカリバーさんの言う事ならと賛成の様子なので、その方向でみんなのアイデアをまとめるとするか。

◆アイテム解説


 封龍散花(フォールンダウン)……対ギルガメッシュ用として新たに作られた貞操帯。従来の息子殺し機能はそのままに、本体そのものの耐久性も上昇。さらに一定以上の攻撃を雲化してやり過ごす機能が追加され、これにより破壊はほぼ不可能な装備となった。

 ちなみに、雲化の後に反撃として『確定』効果が発動する。

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