隠し子疑惑
結界に覆われた空間の中、猫と鼠が戦っていた。
猫の方はスピードスターという小型の猫型魔獣。
鼠の方は鼠型ゴーレムのネズレムだ。
両者は入れ代わり立ち代わり、場所を交換しながら爪や牙をあわせる。
そして、最後は首に取り付いたネズレムが牙を首筋に突き立て決着。
そんな戦いが行われていたゲートから離れた工房の地下――、
目元を魔法窓で隠していた少年がその魔法窓を額側にスライド。
その頭上に浮かんでいたネグリジェ姿の少女が話しかける。
「どうだった?」
「相手があの大きさだったからなんとかなったって感じかな。
アレより大きくて、相手が人型ってなると完全な不意打ちで、もしかして――ってレベルだと思うよ」
そう、スピードスターとの勝負において勝利を収めたネズレムを操っていたのは虎助であった。
「狙って送り込めるかがわからないから、ソフト関係を弄ってどうにかならないかって思ったんだけど」
「動きやすくはなったけど、さすがにネズレムであのメイドさんを相手するのは無理なんじゃない。
そもそもあのメイドさん、人間じゃないから、さっきみたいに首を狙っても意味ないだろうし、他に何体いるかもわからないから」
「そうだよねぇ」
さて、虎助とソニアの二人が話題にするメイドとはなんなのか。
それは以前、玲の為の転移実験で偶然辿り着いた転移先で交戦した自動人形のことである。
「玲さんのこともあるし、そっちの実験を着実に進めるのが近道なんだと思うんだけど、
あの森に植えた世界樹はどんな感じ?」
「そっちは実際に見てもらった方が早いかな」
虎助はいまの実験をそうまとめたところで別の質問、
その質問に、ソニアが表示した新しい魔法窓に映し出されるのは、斜陽を受ける岩山の頂きにある、テニスコート二面分くらいの土地に植えられた成人男性くらいの背丈の若木だった。
「思ったよりも育ってない?」
「というよりも、あえてこうしてるっていうのが正しいかな。ほら、あんまり大きくすると目立っちゃうから」
たしかに、ソニアが言うように、岩山の上にいきなり大きな木が生えたら目立ってしょうがない。
「でも、それなら森の中に植えた方が良かったんじゃ……」
「うーん、それだと周りの森だと日当たりの問題もあるし、魔力で感知される可能性もあるし、見晴らしのいいここなら、もし相手に察知されたとしても、何らかの動きがあった場合にすぐにわかるってメリットがあるから」
「だけど、それなら逆に、相手からも見つけやすいってこともあると思うんだけど」
「それなんだけど、単純に盲点になっているのか、行動に何かしらの制限があるのか、あえて放置しているのか」
可能性としては真ん中の行動制限が有力か。
「ともかく、いま出来る範囲で探りを入れてるから」
具体的にはネズレムを使って地下から現場に近づくことであるとソニアは言うが、
「相手もそれは警戒してるでしょ」
「まあね」
「なんにしたって、こっちから人員を遅れるようにならない限りは迂闊に行動しない方がいいんじゃない」
「マオに協力してもらえばいろいろと捗るんだろうけど、転移系の魔法の実験にはいろいろと危険が伴うからね」
魔力消費に結果の不確実性――、
他にも不足の自体を考えると、その実験に誰かを関わらせるのは最初から危険と判断している訳で、
「協力は協力でも魔王様の魔法を元にしたディロックとか、そういう方向からっていうのは難しいの?」
「マオの転移は二つの場所を繋ぐタイプの魔法で、精霊の力も借りているから、ディロックにしたところで発動するかも怪しいんだよね」
「ああ――」
ディロックは特殊な結界で固めた魔法を自動で発動するものであるが故に、明確なイメージが必要だったり、細かな座標指定が重要な魔法を加工することは難しいという。
「何事も上手くいかないものだね」
「まぁねぇ。
なんかいい感じの魔獣とかがこっちに迷い込んできてくれるとありがたいんだけど」
「そんな期待した目で見られても――」
こればっかりは運が絡む話ということで、
「なんにしても、いまは地道な作業を続けるしかないってことで――」
そんな結論で話を締めくくろうとしていたこのタイミングで、ゲートを警戒するカリアから最大級の警戒情報が発令される。
「赤レベルの警戒なんて尋常じゃないけど、なにがあったの」
「どうやら怒り狂った龍種のご来店みたいだよ」
◆
凄まじい怒気と共にゲートに現れる二体の龍種。
これが名の知らぬ龍種だったら大混乱になるところであるが、その龍種がヴェラさんとなれば話は別である。
とりあえず、後からやってくるかもしれない他のお客様に迷惑にならないように、ヴェラさんと後からすぐに追いかけてきたリドラさんの二人に落ち着いてもらって、魔王様がいる世界樹農園に移動していただかなければと、ゲート前からどうにかこうにか誘導した後、魔王様にご協力を願って二人それぞれに事情を聞いてみたところ、以下の問題がすべての原因のようである。
「つまり、この子がリドラさんのお子さんだと?」
それは薄っすらと青みがかった黒い鱗を持つ幼龍だった。
ヴェラさんの証言によると、定期的に龍の谷へ行ってるリドラさんが、昨日連れて帰ったそうなのだが、当のリドラさんからしてみると心当たりはまったくないらしく、気がつけば自分の背中にいたとのことである。
ただ、その幼龍はリドラさんに懐いていることから、ヴェラさんが疑っていて――、
と、そんな流れから、ウチに乗り込んできたのだとのことであるが、
とりあえず、龍種は基本的に卵生であるそうだが、鳥などの生態として知られるインプリンティングのようなものはないようで、魔力のつながりによって親を認識し、それに応じてコミュニケーションを図るという。
ただ、リドラさんにはこの感覚がまったく無く、それが潔白の証拠であるというのが主張であるが、
それもあくまで自己申告でしかなく。
実際、一部の雄はこの繋がりを感じながらも、子供なんて面倒だと知らぬふりをするケースがあるらしく、ヴェラさんもそんなケースを疑っているようで、
「最低ですわね」
「……」
それはマリィさんの言葉だった。
ただ、その言葉はリドラさんに向けた言葉ではなく、そういう龍種がいるという事実への批難であったと思われるのだが、そこに魔王様のどこか遠くを見るような視線が加わってしまえば、リドラさんとしても平静を保てない。
あからさまに落ち込むリドラさん。
そのしょんぼりとした姿に、僕はその幼龍の頭を撫でながら。
「随分と人懐っこいですね。これなら勝手についてきちゃうのも納得ですよ。
とにかく、この幼龍がどんな存在なのかを調べるというのはどうでしょう」
「そうね。それを期待してここに来たんだから」
やや強引にフォローを入れつつも、前向きな提案をしてみたところ、ヴェラさんもあれやこれやと文句混じりにここまでの経緯を話している内に、少し気持ちが落ち着いてきたのだろうか、この意見に同意してくれて。
「それでなんですけど、詳しく調べる為にこの子の体の一部をいただけるとありがたいんですけど」
「それならこれを使ってくれ」
リドラさんとヴェラさんがわざわざ万屋までやってきたことから、おそらく普通に鑑定したところで、この幼龍の出自は調べられないだろう。
そうなると、幼龍そのものの鑑定の為、鱗かなにか、彼由来の素材を採取できればと、そんな僕の言葉に、リドラさんは大きな爪を器用に操って魔法窓を操作。
愛用してくれている鎧に付属するマジックバッグから取り出したのは薄く小さな鱗。
こんなこともあろうかと幼龍の剥がれた鱗をしっかり確保してくれていたみたいだ。
と、僕がその薄っすらと青みが入る鱗を丁重に受け取り。
その一方で、ヴェラさんがチロリ湿り気を帯びた視線をリドラさんに向けながらも。
「それで、その鱗を鑑定しても結果は同じ?」
「そうですね。本人と一緒で幼龍の鱗と出ています」
この鑑定結果は、まだ生まれたばかりの混血の龍種に多いようで、幼龍本人の鑑定結果もほぼ同じような結果だった。
ちなみに、〈金龍の眼〉などによる鑑定は魔法的な観点からの観測結果を出すものであって、
物理的な――、
もっといえば生物的な検知から調査によって出される鑑定はまた違った角度からの鑑定となるらしく。
「成長して、属性の傾向がわかれば調べられると思うんですけど」
「そんなに待てないわ」
「そうですよね」
成長の早い人間の赤ちゃんですら、自分の魔力特性がはっきり出てくるには数年の時間が必要なるという。
それが長命である龍種ともなれば、少なくない期間、延長される訳で、
「とりあえず、鱗はオーナーに調べてもらうとして、この赤ちゃんドラゴンがどこから来たのか調べる必要があるかもですね」
「であるな」
「では、あちらでの探索を始めますね。
できればモスキート以外にも新しく探査用のゴーレムが送れればよかったんですけど」
「そういうことならば、我が現地に飛ぼう」
「この子はどうするのよ」
ここでリドラさんが自ら名乗り上げて、
それに、ヴェラさんからの厳しい目線が飛び。
「無論連れて行く」
「じゃあ、私も行くわ」
「なぬっ!?」
ヴェラさんがここで自分も行くと立候補したのは、リドラさんにとって予想外の行動だったみたいだ。
その後、リドラさんとヴェラさんの間でまた少し一悶着があったりもしたのだが、最終的にはリドラさんが折れる形で準備を整え、龍と谷へと飛び立っていった。
◆
リドラさん達を見送った僕は工房の地下にある秘密研究室に居た。
「よもやよもやの鑑定結果だったね」
銀色のトレイに乗せられた小さな鱗を見て、ため息を吐き出すような仕草をする半透明の少女はソニアである。
「トワイライトドラゴンってオレンジの鱗じゃなかったの?」
「ボクが知ってる限りではそうだね。だけどちゃんと調べた結果だから」
そう、例の幼龍の鱗を調べた結果、簡易な結果であるが、それがトワイライトドラゴンのものと判定されたのだ。
基本的に龍種の持つ属性は主に鱗の色で判別されることが多いが、能力によって分類されることもあって、その辺は世界によってもまちまちなんだという。
「まあ、最初の鑑定結果があれだったから、なにかしらの理由があるんだろうけど、
この色もトワイライトともいえなくもないしね」
これは混血というのが一番の可能性になるのだが、トワイライトとは日の出や日没前の薄明かりの空を指す言葉だ。
よって、やや紫がかった黒い鱗もトワイライトの範疇に入る訳で。
「とりあえず、この結果はリドラさんに伝えた方がいいよね」
「混血であることには変わりないから、完全に潔白を証明するものじゃないけど、彼の心労を減らす為にはそうした方がいいだろうね」




